42、決闘騒ぎ
いろいろあって、ずいぶん前のことような気がするけれど。
聖剣を手にした折、大公閣下からかなり物騒なアドバイスをいただいた。
なにしろ戦場の鷹と呼ばれている方だ。
その根拠は自身の経験。
それに勝るものはないだろう。
本人は剣は人並みだと言っているが、まわりに言わせれば基準が厳しすぎるらしい。
私に対しては、技術は他の騎士たちが教えるにまかせ、武器をとる心得を語ることが多い。
剣を持つということは、切る覚悟と切られる覚悟が必要だ。
まして聖剣ともなれば、良いものも悪いものも引き寄せるだろう。
だから最初は弱い魔物から慣らしていって、最終的に人を切れるようになれ。
命を取るまではしなくてもよいから、体の一部を切るところまでは最低限行うようにと言われた。
それができなければ、いつか私が向かってくるものに歯向かうこともせずに、殺されてしまうだろうと旦那様はたいそう心配していた。
聖女だからといって、無抵抗・非暴力だなんて私の性に合わない。
かといって、躊躇なく生きものを傷つけられるかといえば、それも難しい。
でも、私はそういう世界に生まれ落ちて、そういう状況にいる。
いまは比較的安全な場所にいるけれど、避けようのない闘争の場に立った時、魔法で命の危機は脱しても、ほかの要因で命のやり取りが避けられない時、私がためらうことによって失われるものがあるとしたら。
ようは、どちらが耐えられないかということだ。
そう結論を出した私の前に、いまちょうどよいサンプルが立っている。
大公閣下に人を切るまではと言われたせいもあるかもしれないけれど。
聖剣が私から離れたがらない気がして、常に腰に下げてきた。
ダガーの大きさであれば、いまの私の身長でも邪魔にならない。
もっとも、はじめからこんな物騒な格好をするつもりはなかった。
閣下の執事が内ポケットに縫い付けているマジックポケットの魔法陣。
容量は机の引き出し一つ分。時間停止なし。生き物は入らない。
便利なようで微妙な使い勝手だけれど、このサイズならば十分納まる。
でも、磁石の同じ極が反発し合うように、ダガーがポケットに入りたがらなかったのだから仕方ない。
旦那様が美しい細工が施された剣帯をくださったので、ドレス姿でも十分似合う。
許可をとって学院内でも下げている。
それも昨日今日のことではないのだけれど。
第二王子殿下に呼び止められた。
「ハノース夫人。まさかそれが聖剣であったとは、まことか?」
情報の出所は、寄り添うように立っている彼の婚約者で間違いない。
「ごきげんよう第二王子殿下。はい、御下問の通り、こちらが漆黒のドラゴンより授けられた聖剣にございます」
「手に取らせてもらうことはできないか?」
「恐れながら申し上げます。この剣は持つ者を選びます。触れることはできても、持ち上げることも叶わないことはすでにお試しになったはずです。振るうことのできぬ剣を手にしていかがなされるおつもりですか」
「そうか。そのように小さき剣がな。非常に残念ではあるが、仕方あるまい」
第二王子殿下は察しがわるいけれど、基本的に素直な方だ。
だからこそ、それを焚きつける者がいると、悪い方にもすぐに転がる。
「お待ちくださいディグラン殿下。あの聖剣とやらは本来、勇者が腰に帯びるものと聞いておりますわ。あの者はすでに…聖女でありますから」
そこまで悔しそうにするくらいなら認めなくてもよいと思うけど。
「聖女が武器を持つなど聞いたことがありません」
それが言いたかっただけか。
ラノベならば聖職者はメイスを振りまわすし、前世の僧は槍を持って戦った。
ジャンヌ・ダルクも鎧を身にまとい剣を掲げて軍を率いたらしいけど。
「ですから、あの聖剣は勇者に真にふさわしき者、つまりディグラン殿下こそがお手にするべきものですわ」
という論法らしい。
手にできないことは、ずいぶん前からわかっているはずなのだけど。
「きっと資格が必要なのですわ。あの者はドラゴンを倒して聖剣を手に入れたと聞き及びました。ですからディグラン殿下の方が剣のあつかいに優れていると示せば…」
本気で倒せと言わないだけまだマシなのか。
それで第二王子殿下の心のハードルが下がってしまったのがなんとも。
「なるほど。ハノース夫人、女性にこのようなことを申し込むのは甚だ心苦しいが。聖剣はやはり戦える者のもとにあるべきではないか。そなたのように見るからにか弱き者に、いざ戦いの必要が生じたからといって、過酷な戦乱の地におもむかせるのは忍びない。従っていま、私がその剣にふさわしいことを示し、そなたをその危機から救ってみせる。ゆえに私、第二王子ディグランはそなたハノース夫人に決闘を申し込む」
なんとなく勇者らしいことを言っている。
していることは別の意味で勇者だ。
学院内で帯剣している私がいうのもなんだけど、プレートアーマーを着用している時点でおかしいと思った。
「素敵ですわ、ディグラン殿下」
まるで予言者であるかのように、大公閣下がおっしゃっていた場面が整ってしまった。
申し訳ありません閣下。
手袋を投げられたら即座に真っ二つにするよう言われていたのに。
さすがに第二王子殿下のお命を奪っては、閣下に迷惑をかけすぎる気がする。
のん気に婚約者が用意していた白手袋を受け取って、こちらに投げようとしている右腕を私は切ろうとした。
それが鋼鉄で覆われていようとなんの不安もない。
落としてもすぐつなげるか生やすかすれば、なんとか話のおさめようがある。
でも、私が柄に手を掛けた瞬間から、聖なるダガーはごく自然に理想的な軌跡で鞘を抜け、振り上げられ、プレートアーマーごと第二王子殿下をいわゆる唐竹割にした。
「は…?」「え…?」
間抜けな声を上げる第二王子殿下とその婚約者。
いまさらながら私は脇や背中が汗で濡れるのを感じる。
磨きぬかれた鎧は完全に上から下まで両断されている。
でも、中身は無事だ。生きている。
おそらく第二王子殿下にまったく悪意がなかったからだと思われる。
「え、衛兵ー! 衛兵ー! この者を捕らえよ。王族を手にかけた罪、ふ、不敬罪、いえ極刑よ!」
錯乱気味にさけぶサンフィール侯爵令嬢。
実際じつに危うい立場ではあるけれど、私にはあとは大公閣下がなんとかしてくださるという自信があった。
でも、だからといってこの場で護衛騎士たちに取り押さえられ、連行されるなど容認できない。
目撃者は多数。
でも聖剣はすでに腰の鞘に納まっている。
血は流れていない。
ただ殿下の鎧が二つに割れて、隙間から殿下のまぬけ面と、鎧下がのぞいているだけだ。
ガラーンと左右にわかれて落ちれば絵にはなっただろうけど。
現実はそううまいこといかないらしい。
私は駆けつけた学生服姿の騎士たちに宣言する。
「聖剣の保持者たる私、マリアンナ・アニフィール・ハノースがその力を行使した。事の次第は王城にて、国王陛下に申し上げる。それまで何人たりとも私に触れること、私の進行を妨げることは許さぬ。左様心得よ」
「「「「「はっ!」」」」」
おお、通用した。
ほっとしつつも気を抜かず、常に私に付き従っている護衛に声を掛ける。
驚異の美魔女。学生服のよく似合う二児の母にして現役の騎士。
サンフィール侯爵令嬢が騒ぐ前からすべてを目撃していた人物だ。
もともと、こんな時のために付けていたわけなのだけど。
「お手数ですが人を出して、大公閣下に事の次第をお伝えしていただきたいのですが」
「はっ! 承知いたしました。…すでに走らせております、ご安心を」
後半は抑えられた音量だったけれど、確かに聞いた。
もしかして大公閣下の息がかかっているのか。
一度外した視線をその顔に戻すと、目礼を返される。
さすがは大公閣下、抜け目がない。そして、ありがとうございます。
私は完全に守られて大公閣下と合流。
快適な馬車で、王城に向かった。
第二王子殿下とその婚約者が、乗り心地のよくない馬車にあえて乗せられたかどうか、私は知らない。
私は国王陛下が怒鳴るのをはじめて聞いた。
それほど多く謁見しているわけではない。
そういうことが必要な場面もなかった。
でもいま国王陛下は大公閣下の前で、自分の息子を守ることに必死だ。
私から釈明する必要はなかった。最後に一言礼を言っただけだ。
すでに閣下はすべてを把握していて、馬車に乗り込んだ時も「よくやった」とすぐに頭を撫でてくださったくらいだから。
そこではじめて震えがきたけど、抱っこされて背中をトントンしてもらっているうちに治まった。
さすがは大公閣下セラピー。
当の第二王子殿下は、自分が死の淵に立ったことも、なぜ叱られるのかもよくわかっていなかったようだ。
でも、父王を悲しませたことだけは理解したようで、共に涙を流していた。
私たちにすれば茶番なのだけど。
その一幕が終わるまでの間、私は自分が人を確かに切ったこと、殺さずに済んだ事実を噛みしめていた。
王族としてここまでないないづくしなのはどうかと思うけれど、聖剣が彼の命を奪わないでいてくれて本当によかった。
いずれは覚悟を持って人を殺めなければならない時が来るにしても、それはいまではない。
大公閣下と国王陛下の話し合いはシンプルだった。
「私は妻に、手袋を投げつけられることあらば即座に切れと言ってあった。だが、彼女は手袋が投げられる前に切った。そして、その者は死ななかった。彼女に感謝することだ。詫びは必要ない」
「うむ。聖女にして正統なる聖剣の保持者であるハノース夫人に感謝する」
「もったいないことでございます、国王陛下」
つまり、これでこの件はなかったことになった。
情報収集能力のない者たちの目には、大公閣下の王家への対応はかなり甘く映ったかもしれない。
でも、これまでの間に王家の失点は着々と積み重なり、いわゆる数え役満。
後日、ハノース大公領は王国より独立して、ハノース大公国となった。
「前々から考えていたことではあったのだ」
大公閣下自身の出自の尊さ、上げた功績。それによって国内外に睨みを利かせてきたこと。
若い頃は野心ゆえに、ある程度の年齢になってからは王国のために、王家とも他の貴族たちとも教会とも持ちつ持たれつやってきた。
政治素人の私から見ても、求められる以上の働きをし、王家を助けてきたのは明白。
それはあちらも認めるところ。
信賞必罰は為政者として当然のことなので、大公閣下はより多くの特権を持つに至った。
大公と呼称されることからはじまって、この国では彼だけが用いている婚姻の形。
元来、領地の治め方は領主に任せられているものだけれど、その自由度が格段に高い。
最終的にハノース大公領が王家に納めるいわゆる上納金は、他の公爵家の半分以下になっていた。
そこに聖女と聖剣の保持者を抱え込んでいるのだ。
いまさらの感もないではないけれど、さらに貴族間のバランスを大きく欠いた。大公国の独立は王国のためでもあるのだ。
「なんだかんだと旦那様はおやさしい」
「…そういうことにしておこう」
戦場の鷹と呼ばれるにふさわしい目の光。
いまのところ変わったことと言えば、領地の名称と、恒常的なものにしろ臨時のものにしろ王国からいっさい課税されなくなったことくらいか。
あくまで名誉称号ということになるのだけど、王国内の爵位は与えられたままなので、彼は公国の王であり、同時に王国の公爵でもあるという立場。
王国内の屋敷(城)は大使館的な位置づけで維持され、私たちの子供にと与えられた爵位も同様(これ大事)
前世の歴史に鑑みても、貴族が他国の爵位をも持つことはさほど珍しくない。
でもこれからは、独自に他国と貿易することもできるし、他国から移民を受け入れることもできる。
ハノース大公国公王陛下にしてみれば、いままでは思うように後継が育たず、自身で成し遂げるには時が足りなかったのだけれど。
いまや元大公領は急速な発展を遂げつつある。
土木工事をはじめ農地の開拓・改良に魔法が使用されていることが大きい。
細々とした危険の少ない部分では、多くの人を雇うようにしていることもよい結果につながっている。
それらを取り仕切っているのが、長男のベンヤミンだ。
しっかりと必要以上に報・連・相をしてくるので、近頃は公王陛下がうんざりしているほどだ。
うかつに帰省すると、同じくやる気に満ちあふれたその奥方につきまとわれるので、私はあまりかかわらないようにしている。
私は別のことでしっかり役に立っていると自負している。
聖女と聖剣保持者の貸し出しは、ハノース大公国の切札になっているはずだ。
相変わらず依頼してくる側との折衝やスケジュール管理は旦那様に丸投げしているので、さほど忙しいとは感じない。
これからもダンには私の公の立場や知識や能力を大いに利用してほしい。
私も公王陛下を利用する。
互いに愛情を持って、でも緊張感のある関係で居続けられるのが理想。
私は小さな庭に囲い込まれて、ただ水を与えられ愛でられる花になどなりたくない。
異論は認める。
つまり、この貴族社会は私の性に合っているのだ。
別の意味で合っているのが第二王子殿下。
頬の涙が乾いたか乾かないかのうちに、何事もなかったかのように私にあいさつしてきた。
これでなんの計算もしていないのだから恐れ入る。
実際なかったことになっているのだから、私も普通に応じるけれど。
だだ、その場にいなかったサンフィール侯爵令嬢については別だ。
婚約者である第二王子殿下を惑わし、国の守りたる聖女兼聖剣の保持者を脅かそうとしたのだから、別室で並大抵ではない尋問を受けたらしい。
そこで判明したのは、じつは彼女が聖女ではないということ。
神より加護を受けたのは、彼女の取り巻きの一人、イビダス子爵令嬢だった。
その時の様子をつぶさに聞き出したサンフィール侯爵令嬢は、聖女として名乗りを上げる。
入学式を遅らせることになった結界の不始末も、自分がやったわけではないから悪びれないわけだ。
その分、相当にイビダス子爵令嬢に当たったらしいけど。
ベールを被るのをよいことに魔女裁判まで彼女に受けさせたという話。
サンフィール侯爵は公職から身を引き、問題の娘を連れていち早く領地に帰った。
亀のように首を引っ込めて、嵐が過ぎるのを待つ算段なのか。
表向きの理由は娘の療養のためだけれど。
彼女は年の瀬を待たず、修道院に送られることが決まっている。
第二王子殿下との婚約は病気を理由に破棄された。
それなりに仲良くしていた第二王子殿下は、しばらくは寂しそうにしておられたけど。
すぐにイビダス子爵令嬢(真聖女)が後釜におさまった。
あれだけのことをしでかしておいて、結婚させてもらえるだけ幸せだと思う。
私が言えた義理ではないけれど。
今度の婚約者も、前者とよく似たタイプというのが笑える。
彼女との婚約を解消する形になった 某伯爵令息にすれば笑い事ではないだろうけど。
案外ほっとしていたりするのだろうか。
個人的には、聖女の件をどう誤魔化すのか楽しみにしていたのだけど。
王家はサンフィール侯爵令嬢が神の加護を失い、新たにイビダス子爵令嬢が加護を受けたと発表しただけだった。
本来であれば侯爵家を取り潰してもおかしくなく、少なくとも伯爵か子爵あたりに降格してもよかったはずだ。
それをしてしまうと国内の動揺が大きすぎるということもあるけれど、つまりは王家が傷を負うのを避けたということなのだろう。
おかげで王家が聖剣に触手を伸ばすことはなくなった。
今度は教会から打診があって、しかしこちらは聖剣の保管を申し出るゆるやかなもの。
教皇猊下からのお手紙を要約すると。
教会本部の求心力と、ついでに集客力も上げたいので、その目玉として聖剣を展示したい。絶対に盗まれないように気を付けるので、せひ貸してちょうだい。
前世でいえば、美術館や博物館に貸し出すようなもの。
人を切って満足したのか、それで私を正当な持ち主と認めてくれたのか、剣から多少は離れていてもいいよというような雰囲気を感じられたので、教会に任せることにした。
もちろん、必要な時は即返してもらう約束で。
また同じようなことがないとはとても言い切れないから。
聖剣を寄贈したことで、私は教会から荘園を一ついただいた。名目はお墓。
…大きすぎる。
先日お会いした時タニタ司教様は、毎日聖剣に祈りを捧げさせられるので参るとこぼしていた。
いえでもね、神様の加護が二つにドラゴンスレイヤーの称号、加えて聖剣。
私はけっこう目立ちたがり屋だけれど、危険人物認定はされたくない。
つまり保身のためで、騙しているけど気は引けない。
呼べばどこからともなく現れる、聖剣。
会話ができるわけではないし、発光したりもしないけど、なんとなく私に懐いてくれているような気がして、鋭利な武器がだんだん可愛く思えてくる。
ホーンラビットの首くらいなら、ふつうの剣でも落とせるようになった(戦えるようになったとは言っていない)
教会では安置されている台座から聖剣が消えるたびに、汚職聖職者が身分を剥奪され、戻るたびにタニタ司教様への信望が高まっているらしい。
そのように誘導しているのは一人の枢機卿。
アンチ聖女(私を含む)でいながら、すべてを無駄なく利用するところはさすがだ。
こちらは狙ってやったわけではないけれど、資産が増えるのは純粋にうれしい。しめしめ。




