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転生した私は聖女かもしれない  作者: 御重スミヲ
11/80

11、やさしき貴族


「いや、じつに見事な演説だったよ、お嬢さん」

 シンプルな黒塗りの箱馬車。

 窓から顔をのぞかせて、拍手を送ってくれた人がいる。

 一見、地味にあつらえられた馬車だけど、その塗りの光沢といい、ちらりとのぞく内装といい、とても高級そう。

 つながれた馬の尻の張りも良く、御者までキリッとしている。

 その主人の身なりは言うに及ばず。

 緩くウェーブの掛かった黒髪に、赤茶色の目。

 肌はうっすらと日焼けして、前世風に言うなら、ちょい悪そうなイケオジ。

 なのにとても品がある。

 こういう人が怒ったら、さぞや恐いことだろう。

「お褒めいただき光栄です、閣下」

 私はマナー講師に「花丸です」をいただいたカーテシーを披露する。

「ほう」

 感嘆の声まで渋い。

「足を止めさせて悪かった。もう行ってよい、と言いたいところだが…ふむ」

 鋭い視線がちらりと動く。

「孤児院に住んでいると言っていたな。そこまで送ろう。いや、私は決して怪しい者ではない」

 ええ、それはもう。

 でも、私みたいな小娘がなんと答えればいいのやら。

 否定したところでびびっているだけだと思われるだろう。

 そうですねと上から目線なんてありえない。

 そもそも、答えること自体してよいのか迷ってしまう案件だ。

 送るのはぜひ、送ってもらいたいのだけど。

 母親が戻ってきたら厄介だし、これだけの出会い、このまま終わらせるなんてもったいない。

「閣下がおっしゃるとよけいに怪しいです」

 すっと馬車から降りてきたのは、服装からして執事。

 まだ若いけれど、いかにも仕事ができそうな金髪の青年だ。

 青い目を細めてやさしく笑いかけてくる。

 この人、絶対妹がいそう。しかも猫っ可愛がりしている。

「尊い御名でありますので、この界隈では名乗られません。しかし、確かな身分であることは神に誓って本当です」

「はい。私のような者にも、漂う気品でそれはわかります」

 (へび)ににらまれた(かえる)の気分です。

「それでもレディに対して名乗らぬは、こちらの非礼。馬車に乗るのがご不安であれば、私が徒歩にてお送りいたします。いかがいたしますか? レディ」

「閣下に対して失礼でないのであれば、最初にお声がけいただいた通り、馬車にてお送りいただきたく存じます。また、あなた様のお気遣いにも感謝申し上げます」

「主人の命です。失礼になど当たりませんよ。私のことまでお気にかけてくださるとは、やさしい方ですね。さぁ、お手をどうぞ」

 片手でスカートの裾を持ち上げて馬車に乗り込むと、主人自らエスコートを引き継いで、向かいの席に誘導してくれる。

「ありがとうございます、閣下」

「うむ。気にするな」

 機嫌良さそうに笑っているけど、あきらかに上級貴族だ。

 ささいなことでも失礼になりそうで、脇の下にじわりと汗をかく。

 やる気スイッチが入った証拠でもあるのだけど。

 次いで乗り込んできた執事は、当然のように主人の隣に座る。

 ああ、お客様扱いしてもらってるのね、私。

 私が正式な貴族であれば、私の隣には同性のコンパニオンが座るのだろう。

 子供ということでセーフだろうか。

 いや、それ以前に平民だ。

 でも、だったら貴族と同席などありえないだろう。

 なめらかに走り出した馬車同様、あちらが言葉につまることなどない。

「自由に話して構わないよ、お嬢さん」

 ありがたいけど、無茶ぶりだ。

「ありがとうございます、閣下」

 表面上はニコニコ笑って話している、自分を褒めたい。

 いざ、口からでまかせオートモード!

「さっそくお尋ねしますが、この馬車にはいくつ揺れない工夫がなされているのですか?」

「これは驚いた!」

 うれしそうに(ひざ)を打つ男。

「この馬車の価値がわかるかね」

「はい。いえ、すべてとまではとても言えませんが。見た目だけではなく、たぶん車軸受(しゃじくう)けや台車、椅子の下にも何らかの仕掛けがあるのではないかと。外からの見た目より、内が広いようにも感じますし」

「うむ。その通りだ。しかし、すぐに答えを教えてしまってはつまらない。賢いお嬢さんの推理をぜひ聞きたいね」

 おう、また無理難題を。馬車の揺れが前世の高級車並みに抑えられているから、適当なことを言っただけなのに。

 しかし、先程ぱっとひらめいたのは、自分が抱えた課題のこと。

「閣下、少し話を脱線させてかまいませんでしょうか」

「うむ。寄り道をしようというのだな? よいぞ」

「閣下が(たずさ)わられることはまずないと思いますが、洗濯物の話をいたします」

「洗濯物。衣類が多そうだな」

「はい。衣類やシーツ、場合によっては毛布なども洗います。洗えば水をしぼって干します。濡れて重い間はまだよいのですが、乾いて軽くなったり、風が強い日などはせっかく洗って干した洗濯物が物干しロープから落ちて、汚れてしまいます。洗い直しです。がっかりします」

 私情が(にじ)んだのがおかしかったらしい。

「いや、私も戦場で経験があるのだよ。こやつが、私を(かば)って腕に怪我をしてしまってね。生まれてはじめて自分の下着を洗った。洗いが足りないの、(しぼ)り方が甘いの、もっと(しわ)を伸ばせのとうるさくてうるさくて。あれは大変なものだ。うむ」

「ずいぶんと昔のことを何かというと持ち出されます。あの時の私は今以上に未熟で、閣下のお世話ができない自分に忸怩(じくじ)たる思いでですね。ええ、言い訳でしかありませんが」

「まあ、おほほっ!」

 軽妙な主従の掛け合いに笑いが止まらない。

「やっと笑ったか。それでよい」

「はい、ほほほっ」

「話の腰を折ってしまったな。続けてくれ」

「はい。そこでその大変なことをくり返さないために、洗濯ばさみというものがあるのですが」



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