66、ワイルドフラワーガーデン
この世界のにもいろいろな政治体制があって、小さな村に限っていえば民主主義的な意思決定をしているところも少なくない。
でも国規模となると、それはまだ無理だ。
前世、ごくたまにしか投票に行くことのなかった私は、ある程度自由で文化的な生活が送れるなら、どんな政治体制でもかまいはしない。
この国を治めるにあたって、公王陛下は自分の子供たちのうち男子に爵位を与え独立させた。
ハノース大公領を国にするのと同時にそれを行ったのは、臣籍降下というマイナスイメージをやわらげるためだ。
それでもきっと公王陛下は、不満があるなら攻めてくればよいと考えている。
さあ来いと私ですら思う。
でも事を起こすだけの度胸があって、それを成し遂げるだけの才覚があるならば、端から継嗣に選ばれている。
この段階ですでに爵位を持っていたのは隣の王国で騎士団に所属していた三人だけ。それも騎士爵どまりだ。
それから考えれば出世したとも言えるのだけど。
父たる公王陛下がそうそうその地位に胡坐をかかせてくれるわけもない。
大公国内の領地を治める者、騎士団に所属する者。
また、隣国に残った者もいる。
女子はすでにしかるべきところに嫁いでいる。
足りない分は親戚筋や家臣団の中から優秀な者を選んで貴族にした。
ここまでは普通。公的な評価機関を設けたのは画期的。
貴族たちは一年毎にその行動・実績を評価されて爵位が上がったり下がったり、場合によっては平民に落とされたりするわけだ。
だいぶ流動的ではあるけれど、爵位を子に相続させることができるのはいままでどおり。
ただ当然のように嫡男であったものが、一年にわたる議論の末に変更された。
性別を問わず、長子と定めず、庶子でも養子でもよい。
争いのもととなる側面も否定はできないけれど。
より優秀なものを後継ぎにと望む公王陛下の強い意志の表れ。
また貴族家内がごたつくのは、大公王家にとってわるいことばかりではない。
ちなみに大公国には宰相も大臣もいるが、それを決めるのは公王陛下だ。
まだ議会はない。
隣国の王国でも相続人が幼すぎる、ほかに適当な相続人がいない等の理由で一時的に女当主を認めることはあった。
旦那様が以前ちらりと口にされていた、女が自身の財産を動かせる唯一の例外だ。
あくまでつなぎであって、それは我が国でも同じだったのだけど。
そもそも公妃たちの間に上下の差がなかったハノース大公領では、表向き嫡子・非嫡子という考え方がなかった。
つまり真の狙いは女性の相続、また資産の運用を国として認めること。
「まさかメリーのためではないですよね?」
「…これを見なさい」
「公正評価院の報告書ですか」
私はメリーをあやしながらざっと目を通す。
新たにこの国に加わった地域でさえも、公王陛下に命じられた治水・灌漑工事、衛生環境の改善に予算を回しているほかは、前例を踏襲しているようだ。
「この新しい国で多くの挑戦ができるはずであるのに、いかにも無難だ。
状況に合わせた変更の提案すらない。普通であることが悪いとは言わないが、期待していたほどの変化、進歩がない」
真っ当なことを真顔でおっしゃるけれど、だいぶあやしい。
この調子では、子供が男ではなかったことで避けられた面倒事が、一気に増えそうだ。
もっとも国として独立する以前から、親戚一同また家臣たちも私のやり口をすでに知っていて、聞こえよがしの悪口すら言わない。
正直ものたりなかったから、野心家どもを退けたり、その中から使える者を見出すのがいまから楽しみだ。
それはそれとして、それなりに資質があって本人がその気になっても、メリーには外戚がいないから女王は無理だと私は思う。
聖女としての私の後ろには教会が控えているけれど、それを利用してしまうと、ハノース大公国の政治に宗教が関与しすぎることになる。
王に必要なのは力より知識より、じつはバランス感覚だったりする。
すべてがそろっている公王陛下のような方はまれだ。
その公王陛下でもメリーを冷徹に政治の駒にできるかはなはだ疑問…いえ、それはないか。
彼女が長じて平凡であれば、あっという間に興味を失うだろう。
凡人には凡人の幸せがある。この子が一般人ならそう言える。
政略結婚でも絶対に不幸になるわけではないけれど。
自分で選んだなら、失敗してもある程度納得がいく。安物でも愛着がわく。
逆に、どれほど恵まれた環境にいて高価な品物を手にしても、押し付けられたものには真の価値を感じにくい。
もちろんおなかを痛めた子に期待しないわけはない。
末は博士か大臣か。
知に秀でれば文官、武に長ければ騎士、自由を貴ぶならば冒険者になるのもわるくない。
私はいま幸せだけれど、一人で生き抜く自分を夢想することがある。
なにも結婚して子供を産むばかりが女の幸せではないのだ。
少しずつでもこうやって認められる権利が増えて、女たちの活躍の場が広がるのは大歓迎。
私が管理する荘園に完成した施設、ワイルドフラワーガーテンにはすでに四十人前後の女たちが暮らしている。
レディたちの情報網、メイドたちの情報網はところどころ繋がりながら網の目のように広がっている。
一滴インクを落しただけで、いつの間にか全体が染まっているほど。
本当は宿屋や食堂、駅馬車の御者などにも話を通したかったのだけど。
玉石混淆。
人さらい集団につながる可能性が排除できずに断念。
教会と治療院にチェックシートを配り、該当者の保護をお願いした。
逃げるには度胸も体力もお金もいる。
それにくわえて自力でたどり着く人間には、才覚か気力か運かそのすべてがある。
中にはたんなるわがまま娘もいるけれど、そういう輩は下働きをさせると三日ももたずに家に帰るそう。
すべてが思い通りになるはずもないのだから、日々どちらがましかの選択の連続だ。
心や体にひどい傷を負っている人はまずは静養させるのだけど。
体を動かしていた方が気が紛れる人もいる。
怒りに燃えて貪欲に知識を吸収する人もいる。
その辺は自由だ。
寝室も、個室を選んでもよい。大部屋でおしゃべりに興じながら眠りに就くのもよい。
談話室のほかに、講堂や教室としても使える小会議室、畑もあれば運動場もある。
小屋が五棟、大きな倉庫が三棟。
農具や機織り、ちょっとした工作にも使える大工道具。
手芸用品に絵画用品。
剣・槍・弓などの武器、釣り具、調理器具。
楽器や書籍も一通りそろえてある。
施設員が教師役を務めるのはもちろん、入居者同士で教え合うのもありだ。
子供のためのおもちゃや遊具もある。
この施設は病院も同然なので、働かざるもの食うべからずなどということは誰も言わない。
それでもたいていは自発的に何かをはじめて、やっと自由だということを実感するようだ。
すでに外で自活する人もちらほら出始めている。
本人が望めば結婚や就職の世話もするけれど。
いまのところ当園の職員として働きたがる人が多い。
優秀な人材には私が真っ先に声を掛けている。
メリーの乳母の一方はそのうちの一人だ。




