33、聖女
しばらくして私は聖女と認定された。
タニタ司教様が神の顕現という奇跡を目撃し、そのおり私に加護が与えられたことも確認していたので、教会側ではとてもスムーズに手続きが進んでいたようだ。
負けじと国王陛下も私を聖女に認定したがっておられた。
でも、それに先んじて第二王子妃候補の侯爵令嬢から神の加護を受けたとの報告があり、その確認に手間取ったらしい。
次代の王の義妹に聖女。欲しいだろう、それは。
私はしれっとその大叔父のもとに嫁いでしまっていたので、王家が向こうを優先するのは当然だ。
第二王子殿下の周辺が、王太子の座をうかがうならなおさら。
同じ発表をするにも、一番目と二番目ではインパクトがまるで違う。
国王陛下は大公閣下を通じて私を気遣いつつ、教会に私の聖女認定を待つよう懇願したほどだ。
聖女の称号は何かと使えそうだけれど、ここでごり押ししたところで大した益はない。
大公閣下と私は意見の一致をみた。
「この貸しは大きいぞ」
「そうですね」
魔王になる可能性については、国王陛下にのみ大公閣下を通じて伝えてあるのだけど。
そうならないように守り導いていけばよいと、存外気楽に考えているようだ。
あるかどうかわからない危険には目を瞑って、聖女出現による民の心の安寧と、延いては王家の求心力向上を取ったわけだ。
これについて教会はどんな見解も示していない。
タニタ司教様がどれだけ面倒くさがりだろうと、神様の言葉は一言も漏らさず伝えているはず。
ただ、使者のあいさつひとつとっても丁重であることは確かだ。
私は経験しなくてすんだけれど。
教会にも王家にも聖女を認定するための細かな規定というものが存在するらしい。
あとで聞いたところによると、埃をかぶった文献をひっくり返して作り上げた力作で、まったく根拠のないものでもないという。
私から見ればほとんど魔女裁判。
沸き立つ熱湯に手を入れさせられたり、手足を縛られて川に入ったり。
タニタ司教様には、ドラゴンの巣まで無駄足を踏ませてしまったけれど、私にとっては本当によかった。
神の御姿を直に拝見した聖職者で、ご存命の方はタニタ司教様ただお一人。
それは枢機卿へという話も出て当然だと思いますよ?
認定機関が複数ある上に世間はイメージ戦略に弱そうだから、下手をすると聖女も、元祖とか本家とか冠するはめになるかもしれない。
そうこうするうちにあちらでは派手な認定式が行われ、その場で第二王子殿下とその聖女の婚約が発表された。
乙女ゲーム的展開から考えればかかわりたくない二人だ。
幸いなことに公式行事に貴族が伴うのは何事もなければ正妻。
ハノース公爵家は少々特殊で、夫人たちの間に序列はないのだけど、王家やほかの貴族家に合わせるかたちで、第一夫人がそれを担うことになっている。
第四夫人としては何も思わないわけではないけれど。
いまは旦那様に嫌われないようにする方が大事。
色恋を抜きにしても、この世界の私のすべてがそこに掛かっている。
ほかの夫人たちも内心はどうあれ理性的に行動しているから、私も冷静でいられる。
基本的に賢い人たちなのだと思う。
私のもともとの身分が低すぎて相手にされていないというのもあるけれど…いまに見てらっしゃい。
担当部門が違うと認識する。人の領域を荒らさない。
それがハノース公爵家、奧の暗黙のルール。
私だって暇というわけではない。
すでに聖女としての仕事がちょこちょこ入るようになっている。
私としては見も知らぬ人のために身を削って働くなんて馬鹿らしいと思う。
時間をとられるという一点だけでも、それだけ私の寿命を費やしているわけだから。
目の前で困っている人がいればつい助けてしまうけれど。
それを当たり前と思われたら腹が立つ。
そういうところ、うちの旦那様はよく理解してくださっている。
私たちのためにならない相手からの御用はシャットアウト。
件数は必要最低限におさえられている。
そうして一件こなすごとにご褒美をくださる。
うれしい! ただ働きほど虚しいものはない。
いまでは私は、閣下の馬車と同等の機能を持たせた小ぶりで優美なデザインの馬車とそれを引く馬、保養地のこじんまりとした別荘、私の思い付きを試行錯誤して形にできる数人の研究者と職人、小さな試験場を所有している。
ただこの世界でも、貴族の女の資産は夫が管理するものと法律に明記されている。
いまは旦那様に気に入られているからよいけれど。
この不安定さをどうにかするには、リスク分散することくらいしか思いつかない。
いまのところその先はタニタ司教様だけ。
まるで分散していない。
でも、なかなか心から信頼できる人は少なく、その中で自分の損得を考えない人はなお少ない。
私自身、無理に人をだまそうとは思わないけれど。
常に自分を有利な立場に置きたいと思うから、感覚的に相手もそうするのが当たり前とみなして、人を信用しづらいのだ。
もちろん旦那様のことは大好きだし、たとえ愛情が薄れたとしても女子供を虐げるような人ではないと信用しているけれど。
前世でもそうだった。
人生いつなんどき状況が変わってしまうかわからない。
もし、まかり間違って彼が落ちぶれても、私とダンが最低限の生活を数年送れるくらいの備えは必要だ。
もっとも魔道具の魔石に魔力を込めたり、ちょっとした怪我などを治すだけでも食べていけそうではあるけれど。
望んで与えられた称号ではない。でも、競う気持ちは十分ある。
あちらの認定式は王家主催で、教会から枢機卿を招いて盛大に行われた。
こちらは婚儀の時同様こじんまりと済ませている。
ただ教会本部から迎えが来て、教皇猊下のプライベートな礼拝堂で、猊下自ら聖女の認定をしてくださった。
想像とは違って、厳めしい容貌をされた方だった。
すべてが終わると深い皺の刻まれた顔をほころばせて、いつでも遊びにおいでとおっしゃった。
私の心はとても穏やか。
浅ましい? けっこう。
この勝った!と思う瞬間は最高に気分がいい。
それが教会の手なのはわかっているけれど。
ここまでよい気分にさせてもらったら、立ち位置を少し教会寄りにしてもよいかという気もになる。
その上聖女の特権として、教会所蔵の書物をすべて閲覧することができる!
また申し込んだその日に、教皇猊下に拝謁が叶うそうだ。
ほかにも細々とした権利が約束され、いろいろな役得もあるには違いないのだけど。
「そちらはどうでもよさそうだな」
旦那様は面白がっているけれど。
私が無欲なわけがない。
たいていのことを大公閣下が叶えてくださっているだけのことですから。




