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転生した私は聖女かもしれない  作者: 御重スミヲ
44/80

44、新魔法陣学講師


 学院内の空気は数週間ざわざしていた。

 それでもあんなことがあった三日後には、魔法関係の授業をのぞけば通常どおり。

 混乱の極みにあったのは魔法学および魔法陣学の教師たちだ。

 魔法学の方はとりあえず問題ないと判断されて、すぐに授業は再開されたのだけど。

 学院長とワレケインは自ら職を辞し、法的機関の沙汰(さた)待ち。

 はっきり言って国を揺るがす問題なので、魔法学会に国王陛下が御なりになり、全学会員を叱責する事態になった。

 でも非公式。

 この辺は政治的なバランスというものだろう。

 これは貴君らの長年の研鑚(けんさん)を否定するものではないが、魔法学の新たなる芽を()んだことは許し難し…という論調。

 特に罰は与えず、記録にも残さない。

 でも、魔法陣学の歴史がここからがらりとその方向性を変えたことは、後世の研究者たちの目には一目瞭然(いちもくりょうぜん)なわけだ。

 それ以前の権威と呼ばれていた連中は、自ら穴を掘って入りたいのではなかろうか。

 それでも研究者という生き物の(さが)で、魔法陣の解読がなされたと聞けば血が騒ぎ、放っておいても学び始める者は少なくないだろうから、それこそ放っておけばよい。

 問題は早急に学院で魔法陣学、いわゆる魔法文字を教えられる者がいないということ。

 ワレケインはどちらかといえば被害者で、情状酌量の余地はあると認められたものの、口がきけないこともあり、教師としての道はあり得ないそうだ。

 前世では盲目の教師もいたのだけど。

 こちらの世界では、まだそこまで人の目が開かれていない。

 私は王城に呼ばれて急遽(きゅうきょ)、国王陛下や大臣たちの前で、魔法陣の解読(およ)びそれをもとに開発された魔法陣について模擬授業をさせられた。

 どうやら元学院長が熱心に私を推薦(すいせん)し、第二王子殿下は国王陛下の前で対比表片手に魔法文字を読んで見せ、公爵令嬢たちは要職にある父親や祖父に私の解説ぶりを話して聞かせたらしい。

 首脳陣はそこではじめて十八年前にワレケインが唱えた新説を認め、ついでに私の教師としての力量も認めてくださった。

 後者は頼んでないけど。

 元学院長レディ・バイサールについては、そもそもが魔法学会の頑迷なる老害たちが原因であり、しかし、論文・著書の名義詐称、またそのことによって名声を得ていたことは許しがたく、しかし、自らその職を潔く辞し、深く反省を示した上、今後いっさい公の場に出ないと誓っていることから、特に罪には問わないことにしたらしい。

 つまり、魔法学会の失態ごとうやむやにするわけだ。

 私はそれを責めるつもりはない。

 レディ・バイサールがひどいことにならなくて良かったと思ったくらいだ。

 新説(およ)びそれによる新しい魔法陣開発の功績をもって、ワレケインが伯爵位を(たまわ)ることになったそうだから、彼女は満足していることと思う。

 私に与えられた職は、新魔法陣学の講師。

 まだ勉強中の身でありますからと一度は辞退して見せたけど、それも形だけ。

 新魔法陣学講師ハノース夫人。

 わるくない。

 旦那様は、それ以上肩書を増やしてどうするつもりだと、笑いながら祝ってくださった。

 そういえば、聖女やら聖剣の保持者やら、ドラゴンスレイヤーやらあったのだった。

 受け持ちの授業以外では、学院生の身分も残っているので、相変わらず学院内をぷらぷらしている私。

 授業中の廊下は静かで、そこをなるべく足音を立てないように歩くのはなかなかにスリリングで気に入っている。

 だから、レディ・バイサールが学院長室に入るのを見たのは偶然。

 あれからひと月が立っている。

 学院長室の扉をノックすると、幾分しゃがれてはいるが以前よりずいぶん軽やかな声が聞こえる。

「あら、どなたかしら?」

 答える前に扉が開き、開けてくれたのがワレケインだとわかる。

「お久しぶりでごさいます。マリアンナ・アニフィール・ハノースです」

「まあ! どうぞお入りなって」

 喜色もあらわに迎えられて、私はしずしずと入室する。

「ごめんなさいね、こんなに散らかしていて。今日は私物を取りに来たものだから。それなりに片付けていたつもりだったけれど、過ごしたなりに地層のように積もるものなのね」

 苦笑いしながらソファを進めてくださる。

 ワレケインはお茶を入れてくれていた。

「お邪魔致して申し訳ありません。一言お()び申し上げたくて…私があのような場で事を荒立てなければ」

「およしになって、ハノース夫人。私たち本当にあなたに感謝しているのよ」

 ワレケインも大きくうなずき、手話で感謝を伝えてくる。

「いつかいつかと思っていたけれど、これまでのどの時点で私たちが声を上げても、誰も認めてはくれなかったでしょう。それどころか名義詐称と、偽説で世を騒がせたとして断罪されてもおかしくなかった。

 それがいまや、(おい)は伯爵です。私は天にも昇る思いです。

 …老女の繰り言を聞かせるようで恐縮ですが、私は結婚もせず、子もおらず、この子ワレケインを我が子のように思っています。

 最初は不憫(ふびん)(おい)を勇気づけたくて、でも研究ばかりしてきた私が話せるのは魔法のことだけ。でも、この子は目を輝かせて聞いてくれた。

 熱心に勉強もするようになって、それならばと弟子にしたの。

 そうしたら見る間に私を抜いて、あのようにすばらしい発見をして…ああ、そのことがありました。あなたは私たちにお()びをと言ってくださったけれど、それはこちらこそしなければならないわ」

 レディ・バイサールが顔を向けると、ワレケインも手話で熱心に()びてくる。

 いまはコーナー卿となった彼だけれど、相変わらず憎めない風貌(ふうぼう)

 私が読み取れるようにゆっくりとお話ししてくださる。

『あなたはあなたで魔法陣をすでに読み解いておられた。なのに、その功績が私だけのもののように(あつか)われるのは(はなは)遺憾(いかん)です』

「どうか、お気になさらないでくさいまし。レディ・バイサール、コーナー卿。

 なんといっても、私が魔法陣に興味を持ったのは『魔法陣は楽しい!』を読んだからなのですから。そして、あの論文『魔法文字についての考察』を偶然目にすることができたのも神様の配剤としか思えません。

 幸運にもほかの人たちに先駆けて私がそのことに気付けたのは、コーナー卿の導きがあってこそです」

 お二人は顔を見合わせ、涙を浮かべてこちらに感謝を伝えてくる。

 なお済まながるので、あの話をすることにした。

「これは内密にしていただきたいのですが、先日内々に国王陛下より我が夫が子爵位を(たまわ)りました」

 一般人であれば、他国の王になぜいまさら子爵位など与えるのかと首を(ひね)ることだろう。

 でも、レディ・バイサールは伯爵家のご令嬢。コーナー卿も貴族の血を引く上に、いまや伯爵だ。

 それだけですべてを悟り納得して、こちらを祝ってくださった。

 つまり、大公閣下と私との間に男児が生まれれば、その子にその子爵位が与えられるのだ。フフフッ。

 自分だけが魔法文字を読めるというアドバンテージを手放すのが()しくなかったと言えば嘘になる。

 でも、公表はできないにしてもワレケインは読めていたし、それによって新しい魔法陣を開発していた。

 いつ誰が読めるようになってもおかしくない。

 そもそも私の場合は異世界チートだ。

 それで将来の息子に爵位を用意できたのだからとんとんだろう。

 魔法陣にある種の規制が掛かっているのは、創造者および管理者つまり神様の領域の話だろうと推察する。

 防御系の魔法陣にカウンター機能を追加することはできても、はじめから攻撃魔法を組むことができないのは、魔法文字を読み解いた者の一人として、一つ安心材料ではあるのだ。

「それはそうと、レディ・バイサールはこれからどうなさるおつもりですか?」

「それなのよねぇ。自分が老いていることは重々承知していたつもりだったのに、ずっと同じ生活が続くように錯覚していたなんて我ながらおかしいわ。

 もともと親の用意した結婚を拒否した時点で、家からは勘当されたも同然。

 何かあれば修道女にでもなろうと考えていたから、遅ればせながらそれでよいと思ったの。でも、この(おい)が泣いて止めるものだからどうしたものかと」

 今度のコーナー卿の手話は高速で、私はすべてを読み取れなかったけれど。

 たぶん、自分が面倒を見ます。口のきけない私をこれまでのように助けてください、ということだったと思う。

「でもね、ワレケイン。あなたはもう立派な大人よ。

 いいえ、前からずっと立派だった。その上いまは伯爵だもの。

 多くの人を使うことにも慣れなければいけないわ。

 私の役目はもう終わり。…いいえ、そういうことじゃないの。

 いつでも頼ってくれていいのよ。

 でもね、乳離れしていない伯爵様なんて、みんなに笑われてしまうわよ」

 からかうような口調、やわらかな笑み。あの毅然(きぜん)とした学院長と同一人物とはとても思えない。

 誰しもがいろいろな仮面を被って暮らしているのだなぁ。

 もともとこんな人が(いち)助手を食い物にしているのかと疑問を覚えるくらい、シュッとした格好の良い老女だった。

 中身を知ったらよけいに好ましく思うのは当然だ。

「そのことなのですが、レディ・バイサール。よろしければの話なのですが。

 私、教会から一つ荘園の管理を任されておりまして、そこに望まない結婚を拒否して家にいられなくなったご令嬢や、家族から虐待されたご夫人を受け入れる施設をつくろうと思っておりました。

 ゆくゆくは全寮制の女子教育機関に発展させてゆければよいかと」

 ええ、いま考えました。

「まあ、まあ、それはとても良いお考えですわ、ハノース夫人!」

 食い付いた!?

「そういったわけで、それだけの施設となりますと管理をしたり、保護した方のお世話をする人員も多く必要でございましょう?

 全員がそうとは言いきれないでしょうが、そのはっきり申しせば…逃げてくる方々は、どちらかといえば男性に恐怖心を持つ方が多いでしょうから、こちら側も女性で固めなければならないと考えております。

 彼女たちを取りまとめることのできる知識と経験を持ち、しかも信頼できる方となるとそうはいらっしゃらなくて。

 どうでしょう、レディ・バイサール。お引き受けいただけませんでしょうか?」

「…こんな老女でお役に立てるでしょうか。

 いえ、それだけの大きなご施策、すべてを達成するには長い年月が掛かるでしょう。私などすぐに寿命が尽きてしまう。

 それでも、その(いしずえ)にでもなれましたら本望ですわ。

 それくらい(たずさ)わりたい気持ちでいっぱいなのですが…私は公の場には立たないと誓った身」

「それでしたら、このような方法はどうでしょう。表向きの施設長には私ハノース夫人の名を用い、レディ・バイサールには影に徹していただくというのは」

 ちらりと視線でいまはコーナー卿となったワレケインを示すと、レディ・バイサールはしたり顔でうなずいた。

「それでしたら得意ですわ。我々が長らく用いてきた方法ですもの。今度は私が影というわけですわね」

 皮肉がすぎたかとも思ったけれど、レディ・バイサールは浮き浮きとしたご様子。

 コーナー卿も複雑そうにしながらも、レディ・バイサールが乗り気なので最後はうれしそうに笑った。

 いくら影に徹するとはいっても一つの組織を運営するとなると、多くの重要人物と面会しなければならないだろう。

 ほかにもいろいろな問題が出てくるに違いない。

 でも、それは一つ一つ解決していけばよいこと。

 いざとなれば私の手にした権力、最終的には公王陛下のご威光で乗り越えよう。

 これで、めでたしめでたしなのだけど。

 とりあえず施設員の確保については、レディ・バイサールに当てがあるようなので任せるとして。

 彼女たちのお給料や、新施設の建設費をどこから捻出したものか。

 助けて、旦那様~!

 …どうやら建設費を分割払いにすれば、荘園の上がりで十分(まかな)えるらしい。

 不労所得ってすばらしい。



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