61、初夏の陣
帝国から割譲されたのは、すでに教会の布教が進んでいた地域だ。
だからこそ統治しやすいと見込んで占領したわけだけれど。
ハノース大公国に新たに組み入れられた民たちを慰撫するため、公妃兼聖女として各地を回る。
予想をはるかに超える歓迎を受けて一安心。
民たちの熱狂ぶりにむしろ引く。
文官たちの報告によれば、よそ(帝国)から親戚や知人を呼び寄せたり、こっそり越境してくる者たちもいて、当初より人口が増えているらしい。
ゆっくりと一巡したあたりで、私の懐妊が判明。
「でかした!」
個人的に生涯で一度は言われてみたいと思っていた台詞だ。
公王陛下はたいそうおよろこびになり、国全体が祝賀ムードに。
これでまた経済が動く。
しめしめと舌舐めずりをしたいところだけれど、つわりがひどくてそれどころではない。
おえっ。
こんなに気持ちわるいものだとは…。
あきらかに体調不良なのに病気ではない扱いになるのか、治癒魔法も回復魔法も効果がない。
ご典医が処方した薬より下級メイドから教わった薬茶の方が効いて、目下、民間療法を研究中。
安定期に入った頃、聖女の守りがないいまがチャンスとばかりに帝国が攻めてきた。
阿呆だ。
別に結界を張れないわけではないのだけど。
今回は大事をとって、せいぜい汚れ除けのお守りを量産するくらい。
何でもかんでも聖女を当てにしていては健全な国政は行えないし、帝国に舐められっぱなしも困るということで。
騎士や兵士の中でも血の気の多い連中は、やっと活躍の場を与えられたと雄たけびを上げていた。
さすがに無血というわけにはいかなくて、それでも一当たりする前に投降を呼びかけたところ、敵の五分の一が武器を置いた。
小隊長ごとその意志を示せた者たちは運がよく、一兵卒の中には上司に切られてしまった者もいる。
すかさず治癒魔法を行使する私。
これで離れていても見えてさえいればピンポイントで魔法を掛けられることがわかった。
遠望の魔法陣は、せいぜい数百メートル先の風景を水盤や鏡に映すもの。
太鼓と組み合わせた音飛ばしの魔法陣も同様だ。
何度もコピーされた映像はかなり不鮮明で、音はガビガビだけれど状況を把握することはできる。
中継地点には物見やぐらを建て、拠点としては方角的にも高さ的にも東の塔がちょうどよかった。
昇降機があるので、身重の体で延々と階段を上らなくてすむ。
実験を名目に私がこっそりでしゃばっているのは、帝国のやり口に腹が立ったのもあるけれど。
どうせ戦い、聖女不在という縛りがあるなら、その限られた条件下で最大限むしり取りたいと思ったからだ。
前世で働くようになってから、私はクーポンやポイントを利用する楽しさを覚えた。
大したものではないけれど、使った金額以上のものが手に入るなんてお得。
でも、なんだかんだいっても相手は大国だ。
やりすぎれば手痛いしっぺ返しをくらう。
さすがにこの体で戦地に赴くつもりはなかったし、公王陛下から下級メイドまで、会う人会う人に戒められもした。
実際、こうして映像で見ることも胎教にはよくないだろう。
魔物や動物を狩るのとはまた違う。
記憶の中のフィクションの方がもっと色鮮やかなのだけど。
リアルは重い。
これでもすでに刑場で刑の執行を見届けるなんて仕事もこなしている。
そんなところで若者たちがデートをしたり、親子連れがはしゃいだ声を上げるのを見て、別の意味で気が遠くなったものだ。
『投降した者はハノース大公国の国民として扱う。家族や友人を呼び寄せることも許可する。恐れずそのまま前進せよ』
将軍の呼び掛けに、致命傷から回復した兵士が真っ先に声を上げ踏み出す。
『聖女様、万歳!』
続く者たちも口々に同じことを叫ぶ。
国と国の争いなのに宗教戦争っぽくて困る。
それはともかく心からの降伏かは、汚れ除けのお守りを身に着けた兵たちと握手させればわかる。
我に返った敵将が突撃を命じても、わが軍の騎士や兵士たちは落ち着いて敵兵に手を差し出し、何事もなく手を握れた者は後方に送り、弾かれた者は切り捨てる。
同僚が槍で刺す場合もある。
そうやって手分けをし出すとさらにスムーズだ。
あきらかな流れ作業は、血沸き肉躍る合戦を期待していた人には物足りないだろう。
「なんともやりづらそうではあるの…」
快くこの場を提供してくださった上、私が無茶をしないようお目付け役を買って出た、前ハノース公爵のぼやき。
かつては平原の狂戦士と呼ばれた方だ。
でも私は女の子だから、男のロマンより損耗をいかに少なくするかを考える。
念には念を入れてジョン・スミスとジーン・スミス親子(という設定)を呼び出し、同類が紛れていないか現場でチェックさせているから、滞りなく愛国心にあふれた国民を確保できるはず。
投降した者たちの家族や知人の安全を保障するのは当然として。
帝国は今度は何をくれるだろう?




