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転生した私は聖女かもしれない  作者: 御重スミヲ
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4、井戸端デビュー


 (かまど)の火はすでに落とされていて、洗濯物を煮ることはできそうにない。

 井戸端(いどばた)では、質素な格好をした五、六人の女たちが、洗濯物や、中身をあけた釜を濯いでいる。

 いちばん恰幅(かっぷく)の良いおばさんが、私に気付いた。

「おや、見慣れない子だね。どこの子だい?」

 にこりともせず、返答によっては水を汲ませない気だとわかる。

「こんにちは! ごぶさたしてます。クリーンをかけて回るのを生業(なりわい)にしてます、アニフィールの娘です」

「…ああ! そういえば。その桃色の髪は見たことあるよ」

「言われてみれば。あの五階の(すみ)の子かい」

 痩せぎすの女が声を上げると、老女が続く。ボスが良しとうなずいた。

「失礼します」

 少しだけ脇にずれてくれた女たちの間を通って水を汲む。

 まるく周りに石を積み上げた井戸。

 ポンプはもちろん、滑車すらない。

 中央に渡された角材につながれたロープを引いて、私は青息吐息だ。

 な、情けない。

 前世では、これくらいの歳の頃には、クラス全員分の牛乳パックが詰まったカゴをかかえて、三階の教室まで昇っていたのに。

 あ、姫様は、女子には不人気でした。

 けっこう早い段階で男子が気付いて手伝いを申し出てくれるのだけど、私も意地になって一人で運んでいたっけ。

 それにしても重い。

 こっちがこんな細腕でぷるぷるしてるのに、奥さん連中はペラペラ話しかけてくる。

「前に見たのは、五歳式の時だったかね?」

「ならもう、五年にもなるのかい? ずっと病気で寝てたんだってね」

「お母さん、薬代稼ぐのが大変だってこぼしてたよ」

 なんですとうぉ!?

 人間怒ると力が湧くのね。

 一気に桶を引き上げると、私はぐりんと後ろを向く。

 ぎりぎりで笑顔をつくるのが間に合いました。

「えー! 母さんったら、そんな大嘘ついてたんですかぁ~」

 こんなんだったら発声練習もしてから出てくればよかった。

 まったくと言っていいほど使っていなかったから、(はな)から声はかすれて、ボリュームを上げようとすれば咳き込んでしまう。

「嘘って…。そんな痩せこけてて、いまだって咳き込んでるし」

 落ち着け、落ち着け。

 私は口中から唾液をかき集めて嚥下する。

 こうなったら内緒話っぽく声をひそめるか。

「それが、聞いてくださいよぉ~」

 みんなさっと口を噤んで、なになに!?というふうに寄ってきた。

「あの人、男つくってほとんど家にいないんです。

 毎朝、水桶一杯の水と、丸パン一つ放り込んでいくだけ。

 私も馬鹿だから、待っててねって言葉を素直に聞いて。

 そんなわけで、いつも空腹でこんなに痩せちゃって、力は出ないし。

 でも、このままじゃ死んでしまうってやっと気付いて、

 えいやって気合を入れて、外に出てきたわけなんです。

 洗濯はおろか、部屋なんかも全然掃除できてなかったからゴミ溜め同然ですよ」

 前世の十代までの私だったら、親の態度に合わせて素直な娘を演じただろう。

 いまから思えば馬鹿々々しい。

 自分だけが我慢すればいい…なんて。

 人は感謝するどころか、こちらがどんなつらい思いをしているかなんて気付きもしないのに。

 女たちは顔を見合わせている。

 身づくろいをがんばりすぎた? そのまま出てきた方が信憑性(しんぴょうせい)があったことは確か。

 いやいや。それでは、話をするどころか水も汲ませてもらえず、犬のように追い払われたことだろう。

「よし、私が見てくる」

 恰幅(かっぷく)の良いおばさんが、私が半分だけ水を汲んだ水桶に手を掛ける。

「あんた、病み上がりじゃないにしろ、そんなふらふらしてたら、とてもじゃないけど五階までなんて上がれないだろ」

 もっともらしいことを言いながら、うんうん肯いている。

 だったら、その水桶いっぱいにしてくれませんかね。

「ありがとうございますぅ~。ほんと助かりますぅ~」

 小さい声でも印象に残るように、ぶりっ子しゃべりをしてみた。

 でも、すでに足ががくがくしていたのも事実。

 おばさん、素直じゃない子でごめんね。

 私を待たずにすたすたのぼっていく女の、ちらりと見えたふくらはぎの立派なこと!

 筋トレしよう。

 それにしても、おばさん速い!

「ほんとだ! こりゃ、ひどいねぇ」

 鍵も掛けずにきたのは私だけど、人んちのドアを勝手に開けるかね。

 その女傑をして、部屋には一歩たりとも入りたくなさそうだ。

 戸口に水桶を下ろして、私を待っている。

 はぁ~。やっとこさたどり着いた。

 この辺りの生活水準、道徳的教育のレベルを考えれば当然なのかもしれない。

 あわよくば掃除を手伝ってくれないかなんて、甘い考えは捨てるべきだ。

 みんな自分のことで精いっぱい。懸命に生きていると言えば言える。

 前世で、あれこれ他人が私に気を遣うのは、親の威光があってこそなのだとわかっていた。

「人の親を悪くは言いたかないけど、あんな高価な香水の匂いプンプンさせて、おかしいとは思ってたんだよ。あんた、こんなところでこんな生活してるくらいなら、教会の孤児院にでも入った方がマシなんじゃないかい?」

「孤児院。…親が健在でも入れるものなんですか?」

 つい、劣悪な環境を想像して尻込みしてしまう。

 これよりひどい環境ってどんなだろうね?

 でも、日本でも後家殺しの坊さんの話とか聞くし、某旧教内のホモとショタの合わせ技とかね。

「そりゃ、親もいろいろいるからさ。あんたには言うまでもないことだろうけど」

 どうやら私の話を信じる気になったようだ。

 まあ、本当だろうが嘘だろうが、面白おかしくうわさ話できればいいのだろうけど。



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