19、謁見
私自身は正直、微妙だと思っているのだけど。
大公閣下に言わせると、やすやすと口にするアイデアと行使する魔法の特殊性で、私という存在はかなり貴重らしい。
貴族の婚姻には教会の許可に加えて、国王の許可が必要。
私が未成年であることを理由に、許可が下りないことが予想される。
いま私に家名がないことがそもそもの問題なので、婚約では意味がない。
しかし、大公閣下はだてに大公ではなかった。
自身が管理する領域であれば、その許可を出せる。
屋敷内の礼拝堂にタニタ司祭様を呼んで、さっさと結婚してしまった。
枯れ木も山のにぎわい。
派手なお式への憧れもないではないけれど。
このロミジュリ方式もいい! ロマンチックで。
そうそう、この日のために急遽タニタ司祭様は司教様に押し上げられた。大公閣下のごり押しで。
司教であれば、教皇の許可を待たずに現場の判断で冠婚葬祭を執り行う権限があるのだとか。
聖人に列せられる日も近いかもよ?
そうして私は、マリアンナ・アニフィール・ハノースとなった。
あの母親の名前を名乗るのは気に食わないけれど。
父親とはいっさい関わる気がないので仕方ない。まさに苦肉の策。
夫にエスコートされて王様に謁見。略式だけど。
やはり権威というものはすごい。
自然と跪いてしまいたくなる。
でも、第四とはいえ公爵夫人である私はプリエでよいのだ。
スカート丈が長いからよいものの、それがなければラジオ体操第二が丸見え。
大公閣下に至っては会釈すらしなくてよい。
「街の衛生環境改善に寄与せしことまことに殊勝である」
「ありがたきお言葉をいただき恐悦至極に存じます」
はっきり言葉にするのは憚られる。はばかりつまりお便所の話だけに!
私はただ自分の欲望に忠実に行動しているだけなのだけれど。
臭いをシャットアウトするだけの廉価版がよく売れたと聞いている。
発酵はそれなりに時間をかけることになるのだけど。
できあがったたい肥が、近隣の農家に思いのほか高く売れることがわかれば、別にわざわざ買わなくてもいいじゃないかと、ありあわせの樽や箱でやりはじめる者もでてくる。
そうやって、じわじわとではあるが広まったという話。
臨席したのは宰相と二三の大臣だけなのだけど、惜しみない拍手を送ってくれた。
高貴な人たちも意外にあの界隈をうろついているのだ。
大丈夫? 襲われたりしない?
魔法が使えるが故の自信なのか。
切捨御免的な特権もあるけれど。
それでも事故は起こるので、汚れ除けの魔法陣が大活躍してきた。
ちなみに貴族の家では水洗でした。当然この城でも。
ずるい! でも、よかった。
次に連れて行かれたのは、王の客間。
国王陛下とレディ・アーサーはとても仲が良い。
同じ一つのソファに並んで腰かけ、手を取り合っている。
実際のところは怒って見せる愛妾を国王陛下がなだめている。
「まったく叔父上にはしてやられたな」
「本当ですよ。もともとマリアンナを引き取ろうと考えていたのは私ですのに」
少女のような顔を見せたかと思えば、やさしい慈母のような顔をなさる。
「よく来てくれましたね、マリアンナ。大公閣下が顔を合わせればあなたの自慢ばかりするものだから、安心するやら悔しいやら。あなたと会うのが待ち遠しかったわ。背も伸びたかしら? もともと可愛らしかったけれど、ますます可愛らしくなってぇ」
最後はおばさん口調になるレディ・アーサーに、思わずくすりと笑ってしまう。
「ご無沙汰しております。私がいまこのようにしていられるのも、レディ・アーサーのおかげです」
「そーお? あまり大したこともしてあげられなくて、心苦しく思っていたのよ。時期をはかっているうちに、あっさりそこな戦場の鷹にさらわれてしまって。いえ、よいの。私のような中途半端な立場のものが引き取るより、ずっと良い結果になりましたもの。がんばりましたね、マリアンナ」
目を潤ませて微笑む貴婦人に私もぐっとくる。この方には本当によくしていただいた。
「ありがとうございます、レディ・スイーシス。いえ、いまはあえてレディ・アーサーとお呼びすることをお許しください。あなたは永遠に私の憧れであり、心の師です」
「…うれしいことを」
国王陛下が差し出したハンカチで目元を押さえる。
「そうだぞ。そなたは私の永遠の花でもある」
「まあ、ふふ。光栄です」
いちゃつく二人を凝視するのは悪いわね。
「旦那様がそこまで私をお認めになってくださっているとは思いませんでした」
自慢してたって本当? こそっと囁くと、さりげなく視線をそらす大公閣下。
ほんのり耳が赤い。
「あー…報告がてら話をしただけだ。そなたの心配をしてくれる者には、少しくわしく近況を伝えたかもしれない」
「ふむ。多くは細々としたものではあるが、なかなか便利に使わせてもらっているぞ」
「光栄に存じます、国王陛下」
「私は新しいダンスを早く習いたいわ。優美で斬新なのですってね? 教えてちょうだいマリアンナ」
「では、僭越ながら」
この日のために仕立てたドレスには、昨今流行りのスカートを膨らませるための骨組みは使用しない。
そのかわり限界までフレアを仕込んで、裾に羽毛をこれでもかと縫い付けた。
ターンをするとふわりと広がる、前世であれば社交ダンスの競技会でよく見られるコスチュームだ。
私は青く美しきドナウを口ずさみながら旦那様と踊る。
美しい旋律、心躍る三拍子。
私が小柄なばかりに旦那様の歩幅を狭めさせ、せっかくの魅力を表現しきれない。
「本当はもっと優美で力強いはずなのに。私なんかと踊って、おかしな癖がついてしまわないかしら…」
つぶやくと、小さな笑いが落ちてくる。
「ともに踊り続ければ良いだけだ」
今日も明日もあさっても。来年も再来年も。
そうして大人の女になった私と、少し老いても素敵に違いない旦那様と踊るさまを想像すれば、思わず知らず胸がときめく。
フィニッシュを決めると、熱狂的な拍手をいただいた。
「素晴らしいわ! 陛下、陛下! 私も陛下と踊りたいですわ!」
「おうおう。ではさっそく、な? マリアンナ、多少手間であろうがよろしく頼む」
「どこに手間に思う要素がありましょうか。この新しいダンスを少しでも陛下に楽しんでいただけましたなら無上の喜びです」
そもそも自分が踊りたくて、たまたま時間が合って気の向いた大公閣下をつき合わせただけだ。
それがなぜか貴族間の少子化の話になっていて。
今日のレディ・アーサーは端からドレスの骨組み、いわゆるクリノリンをつけておらず、やる気十分だ。
「ふふっ。これはよいわね!」
「うむ」
基本のステップをお教えすると、お二人はすぐに楽しそうに踊りはじめた。
「時というのは惨酷ですわ。昔は、手がふれるだけでもドキドキしたものですのに」
「私はいまでもそなたの手をとるだけで胸がときめくぞ」
「まあ、陛下ったら」
ラブラブカップルは放っておいて、次の曲目は眠れる森の美女にしようか。
いま社交界で行われているのは集団で行うカウンターダンス。
ペアで寄り添って踊るなんて破廉恥な!と言われる可能性も大いにあった。
しかし、さすがはレディ・アーサー。
それを逆手に取って、倦怠期をむかえた夫婦をどうにかしてしまおうとお考えのようだ。
浮気も増えそうですけどね。




