15、懐の小鳥
いちばん偉くいちばん用心深い人がいちばん最後に署名する。
私にとってはいまだ名無しの閣下と、タニタ司祭様が交わした正式な書類。
閣下が自身の指から紋章印らしきものを抜き取って、羊皮紙に押し付けると淡い光が立ち上る。
おおっ、魔道具!?
あんな小さなものにどうやって魔法陣を組み込んでいるのだろう。
前世ではわけもわからずスマート機器をいじって、それを当たり前と思っていたけれど。
異世界で魔法技術を少々齧った身としては、新鮮な驚きを覚える。
「時に、タニタ司祭。彼女の結界は悪意ある者を弾くようだが、教えたのは貴殿か?」
「はい、閣下。私は教本を渡し、二、三彼女の疑問に答えただけではありますが。彼女は自ら学習し、使いこなすようになりました。しかし、あれはあくまで一般に出回っている汚れ除けの魔法陣です。にもかかわらず、彼女が魔力を込めるとなぜかそうなります」
「…それはどれだけ持続する?」
「半日ほどでしょうか。もっとも、彼女はいつでも何度でも魔力を込めることができるので、身に着けてさえいれば永続的にと言えます」
「そうか」
「はい」
なんだろう、この沈黙。
「私は彼女の後見人になろうと思うが、どうか?」
タニタ司祭様は一瞬息をのんだが、すぐに復活した。
「願ってもないことであると存じます」
「私はもう決めているが、一応そなたの意見も聞こう」
本当に形ばかり。事実すべてを思い通りに動かせる人物であると感じる。
私は即座に立ち上がり、淑女の礼をする。
「よろしくお願い致します」
「いま共に行くか。しかるのち迎えを寄越そうか」
「お供させていただきとう存じます」
「迷わないな」
「幸運には前髪しかないと聞きますので」
名前も知らない男にすべてを委ねることに不安がないわけではないけれど。
仕事上の契機、結婚、日常のちょっとした買い物であっても、最高の機会はすぐに邪魔が入って、流れてしまう。
人として清貧に生きることはできる。
幼い子たちが懐いてくれている。
ある程度学び、身を立てる方策を考えることもできる。
なによりここには、ギスギスした精神の読み合いなど存在しない。
せいぜい誰が蹴ったの、叩いたの、おかずの取り合いをするくらい。
とても居心地がよいけれど。
人並み以上に欲のある私は、何をするにもすでに限界を感じはじめていた。
そこへ降って湧いたような話。
これまでに見てきた中で、最上の男が庇護してくれると言う。
奸悪を避け、権力におもねることをしないタニタ司祭様が、その人を信用している。
悪くない。
私は自分の感覚を信じて前に進む。
一歩後ろは崖なのだと思って。
実際、後悔などまったくしていないけれど、あの母親は絶対に何かやらかす。
偶然とはいえ目撃した閣下は、起こりうることを承知していて、それでも、彼にとっては大したことではないのだろう。
一方、私が自分の力を過信して、こんな脆い壁の孤児院に居座ることは、私のためにも周りのためにもならない。
さっさと安心・安全な懐に逃げ込ませてもらおう。




