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転生した私は聖女かもしれない  作者: 御重スミヲ
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6、孤児院


 教会に併設された孤児院の環境は、思ったほど悪くはなかった。

 とても質素な生活ではあるけれど。

 比べるものがアレだからというのもある。

 暮らしている子供は、私を含めて十三人。やだ、不吉な数字! なんてことはこちらではなくて。

 教会では、創造神である雄神のみならず、豊穣・知識・礼節を司る三柱の女神のことも篤く信仰している。

 なぜ男神ではなく、雄神と表現するのかといえば。

「半身は獅子、ですか?」

 ベンチに寝そべるタニタ司祭を振り返ると、彼はのん気に鼻をほじくっていた。

「信者に同一と理解させる都合上、一緒くたに表現しているが、本来は人と獅子の二つの姿を持っていて、その状況に合わせたお姿で顕現される、と、言われている」

 信じていないのですね、司祭サマ。

 もっとも、このゆるい感じが心地よくて、本来ならば一次反抗期まっさかりのはずの男の子たちも比較的落ち着いている。

 女の子たちは大人びていて話が通じるし、幼年組はまだまだ素直。

 そのうちの一人が、みんなを代表して張り切って買い物をした。

 木登りに誘われたら、ころっと忘れてしまっていたようだけど。

 司祭様の仕草を見て思い出したらしい。

「司祭さまー。神様の鼻くそはお薬になるって、ほんと?」

「あー、そりゃインチキだ、インチキ」

「えっ、嘘なんだ…」

「なんだ。押し売りの言うこと聞いて、なんか買っちまったのか?」

 ここでは三歳児ですらも簡単な掃除や畑仕事を手伝い、週に一度、ちょっとした駄菓子が買えるほどの硬貨をもらう。

 以前にはなかった習慣で、一年ほど前から折にふれて慰問に訪れる、さる高貴な方のおかげでそれだけの余裕ができたのだとか。

「うーうん」

 どんぐり頭のかわいい坊やが、くねくねと体を揺らす。

「なんだ、どっちなんだ」

「だって~、司祭さまが年中ごろごろしてるのは、持病のなんかが悪いからだって、マリアンナ姉ちゃんが。だからみんなでお金集めて買ったの~」

 タニタ司祭様が責めるように私を見るけど。

 まさかこの純真な坊やに、ただのさぼりだなんて言えないでしょ!

 にらみ返すと、バツが悪そうに頭を掻いて身を起こす。

「あー、薬は嘘っぱちかもしれないが、信じて飲めば効くって言うしな。なにより坊主の気持ちがうれしい。その薬、オレにくれるか?」

「うん!」

 彼がポケットから大事そうに取り出したケースは、木製の小さな茶筒のような構造で、きゅぽんと蓋をとったタニタ司祭が一瞬、顔をしかめる。

 正露○の臭い。においが同じということは、成分もだいたい同じでしょう?

 だから私も薬売りの口上を止めなかった。

「確かに鼻くそだ」

 世界が違っても、人間は同じものを連想するのだなぁ。

 前世、うちの会社では健康茶やサプリメントもたくさん製造・販売していた。

 もとはといえば、祖父が薬売りをしていたからなのだけど。

 人の不幸、つまりは病気や怪我があってこその商売なので、薬くそぅバエと揶揄(やゆ)されることも多かったと悔しがっていた。

 そのくせ酔えば、馬の小便水薬~鼻くそ丸めて○金丹♪とご機嫌で歌っていたっけ。

 件の薬売りも、教会の真ん前で神様の御名を出して商売するなんてすごい度胸だと感心した。

 どこぞの間者かもしれないなんて想像して楽しませてもらったのは内緒だ。

「あのねー、おなか痛い時も、歯が痛い時も、すっごくよく効くんだって~」

 うんうん。本当によく効くのよね。とっても臭いけど。

 でも、不思議とコーティングされているものより、こちらの方が効く気がするのだ。

 良薬は口に苦し。

「はい、司祭様。お水です」

 きっと二日酔いにも効きますよ?

 傍らにあった酒臭さの残るカップに、魔法で水を注いてあげる。

「おお。上達したなぁ~」

 心底迷惑そうに顔をしかめて、しかし、薬の送り主にニコリとすることは忘れない。

 子供たちや近隣の住民には、ほどよい司祭様なのだ。

 私にとっては魔法の師匠として優秀。

 お会いして、孤児院に身を寄せたいと相談すると、付き添いのおばさんの話を聞くまでもなく。

「ん、いいんじゃないか?」

 即答してくださったのはありがたかったのだけど。

 その軽さに不安を覚えずにはいられなかった。

「司祭様、どうすれば魔法を使えるようになりますか?」

 四人部屋に案内されて早々、質問した私を見おろして、まばたきを一つ二つ。

 無言で去る。なにか悪いことでも言ってしまったかなと思うじゃない?

「ん」

 すぐに戻ってきてくれたのでほっとしたところへ、言葉少なに古びた本を渡される。

「字は、タスクに教われな」

 ですって!

 最初は憤慨したけど、いちばん年上の男の子に教わるまでもなく私は文字が読めた。

 だって、日本語だもの。

 なにも教える気がないのかと思いきや。

 私が(つまず)いていると計ったように現れて、的確なアドバイスをくださる。

 なになに。

 ★魔法は、誰もが持つ魔力を変換して、自然の現象を模倣するものです★

 ★稀にそれ以上の威力を出せる者もいますが、危険を伴う行為でもあるので、その場合は強い自制心が必要です★

 ★まずは体内の魔力を感じてみましょう★

「あ~、胸の奥だな。その場所は左右どちらにもある。呼吸をゆっくりすると感じ取りやすい。特に息を吸う時だな」

 とか言って去っていく。

 それって肺じゃない?

 肺で感じるということは、空気中に漂っているもの。

 酸素? 二酸化炭素? 窒素みたいなもの?

 私はそうと仮定して、目を閉じる。

 おかげで吸い込む段階から、血液に溶けて体中を巡るところまで、割と早いうちに感じ取れるようになった。

 ついでに体内の(・・・)と言いつつ、そこら中にあるように感じられるのだけど。

 それって口にしてよいことなのかしら?

「魔物も家畜も小麦すらも魔力を持っている。ということは、水や大地にも存在しているのではないか?と言われているが、まだ立証した者がいないんだ」

 び、びっくりした! なんなのこの人。

 でも、そうね。こちらには空気って概念すら、まだないみたい。

 うまくすれば無尽蔵に魔法が使えて、それが私のアドバンテージになるかもしれない。

 学ぶのがますます楽しくなった。



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