47、女神の祝福
新入生であるカユスンは十四歳だ。
私より二つ年上。
オレンジの髪にライトグリーンの瞳。腺病質な容貌も、自分とはまったく似ていなくてほっとした。
ヘパニエル男爵の種ではないのではないかとの噂もある一方、男爵は彼を唯一の跡取りとして溺愛していると聞く。
基本的に、家中に問題が皆無の貴族など存在しないのだけど。
本人は、男爵と私の関係はいっさい聞いていないようだ。
「聖女様!」
学院の廊下で突然ひざまずかれた時は、内心けっこう動揺した。
片膝をつき両手を胸の前で交差する、神に祈るスタイル。
落馬するまでは超絶わがままな仔豚だったと聞いていたのに。
まさか、前世の記憶を思い出したとか言わないわよね!?
彼の真摯な祈りが終わるのを待って、いかにも聖女らしく声を掛ける。
「お立ちなさい」
「はい。…突然申し訳ありませんでした。ハノース夫人が入学式でおっしゃられていたように、学院内では講師としてあられるのは重々承知します。
身近にお姿を拝見してつい抑えきれなくなりました。
私は一学年に在籍しておりますカユスン・ディック・ヘパニエルと申します。
先生はご存じないでしょうが、私はつい最近まで起き上がるどころか、指一本動かすこともできず、医師にも見放され、明日をも知れない状態でした。
それが聖女様の御力の一端に触れることで、このように健康になり、学院にも通えるようになりました。せめて一言お礼を申し上げたかったのです」
知っている。
脊椎を損傷したせいで自律神経もいかれていて、いつ発作を起こして儚くなってもおかしくなかった。
ああ。だから会いたくなかったのだ。
ごく自然に、元気になってよかったと思ってしまうから。
「あなたの気持ちは受け取りました、カユスン・ディック・ヘパニエル。
ただ、私は神様の加護を受け、微力ながらそのお手伝いをしているにすぎません。あなたのその信仰は私ではなく神様に向けられるべきものです。
学院内にも礼拝堂があります。神様への感謝が心にあふれたなら、そこへ行きお祈りすることをお勧めします」
「はい、ぜひそうさせていただきます」
素直にうなずくその目が、目がぁ。
キラキラというより、狂信的な光を宿しているように見えるのは気のせいだろうか。
麻疹のように一時的なものだとよいけれど。
これではまわりに引かれて友達もできないだろうなぁ。
実際に血のつながりがあったところで、私にとっては他人より遠い存在なので、あえて突き放して考える。
でも、私の予測ははずれた。
自分では公王陛下経由で与えられる仕事を事務的にこなしているという意識しかなかったのだけど。
学院内にも着々と信者が増えていたらしい。
それでも私の立場を慮って(恐れ戦いてともいう)隠れていたものが、カユスンの衝動的な行動で表に出てきやすくなった。
私は新学院長から依頼されて、昼休みに十五分ほど学院内の礼拝堂で礼拝を行っている。
それまではぽつりぽつりとしか席が埋まることがなかったのに、カユスンはじめ熱狂的な連中が集まるようになってしまった。
しかも、カユスンからはファンレターのようなものが届くようになった。
はじめは授業で出した宿題に一言書き込むくらいだったものが、個別に封筒がそえられるようになり、週に一度が三日に一度、隔日、そして毎日に…。
前世でも経験はある。
こちらはあくまで商売で笑顔を向け、やさしい言葉をかけるのだけど。
相手が自分だけにやさしくしてくれる、自分に気があると思い込んでしまうのだ。
そんな時けして否定してはいけない。逃げれば追ってくる。
適当に相手をしつつ、少しずつ気を逸らす。
そうやってこちらが神経をすり減らしているというのに、そういう輩に限って、ある日突然別の子にコロッといって…ああ、腹立たしい。
それまでにせっせと通わせて、隙あらばボトルを入れさせていたけど。
まさかここではそういうわけにもいかない。
カユスンの場合は恋愛的な要素は皆無だけれど、その分純粋でやっかいだ。
彼の中で私は神聖で何ものも犯してはならない純真な乙女になっていて、なんと私の大事な大事な旦那様が魔王のごとく扱き下ろされている!!! 許せん。
その上、私を救い出し誰の手も届かないところに閉じ込めて守りたいときた。
子供ながらキモイ。ヤバイ。
お前はどこのヤンデレだと言いたい。出てくる物語を間違えてはいませんかと。
いまのところ手紙だけですんでいるし、まかり間違えて彼が周囲の一部熱狂的な信者を巻き込んで何事か起こしても、私の鉄壁の守りの前には何をすることもできない。
このまま放っておいて事を起こしてくれた方が、実家共々すっきり片付けられるのだけど。
なんだろう。
やはり子供を相手にむきにはなれなかった。
思い込みが激しいくらいだから、上手に誘導すれば勉強にも真剣に取り組むし、本当にあの男爵の子かというくらい卑怯なやり方を嫌う。
あ、ブーメラン。
私自身、あの父親の血を引いているからどうのと言われる筋合いはないと考えている。
いま現在、私は新しい魔法陣の開発よりも、既存のものの改変に取り組んでいる。
その過程でたぶん神様から、あるていどの規制がかかっているのは常々感じていることだ。
だからこそ聖女としても聖剣の保持者としても、ある意味安心して活動できるのだけど。
マジックバックにかんしては馬車一台分ほどに容量を拡張することができた。
作りかけのまま数百年放置されてきた転移の魔法陣については、聖地との一往復のみ使用できるようになった。
魔法陣は魔法文字でただ目的を綴れば完成するというものではない。
何となくその法則は見えてきているような気もするけれど、とりあえず描き込んで様子を見、一部を削って様子を見、試行錯誤が必要になる。
新作にしろ改変にしろ完成すると、まるで神様からの祝福のように、頭から終わりまで描き順通りに光が一巡するのでそれとわかる。
それでも、いきなり自分で試すのは怖いから、邸内をうろついている犬(もちろん飼い犬)にご協力願った。
向こうの教会関係者に気付いてもらえるように、首輪に聖女の紋章付きの手紙をつけて転移させる。
向こうにも同様の魔法陣が現れているはずで、もう一度そこにその犬を追い込んでもらえれば還ってくる…はず。
一度で成功したので、心苦しいことにならずにすんだ。
首輪に括りつけられていた返事の文字は踊っていた。
当然、教会には筒抜けになったわけだ。
でも彼らも私同様、そうそう多用する気にはなれないだろう。
四柱の神様に向けて延々祈りの言葉を描き込まなければならず、その上使い捨て。魔力も相当に食う。
もっともあちらは人海戦術で手分けして描き、魔石を大量に手に入れる財力もあるのだけれど。
無許可で他国に侵入するのはこれまた問題があるわけで。
そのへんはよくよく公王陛下と話し合っていただこう。
指示があれば防御の結界くらいいつでも張る。
私は一人、聖女の泉に跳んだ。
教会建設中の人夫たちを驚かせてしまったけれど、居合わせた教会関係者が聖女だと紹介したら大層ありがたがってくれた。
「お仕事お疲れさまです。どうぞお怪我のないように頑張ってください」
お詫びに疲労を回復させておく。
この聖地は半径一キロメートルほど。
教会専属の設計士は私などとは頭のつくりがまるで違う。
その教会はつくりかけにもかかわらず、すでに私は圧倒された。
復活した聖女の泉には半野外の状態で回廊が迫り、けれど主役はあくまで泉。
基礎部分を見る限り、それに仕えるような配置で幾種類もの礼拝所が緩やかな弧を描いて立ち並ぶ。
そこはかとなくガウディを連想させる曲線美。
もともとそこに生えていた樹木がところどころに残され、自然とも調和した建造物になりそうだ。
私は軽く案内を受けた後、礼を言って、泉に向かって祈らせてもらった。
応えがあるとは思っていない。ただ自分が納得したいだけだ。
前世では神も仏も信じていなかった。
こちらで出会った神様はアレだけど、女神様たちに対してはむしろ尊敬の念が増した。
その方々に勝手をして祟られるのは恐い。
孤児院にいた時、教会で祈る際にはそれぞれの神様に供物をささげた。
それらはけして大仰なものではない。
創造神には酒を。
豊穣の女神には麦の穂や果実、それがない時には野の花を。
知識の女神には手習いの成果を。
礼節の女神には朝には朝、昼には昼、夕には夕のあいさつをして、鏡に見立てた水盤に清い水を注ぐ。
私は、学院の図書館で焚書寸前になっていた魔法陣の研究書を泉のほとりに積み上げた。
魔法陣の種類やその効果について解説したものはこれからも活用されるだろう。
でも、ワレケイン以前に文字について書かれたものは…。
マジックポケット万歳!
たしかにいまでは無価値になってしまったけれど、これは人の神への挑戦であり、恋い慕う文であり、弱き生き物の足掻きそのものだ。
子供のつたない落書きさえ寿いでくださるという知識の女神様ならば、こんなものでもよろこぶような気がする。
あとは自分の計画を小声で告げる。
私は目を瞑っていてわからなかったけれど、周囲が騒めいた。
あとで聞くと泉が淡く輝いて、すべての書物が一瞬で消えたそうだ。
許可を得たということでよいのだろうか。
後日、私は学院内の礼拝堂にてペテンをした。
まず、いつものようにカユスンたちを共に祈らせる。
目覚ましの魔法陣を改良したもので、いかにも彼方より響いたかのように鐘の音を聞かせる。
驚き目を開いた彼らが見たものは、知識の女神像の胸元がぼんやりと光る様だ。
その虹色の光は像から抜け出し、ゆっくりと進むうちに小さくわかれて彼らの胸元に吸い込まれる。
めちゃくちゃ練習したけれど、しょせんはしょぼい私の光魔法。
それでも、いままでになかった色合いと浮遊の仕方。
目に見えるということは大きい。
これまで光魔法といえば、頭上から足元を照らすのが定番で、派手にやっても戦場で合図代わりに上空に打ちあげる程度。
その光に色をつけようと考える者もいなかった。
前世のイルミネーションと比べればなんてことないものだけど、彼らの目には神秘的に映ったようだ。
居合わせた神学の教授が誰より興奮して「知識の女神の祝福に違いない」「諸君がこれからさらに勉学に励むことを望まれているのだ」と口走ってくれたので、感化されやすい少年たちの信仰の対象は無事に、聖女(私)から知識の女神様へと移った。
そこへもってきて集団で体験し互いにくり返し話すことで、それはさもすごいことのように書き換えられていく。
カユスンが聖女のおかげでやっと手に入れたと思っている健康も、日々をすごしていけばそれが当たり前になっていく。
また、そうでなくてはいけない。
いちばんしんどい時の感覚を持ち続けるなんて健全ではない。
願わくば、彼らが自分を選ばれた人間だと錯覚して大それたことをしでかしませんように(無責任)
あとは奨学金制度でも用意しておこうか。
あくまで私だったらの話だけれど。
体が不自由でいつ死ぬかわからないまま貴族でいるより、平民でも健康で自分の足で歩いていける方がよい。
そろそろ実家はなくなるけど。
平民になっても努力次第でなんとかなるかもよ、お兄ちゃん。




