5、教会へ
善は急げということで、私は早速、教会へ行ってみると告げた。
だって、この調子だと拡声器は絶好調で、母親の耳に入るのも時間の問題だろう。
ネグレクトがDVに進化しても困るので、さっさと逃げよう。
そうすればここを掃除しなくて済むというのが、じつはいちばんの理由。
「言いだしっぺはあたしだけど、そんなに簡単に決めちまっていいのかね」
さすがにばつが悪そうに、教会まで付いていくと言い出したおばさん。
正直、助かる。
幼少期に数度、連れて行かれたきりだから。
私、教会の場所すら知らないもの。
「司祭様もいい方なんだけど、ちょっとひねくれてる上に、かなりめんどくさがりでね。あんたがどんなに大変だって言っても、自分で見にくるわけないから、大人の口添えもあった方がいいだろ?」
それって、ほんとにいい人なんですかね。
「持ってく物はそれだけかい?」
食べかけのパンと、汚れたままの着替え。
前世だったらどちらも捨ててしまうレベルだけど、こちらでは布はきっと高価に違いない。
どんな安物に見える衣服も、みんなあきらかに手織り&手縫いだもの。
「はい。…あ、すみませんが、あの棚の上の箱を」
おばさんは心底嫌そうに部屋に入り、そろーっと埃だらけの木箱を下ろしてくれた。
A四サイズくらい。薄っぺらで大した量は入りそうにない。
そう。私がなぜ倒れていたのか。
それしか思い当たるものがないのだ。
おばさんはすでに部屋の外。ずっと息をとめていたようだ。
私は窓の外に向かって埃を吹いて、咳き込んだ。
「馬鹿だね」
言われても仕方がない。
めげずに比較的汚れの移らなそうなゴミの上で、蓋を取る。
日本語だ!
そういえばと、いまさら自分も周りも日本語を話していることを自覚する。
え、なに。やはり乙女ゲームかなにかの世界なの!?
「まだかい?」
やばっ。おばさんがイライラし出している。
驚愕も疑問も、ひとまず置ておいて。
紙の束にざっと目を通す。
手紙だ。しかもラブレター。宛名は母親。
愛称でやりとりしているから、絶対とは言えないけど。
これだけの達筆、上質な紙。貴族かもしれない。
差出人が私の父親とは限らないけれど。これは使えそうだ。
「お待たせしましたぁ~! 教会までよろしくおねがいしま~す!」
「まったく調子のいい子だね」
言いつつ、ちょっとだけ笑うおばさん。
盛大にうちの母親の悪口を広めてくださいね。
正直、この道が駄目だったらと怖気づく気持ちもないではないけれど。
ラノベにおいてピンク髪のヒロインは、たいてい下級貴族の血を引いていて、下町にて母子家庭で育つ。
その後、母親が病気で亡くなると、教会の孤児院に居を移し、就学年齢に近付いたあたりで貴族家に引き取られるのだ。
だったら、早々にそのルートをたどってもよいわけで。
私はとてもではないが、あの母親が心労や過労で倒れるとは思えないのだ。
残念ながら乙女ゲームをプレイしたことがないので、ここがどこの世界と断定することはできない。
したがって主要人物も、起こるイベントも、取るべきルートもわからない。
ラノベのふわっとした知識に頼るなら。
昔は、一途なヒロインが聖女としての力に目覚めて王子様、もしくは騎士団長、魔術師団長、教会幹部の子弟か大商会の息子と幸せになって、めでたしめでたしだったところ。
近頃は敵役の、いわゆる悪役令嬢が主人公として描かれたものが流行り。
本来ヒロインであったはずの女の子の方が嫌なやつで、最後はざまぁされるという。
読んでいるだけなら楽しいのだけど。
いや、八割方ないとは思うのだけど。
この髪と瞳の色がネックなのだ。
今日ざっと見た限り、周りはだいたいブルネットか金髪。瞳の色もブルーかアンバーといったところ。
なんにしろ、上手に不幸は避けねば。
贅沢は言わない。
いまは雨風をしのげる屋根と、健康に成長できる最低限の栄養が必要だ。
欲を言えば、もし魔法学院なるものに入学してもいじめられない学力とマナーを身につけたい。
まずは自分の住んでいる国の歴史くらい知らないことには。
若い女が一人でも安全に暮らせる世の中ならば、言うことはないのだけど。
あとはせっかく転生して、それが異世界なのだから、ぜひ魔法が使えるようになりたいものだ。