25、加護
気絶したライオンは猫ほどの大きさに、見る間に縮んだ。
「幻影であったか」
それでも頭は大きく脚は太く、耳もまた大きい。
毛がもさもさのおっさんくさい顔だが、小さいとやはりかわいい。
ためらいなく抱き上げて、小屋に運ぶ。
私もそれくらいの腕力は十分についた。
DもKも付かないワンルーム。見まわした感想は一言、質素だ。
怪我をしている様子もないので気付け薬を嗅がせて強引に起こす。
「んがぁっ、くっさ!」
小瓶の中身はアンモニアだから、それはお察しだ。
よろよろと立ち上がった子ライオンが、髭を撫で偉そうに腕を組む。
「我が加護を求めにくるとは殊勝である。そこに跪け」
体の大きさに合わせるように高い子供の声になっている。
こちらを攻撃して負けたことはなかったことにするようだ。
「…まこと神であると言うならば、まず訳をお聞かせ願おうか。常日頃、神を崇める教会が把握しておらぬ事柄のようゆえ」
「うむ。仕方あるまい」
重々しくうなずいても、ぬいぐるみが動いているようにしか見えない。
「我は創造の神である。故に始まりから終わりまですべてに存在している」
護衛の中には首を傾げる者もいるが、どうやら神というものは時代を超越し、過去も未来も同じ時として感じているらしい。
「この世界を創りし者の務めとして、創り上げたものを知る努力を常日頃から欠かさない。対象を知るには交わってみるのがいちばんだ」
動物らしくもなければ子供らしくもない、粘性を感じさせる笑い。
おいおい。つまりこれはゼウス型の神というわけだ。
それに倣ったのかどうかは知らないけれど、この世界は一夫多妻制。
でも、それは男に甲斐性があり妻たちが納得してこそ成り立つもの。
私にもできれば独り占めしたいという思いは当然ある。でも、これだけの人物だもの。
生前は同僚の「うだつの上がらない男と添い遂げるより、できる男の愛人やってた方がよっぽどマシ」という意見にまだ抵抗があったけど。
こういう厳しい世界に生まれてみると、あり寄りのありだと同意せずにはいられない。
うちの旦那様は妻全員に安心とときめきを与えてくださる。
そのドキドキには若干の恐れもまじっているかもしれないけれど。
「呆れ果てた奴だ」
「神に向かって不敬であるぞ!」
「では、その神は何故そのような形であるのか?」
うんうん肯く私たちの前で、白い子ライオンがしょぼーんとうなだれる。
「この地でじつにかわいい妖精に出会ってな。…加護を与えたところ、それは精霊になった。それによってこの地は豊かになるはずだったのだが、その精霊は神のように人に崇め奉られることを望んだのだ」
「あー…」
護衛たちが顔を見合わせ、大公閣下は呆れたように首を振る。
首を傾げる私に、ダンは面倒くさがらずに説明してくれる。
「昔、いまはすでに枯れた泉に、たまたま櫛を落した乙女がいたのだ。すると精霊が現れて、そなたの落とした櫛は金の櫛か銀の櫛かと尋ねた。正直に普通の木の櫛だと答えると、嘘を吐かなかった褒美だと言って金と銀の櫛を与えたという」
どこかで聞いたような話だ。乙女ゲーム疑惑パート2。
「そうなのだ。それ以降、櫛を投げ込む者が続出して、人々の願いという名の欲が精霊の力の及ぶ範囲を超えた時、泉は枯れた。この地は神である我らが顕現できる数少ない場所であり、その力を弱らせてしまったことに妻たちが怒ってな。寄ってたかって、我の力の源である玉袋を毟り取って、我をこの地に落としたのだ」
護衛たちはみなどことなく内股になり、さすがの旦那様も眉をひそめる。
残念ながら私が憧れる御者の女は、馬と馬車の番をするために残っていて、ここにはいない。
突拍子もない話だ。でも、整合性はあるように思える。
神を叩き落とすとは、彼の妻たちもやはり神なのだろう。女神たる三柱。
「我はこの地がある本来の役目、しかるべき者に加護を与えぬことには上へ迎え入れてもらえぬのだ」
先程ちらっと見たかんじでは、新しい聖女の泉は自然に湧いたものではなく、近くの小川から水を引いているようだ。
自業自得だけれど、ぬいぐるみ然として落ち込まれると慰めたくなる。
「早くその者が現れるとよいですね」
「何を言う、そなたのことだぞ」
「あ、そうですか」
聖女の泉と聞いて、敵を知り己を知らばと意気込んだ。何割かは怖いもの見たさだったことも否定はしない。
自ら危うきに近寄っておいてなんだけど、面倒なことになった。
子ライオンが一歩近付くと、ダンが守るように私の肩を引き寄せる。ありがとう、旦那様。
「お主に加護をやることはできんぞ。いかな理由があろうとも、同族の命を奪ったものを聖別するわけにはいかぬ」
見上げた先の鋭い表情をした顔が、私を安心させるようにほころぶ。
「国を守る為にしたことだ、後悔などするものか。そもそも加護など端から望んでいない。だがどんな大儀があるにせよ、私の妻を傷つけることは許さん」
「勘違いをするな。この体でも加護を与えるくらいのことは簡単にできる。ただ額に手を当てるだけだ。痛みも苦しみもなくすぐに終わる。そのこと、神として誓おう」
私自身がいいともわるいとも言わないうちに話はどんどん進む。
「うむうむ、仲良きことは美しきことである。その時ふれ合っておれば加護は付かぬまでも、お主の寿命が十年は伸びよう」
「お願いします!」
私は教会でいつも祈っていたように片膝をつき、両手を胸の前で交差させる。
「現金なものよ。しかし、その真摯な祈りの姿はわるくない。お主も跪き、そうさな。手でも握っていればよかろう」
私の心はもう、もらえるものならもらっておこうという前向きな気持ちでいっぱいだ。
避けたところで聖女云々の話は付いてまわる可能性が高い。力はあるに越したことがない。
なにしろ旦那様の寿命が延びるというのがよい。
自然と目を閉じる。
てしっと押し付けられた肉球は、意外にやわらかく心地よい。
まさに心洗われる気持ち。
後で聞いた話によると、私とダンは光輝いていたらしい。
熱くも痛くもかゆくもなくてよかった。
一部のラノベのようにステータスは見られないのだけど。
まず、当たり前のように自身の能力を把握できたのがありがたい。
存在自体がバージョンアップして、金銀を自在に生みだしていたという精霊。
もともと土系統の妖精だったと推測できる。
だから、私は結界系の力でも与えられるのだろうと思っていたら、なんと癒しの力がきた。
しかも、部分欠損まで治せる強力なやつ。さすがに死人は生き返らせられないけど。
それから、サービスなのかなんなのか。
汚れ除けの魔法だけは、魔法陣なしで使えるようになっていた。
ほかの魔法を使う時同様、イメージに魔力を突っ込む感じだ。
一々描きかえなくても効果範囲を調節できるから便利。
「済んだぞ」
目を開き見た先の神様は、相変わらず小さな白いライオンだ。
加護とか言って、少しだけ運気が上がるとか、一度だけ災厄を避けられるとか、そんなのもありうると内心疑ってかかっていた。
でもちゃんと副次的な効果で、旦那様の寿命が延びている。すごい! とってもありがたい!
なぜ確信が持てるのかというと、見た目から十歳若返っている。本人はまだ気付いていないみたいだけど。
「心より感謝申し上げます、神様。無知ゆえの非礼の数々、なにとぞご寛恕くださいませ」
「うむうむ。怒ってはおらぬから、そう固くならずともよい」
神と認められたことがよほどうれしかったのか、ペラペラと余計なことまでしゃべりだす。
「実際、この場を訪れた者で、清い存在でありさえすれば誰でもよかったのだ。あとはその者の行動次第。我も遅ればせながらそれを学んだ」
相次ぐ無責任発言。女神さまたちの苦労がしのばれる。
「おかげで、やっとこの場から解放される。その礼に一つ、良いことを教えてやろう。我が妻たちは我を落す時、我を三つに割った。一つはここに。もう一つは聖女の丘に。もう一つは聖女の谷に落とされた」
それってそちらでもやらかしてたということでは?
聖女の丘には誰も反応しなかったのに、聖女の谷と聞いて護衛たちがざわざわする。
ドラゴンの巣という言葉に、私の心もざわざわする。
「そなたらにとっては残念なことに、丘の方の我はすでに上へ還っている。だが谷の方へ、聖別されるに相応しき者を連れていけば、その男の寿命がもう十年延びるかもしれぬな…はっはっはっ!」
光の粒子を漂わせながら薄れゆく姿はどこか神々しく、しかし、ぬいぐるみのような姿なので締まらない。
「そうそう。我が加護を与えた者の心が闇に落ちればそれが魔王になる故な、気を付けよ?」
それ、もっと早く言ってほしかった。
私たちは全員ひざまずいて白く小さき獣を見送る。
たしかにそれが神で、私に加護を与えたと実感していたから。




