『日常への介入』
〜第一章 「スパイス」〜
「そろそろ始まるな」
さてとは、いつもの時間にいつものソファーに腰掛け
いつもの様にiPhoneのパスワードを解除する。
相棒はウィスキーのロックと決めている
最近流行っている音声コミュニケーションアプリ「スパイス」に、こともあろうかハマってしまった。
オンラインで話しが出来る「スパイス」は日本全国何処に住んでいようと会ったこともない人と一緒にグループトーク出来るところが面白い。
今では、1日の締めくくりはコレだ。
新型ウィルスの「コロン」が世の中を蝕んで、どれくらい経つだろう。
お気に入りのバーにも行けず、家飲みが定着している。
昨日の「スパイスタイム」の主役は僕だった。
毎日のことで慣れている僕さえウンザリした話だ。
ここに引っ越したのは3年前
職場の都合で此処を紹介され、マイカーを使わない僕には交通の便が良いこともあり即決で決めた物件だ。
ご近所さんも気さくな人ばかりで
近所付き合いにも気を使わなくていい
文句なしの住まいだ。
強いて問題があるとすれば、至近距離に「踏み切り」があることくらい
そんなのは3日もすれば慣れてしまった
元々、首都圏の騒がしい所に住んでいたからなんの問題もない
むしろ普段は此処の方が静かで住み良い
そうそう、音声コミュニケーションアプリ「スパイス」で主役になった話題というのは
この「踏み切り」のせいだ。
それは早朝の5時30分
始発の電車が通過する時間だ
踏み切りの警報音が時計代わりになっている。
いつもなら1分かそこらで鳴り止むはずの警報音が
5分経っても鳴り止まない。
「どうしたんかいな?こんなの初めてやな」とつぶやいて
朝の支度を始めた
ところがだ
気がつけば、1時間経っても止んでいない。
踏み切りで待たされている車のクラクションが激しくなっている。
流石に慣れている僕も、とうとうイライラしてきた。
結局7時を過ぎていたから、2時間くらい経った頃だろう
どうにか警報音は鳴り止んだ
「やっとかよ。こんな騒ぎなら今日のニュース間違いなしやな」
まだ耳の奥で警報音が鳴っている気がする
全く大迷惑な話だ
ただ不思議なことに、その日のテレビも次の日の新聞も一切この事件を
報道しなかった。
ご近所さんたちも誰も事情を知らない
「スパイス」の仲間たちも不思議がって
お陰様でこの事件の推理大会で大賑わいになった
忘れてはならないのは
僕の趣味である音楽ライブ観戦までも下火にしてしまった
憎き新型ウィルス「コロン」
もう、ウンザリだ
ワクチン接種は、いったいいつ順番が来るんだ?
ウィルスはどんどん変異して新種型がどんどん出ている
今のワクチンは、そっちにも効くのか?
そんな話題で盛り上がった日だった
〜第二章 謎の行方不明〜
「2番線ホームに電車が参ります。黄色の線までお下がりください。」
始発に乗る乗客なんて、コンビニの店員か、昨日終電に乗り遅れた酔っ払いくらいだ。
駅員になって30年の町田は、始発の客が嫌いだ
それがまるでルーティンかのように、いつものように放送して
ホームからこぼれ落ちそうな酔っ払いを制し、安全に客を電車に乗せる
「1日の始まり」が、それだ
爽やかに1日を始めることが「夢」となってしまっている
新人の頃は、こんな朝に使命感を持ったものだ
給料がそこそこ良いのと、子供の頃から好きだった電車を毎日見られるだけで良しとしよう
幸い嫁も息子も、早朝から俺がいないから自由に出来ているようだし
ごった返す第2波は7時台、いわずとも想像つくであろう通勤ラッシュ時だ。
だが、最近はリモートの仕事が増えたせいかコロンが流行する前より
断然やりやすくなった。
今日の始発も無事ホームを発った
「さて、タバコでも吸ってくるか」
喫煙ルームには、いつものメンバーがいる
「お前、ワクチン接種したか?」
「あぁ、最近法令が出たよな。社会的インフラの関係会社は優先的にワクチン接種するってヤツな。俺は明後日が予定だ。」
「そうか、俺はまだ決まってねぇ。司令室と運転士は終わったそうだ。」
「だろうな。一週間前くらいに終わってんじゃね?」
「客に接するのもヒヤヒヤもんだわ。早く順番こねぇかな。」
町田の携帯が鳴る
「はい、町田です。はい。はい。えっ?普通に出発しました。はい。」
「どうした?」
「まだ事情は分からないが、始発がどっかで止まっているらしい」
「自動運転だろ?司令室は?」
「司令室に誰もいないって。。。始発の運転士にも連絡が取れないらしい」
「はぁっ???」
その後、休日だったはずの駅員が招集され
電車の位置を確認
客の全員無事を確認できた
司令室も人員を集め無事復活した。
2時間ほどで通常運転に戻った
「通勤ラッシュギリギリだったな」
「危ないところだったな。」
「消えた奴ら何処行ったんだ?今日メーデーか?」
「誰とも連絡つかないらしい。気にせず任務に戻れってよ」
〜第三章 通達〜
今日の事件、もちろん駅長から本部へ伝えられた
本部から各駅長へ通達が出される
「今後、駅員がボイコットした場合、速やかに人員確保をし、即業務を再開すること。また、外部にはその旨知らせないこと。」
喫煙ルームで、大大推理大会だ
「あれ、さぁ。前者は理解できるんだ。だけど、外部に漏らすなってなんだ?」
「ボイコットした理由が結構ヤバいんじゃね?」
「ニュースにも新聞にも出てなかったぜ。」
「マスコミに漏れてないってのが不思議だよな。」
「そこに口止めできるのは。。。」
「本部にも警察にも無理だろ。政府だったりしてなw」
「そこまで来たら、陰謀論だwww 」
〜第四章 探偵〜
「にゃ〜お♪にゃ〜お♪にゃおにゃお?にゃにゃっ!!」
右手でブンブン振り回していた乾燥ササミをかじり、タバコに火を付けた。
「俺、やっぱ犬派だな。迷い犬なら朝飯前で保護出来る自信あるんだけどなぁ。」
味っけないササミをかじって、トオルは誰にでもなく自慢する。
探偵歴25年だぜ?
浮気調査が主な仕事だが、最近めっきり迷子ペット探しだ
コロンが流行ってからというもの、浮気できる環境でもないだろ。
ペット探しが嫌な訳ではない。
うちにもタケルって言う、目に入れても痛くない可愛い相棒犬がいるんだ
もし、タケルが迷子になったら飯も食わずに探すさ。
「家族探し」って枠で違いはない
だが、浮気調査ほどのドキドキは残念ながらない。
浮気調査は、たまに巻き込み事故には遭うが報酬がいい
それに、探す場所なんて大体決まっている
その時、目の前を通り過ぎる、同い年くらいの男2人の会話に釘付けになった
「電車があんな所で止まってたら、そりゃ踏み切り鳴りっぱなしだよな。」
「運転士も司令室も全員消えるなんてありえねぇよな。お陰でとばっちり喰らったぜ?」
えっ?踏み切りが鳴りっぱって、どっかで聞いたなぁ。。。
あぁ、昨日の「スパイス」で、さてとが言ってたな。2時間も警報音止まらなかったって。。。
運転士も司令室も全員消えたって???
調べる価値ありそうだ。
スマホを手にとり発信ボタンを押す
「あ、さてと?昨日のさぁ、踏み切りどうこうって話し。その後進展あった?編集社にいるお前ならなんか情報掴んでるんじゃないの?」
「えっ?何?何?進展って?」
「さっき、目の前通った、たぶん話しの内容から察して駅員なんだけど。運転士も司令室も全員消えたとか言ってたから、行方不明の情報でも出てるのかな?って。」
「ちょい待ち!駅員消えたん?うちの編集社には来てないわ。調べてみる。」
〜第五章 音声コミュニケーションアプリ「スパイス」〜
今夜もトオルがホストする「スパイス」は、大盛り上がりだ。
みんな個性が強くて話しが面白い
1日の終わりを笑って締めるってのは、第1に健康にもいい
さてとはサブホスト役のようなものだ
話題も豊富で知識も高い
「あんなぁ、町内放送ってあるやんかぁ。あれでなぁ、最近毎日おじいちゃんおばあちゃんがいなくなったって言うやんかぁ。家族大変やなぁ。」
「お年寄りの捜索の放送が多いよね。アルツハイマーとかなのかな?」
「夜中運転してても、路肩を歩いてるおばあちゃんとか時々見ますね。」
「あぁ、警察署からのお願いです。とかって放送流れますね。こっちも最近毎日毎日誰か行方不明になってますよ。」
「そーいえば、多くなったよね。今日ビックリしたよ。10人連続で放送してた!」
「えー!ありえーーーーん!」
「神隠しなんじゃない?www」
「それよりさぁ!今日のライブ配信観た?めっちゃ良かったよね〜♪」
「観た!観た!あそこであの曲はズルいでしょー。惚れてまうやろ〜!」
「俺が歌ったら惚れてくれるん?」
「キャハッ♪ないないっ!www」
トオルとさてとは胸の奥に何かが引っ掛かる胸騒ぎを覚えた
〜第六章 繋がる〜
あの日から2人は、それぞれの仕事を活かし調査を進めた
世間では、このことについて未だ報道されていない
どうゆうことなのか。
分かってきたことをまとめよう
・事件のあった日は「駅員のみ」が消えた。客は全員無事。
・社内通達で「外部に漏らすな」と指示があった
・その後、別の駅でも同じ事件が2件発生している
・駅員に限らず「行方不明」が多発している
・主に70歳以上の高齢者、医者、看護師、介護施設従事者、宅配業者などだ
・行方不明になった人間で、帰って来た人はまだいない
・マスコミやテレビ局へも「通達」があったようだ
・公表はされないが、一部の政府の人間も行方不明(噂段階である)
・それは全国的に一斉に始まった
何か共通点があるはずだ
調べる必要がある
いつもの喫茶店で、2人は考える
「マスター!お疲れ!今日はいい天気だねぇ。全く、昨日までの大雨はなんだったんだってんだよ。一時避難させられちまった」
常連のジェイさんだ。
「ジェイいらっしゃい!大変だったねぇ。ブラックでいいかい?」
「もちろんさ!久しぶりにここのコーヒー飲みに来たんだ。」
カウンターの奥から3番目
そこがジェイさんの指定席だ
「ジェイは、ワクチン接種券来たの?」
「一応これでも医者の端くれだからね。うちの地区は来週だったかな?打つ、打たない自分で決められるけど、医者が打たないってのはねぇ。。。悩ましいよ。インフルエンザワクチンも打たない主義だからね。」
「ワクチンって危ないの?」
「さぁねぇ。。。そんなことより、そこの角の田村さん3日前から行方不明なんだって!アルツ持ってなかったんだけどなぁ。何処行ったんだか。」
「ジェイさんすんません。」
さてとが話しかけた。
「もしかして、その田村さんって、コロンのワクチン接種終わってました?」
「ん??終わってるよ。一週間くらい前だったかな?集団接種に行かれたってのは聞いたよ。」
「トオル!!それだっ!!それだよ!共通点!」
「いやっ!そ、そうだな。でも、それが共通点でも行方不明と繋がらないな。。。」
「でも、ワクチン接種した人間だけが消えているのは確かだ!ジェイさん!ワクチンとりあえず今はやめた方がいい。ハッキリするまでは!」
〜第七章 ニュース〜
「本日の厚生労働省の発表によりますと、75歳以上の高齢者へのワクチン接種が完了した。とのことです。高齢者への接種が完了したことで、新型ウィルスコロン感染での死者数が90%減り医療圧迫も解消する為、感染しても症状が出ない年代にはワクチン接種の必要はない。との見解です。」
今日の「スパイス」は、この話題で持ちきりだ。
「ニュース見た?私たち本当にワクチン打たなくても大丈夫なの?」
「分からない!ビックリだよ。あんだけワクチン、ワクチン言ってたのに。」
「知ってる?別のニュースでさぁ。日本の人口が2割くらい減ってるらしいよ。」
「2割って、よっぽどじゃない?」
「ちょうど、ワクチン済ませた高齢者と医療従事者と主要インフラ従事者を合わせたくらいの人数やな。」
「えっ?さてとさん。どーゆう意味?」
「まぁ、ワクチン打たなくても大丈夫って国が言うんだったら打たなくていいんちゃう?分かってきたでーーー!ちょっと調べたいことあるから落ちるわ♪おやすみなさい。」
更に一週間後のことだ
「本日のニュースです。先程、官房長官の定例会見にて、来年度から全国民対象で医療費の無料化、消費税の廃止、教育費の完全無料化が発表されました。会見の様子をご覧ください。」
「さてと。やっぱりそうなったな。」
「そこ狙いだな。それにしても、消えた人間はどこ行ったんかな。」
「政府の関係者に唾は付けてある。近いうちに情報が入る予定だ。」
「なんだぁ!?トオル、探偵みたいやなぁ!」
「探偵だっ!!」
全て、国の作戦だった
コロン感染拡大により、自粛要請を促され
それでも感染を防ぐことができず「緊急事態宣言」の繰り返し
商店街や飲食店、ライブハウス、中小企業がバタバタと廃業し
今年度の自殺者数は過去最高、コロン感染死者数の100倍だ
経済がストップし雇用率が過去最低記録を叩き出した
それでも、免疫力の低い高齢者や持病持ちの人たちは守らないといけない。だからワクチンを作ったんだろ?
なんにせよこれから先
若者の負担は想像を絶するものだ
国の負担もギリギリだったのだろう。。。
ワクチン接種を受けた人だけが消えた
これは事実だ
でも、なにも人間自体を消さなくても。。。
結局、何処に消えたのかは、どんな手を使っても暴けなかった
少子高齢化の歯止めには、こうするしかなかったのか?
国民の負担を引き下げるには、こうするしかないのか?
どーして「偽物のワクチン」を作ったのか?
こんなの神様は許してくれるのか?
人を消すなんて。。。
「人間」ってなんなんだ?
〜第九章 神の世界〜
離れて暮す小学生の息子の参観日
我が子に会える絶好のチャンスの日だ
あわよくば数時間でも連れて帰りたいと願う母
今日も早朝からの支度は、抜かりなしである
「父ちゃんは、個別懇談があるから終わるまで母ちゃんの家で遊んでいい?」
「もちろんいーでー!」
息子の「ゆうや」の申し出に心躍らせる母ちゃん
ほいっきたっ!
お姉ちゃんにも会わせることができる
ゆうやが3歳の時に離れ離れにはなったが
姉弟の「絆」は時間も距離も超えて8年経った今もしっかりと繋がっている
家に連れて帰ると姉の美亜と早速2人でゲームしている。
久しぶりに会うので、いつにも増して嬉しそうだ
2人の飲み物を用意した後、自室でギターの練習をする。
3曲ほど弾き終えた頃
「お母さーん来て〜!ゆうやのゲームスゴイぞ!!見て!見て!」
息子のiPadには今流行りのアプリが画面いっぱいに並んでいる
「何?何?iPadにいっぱいアプリ入れとるなぁ!」
「これ!これ!見といてよ!」
「ん?」
そのゲーム
ようは育成ゲーム
お店を営業したり、遊園地のアトラクション作って営業したり、農園で野菜育てたりする
誰もが一回は挑戦したことのあるアレだ
そんな育成ゲームの中でもゆうやが見せてくれたのは
世界地図があって、天気をコントロールして晴れさせたり、雷を落としたり、雪を降らせたり
ウィルスを投下して流行させたり
蔓延させ過ぎる前に回復させたり
それによって人口調整したり、繁栄させたり
国取り合戦させたり。。。
地球を丸ごとコントロールしている
「これ、見て母ちゃん!ウィルス落とすだろ?ほら、いっぱい感染しようる。ほっといたら全部死んじゃうけぇ、ワクチンを投下するだろ?ほら、治ってきた。ワクチンした人は、パラレルワールドに移動する。そしたら、人口爆発せずにみんなが幸せに生きれる。」
「こっわぁ〜!そんなゲームがあるだか!あんたぁ、それ、神様の仕事だで!!」
「うん、僕、神♪」
ボク、神♪
〜END〜