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転生した私は聖女かもしれない  作者: 御重スミヲ
43/80

43、ワレケイン


 一年後の建国記念式典は本国、つまり元ハノース大公領で行われる。

 そこで私は晴れてお披露目と相成(あいな)るわけだ。

 これほど格式が高く大規模なパーティーとなると、準備期間は一年なんて短すぎるのだけど、そこはいまや公妃となった夫人たちの腕の見せどころ。

 自身の美しさだけでなく、それぞれ得意分野でさりげなく有能さをアピールする場でもある。

 私はダンス部門を担当することになった。

 監督? プロデューサー?

 いえ、せいぜい監修といったところ。

 まわりが用意した事柄にうなずいて見せるだけでも済んでしまうのだけど。

 せっかくだから派手に楽しく行きたい。

 いまこの世界のワルツ…トリプルタイムダンスなどと、とても素直に呼ばれているそれは、まだ基本的なステップから少し発展しはじめたあたり。

 私に一日(いちじつ)(ちょう)がある。

 旦那様とは一日のうちどんなに短くてもよいから、時間が合えば一緒に踊るようにしていて、いまでは上級者向けのステップまで踏めるようになった。

 私の身長も着々と伸びている。

 前世ではたしか中二で頭打ち。その後、体重のコントロールには苦労したけれど…。

 そのことから考えると、来年観衆の前で新しいステップを披露する時には、私なりの最高値まで伸びているはず!

 当然足も大きくなるし、とっておきのデザインにしたいからまた作り直すことになるけれど、私のダンスシューズは驚異の九センチヒールだ。

 そんなので踊れるのか? 大丈夫。白鳥だった時はトウで踊っていた。

 実質二十二歳のハノース公王陛下と、来賓の方々をあっと言わせよう。

 そのために楽団にもあれこれ口を出す。

 優れたピアニストでもある楽団長はとてもプライドが高く、あいさつもそこそこに面と向かって私を(けな)してきたので、ベートーヴェン交響曲運命をピアノで弾いて見せたら涙を流して謝られた。

 フッ! 口ほどにもない。すごいのは前世の過去の偉人だけど。

 ああ。フルオーケストラで聞きたいなぁ。

 楽団長を(あお)りに(あお)っておいたから、建国記念式典より先に聞くことができるかもしれない。

 とても楽しみではあるけれど、くれぐれもワルツの新曲を優先してください。

 ほかの妃たちはといえば。

 第二公妃はお茶道楽で、世界中のお茶や茶器、マナーにくわしい。

 当然、当日供される茶葉の手配から、どんな器でどんなタイミングでと楽しそうに準備を進めているという話だ。

 第三公妃はなんと意外にも食道楽だった。

 スタイルは完璧に保っているから、その自制心と努力は並大抵ではないに違いない。彼女を見直した。

 大公爵邸にきてからのご飯がおいしいのは、彼女のおかげでもあったわけだ。

 私が厨房に持ち込んだ珍しいハーブ(よもぎ・三つ葉・しょうが)や、試験場で品種改良させている野菜や果物にも興味(きょうみ)津々(しんしん)

 互いに試食会に呼び合う仲になった。

 式典には、国外からは宰相クラス以上の要人が勢ぞろいする。

 どのようにメニューを構築するか、眠りながらもうんうん(うな)っているらしい。

 第一公妃は私たちの取りまとめ。

 全体をみて調節する役目を()っているわけだけれど、すべてを家令をはじめ執事たちにまかせて、いつも通り泰然(たいぜん)としておられる。

 いえ、特に文句はありません。

 私たちもなんだかんだと他国の王都に居座っている。

 女王を別にすれば、女として最高の敬称がつく地位にまで上りつめたことは、はっきり言ってとてもうれしい。

 でも、朝から晩までハノース大公国第四公妃を名乗ったり、さらにそれを殿下つきで呼ばれるのは面倒なので、よほど格式の高い公の場面以外では、ハノース夫人で通している。

 いまの私は外国からの留学生ということになるのかしら?

 王立魔法学院に入学したそもそもの理由、魔法文字の解読者ケインはわりとすぐに見つかった。

 ワレケイン・コーナー。

 我ケインだとばかり…漢字が使える日本語って便利だ。

 学院長の(おい)で、ほとんど学院長室横の控室(ひかえしつ)につめている。

 秘書というわけでもなく、他者と接しているところは見たことがない。

 学院長は老女といってもよい年齢だけど、背筋はまっすぐ伸び、白髪を美しく結い上げている。

 いつも傲然(ごうぜん)と顔を上げていて、きびきび話す。

 笑ったところなど見たことがないけれど、私は割と好きなタイプで、人の研究成果を横取りするような人にはとても見えない。

 私の人物鑑定眼も鈍ったか?

 ワレケインには何度も接触を試みてる。

 相手も人間だ。食事もすればトイレにも行く。

 出勤時、(かばん)のほかにいつも紙袋を手にしているところを見ると、手軽に取れるものをランチ用に持ち込んでいるのだろう。

 彼のガードは(かた)い。

 こちらのあいさつに会釈はする。

 でも、目は合わせない。

 それ以上話しかけようとすると片手を上げてガード。

 ささっと足早に通り過ぎる。

 どこぞの政治家か容疑者のようだ。

 でも、彼は手柄を横取りしているであろう学院長を恨みこそすれ、自身にやましいことなどないはず。

 それとも何か弱みを握られていて、それが後ろ暗い事柄なのだろうか。

 とにかく話を聞きたいのだけど。

 前世であれば強引に進行方向に割り込んだり、腕をつかんで大声あげるわよ!と脅したりできたかもしれないけれど。

 いえ、無理か。あの頃も姫様のイメージを崩さないように行動していたから。

 ならば学院長にと思っても、面と向かってあなた不正をしていますねと詰め寄って、白状するのはサスペンスドラマの犯人だけだ。

 旦那様の手を借りるのも一つの方法だけれど。

 彼の部下たちの諜報能力に頼ることも、彼の権威を我が物のように振りかざすことも、私はなんとも思っていない。

 使えるから使う。

 ただ、この二人にかんしてはよほど強固に結びついているらしく、まったくボロが出てこないのだ。

 どうしたものかと迷っているうちに、もうこんな時期。

 学院生活もそれなりに面白くなってきている。

 本来の目的とはいえ、別段急ぐことでもないという気になっていたのだけれど。

 学院長が珍しく教壇に立つというので、私も珍しく授業に出席した。

 あとから聞いたことだが、どこぞの王子殿下に箔をつけさせるために引っ張り出されたらしい。

 彼女は伯爵家の三女として生まれたのだけど。

 魔力量が非常に少なく、貴族の令嬢としては大変苦労されたことと思う。

 学生時代から魔法陣の研究に邁進(まいしん)し、長らく歴史に埋もれていた数々の魔法陣に光をあて体系化した功績が認められて、この学院の教授の地位を得た。

 この世界この時代に、女の身で長にまで上り詰めるのは並大抵のことではなかったと思うけれど。

 だからといって私が矛先を鈍らせる理由にはならない。

 当初、学院長は代表的な魔法陣をいくつか紹介し、その共通点を述べるなど、初級生用の授業をなさっていた。

 学院長自ら第二王子殿下に教授したという事実があればよく、それで十分だったわけだ。

 でも、やらかす人はどこでもやらかすのだ。

「学院長、それもよいが。私はあなたが新たに開発された魔法陣について、ぜひ教えを乞いたい」

「…では、僭越(せんえつ)ながら」

 学園長は黒板に描かれた魔法陣を消す。

「それなりに数もありますから、殿下はどちらの魔法陣にご興味がおありですか?」

 チョークの粉をハンカチで(ぬぐ)いながら、学院長が尋ねる。

 取り巻きの方に身を寄せる第二王子殿下。

 まさかのまさかで、教えを乞うておきながらどんな魔法陣があるかも把握していないらしい。

 当然のようにあの三馬鹿も以下同文。

 青頭の眼鏡君は教科書に書いてあることと、自分の興味のあることにだったら強いのだけど。

「…はい、学院長」

「はい、ミス…」

「マリアンナ・アニフィール・ハノースです、学院長」

「失礼、ハノース夫人。どうなさいましたか?」

「私も先生の開発された魔法陣には大変感銘を受けました。

 すでにある魔法を魔法陣に落とし込んだことは革命的です。

 なかでも私が個人的に好きなダウジングと封印の魔法陣について、この機会にお聞かせいただけましたら幸いと…申し訳ございません第二王子殿下。

 無礼にも話に割り込みましたこと、どうぞお許しください」

 私が第二王子殿下に助け舟を出したように周りには見えることを理解しているのかどうか。

 彼は寛大で気だけは良いので、ちょっと笑って鷹揚(おうよう)に頷いた。

「うむ。学院長、私もそれについて聞きたいと思うぞ」

「承知いたしました」

 学院長がうなづくと助手として控えていたワレケインが魔法陣を描き出す。

 先程の魔法陣も当然のように彼の手によるものだ。

 その手付きには一切の迷いがなく、(きし)ることなくチョークが黒板を滑っていく。

 同じものを私が描いてもこうはならないだろう美しさ。

 ワレケインが冴えない中年男だということが、さらにその価値を増しているように見える。

 学院長が口を開こうとしたその時、第二王子殿下の頭にいらぬひらめきが舞い降りる。

「うむ。さきほど共通項という話をされていたが。その二つの魔法陣、それらにはない、だが共通する箇所があるように見える」

「…ご明察です、殿下。この部分でございますね」

 (しわ)の寄った細い指が指し示す、ワレケインの部分。

 ちらりと目をやると確実に顔色を悪くしている。

「それはどういった意味があるのだ?」

「それは…」

 学院長は逡巡(しゅんじゅん)しているように見える。

 視線のみで行われた助手との一瞬のやり取り。

「では一つ一つの文字について説明していきましょう」

 すでに初級科では行われている授業内容なのだろう。

 周囲の生徒達はあきらかにダレて、熱心に聞いているのは第二王子殿下だけだ。

 どうやら常に新鮮な気持ちで事に当たれるようで、うらやましい限りだ。

 私も一度はこの湧き上がる(いきどお)りを腹の底に沈めようとしたのだけど。

 駄目だ。()えられない。

 私は自分が思っているよりずっと魔法が、魔法陣のことが大好きだったようだ。

「学院長!」

 貴婦人のマナーをかなぐり捨てて、勢いよく挙手をする。

「な、なんですか? ハノース夫人」

「学院長は文字一つ一つに意味がないことはご存じでいらっしゃいますよね?」

「なっ! 何を根拠にそのような…」

(とぼ)けないでいただきたい。ワレケイン。そちらの方が描かれたものであることは、その魔法陣を見れば目白です」

「何を言うのだ、ハノース夫人。そっちの、あーワレ…」

 ここで取り巻きが耳打ち。よし、よく覚えていた黄色!

「…ケインとやらが板書したのは我々も見て」

「黙っていてください、第二王子殿下」

 私の剣幕にタジタジとなったのは殿下だけで、さすがに取り巻きは息巻くが、バンッと机を叩いて威嚇(いかく)一睨(ひとにら)みで黙らせる。

 ああ、手が痛い。

「あなたは、あなたは魔法文字が読めるのですね」

 学院長は目をギラギラとさせて、一歩二歩と踏み出す。

 教壇から落ちそうになったところで、ワレケインに支えられた。

 ワレケインは無言で私をにらみ、学院長の目には喜色があるように見える。

「よいのです、ワレケイン。とうとう我々に光が差しました。

 ああ、この時をどれほど待ちわびていたことか。…どうぞ、ハノース夫人。

 よろしければ前にお出になって。

 あなたがその考えに至った筋道を、皆に話してあげてください。

 そののち、私の罪について告白しましょう」

 学院長の罪という言葉に、場は騒然となる。

「そこまでおっしゃられるのであれば」

 私はしずしずと歩を進め、教壇に上がる。

「静粛に。はじめましての方もそうでない方も、私はハノース夫人です。

 いまこの時、学院長よりお許しがありましたので、しばらくの間お付き合いください」

 黙らぬなら黙るまで待とうホトトギス。

 一瞬だった。

「ことは単純です。魔法陣に描かれているのが単なる模様でないことはすでに先人たちも気付いていました。文字であろうと。

 であるならば、なぜそれによって文章がつづられていると考えなかったのか、私は不思議でなりません。

 文字は二十二文字。私たちが使っている言語と比べて圧倒的に、数が少なかったせいかもしれません。

 ですが、この文字は通常二つ、時に三つの文字を使って、一つの音を示すのです」

 これだけで理解できる者は圧倒的に少ない。

 (ざわ)めく学生たちから一度視線を外す。

「黒板をお借りしてよいでしょうか、学院長」

「どうぞ、お使いになって」

 学院長は両の手を祈るように組み合わせて陶然(とうぜん)としている。

 ワレケインも先程見せた敵意を消し去り、無言ではあるが熱心に黒板を拭くのを手伝ってくれた。

「あ、端に描かれた方の魔法陣は残していただけますか?」

 うなずくワレケイン。

「では、私たちのよく知る五十音図にこの文字を並べて比較してみましょう。

 ミスター・コーナー、お手伝いくださいますか?」

 もう一度こくりと肯いて、さきほどと同じように滑らかに文字を描きだす。

 見本も何も必要はない。

 正確に、私が意図したよりもずっと美しく、二つの言語がならぶ。

 完璧だ。彼はすでに完璧に魔法文字を理解している!

 そのことにここに居合わせた中で、いったい何人が気付いただろうか。

「ありがとうございます、ミスター・コーナー。

 皆様おわかりいただけましたか? このように…」

「表現が重複しているではないか」

「その通りでございます、第二王子殿下。よくお気付きになられました」

 褒められなれているだろうに、ふふんとうれしそうに胸を張る。

 さきほど黙れと言ったのにまるでめげていないし、私を責める気配もない。

 本当に、お人柄だけは良いのだ。

「なぜ、そのようなわかりずらいことを?」

 殿下に触発されたのか、別の学生がおずおずと声を上げる。

「これはあくまで私の想像ですが。

 この文字がつくられたのは遠い遠い昔のことです。

 生まれたての赤ん坊が小さいように、この文字も少なかったとは考えられないでしょうか?」

「文字は増えるのですか?」

 驚いたように声を上げる者がいる。

「そうですね。短い期間であればそうは変わらないでしょうが、百年、二百年が経つうちに、そうとうに言葉は変化してきたはずですよ?」

 納得のいった者、まさかというように首を振る者。まだまだ後者の方が多い。

「これが適切なたとえかどうかわかりませんが。

 どなたかにご協力いただきましょう。

 平民の言葉を話せる方はいらっしゃいますか?

 聞きかじったという程度でかまいませんよ」

 実際、ごく少数ではあるが平民の学生も混じっている。

 でも、この場で指名するのはかわいそうだ。

 そうでなくても彼らは肩身のせまい思いをしているのだから、見世物にするのは気が進まない。

 幸い、以前知り合った上級生、シベリアンハスキーによく似た彼が声を上げてくれた。

「いいぞ。何をすればいい?」

「ありがとうございます、メンセタール様。

 では、私の兄になったつもりで会話していただけますか。まずは貴族として。

 そうですね、時刻は午後、もうそろそろ晩餐(ばんさん)という時刻。

 妹の私はお兄様に勉強を教わっています。

 私はもう疲れおなかもすいてはやく食堂に向かいたいと思っています」

「いいだろう」

 周囲は何事がはじまるのかと固唾(かたず)をのんで見守る。

 劇の一幕を見るようなわくわくとした雰囲気。

「では…お兄様。そろそろ日もだいぶ傾いてきましたわ」

「そうだな、だいぶ肌寒くもなってきた」

「このよう日は、なにか温かなものが恋しいですわね、お兄様」

「そうだな。下男のスチーブが(きじ)を仕留めてきたというから、今日は良いだしのきいたスープが(きょう)されるかもしれない」

 設定していなかった下男をぶち込んでくるとは、先輩なかなかやりますな。

 私も興がのって可愛らしく手を合わせる。

「まあ、それは楽しみですわ」

「ああ、話をしていればよい香りが漂ってきた。そろそろ食堂に向かおうか」

「はい、お兄様」

 まだまだ続きを期待されている空気だが、これはあくまで教材だ。

「と、このように、これが貴族の言葉だとします。次の平民の言葉です。

 あくまで一例ですので、平民の方はどうぞお気を悪くしないでください」

 メンセタール先輩を見るといつでも来いというようにうなずいている。

「では、先程とおなじ場面。

 今度は下町の集合住宅の一室で、妹が兄に遊んでもらっています。

 そろそろ夕餉(ゆうげ)の時間です」

 私はぱっと顔を振り向け、兄(仮)を見る。

「おにいちゃん、おなかへった!」

「おう!飯にしようぜ」

 先程よりずっと強力に続きを待たれているけれど。

「以上です。同じ場面ですのに、ずっと言葉は少なかったですね」

 パチパチと第二王子殿下が拍手をするので、まわりがつられる。

 殿下が本当に理解しているか怪しいものだけれど、大いに助けられている。

「ご協力ありがとうございました、メンセタール様。素晴らしい演技でした」

「どういたしまして、ハノース夫人。そこまでお褒めいただけるなら、下町通いをしているかいがあるよ」

 軽いウィンクをして着席する。

「…このことから考えれば、大昔、人はもっと少ない音、少ない数の文字でも、意志の疎通ができていたと考えてもさほど違和感はないのではないでしょうか?

 その上で、この魔法陣というものを考えると、さらなる謎が生まれるのですが」

「謎とはなんだ?」

 ああ、第二王子殿下。本当に今日はよい生徒でいらっしゃる。

「相当に発達しているであろう今現在の言葉を、この少ない音数の言語を用いて魔法陣に落とし込めるという不思議です」

 見渡した限り、理解できたのは学院長とワレケインだけのようだ。

 二人は先程から、雷に打たれたかのように打ち震えている。

「ですが、この場はこの魔法陣の文字が文章として読めるかどうかということを論じる場ですので、話をもとに戻しましょう。

 こちらにご注目ください。封印の魔法陣です。

 皆さまもお手紙を出されることがあるでしょうから、よくご存じのはずです。

 隣の対比表と見比べながら読んでみましょう。

 同じ文字を共有している部分は、前後関係から類推するなど少し工夫が必要ですが、慣れれば比較的簡単に読めるようになりますよ」

 みなやる気になっているようで、ぶつぶつと読み解く声がまじりあって講堂に響く。

 第二王子殿下も熱心だ。そして、さすがは王族、声が引き立つ。

「わ・れ・け・い・ん・こ・こ・に・あ・り」

 みんなの視線がワレケインに集まる。

 ワレケインはというと、顔を両手で覆ってしゃがみ込んでいた。

 でもその様子は、ひどいショックを受けているとか、感動に打ち震えているいうよりも、恥ずかしがっている…?

 耳が真っ赤だ。

 …冷静に考えると自作の魔法陣に「我ここにあり」とか。確かに、黒歴史かも。

「学院長、いろいろ失礼をいたしましたが。あとはお任せしても?」

「ええ。ええ」

 学院長はすべてを飲み込むように一度目を(つむ)り、次に目を開いた時は、いつものように毅然きぜんと顔をあげていた。

「お立ちなさいワレケイン。あなたは何も恥じることはありませんよ。胸を張って、皆さんにごあいさつを」

 のろのろと立ち上がった中年男は、しかし、戸惑うように(すが)るように学院長を見る。

「いつも私とお話しするように、皆さんにお話ししなさい。大丈夫ですよ、私が通訳します」

 そこだけは我が子に語り掛けるようにやさしい。

 ワレケインの両手がすっと上がる。

 チョークで魔法陣を描くように滑らかに動く手。手話だ。

「はじめまして、皆さま。私はワレケイン・コーナーと申します。学院長の助手をしております」

 そこでぴたりと手が止まる。

「後はお任せなさい。私が補足いたします。…皆さま、突然のことで戸惑っているでしょうが、彼は私の(おい)です。

 生まれつき声を発することができません。ですが、彼は私の弟子でもあります。

 それ以上に貴重な存在であるので、ぜひ敬意をはらっていただきたい」

「貴重とはどういうことだ、学院長」

「第二王子殿下、皆さま。これより私の罪を告白します。

 さきほどハノース夫人がなされた解説の通り、魔法陣に使用されている文字ひとつひとつには特に意味はありません。

 そのことをわかっていながら、ながらく学院生たちに教え続けた…つまり、何の意味もない嘘を真実と偽って覚え込ませてきたのです」

 講堂中にどよめきが起こる。

 しばらく待っても静まる気配がないので、私は二度手を打つ。

 前世で朝に夕にカラスを追い払っていた実力を見るがよい。

「静粛に」

「ありがとうございます、ハノース夫人。…私の罪はそれだけではありません。

 最初にこの文字を読み解いたのも、その結果を用いて新しい魔法陣を開発したのも、このワレケイン・コーナーなのです。

 また、それについて書かれた論文や著書も彼の手によるものなのです」

「ご自分が何を言っているのかわかっているのか、学院長。いや、レディ・バイサール」

「はい。学院長として、いえ、魔法の(いち)探求者として、詐称は最も重い罪です」

 第二王子の糾弾(きゅうだん)に、まわりもざわざわとその尻馬に乗ろうとする。

 見ればワレケインが必死に手を動かしているが、学院長はそれを訳す余裕がない。

「ミスター・コーナー! ゆっくり、ゆっくりお願いします。私は学院長ほど慣れていないので、そう早口に話されては聞き取れませんわ」

 ワレケインの目が見開かれ、はじめて小さな笑みを見せた。

 こくりと頷き、ゆっくりと手話をはじめる。

 前世とまったく同じだなんて。

 なれた感のある驚きはひとまず脇において、私はひっしに記憶を呼び起こす。

 しぶしぶとはいえやっておくものだ、ボランティア。

 きりの良いところでいったん停止。

 再び手を叩く私。

「静粛に。ミスター・コーナーのお話を伝えます。皆さま、よろしいですか?」

「ああ、聞こう」

 今日は大活躍だ第二王子殿下。

 王族の言葉に従わない者はここにはいないのだから。

「確かに私が魔法陣を解読し、使われている文字を魔法文字と呼ぶようになりました。伯母上はそれをことのほかお喜びになり、論文として発表するように勧めてくださいました」

「それがなぜ、レディ・バイサールの手柄となったのだ?」

 責めるというより純粋に疑問に思ったらしい第二王子が首を傾げる。

「もう大丈夫です、ハノース夫人。私から説明させていただきます」

 学院長が復活したので場を譲る。

「あれは二十年ほど前でしたか…」

「正確には十八年前です、学院長」

「まあ、もしやあの論文をお読みに?」

「はい、運よく」

「そうでしたか。いえ、失礼話の途中でした。…正確さは研究者にとってとても重要なことであるので、みなさまご容赦ください」

 私もごく軽く頭を下げておく。

「十八年前のあの日、私は歓喜しました。

 世紀の大発見。それを我が(おい)が成し遂げたのですから。

 彼は口がきけません。貴族の家系に生まれようとも、いえ貴族の家に生まれ落ちたからこそ、不具であるということがどれほど(うと)まれることか。

 皆さまの多くは申し上げるまでもなく理解していることでしょう。

 これで(おい)も一人前の、いいえ、それ以上の存在として認められるに違いない。そう私は思ってしまったのです。

 …いまでもそうであることを否定できないのが、魔法界に身を置く者として忸怩(じくじ)たる思いですが、弟子の成果を師匠が我がものとすることは、よくあることです。

 ですが、私はそんな悪しき慣例を憎んできました。

 尻込みする(おい)に、これほどの大発見を認めぬ者などあるはずがないと、単独での署名を進めたのです。…私は学会の高く厚く醜悪な壁を忘れていました。

 それほどに浮かれていました。…結果は散々なものでした。

 すべてを否定され、彼が自分の声で反論できないことをいいことに、聴衆の面前で罵詈雑言を浴びせられました。…どれほど後悔したか知れません。

 せめて私との共著にしていれば、あれほどまでにと」

 鼻をすする音に目を向ければ、第二王子殿下が必死に上を向いている。

 なんだか好きになりそう。ほんの少しだけだけど。

「あとは皆さんにも簡単に想像がつくでしょう。

 ワレケイン・コーナーは世間から身を隠し、私の助手をしながら研究を続けました。彼の研究成果は私の名で発表され、多くの著書も同様でした。

 私の名声は高まり、国王陛下みずからお褒めの言葉をいただいたこともあります。しかし、ワレケイン・コーナーは誰にも知られることなく、けれど、魔法を愛するが(ゆえ)にいまも学び続けています。…私は許されざることを致しました」

「だが、それは研究成果が認められなかったがための苦肉の策であろう」

「第二王子殿下のお優しいお心が胸に染みます。

 その寛大さに心からの感謝を捧げます。

 しかし、私は研究者として、また魔法の探求者として絶対にしてはならないことをしました。それ以上に、学院生みなさまの貴重な時間を無為に奪い、これからもそれを続けていこうとしていたのです。

 学院長として、人を教え導く者として絶対にあってはならないことでした。

 こののち、私はすぐに学院長の座を辞します。(おい)もそれに続くでしょう。

 それで許されるとは思っていません。…ですがこの身を法の裁きに(ゆだ)ねる前に、皆さまに心からお(わび)び申し上げます」

 矍鑠(かくしゃく)とした優美な老婆が(ひざ)を折り、深く頭を垂れようとする。

 その(おい)はそれ以上に頭を下げねばと考えたのか、いまにも()(つくば)ろうとしている。

 それを止めたのは第二王子殿下だ。

「待て。謝罪の気持ちは十分に受けた。レディ・バイサール。

 そなたも申した通り、まだその身は司法の手に(ゆだ)ねられておらぬ。

 従って罪状はまだ定まっていない。ならば、それ以上(ひざ)を屈してはならぬ。

 いまだ、そなたは学院長の席にあり、仮にも貴族家に連なる者。

 その(おい)も同様である」

 見事な恩情。彼は王家と貴族間のバランスなどは考えていないのだろうけど。

 私としてはほっとする。

 でも、周囲の多くは貴族の子弟。

 貴族とはこうあれと教育を受けている。

 たとえ第二王子殿下の許しがあろうとも、それ以上に不正許すまじの気持ちが強かったのだろう。

 学院長もワレケインも、(うつむ)いたままその言葉を甘んじて受けとめている。

 それも必要なことだとは思うけれど、私としては一分も聞けば十分だ。

 今日は手を叩いてばかりいる気がする。

「静粛に。皆さまのお気持ちはよくわかります。

 ですが、我々の多くはあくまで貴族の子弟とそれに連なる者。成人してすらおりません。人の罪を裁く権利をゆうしているわけではないのです。

 ここは司法相ひいては恐れ多くも国王陛下のお手にゆだねるしかないと思われますが、第二王子殿下、いかが思われますか」

「うむ。ハノース夫人の申す通りである」

 さすがに国王陛下の威光の前には、みな口を(つぐ)む。

「学院長。真摯(しんし)に語っていただきましたこと、私個人として深く感謝申し上げます。ただ、皆さまは戸惑っておいでなのです。

 今後の方針を簡単にご説明いただき、ひとまず解散ということに致しませんか?」

「ハノース夫人のおっしゃる通りですね。では、そのように。

 …皆さま、さきほど申し上げたことと関連して、このままの内容で授業を続けていくことはできないとご理解いただけたと思います。

 まず、この学院内に限っても、教師陣にことの次第を説明し、多くの話し合いがもたれることでしょう。

 皆さまにはその間、自宅で待機していただくことになると思います。

 今回、魔法以外の科目にかんしては、特に問題はございませんので、そちらは一早く授業を再開できることと思います。

 ご理解とご協力の程どうぞよろしくお願い致します」

 それでもまだ、無責任だなんだという声も上がったけれど。

 これ以上どうにもしようがないわけで。

 再度、手を叩く私。

「静粛に。…では、みなさんよろしいですね? これにて解散」

 私語は聞き流そう。

 一人が席を立てばそれに続く者が出て、ぞろぞろと講堂から退出していく学院生たち。

 ちらちらと視線は感じるけれど、ここで私に面と向かって文句を言える者はいない。

 有象無象(うぞうむぞう)相手には、身分を(かさ)に着て強引に取り仕切るのがよい。



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