46、等価交換
この世界が乙女ゲームの舞台で私がそのヒロインだったとしても大丈夫なように、いわゆるフラグは折りまくった。
そもそも立たなかったものも多いから、私の妄想で片付けてよいような気がしている今日この頃。
これまで主に旦那様のおかげで、我が母親とは一度も接触しないですんでいる。
当然のように突撃自体は何度もあった。
平民の分際で筆頭公爵家相手によくやるものだと、ある意味感心していた。
うちの門番は屈強かつ優秀なので、許可なき者を通さないのはもちろんのこと、そのひとにらみで不審者など半径五メートル以内に入ることもできない。
さらに現在は汚れ除けの魔法陣も併用しているので、文字通り鉄壁の守りだ。
ふつうの民家であれば通りから声を張り上げれば、住人がいやでも聞かなけばならない呼びかけや訴えも、この広大な敷地はものともしない。
通行人にじろじろ見られて本人が恥ずかしい思いをするだけだ。
ヘパニエル男爵からの接触を受けて彼女が動いていることは、とっくに調べがついていた。
本人たちは身に覚えがあるから確信しているのだろうけど。
例えば公的に私を双方の子供と証明するものは何もない。
DNA鑑定などない。魔法もそこまで万能ではない。
ステータスが見られるならばわかったかもしれないけれど。
二人がそういう関係にあったと証言できる人間は、どれも金で転ぶような人格者で、公王陛下の威光を無視してまで法廷で認められる心配はない。
唯一証拠として有望そうな、二人がやりとりしたと思しき恋文は私が持ち出している。
大公閣下の庇護下に入った時点で証拠隠滅、景気よく燃やしてしまおうかとも思ったのだけど。
何かの折に使える可能性もないくはないかと、旦那様に預けておいた。
あれだけ埃を被っていたのだから、さほど重要ではないと私は考えていたのだけれど。
筆跡鑑定はこれまでにも行われていて、それで個人を特定することは可能だそうだ。
公王陛下の部下たちはさすがに優秀だった。
あれが暗号文だとは私は気付けなかった。
ヘパニエル男爵領は狭く、お世辞にも豊かな土地とは言いがたい。
そのわりに羽振りがいいのは、彼が貴族や大商人たちの後ろ暗い要望に応える調達屋だからだ。
得意分野は動物、魔物、人。
アニフィールはこの人の調達の部分にかかわっていた。
下町には意外に多く、貴族に連なる血筋の者がまぎれ込んでいる。
私のように片親だけ貴族という者はもちろん、親の意に反する決意をした世間知らずの令息令嬢たちが、いきなり城壁の外に出ていけるわけもない。
捨てられた子猫のように、狭い世間を流れ流れてたどり着く場所。
掃除も洗濯も手ずからしたことのない彼らは、持ち出した資金が尽きかけても、なおクリーンのアニフィールを頼る。
掃き溜めにいる鶴を探すのが彼女の仕事。
貴種の価値はその見た目と魔力量にある。
マナーや言葉遣い、知識も身につけているに越したことはない。
ただ単に貴族をどうこうしたいという下種な輩も少なくないのだ。
私もあのまま成長していたら、そのうち売られていただろう。
いえ、実母とすれば実父に求められる日を夢見て飼っていたのだろうけど。
あの状態では、私はどのみち長くはなかった。
我が母親ながら反吐が出る。
それでも男女の間でのことだから、細々いろいろなことがあっただろうとは思う。
二人が決定的に袂を分かったのは、私の五歳式に際して、ヘパニエル男爵が私の認知を拒んだからだと推察できる。
貴族が認知するということは、本来その家に迎え入れるということ。
かりに他所へ愛人ごと囲うにしても相応の生活費、くわえて養育費を与えなければならない。
金の切れ目が縁の切れ目。
その後新しい男をつくるまで、アニフィールにはクリーンの魔法しかなかった。
いえ、あの様子では男に貢いでいた可能性は高い。
あの硬く小さな黒パンが、アニフィールのなけなしの尚且つまともな稼ぎで賄われていたのだとわかって、私の心は穏やかだ。
それまでの蓄え?
そんなものがあるはずがない。
だからこそ、いまさらの男爵からのコンタクトにほいほい応じたのだろう。
無視していれば、私も見逃したかもしれないのに。
さしもの諜報部隊も、意外にしぶとい雑草の根がどこまで伸びているのか確認するのに手間取っている。
まだ残しておきたい小悪党もいるから、アリの巣全体を壊してしまうわけにはいかないのだ。
公王陛下から見れば、さほどの差はないのだろうけれど。
王家との兼ね合いも無視できない。
政治は正義だけで行われているわけではない。
どこまでを明らかにし、どこまでを罪に問うのか。
生まれてから五年間、汚い金で育ったのだから私も同罪か? 否!!!
私は世間一般が考えるような聖女ではない。
ご飯も食べれば、出すものも出す。
親の罪に子も連座せよと、天に向かって唾を吐いたのはたしか。
ここは等価交換といこうか。
私は聖女として聖剣の保持者として、また第四公妃としてこの世の人々に利益をもたらす。
それに加えて、我が両親を叩き潰そう。
どうだろう? 私を裁くよりずっとお得ではないだろうか。
前世では、貸しはつくっても借りはつくらないと決めていた。
その貸しも必要となれば回収したけれど。
転生したくらいでは人は変わらないのだなぁ。
できるだけ堂々と、身勝手に生きたいものだとしみじみ思う。




