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転生した私は聖女かもしれない  作者: 御重スミヲ
45/80

45、風前の灯火


 私が講師をするのなんて、せいぜい一学期間だけだろうと思っていた。

 なにせ教える内容は単純で、対比表を配り、三週も授業をまわせば終わるくらいの分量だ。

 ところがこちらの世界の学生もまた間違うことを極端に怖れる。

 重複表現の読みが正しいかどうか等、しつこく確認してくるのだ。

 少々うんざりしていたところ、ある一人の学生が、

「先生。これほど数少ない文字群が、いま私たちが使っている豊かな言語に発展していくなんて! その過程を思うと胸がドキドキして夜も眠れません」

 などと声を弾ませて言うものだから、ついFに相当する文字が変化してYが生まれ、さらにそれがVへと変化し、UとWに派生していく過程を微に入り細に入り説明してしまった。

「先生! 私、感動しました」

 そうでしょうそうでしょう、言葉って面白いの!

 幸か不幸か、他大陸の言語としてアルファベットは存在する。

「ですが、いつになったら私たちの言語になるのでしょう?」

 その質問に答えるには、これがまったく別系統であることを証明しなければならない。

 こちらでは古代語と言われる漢文を読むところから始めて、漢字からひらがなカタカナへの変化…いやさ古代語から現代語への変化を教えていたら、いつの間に言語学者と言語学講師の肩書が増えていた。

 お給料がいただける上に、基本的に人に指図するのが好きだからよいのだけど。

 教師を続けつつ、二学年に相当する中級過程に進学。当然のようにSクラス。

 新入生を迎えることになる。

 その中に腹違いの兄がいた。

 そう、某男爵令息…もう濁す意味もない、カユスン・ディック・ヘパニエルという。

 本来(?)であれば彼が亡くなり、私が男爵家に引き取られ、この学院に入学して悪役令嬢をおとしいれ、第二王子殿下あたりが婚約破棄なぞやらかす流れになったかもしれない。

 いわゆるラノベ的展開。

 落馬したことがもとで長いこと(わずら)っていた彼をさっさと治してしまえば、その可能性はほぼ消えたはずだ。

 でも、私はそうしなかった。

 最終的に必要ないという結論に達していたこともある。

 もし仮に私が完全に他人のふりをして兄の治療に(たずさ)わったとしよう。

 すでに私と親子であると確信を持っていて、ただ証拠がないだけのヘパニエル男爵が何もしないなんてまずあり得ない。

 まだ実父について知らなかった頃は、跡取りさえ存命ならば私にはかかわらないだろうと思えたけれど。

 いまならば、どんな細い糸をたどってでも私を利用しにくるとわかる。

 私にはそれだけの価値があるし、それが貴族というものだ。

 私でも絶対にそうする。

 事実、身分差が相当にある上、自身の行いを(かえり)みれば恥ずかしくて声など掛けられないだろうところ、男爵から公爵家へ何度も接触はあったらしい。

 さすがは我が親。彼もまた自身を正当化するのが得意なのだろう。

 生き物はすべからく遺伝子レベルで利己的だという。

 だから、私はいっさい(すき)を見せてはいけないのだ。

 まかり間違って顔を合わせればうっかり治してしまう可能性もないではないから、私は終始ヘパニエル男爵家にはかかわらないと旦那様に告げていた。

 罪悪感がまったくないとは言わない。

 親の所業など知りようもない美少年が病床に伏しているとなれば、誰しも同情するだろう。

 でも、私は自分の心にあるもやもやを無視したりしない。

 彼は私が誰にも(かえり)みられず餓死しそうになっていた時、のん気に馬など乗りまわしていたのだ。

 私の存在を知らなかった?

 それを言うなら私も兄になど会ったことがない。

 私は基本的に連座制には賛成だ。

 悪党の稼いだ金で飯を食っていたのだもの。

 自分が連座させられる側になれば当然、反発するけれど。

 もっともそれは両親に限ったことで、公王陛下とならば一緒に断頭台にのぼってもよい。

 あれだけの方が頭を(ひね)り手を尽くしてそうなったのならば、ほかに道はなかったと(あきら)めがつくし、そもそもそんなことは万にひとつもあり得ない。

 加護を受けずとも(いや)しの魔法を使える者は少なからずいる。

 ただ、聖女ほど強力に回数をこなせないだけだ。

 魔法陣にも風邪封じや、切り傷を(ふさ)ぐくらいのものはある。

 ヘパニエル男爵はそれらを駆使して、一時期は死の間際までいった息子の命をつなぎとめていたらしい。

 そして聖女(私)が貧民窟で、浄化と癒しを一斉(いっせい)(ほどこ)すところへ潜り込ませた。

 敵ながらやりよる。

 カッコウの(ひな)がするように巣から落とされた身としては恨めしくはあるけれど。

 良きにせよ悪きにせよ自ら手を下すほどではない。

 つまり他人より遠いのだ。

 だから、ごちゃごちゃと人並みに考える過程をたどったのも自分の心を守るため。

 公王陛下(その頃はまだ大公閣下だった)が調査を命じた結果。

 この男爵家、潰してしまった方がよくないか?という考えに私たちは落ち着いていたのだから。



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