65、宇宙人
かつて私が目にした赤ちゃんは、赤くてしわくちゃで子猿のようだった。
我が子の身体的特徴は前世でいうところの西欧人なので、頭が大きくて目も大きくて、下瞼まで二重。
角度によっては肌が青みがかって見えるほど白く、宇宙人のようだけど、これでもだいぶ人間らしくなったのだ。
髪はゆったりウェーブの掛かった黒。瞳は金。
美人だと公王陛下はじめ皆が口をそろえて言うけれど。
どう見ても不気味で可愛い。ブキかわ。
メリエレンと名付けられたこの子を私はメリーちゃんと呼んでいる。
女の子だ。
公王陛下が男児を望んでいるのは知っていたけど、私はこれでよかったと思っている。
そして待望の男の子でなかったにもかかわらず、旦那様は誕生当日からメ○ーに首ったけ。
取り上げたのはあくまで産婆で、ご自分は立ち会っただけなのに(いろいろ私を助けてはくれた)手ずから取り上げたと言ってはばからない。
せめて彼の部下とその奥方たちに同じことを強要しないよう、注意しなければならなかった。
あくまで自発的に、双方が納得して行っても後悔する人もいるくらいだから。
この夫が出産に立ち会うという行為。
思ったより早く、庶民の間で流行りはじめた。
そういえば歳の差婚もそうだったような…
より仲良くなるか、溝が深まるかはその夫婦次第だけれど。
さっそく帝王切開で助かった命があると聞いてうれしい限りだ。
背後関係まで徹底的に調べた乳母が二人もいるので、はじめての育児は想像以上に楽。
もとより私の身のまわりの世話は侍女やメイドがする。
食事はシェフが用意する。
出産前は毎日欠かさなかったお祈りすらも、再開したのは三週間後。
それまではメリーにお食事させるほかはひたすら寝ていた。
さらに様子をみながら各種報告書を読むようになり、指示を出すことはあっても、基本的に仕事はお休み。
この条件下なら誰でも聖母になれそうだ。
夜、数時間毎の授乳の大変さは経験者が声を大にするところ。
そこを代わってもらえるだけでもありがたい。
ただ出が悪いわけではないので、与えないぶん胸が張って痛くて困る。
「牛さん、牛さん…」
搾乳しようとこっそり起きたら、気付いた旦那様が手伝ってくださった。
ああ、楽。とても助かる。
そういうプレイのようで気恥ずかしさがなくもないけど。
産後は羞恥心を見えないポケットにさっとしまえる。
愛おしく思っても、その気にならない時期でもある。
かわりに寝ぼけた頭で、捨てるのはもったいない聖女印の母乳として売り出そうかなどと考えた。
「これを売る? 何を言っているのだ」
「あら。口に出していましたか」
一般的に卵の生食は危険とされる世界(どうしても食べたい時は浄化する)
衛生面の問題かと思いきや。
「いちばんはメリーのために。残りはすべて私がいただこう」
こんなことをしていても男らしいとはどういうこと?
自分でもなめてみたら、ほんのり甘くてやさしいお味。
母乳は免疫力を高めると聞いたことがある。
激務の公王陛下がお元気なのはよいことだ。
ただし夜のお相手はまだできません。
こちらの世界でも貴族の女が子育てしないのは、出産後なるべく早く次の妊娠をするため。
家を守るために必要なのかもしれないけれど、母体にとってはかなり危険だ。
私は絶対に半年は間を開けるつもりでいる。
旦那様ともきちんと話し合って納得してもらった。
第五公妃となられたカレエラ王女殿下とも仲良くされているはずなのだけど。
公王陛下は私との間にも次の子を望まれているようなので、それ以上の時間稼ぎはできそうにない。
女として求められるのはうれしい。
譲歩してくれる旦那様に対して不満はない。
あるとすれば仕事に対してか。
産休、一年はほしい。
でもその後のスケジュールを考えるといま動かざるをえない。
ああ、メリーとちょっとでも離れたくないのに。
産婆と医師に太鼓判を押されてしまった。
二ヵ月前から少しずつ運動をはじめていたのもよかったようだ。
子連○狼ならぬ子連れ聖女と行きたいところだけど、まだ体力のないメリーを連れまわすわけにはいかない。
だいいち仮想敵な他国で何があるかわからないもの。
例によって汚れ除けの結界を展開した強行軍で、帝国を最短コースで巡り、必要最低限顔合わせもした。
母はただいま帰りました!
我が子は小さくて、でもけっこう重くてあたたかくて幸せ。
確実に大きくなっているのがうれしい。
それだけ離れていたことがくやしい。
人がなんと言おうとまずはこの子の健康第一。
体温や心音を感じて安心してもらいたいし、母と子の絆を深めるためにも、今日もせっせと授乳をしている。




