52、ボス戦
実験に一区切りがついて顔を上げると、マクドク教授の目がぱっちりと開いていた。
「…すみません、勝手をしていて」
むこうも好きに時間をつぶしていた。
それはお互いわかっていることだけれど、私も半分は社会人。
「お気になさらず。ここまでたどり着くのはせいぜい一組といったところでしょう。…噂をすれば、来ましたね」
四人の少年がトカゲを蹴散らしながら駆けてくる。
汚れ除けの結界をないものと仮定している動き。
後衛が前衛を助け、前衛が後衛を守り、素人目にも安定した戦いぶりに見える。
私たちの前に整列した時も、息一つ乱していない。
「ヨレスタ、マーレック、タクバール、カイナドールだな」
「「「「はい」」」」
私は手元の名簿にチェックを入れる。
「ダンジョンボスに挑戦しますか?」
「「「「はい」」」もちろんです」
彼らは子爵及び男爵家の三男や四男で、家督を継ぐことはまずない。
冒険者として活動をはじめたのもきのう今日のことではなく、そろそろDランクに昇格するとかしないとか。
『ことはじめのダンジョン』にはもう何度も挑戦していて、今日は魔石の回収もそこそこにここまで進んできた様子。
口々に気合を入れながらも、あきらめ顔なのにはわけがある。
ドラゴンに勝てないことなど誰もがわかっている。
だからこそダンジョンや武術、魔法にくわしい教師たちは、一層や二層にて初心者たちの面倒をみているわけで。
それ以上に彼らのやる気を削ぐのは、ドラゴンにまったく相手にされていないという事実。
私は事前に指導された通り、彼らが開いた大扉にミスリル製のストッパーを噛ませる。
雰囲気としては、地下神殿などと呼ばれていた首都圏外殻放水路の調圧水槽が近い。
東京ドームほどの空間。
その中央で、内野サイズの真っ青なドラゴンが腹を出して寝ていた。
ちなみにおなかはクリーム色。
どう見ても成体ではないけれど十二分に大きい。
若き冒険者たちがチクチク攻撃しはじめてもどこ吹く風。
人間にとっては、その寝息や寝返りすらも危険な攻撃になり得るのだけど。
ちょうどこちらを向いた額には朱文字ででかでかと《怠惰》と書かれていて、さらなる脱力を誘う。
小一時間健闘したのち、息を乱し大汗をかいて苦笑しあう少年たち。
「まだまだだなぁ」
「まあ、仕方がない」
「わかっていたけど」
「へこむ」
それでも私たち教師に「ここまでにします」と報告し「お世話様でした」と頭を下げる。
Dクラスと内心あなどってはいなかったか?
密かに反省する私。
彼らは机上の理論より実践派。
すでに社会に踏み出しそちらに重きを置いているだけで、落ちこぼれではなかったようだ。
「これに懲りずにまた挑戦しなさい」
さすがは先輩教師、教師らしいことを言っている。
素直に返事をする生徒たち。
この細身の男からは戦闘面のアドバイスなど受けられないとわかっているらしい。
仮にも貴族。それなりに風魔法など使うらしいのだけど。
誰にも向き不向きというものがある。
「…ハノース先生、差し支えなければお教え願いたいのですが。先生であればこのドラゴンにどのように挑みますか?」
いちばん小柄な少年、カイナドール子爵令息がおずおずと私にたずねる。
私としては礼儀正しいことが大前提。
「そうですね。あくまで私であればですが…」
他者の参考にならないことは承知で、この賢明なる生徒たちに応えたくなる。
少なからず《怠惰》なドラゴンに腹を立ててもいる。
もちろん初心者用のダンジョンで本気でこられても困ってしまうのだけど。
もう少しこうサービス精神を発揮してもよいのではないかね。
「マクドク先生、申し訳ありませんがポケットにお持ちの調味料をわけていただけませんか?」
「…どうぞ」
彼がマイ調味料を持ち歩く人でよかった。
私もとっさにキャンプができるくらいのものはマジックポケットに入れてあるけれど、刺激物でしかも液体の持ち合わせはない。
唐辛子のオイル漬け。今度から私も常備しておこう。
汚れ除けの結界でガードしているから直に行っても問題ない上、愛用の乗馬服は運動しやすくもあるけれど。
体力的に山登りはちょっと。
いまこそ練習の成果を実践で試す時。
自分を覆っているのとは別に汚れ除けの結界を張り、それを変形させ、さらに視覚化させる。
「「「「「おおーっ!」」」」」
普段は冷静沈着な数学教師まで興奮したように声を上げるということは、大半の男子に訴えかけるものがあるらしい。
はじめは自身の似姿だったのだけど。
最終的には動く巨人ということで、ウルト○マンに落ち着いた。
なにせ凹凸は少ないし、瞳と胸のピコピコをのぞけば二色ですむ。
あいまいな部分も多分にあるにせよ、私的にはガ○ダムよりイメージしやすく動かしやすかったのだ。
思えば前世でも機械類の操作は苦手だった。
これを動かすのにも自分をコントローラーとして、アバターに同じポーズをとらせるしかない。
全身運動ゆえの疲労プラス、ギャラリーを意識すれば恥ずかしいけれど、指先でちまちまするよりずっと楽。
前進と念じながらその場で足踏みすればアバターは前に進む。
よくおやすみのドラゴンの目元に、ほんのり赤みがかったオイルを点眼するなんて繊細な動作もできる。
「ウギャァァァァッ!」
うん、ごめん。
でも小突いたり蹴ったりしたくらいでは起きなかったでしょう?
それに怒って突きかかってきてくれた方が私に有利。
付け焼刃の剣術では話にならないし、だからといって聖剣を持ち出すのもどうかと思う。
最終的に必要ならば使うし、それを期待されている気がしないでもないけれど。
姫様呼びされていた私が習っていたのは合気道。
漆黒のドラゴンを相手にした時も思ったけれど、彼らはなぜか肉弾戦となると二本足で立って人っぽい動きをする。
大変都合がよろしい。
相手の勢いを利用してひたすら振り回す、投げる、振り回して転がす。
ドラゴン相手に関節取って押さえ込むのはさすがに無理だから。
ギャラリーにもドラゴンにも大変満足いただけたようだ。
途中から飼い主に「取ってこーい!」されている犬のようにキャッキャしていたもの。
ブレスは吐かないし、やはりまだ子供なのかしら。
「ガウゴラギャァァ」
『はぁぁぁ、ひさしぶりに楽しかったぁ』
体の大きさに比例して低い鳴き声を響かせつつ、頭に届く声(?)は少女っぽい。
幼児のようにえんとして、そのポーズ自体はあどけないのだけれど。
やはり大きすぎるし爬虫類系の目が怖い。
転がっている間中、片目からぼろぼろ涙を流していて、刺激物は無事洗い流されたようだ。
よい子がマネしてはいけないことをした自覚はあるので、とりあえず口先だけでも謝っておこうと思ったのだけど。
「あら、おでこの…」
『え、やった! 消えた!?』
「いえ、まだうっすらと」
『え~~~! まだ、駄目なのぉ?』
不貞腐れたようにごろりと横になるブルードラゴン。
『おじいちゃんたら厳しすぎるのよ。子供は遊ぶのが仕事って、寝るのだって子供には大事なことなんだから。お昼寝好きのなにがわるいのよぉ』
ぶちぶち文句を垂れるその内容から推測すると、仕事(遊び)をしない罰的な意味でここに配置されているようだ。
「失礼ですが、おじい様は正確にはなんとおっしゃっていたのですか?」
『ん~? 冒険者と遊んで、お前とうまく遊べる者がいたら…そだ、そだ! そうだった!』
むくりと起き上がったドラゴンが前傾姿勢をとる。
嫌な予感!
私はササッと後ろにさがった。こういう時は運動神経とか関係ないのだ。
『オエッ!』
顔を背けてもいろいろ想像してしまう音と臭い。
身形からして潔癖症らしいマクドク教授はいまにも失神しそう。
キラキラとエフェクトをかけたい物体の中に、さらなる輝きを見逃さない少年たちは冒険者として非常に有望だ。
「「「「おおーっ!」」」」
『あなたのおかげで思い出した! えーと…冒険者たちよ、よくがんばった。ワレをたおした褒美にコレを与える!』
オウムのように教えられたことを深く考えずにくり返している感じ。
それでも役目は果たしたということなのか。
額の文字が今度こそ完全に消えた。
それと同時にドラゴンの足元に大きな魔法陣が出現し、輝く。
『やったー! やっと帰れる~! あ、そだ。あなたのおかげよ、ありがとね。お礼にコレあげる』
上腕の剥がれかけていた鱗を一枚ぱりっと取って放り投げてくる。
あぶない! とっさに結界製のウ○トラマンでキャッチ。
コレ、大盾くらい厚くて大きい。とても綺麗だけど。
ドレス姿ではないから貴婦人の礼は様にならない。騎士式でいこうか。
「ありがたき幸せ」
『いいの、いいの。じゃあね~!』
あれだけの巨体がきれいさっぱり消え去り、残されたのは内容物まみれの魔石が人数分と、ドラゴンの鱗が一枚。
私は無我の心境で汚れ除けの結界にて、魔石を選り分ける。
「ありがたくもドラゴンからの贈り物です。一つずつお取りください」
整然とした数式と、清潔さをこよなく愛する数学教諭はぶんぶんと首を横に振る。
説得は無理そうだ。
冒険者たちは目を輝かせながらも「自分たちが戦い勝ったわけではありませんから」と遠慮する。
そんなことをしているうちに床にまた大きな魔法陣が浮かび上がり、今度はレッドドラゴンが現れる。
大きさは先程のブルードラゴンと同じくらい。
額には黒々と《暴食》と殴り書きされている。
「グラァァァァァ!」
『飯抜きだなんて、ひどいよぉ~』
死んだ目をしていたけれど私たちに気付いて、そこに小さな希望の光が宿る。
私たちは全員そろってタイムのジェスチャー。
ボス部屋の入口横に刻まれている説明書きにちゃんとある。
どういう仕組みか知らないが、これでレッドドラゴンは私たちに手出しできないのだ。
「ブルードラゴンは『冒険者たち』と言っていました。間違いなくあなた方も含まれますよ」
「…では、ありがたく。いつも通りカイナドールからな」
喜色を浮かべながらも、それぞれがいちばん小さいと思うサイズのものに手を伸ばすのが奥ゆかしい。
大きさからしてオークジェネラルあたりの魔石だと思うのだけど。
ドラゴンの体内にしまわれていたからか、かなり青みを帯びて綺麗に透き通っている。
さらに深みのある色合いでグラデーションのかかった鱗は美しく、猛烈にほしいという思いが湧き上がったのだけど。
冷静に考えればしょせんは物だ。
どんなに美しく高価なインテリアにもすぐに飽きてしまう私。
ラノベお約束の武器に加工するにしても、私にはやたらの盾より優秀な汚れ除けの結界があり、聖剣がある。
「魔石をお取りにならないのでしたら、この鱗をお持ちになりますか?」
人の心に蟠りを残す方がよほど厄介だから、物品で片がつくならばと思ったのだけど。
「とんでもない、ハノース夫人がいただいたものです。私はそこに立ち会えただけで十分です」
模範解答、万歳。
フフフッ。この鱗は公王陛下に献上して、かわりにダンジョンからスライムを持ち出す手続きをしてもらおう。
「…かわりといっては何ですが、こちらを差し上げます」
マジックポケットに入れたままにしていたルービックキューブの試作品を渡す。
すでに特許は取らせてあるし、三日とたたずに店頭に並ぶ予定だからかまわないだろう。
マクドク卿は怪訝そうな顔をしたものの遊び方を説明すると、ぱぁ~っと輝くような笑顔を見せる。
びっくりした!
大のパズル好きと調べはついていたから、気に入るとは思ったけれど。
あの深い眉間の皺はどこへ?
少年たちも見てはいけないものを見たようにそっぽを向いている。
「コホン…ありがたくいただきましょう」
「グラァァァゥ…」
気を引くように小さく鳴いてるドラゴンは無視。
『切ねぇ…』
いえ、早々に還してしまっては罰にならないだろうし、今日はもう十分に働いたので。




