59、ゆく年くる年
今年のハノース大公国は上り調子だった。
まず、国として独立した。
もともと豊かなところにもってきて新たに開墾や灌漑を行い、肥料などの投入もあいまって収穫高は大幅にのびた。
衛生環境の改善と聖女の巡回により、怪我や病気で亡くなる者はごくわずか。
教会、温泉、ダンジョン等、新たな観光施設を造るにも維持するにも人手が必要で、そうやって人が集まれば金が動く。
高性能の馬車や昇降機をはじめとした機械類、白物家電ならぬ各種魔道具、(そのように設計した)ダンジョンから産出する鉱物を輸出し始めたことも大きい。
民たちにしても収入が増えた分、家計の半分を占めていた税の割合が減るわけで、懐が潤えば体力的にも精神的にも余裕ができて、表情も明るくなろうというもの。
よきかな、よきかな。
このよい気分のまま年を越したかったのだけど。
春先に計画されている建国記念式典。
それほど交通機関が発達しているわけではないから、各国からの賓客も一二の三でやってくるわけではない。
天候の急変や崖崩れ、川の増水、馬車の故障や急病を頭に入れて、遠方から訪れる方々のほうがむしろ早くやってくる。
それでもどんなに早くても指定した期日の一月ほど前に国境を越えるのがふつう。
三月も前に、しかもこんな雪の降りしきる中、妊婦を抱えて越境しようなどよほどの事情があるわけだ。
お隣の帝国は我が国の何十倍も大きいけれど、あくまで対等な友好国だ。
我が国を間にはさんで存在する王国と帝国の関係をそのままスライドしたかたちだけれど、先代の皇帝陛下の妹が、公王陛下のお母様にあたるわけだから別段おかしな話でもない。
いまの皇帝に代替わりしてから少し疎遠になったけれど、共に轡を並べて戦い出世した将軍などは、戦場の鷹の恐ろしさを忘れていない。
たださらに下の世代、具体的にいうと皇太子などは、新参の小国よと軽く見ていても不思議はない。
腹立たしいことに容姿は旦那様に驚くほど似ているらしい。
建国記念式典には、反対隣の王国からは国王陛下がいらしゃる。
帝国からは皇帝がくるのが筋だ。
名代として皇太子を当てるのは許容範囲ではあるけれど、そこには大国の驕りと隠し切れない恐れが見える。
もともと戦で諸国を併合して大きくなった帝国は多民族国家だ。
宗教も帝室が推奨するものと、他国から流入したものと、土着のものが四対四対二の割合で存在している。
国教を司るのが神殿で、他国から流入し着々と勢力を広げているのが、私のバックについている教会。
もっとも私から見ればどちらも解釈と表現方法(神様の名前や役割)が違うだけで信仰の対象は同一。
それ以前に信仰されていたのが精霊であることは明らかだ。
皇帝であればこそ自分の信じるものが正しくて、他者を払いのけたい気持ちもわからないではないけれど、気分で政治をするのはどうだろう?
年商と純利益をごっちゃにするキャバ嬢でもあるまいし、経済力、軍事力ともに勝負にならないと判断しているのも情報不足の認識不足。
会社と同じで大きければ大きいほど、一般的に支出が多いものだ。
実際、利益率だけはうちの方が高い。
もちろん数は力。真正面からぶつかれば敵うわけがない。
でも、我がハノース大公国は帝国に勝つことはできなくても、負けることもない。
小国としてはそれで十分ではないかな。
そして、小さいゆえに小回りがきいて隅々まで目が届きやすい我が国と比べて、帝国では常にあちこちで火種がくすぶっている。
なにしろ国を代表して送り出した皇太子は、実の妹と乳繰り合うような痴れ者。
後先を考えていないから皇女の妊娠が判明して進退窮まったわけだ。
まだ隠しおおせていると思っている彼らの筋書きは、早急にハノース大公国に入国し、皇女が公王陛下の目にとまり公妃になるというおめでたいもの。
つまり托卵する気満々で、なぜそこまで自分たちに都合よく物事が進むと考えられるのか不思議。
そんな浅はかな企み、私たちが知っているくらいだもの。
当然、皇帝だって把握しているに決まっている。
わかっていて止めないのは我が国を下に見ているから。
厄介事を押し付け、あわよくば大国の力で後押しして自分の孫が公王になった暁には、ハノース大公国を併合できると考えているらしい。
似たもの親子。
目が合っただけで妊娠したなどと言われても困るので、特に皇女は公王陛下とは絶対に会わせられない。
だからこそ全権をいただいた私が国境にスタンバイしているわけ。
砦の門は開いている。
そこへ向かってくる豪奢な馬車も、数の多すぎる騎馬隊も雪を被っている。
「止まれ!」
我らが騎士団長が声を上げるまでもなく、彼らはこれ以上前に進めないのだけど。
「誉ある皇太子殿下の行く手を阻むとはなにごとか!」
派手な羽飾りをつけた男が声を張り上げる。
本来確認されるのは先触れと馬車の紋章だけ。馬車の中はノーチェックだ。
それを停め、さらに貴人を馬車から降ろそうというのだから向こうが激高するのももっともだ。
でも、怒らせるのも仕事のうち。
私は彼らを砦にすら入れる気がない。
門の傍らにつくらせたのは、さっ○ろ雪まつりに出品してもよいくらいの優美な雪の迎賓館。
中で火を焚いているから意外に温かいはずだけど。
迎え入れるべき客は、見惚れていたくせになかなか中に入ろうとしない。
あちらがどんなに怒っても粘っても、こちらはちっとも困らない。
微熱の魔法陣と魔石を縫い込んだ防寒服やブーツを馬丁にまで支給。
雨除けの魔方陣を改造した雪除けと、風除けの札を持たせ、交代で鍋物や即席めんを食べさせている。
彼らは大喜びで、なんだったらいつまででも粘ってくれと囁きあっている。
野営の準備くらいむこうもしているけれど雪がやまないので、しぶしぶ雪像内に入ることにしたようだ。
その大広間で私はア○雪のごとく、水魔法の使い手に階段をつくらせながら上から登場。
靴底をスタッドレスにしておいて大正解だ。
「仮初の館へようこそ。ハノース大公国第四公妃マリアンナ・アニフィール・ハノースです」
きちんと先にごあいさつをする。
「なんたる無礼!」
王妃と太子、どちらが身分が上か?
彼が皇帝になれば立場は逆転するけれど、現段階では私の方が偉い。
もとより世の中すべてが額面どおりにいくわけでないのは承知している。
前世でも、A社の社長よりB社の部長の方が威張っていて、それがまかり通るなんてことはざらだった。
彼の場合、母国の面積が広いことが間違った自信につながっている。
その上、いずれ皇帝になった時のことを考えてまわりが忖度するせいで、正確な認識ができなくなっているのだろう。
髪や目、肌の色や顔かたちは似ていても、あの気品や知恵を宿した目の光、そして全身から立ち上る力強い気配は旦那様だけのものだ。
小狡さを感じさせる皇太子を見てひと安心。
皇女の方も兄のかげに隠れて震えるそぶりで、油断なく上目遣いにこちらをうかがっているから以下同文。
「さて。私もなにかと忙しいので意味のある話し合いをいたしましょう。
まず、そちらのお嬢さん。身重の体でよくもこんな旅をしてきたものだと呆れております。こちらでなにかあっても責任が持てませんので、あなたの入国は固くお断りいたします」
情報は筒抜け。さらに何事か仕掛けられているのだから、驚いたり怒ったり怯えたりしている場合ではないと思うのだけど。
「この…重ね重ね、なんたる」
青筋を立ててぶるぶる震えながらにらまれてもまるで怖くない。
妹の方は目に涙を浮かべてやはりぷるぷる震えている。
いつもそのように、なにもかもまわりにさせて楽をしている様子が目に浮かぶ。
「次に、名乗りもせずあいさつもできないお坊っちゃん。
あなたは自分の子を殺したいのですか? 殺したいのでしょうね。
このような過酷な環境に母子ともに置いているのですから。
これは頭から終わりまであなたの責任です。どのような結果になろうとも、すべて自分がいたしましたと、あなたの父親にも伝えるように」
「あの無礼者を切り捨てよ!」
命じられた騎士がなんの躊躇いもなく向かってくるあたり、帝国は問題だらけだ。
前に出たがる護衛をハンドサインで抑え、雄たけびを上げる騎士を汚れ除けの結界で包んで、そのまま結界を動かし反転させる。
むこうの護衛を弾きとばし、薄く切らせたのは皇太子の頬。
「わ、わーっ!」
人を切れと命じておいて自分が切られると腰を抜かすとか、どうしようもない奴だ。
ついでに股間の一物も切り落としておこうかとも思ったのだけど。
災いの種が帝国にある方がこちらとしては都合がよいと思いなおす。
切りかかった騎士は呆然としているので結界を解き、そのまま好きにさせておく。
剣は持たずとも同時に振りかぶって遠隔操作していたのだから、私がやったことは明白。
「ま、魔女め!」
側近たちに支えられて立ち上がった皇太子は私を指差し叫ぶ。
皇女も護衛に守られるだけでは不満だったようだ。
「恐ろしいですわ、お兄様」
ここぞとばかりに抱き合う兄妹と同意見なのか、抵抗もしない同僚は取り押さえても、こちらには向かってこない騎士たち。
皇太子を諌めるどころか、その言動をフォローする者が一人もいない。
ありがとう。
私の側には護衛騎士だけでなく教会関係者が控えている。
私とは仲がわるい枢機卿だけど、こんな時は非常に頼もしい。
「我が教会の認めたる聖女を魔女とおっしゃいましたな」
とても良い笑顔。
そのたった一言が帝国での教会の勢力拡大に利用されるわけだ。
「言ったがそれがどうした!」
この皇太子はまだ自分の首に縄が掛かったことに気付いていない。
「いえいえ。のちほど皇帝陛下にご報告させていただくだけのこと」
かの教会は帝国で布教することを認められている。
はじまりは隣国王家に嫁いだ皇女殿下が改宗したこと。
彼女は新たに出会った神を心から信仰し、母国にも小さな教会を建てた。
それがなぜかは私がお世話になった孤児院および教会の、蔵書のラインナップを見るとよくわかる。
上層部の権力争いは別として、この教会は民の生活に密接にかかわり、その向上に力を入れている。
精神面を支えられるだけでなく、日々、自分や家族のためになると肌で感じているので、教会が先導すれば信者たちは一斉に蜂起するだろう。
帝国民の四割となると非常に大きい。
その上、私が帝国内で行う予定だった浄化や治癒をキャンセルさせることもできる。
でも、ここにいる帝国民は誰一人としてそれに気づいていない。
明らかな人選ミス。
このありさまでどのように父親を言いくるめたのか。
自分たちの秘密を誰にも知られていないと思い込んでいるがゆえに、どうしても妹を連れ出さなければならない皇太子は、近頃ふさぎこみがちな彼女を聖女に診せたいと情に訴えた。
皇帝は義父(外戚)と一石三鳥などと笑ってたらしいけれど。
息子の不始末を隣国に押し付け、その国を盗ろうなどと下手な欲を出したばかりに…。
「我がハノース大公国の公妃たる私に礼をとらぬばかりか、問答無用で切りかかるとは。事実上の宣戦布告、受けて立つ! …だが、女子供に情けをかけて一刻待とう。逃がすべき者を疾く去らせよ」
私たち一団は、さっと雪像内から退いたけれど。
この期に及んでまだ無礼だなんだと騒ぐばかりの皇太子も皇太子なら、側近も側近だ。
十分たっても動きがないので、私は砦の者たちに鬨の声を上げさせる。
やっとぱらぱらと人が動き出し、一台の馬車とそれを守る一団がもと来た道を引き返す。
医師も侍女も付き従っていることだ。あとは知らない。
格好をつけて言ってはみたものの、さて一刻とはどれくらいなのか。
周囲の答えは、二時間、一時間、三十分、ほんの一瞬などまちまち。
非戦闘員は退避した様子だから、すでに目的は達している。
…戦の体裁が整ったら攻めよう。
もし皇女が残っていてもこちらは困らない。
いちど情けをかけたという事実が大事。
もともとちょっとした小競り合いくらいできそうな集団だった。
残りの騎馬隊が陣形を組んでいるのはよいのだけど。
こちらが用意した雪の塊に寄って立つのはどうだろう。
約束の一刻が過ぎて、私は真っ先にそれを崩壊させた。
細部までこだわった力作を壊すことに、ためらいがあるかと思いきや。
「芸術は爆発だ!」と叫びそうなくらい興奮している水魔法の使い手からそっと目をそらす。
悲鳴をあげて横陣の三分の一が乱れたところへ、
「前進!」
私たちは進むだけだ。
汚れ除けの結界に押されて敵は下がるばかり。
雪は止んだが足場が悪い。
一方、こちらの魔法使いはなかなかの力量で、雪を水に変え地面を乾かしながら進む。
頼まれればいつでもすぐに回復。
時々むこうも矢を射たり、魔法を飛ばしたりしてくるのだけど。
例によってこちらは途中ですべて弾いてしまうので、戦いどころか口喧嘩にもならない。
押しては休み。押しては休み。
食事や休憩、野営もはさみ、私たちは予定通りの地点まで進んだ。
魔力はいつでも必要なだけ取り込める。
空気中に均一に存在しているそれが、消えたり薄まったりして困ったことはまだ一度もない。
そもそも汚れ除けの魔法ならば、一度かければ十日はもつから。
その外側に厚さや強度を変えたものを出現させて、最適なかたちを模索中。
途中、帝国側から増援も到着したけれど。
こちらとしてはやることも結果も何も変わらない。
凍りかけた大河をはさんでこちら側が、あらたにハノース大公国に組み入れられるという寸法だ。
白旗をあげた使者は受け入れるが、皇太子に投降などさせない。
騒動を起こすだけの役立たずなど不要だもの。
性懲りもなく皇女を人質にという申し出も当然拒否。
舐めるなと言わんばかりに戦線を数キロ押し上げ、神殿が神敵を押しつぶしたとしている大岩を断ち割ったら、やっとまともに話し合える使者が来た。
交渉を進める一方で、ことの起こり、成り行き、結果を各国に通達。
庶民レベルでもうわさを流す。
正義は我が国にあり!
「こんなに楽でいいのかな」
ある兵士のつぶやき。
いえ、見えないところで多くの人たちが働いているだけから。
きっとあなたも酷使され…コホン。活躍できる場があるはず。
とにもかくにもハッピーニューイヤー。




