旅の始まりは、苦難の始まり編(8)
9「それぞれの戦い」
ユーリは、ある使命感にかられていた。
電脳を生かした分析力と魔法を使えるのは、自分しかいない。
だからこそ、どこかに潜んでいるかも知れない、魔法士を探すのは、自分の仕事だ。
しかし、その方法が分からない。
「何か方法は…」
魔法を発動すると、対象物に微粒子が残る。
しかし、見えない魔法士の存在を探すのは難しい。
自分の存在を見せずに魔法を発動できる魔法士は、レベルが高いからだ。
ユーリはまだ、そのレベルに達していない。
そして、魔法の歴史は長い。
場所を特定する方法を探すにしても、たくさんの書物や情報を見ていかなければならなかった。
それでも、ユーリは手を休めることなく、キーボードを叩き、ヒントを探る。
すると、ある一文に目が止まった。
「熱源?」
良太は目を閉じて、深い闇の中にいた。
ふわふわと体が浮遊している感覚。
また、体にまとわりつくような湿気も感じる。
そして、生臭い匂い。
(目を開けたくない)
良太は本能的にそう感じた。
(オレはなんで、こんなとこにいるんだっけ?)
居心地の悪いこの場所に、なぜ自分は居るのだろうと良太は記憶を探る。
(そうだ…オレ、牛鬼の下敷きになって…死んだのかな?)
その疑問に答えるように、遠くでモルフの声がした。
<この世界では、寿命以外で命を落とすことはありませんじゃ。>
それは、モルフに初めて会った日に言われた言葉だった。
(そうだ、死なないんだ。オレの体は…どうなったんだろう?)
岩の様に重くて固い牛鬼の下敷きになった自分の姿を、想像したくない。
「あんた、バカよね。」
突然、良太の頭の中に直接、誰かの声が入ってきた。
感情のない、冷静な声。
そして、この状況を大したことではないように話しかけてくる人物。
「エマさん?」
「あんたに守れるわけないのに。」
エマの言葉はいつも直球だ。
「あの男に、エイルの体を傷つけさせたくなかったんです。」
「今は、あの男の体よ。」
「そうだけど、エイルが目が覚めた時、体についた傷を見て、どう思うかなって…自分の知らない間に、何が起きていたのか分からないのって、怖いだろうなって…。」
「へぇ~。」
エマは退屈そうだ。
つまらない話に、適当に相槌をうっている様な反応。
「自分を守れない人間が、他人の心配してんじゃないわよ。」
エマの冷静なその言葉に、良太は何も言えなかった。
「あんたは、これからどうなるのかしらね。」
そんな事、良太にだって分からない。
「このまま、化け物と同化して、あの男に斬られて終わる?それともライフルの弾に蜂の巣にされて終わる?後は…。」
エマは最悪な未来を次々と口にした。
その言葉をそのまま想像するだけで、良太は気持ち悪さに吐きそうになる。
「どうして、そんなことばかり!。」
思わず良太は、叫んだ。
「だって、ここにいたら、そんな事しか思い浮かばないわ。」
「ここにいたら?」
良太はエマの言葉に、引っ掛かりを覚えた。
そういえば、自分はどこに居るんだろう?
どこか、現実味のない場所なんだと言うことしか感じられない。
「目を閉じて、現実から逃げてちゃ、何も見えないわ。」
「これは、現実なんですか?」
「自分で確かめたら?」
「待って!」
良太は、エマがそのまま消えていきそうな気がして、手を伸ばした。
「一つだけ教えてあげる。」
「え?」
「あんたの体、潰れてないわよ。」
「エマさん!」
良太は目を開けた。
そこには、エマの姿はなく、声すらも聞こえなくなった。
良太は暗闇に、手を伸ばしたまま、不安定な足場に立っていた。
伸ばした自分の手が見えた。
(手がある。)
良太は自分の体を触ってみた。
頭も首も足も大丈夫だ。
「ほんとに、潰れてない。」
自分の体が無事だと分かると、次の疑問が浮かんだ。
「ここはどこだ?」
相変わらず、気持ち悪い湿気と、臭いがする。
すると、良太が立っている空間が、一瞬動いた。
そのせいで、良太は空間の壁らしきところに、手をついた。
ベチャ。
「気持ち悪!」
生ぬるい温度の、ベトつく物に触ってしまい、良太は思わず、手を引っ込めた。
手に残る感触や臭いは、良太に「これは、現実なんだ」と突き付けてくる。
<現実から逃げてちゃ、何も見えないわ。>
エマの言葉が甦る。
(見ても、見なくても、現実は変わらない。)
良太はそう結論付けて、自分の手を見た。
はっきりとは見えないが、黒い、泥の様な物が、手に残っていた。
<このまま、化け物と同化して、あの男に斬られて終わる?>
またエマの言葉が頭をよぎった。
「化け物と…同化?…まさか!」
そう思いながら、良太は一つの仮説を立てた。
「オレは、牛鬼に潰されたんじゃなくて、牛鬼の中に、入ったのか?」
(そう言えば、牛鬼の体は溶け出していて、強度も下がってるって、ユーリさんが言ってたな。)
「まて!同化って。」
良太が何かに気付いた時、良太の足が暗闇の中にめり込むように、沈み始めた。
(取り込まれるのか?!)
そんな恐怖に良太は焦った。
(どうしたら!)
だが、体は足からどんどん、暗闇の中へと入り込んでいく。
良太は必死になって、体を動かした。
暗闇に溶け込み出した足以外は、まだ動く。
すると、腰の辺りで、ガチャガチャと金属音がした。
「拳銃!」
良太は急いで腰のホルダーから拳銃を抜いた。
拳銃を抜いた瞬間、腰周りが暗闇に溶け込み出した。
「くそっ!」
迫り来る暗闇に焦りながら、良太は両手を上にあげ、銃口を天井に向けた。
「オレは!まだ!やれる!」
良太は叫びながら、引き金を引いた。
時空間管理人は、目の前の黒い塊に、強い怒りを感じていた。
そして、戦いを楽しむ様に、牛鬼に対して剣を振るうライオンにも。
(こいつら、良太をなんだと思ってんだ!)
牛鬼は、良太を下敷きにした。
ライオンは、良太を助けなかった。
どちらも、許せない。
「構え!」
時空間管理人が、叫んだ。
すると、周りにいた、時空間管理人の仲間達が、一斉にライフルを構えた。
「おい!あのライオンみたいな男にも、当たるぞ。良いのか?」
仲間の一人が言う。
「構わねぇ!」
時空間管理人が怒りをぶつけて答える。
「一斉射!!!」
時空間管理人の叫びと共に、ライフルが次々と撃たれた。
その弾は、牛鬼だけにとどまらず、ライオンにも飛んできた。
カンカンカン!
しかし、弾は牛鬼の手前で、見えない壁に、阻まれる。
そして、ライオンは一斉に飛んできた弾を剣で止める。
「もう一度!一斉射!!!」
時空間管理人の怒りは止まらなかった。
無駄だと、分かっていても…。
空では、ユーリが潜んでいるはずの魔法士の姿を探していた。
ユーリが検索機能で見つけたのは、魔法士が魔法を発動させた時に出る、熱の事だった。
(異常な熱反応が、あれば!)
ユーリは画面を、熱探査機能に切り替えた。
そして、ゆっくりと回転しなから、360℃、監視する。
少しすると、下にある山の方から、ライフルを発射させる音が聞こえた。
「これは!」
画面上に赤い点滅が表示された。
そして、ライフルの音が聞こえる度、赤い点滅が表示される。
(魔法が発動している?)
ユーリは急いで、その赤い点滅の方向へ飛んで行った。
何度ライフルを発射させたか、分からない。
しかし、牛鬼は傷一つない。
そしてライオンは、怒り狂って叫んだ。
「邪魔すんじゃねー!!!」
「お前がとどめを刺せないなら、こちらが刺す!」
時空間管理人が答えた。
「刺せないだとー!」
時空間管理人の言葉は、ライオンのプライドに触れたようだ。
「さっきから、牛鬼に防御されてばかりだろうが!」
「はん!こんなもん、すぐに叩き斬ってやらぁ!」
ライオンが叫び、跳躍した。
すると、牛鬼の中から、ドン!!!と重い音がした。
それと同時に、牛鬼の頭上から、噴水のように泥が吹き出してきた。
ギュオーン!!!
牛鬼の雄叫び。
泥は当たり一面に雨の様に、降り注いだ。
そのせいで、時空間管理人達はライフルを撃てなくなった。
「ざまぁーねーな!」
その様子に、ライオンは笑いながら言葉を放った。
そして、ライオンは跳躍したまま、牛鬼を頭の上から一気に剣で切り裂いた。
魔法の壁は、なぜか現れなかった。
ライオンは、着地してまた、跳躍。
今度は横に剣を入れようとした時、ライオンが顔を歪めた。
「うるせーぞ!!黙れ!!クソガキ!!」
ライオンは意味不明な事を言いながら、それでも、剣を振るった。
「くそ!」
自分の思った通りのところに、剣が入らなかったのか、ライオンは悔しそうに呟いた。
しかし、牛鬼は縦と横にしっかりと切り裂かれ、地面に転がった。
そして、牛鬼の体は泥になり、形を失った。
牛鬼が存在していた場所は、沼地になってしまった。
辺りはすっかり、静かになった。
「終わったのか?」
時空間管理人の仲間が呟いた。
「いや!まだだ!」
そう言って、もう一人の時空間管理人がライフルを沼地に向けた。
そこには、モゾモゾと何かが小さく動いていた。
「まだ生きてる!」
パン!
仲間の一人がライフルを撃った。
しかし、その弾は逸れて、動く物体には、当たらなかった。
「くそ!」
焦った仲間がまたライフルを構えた。
「待て!」
時空間管理人は、そのライフルを手で押さえた。
「なんだよ!」
「あれは、手だ!手が見えてる!」
そう言った時空間管理人の指差す方には、モゾモゾと動く物体から、人間の手が微かに見えていた。
時空間管理人は、沼地の中を進み、その動く物体を見た。
「は!」
そこには、泥だらけになったブランケットに包まれる様に、良太が横たわっていた。
「お前!」
時空間管理人は、良太の上半身を自分の腕に乗せた。
「じ…くう…か…。」
良太が微かな意識を頼りに、言葉を紡ごうとする。
その様子に、時空間管理人は、安堵と、熱い何かが込み上げて来るのを感じた。
読んで頂き、ありがとうございました。
次回も是非、ご覧下さい。