旅の始まりは、苦難の始まり編(7)
8「力を持つ者。持たない者。」
「どういう事なの?」
空から良太を見つけたユーリは、今しがた起きた出来事を、飲み込めないでいた。
「エイルが…。」
「ユーリさん!さっきの牛鬼の声はなんだ?!何が起きたんだ?!」
ユーリのヘッドセットに、時空間管理人の声が響いた。
「それが…。」
ユーリは戸惑いながら、キーボードを叩いた。
「そちらに映像を送ります。」
「うおりゃー!!!」
ライオンは勢い良く、牛鬼に突っ込んでいく。
牛鬼は、複数の脚を動かしながら、ライオンに応戦する。
ライオンが振り上げた剣が、牛鬼の爪に当たる度、カシャーン!と言う音が周りに響く。
そんな様子を見ていた良太だったが、エイルがいない事に気付いた。
「どこに行ったんだ。」
良太はエイルを探すため、大廻りをして、先程までエイルが登ろうとした木まで辿り着いた。
周りを見渡すが、エイルの姿はない。
その時。
ズゴッ!
良太の後ろで、ライオンの持っていた剣が地面に突き刺さった。
見ると、牛鬼がライオンを殴り飛ばしていた。
ライオンは飛ばされながら、回転し、地面に着地。
良太の後ろに突き刺さった剣を引き抜き、また牛鬼に向かっていった。
(あれ?)
良太は微かな違和感を感じた。
ライオンが持っていた剣。
どこかで見た事がある。
良太は、あの剣を知っている。
良太の記憶が、断片的に、頭の中に浮かび上がる。
その記憶の断片が、少しずつ繋がっていく。
良太がこの世界に来て、見た事がある剣は、ただ一つだけ。
「…エイルの…。」
時空間管理人は、ユーリから送られてきた映像に目を丸くした。
「なんだ?!これは?」
「エイルです。」
耳元で、ユーリが答えた。
「でも…。」
画面には、牛鬼に爪を振り下ろされる瞬間のエイルの映像が写っていた。
エイルが身を屈めた瞬間、エイルの体が、色と輪郭を薄めていった。
そして、その代わりに色と輪郭を濃くしながら、一人の男が現れた。
その男は、エイルの姿が全て消えると目を見開き、背中に背負っていた剣を抜き、素早い動きで、牛鬼の脚を斬り飛ばしたのだ。
「こんな事が、あるのか?あの子供が、変身したのか?」
時空間管理人は、映像を見ても、信じられないと言うように、呟いた。
ユーリは、映像の解析を始めた。
「あのエイルと、このライオンの様な男が、同一人物なのか、調べます。」
「おい!」
時空間管理人は、仲間に呼ばれて、我に返る。
「山に入るぞ!」
しびれを切らした仲間の一人が言い出した。
「そ、そうだな。」
時空間管理人は仲間に同意して、頷いた。
まだ、エイルの件が頭から離れないが、実際にあのライオンの様な男を見た方が良いと、判断した。
「ユーリさん、あいつの位置情報を教えてくれ。」
「分かりました。」
「それから、あの男の事が分かったら、また教えてくれ。」
「了解しました。」
ユーリは 、時空間管理人に良太達の居場所を送信。
そしてまた、エイルとライオンの解析を始めた。
良太の目の前では、エイルの剣を持ったライオンが、牛鬼と戦っている。
ガシャーン!
牛鬼の爪とライオンの剣が交差して、力の押し合いになった。
岩のような牛鬼の体が、少しずつ押されているのが分かる。
ライオンは、筋肉を盛り上げながら、歯を食い縛り、剣を押していく。
「うおー!!!」
ライオンは吠えながら、剣で牛鬼を押し、最後に剣を上に跳ね上げた。
その反動で、牛鬼の脚の一本が上がり、体が無防備になる瞬間が出来た。
そこを見逃さず、ライオンが牛鬼の懐に入り、下から上へと剣を振るった。
ギュオーン!!!
またもや牛鬼は、甲高い咆哮を上げ、その場で暴れだした。
「すごい。」
ライオンの野性的な大胆な動きと、速さ、そして力強さに良太は圧倒されていた。
(これが、戦いなのか!)
「居たぞー!!」
そんな声がして、良太の後ろから、幾つもの光が見えた。
「時空間管理人さん!」
光は、時空間管理人達の乗っていた、ジープのライトだった。
ジープは牛鬼の周りを距離を取りながら、囲っていく。
「牛鬼が弱ってるぞ!今だ!」
時空間管理人の仲間の一人が声を上げた。
すると、各ジープから、仲間がライフルを構えた。
「一斉射!」
その掛け声で、ライフルが撃たれた。
カンカンカン!
しかし、放たれたライフルの弾は、全て牛鬼の手前で弾かれた。
「さっきと同じだ。」
その様子を見ていた良太が言った。
「どういう事だ!」
時空間管理人が叫んだ。
良太は、時空間管理人のジープに向かい、言った。
「さっき、オレの弾も、弾かれたんです。」
「お前!」
良太に気付いた時空間管理人は、ジープを降りた。
「牛鬼の手前に、透明な壁があるみたいに、弾を弾かれるんです。」
「バリアか!魔法かもしれない!牛鬼の懐に入れないとダメか!」
時空間管理人は、悔しさと怒りでジープの車体に拳をぶつけた。
「てめぇらー!勝手な事してんじゃねぇー!」
そう叫んだのは、牛鬼と戦っていたライオン。
「こいつはオレの獲物だ!手出しするんじゃねぇ!」
ライオンは髪を立たせ、怒りを露にする。
しかしその声を無視して、時空間管理人の仲間が叫んだ。
「もう一度だ!」
その声を合図に、またライフルが発射された。
しかし、またもや、見えない壁に遮られ、弾は全て弾かれた。
「だめだ!撃つな!弾の無駄遣いだ!」
魔法の可能性を見いだしている、時空間管理人が、仲間を止めた。
「オレの獲物だって、言ってんだろ!」
そう叫んで、怒り狂ったライオンがジープに向かって走ってきた。
「うわぁー!」
その恐ろしい形相に、時空間管理人の仲間がジープから降りた。
だが、ライオンの怒りは収まらず、無人となったジープを、剣で叩き切った。
ジープはオイルが漏れ、中に入っていたライフルの弾の予備に引火して、燃え上がった。
「なんなんだ!あいつは!」
時空間管理人の仲間が、叫んだ。
「久々の戦闘だ!楽しませろよ!」
ライオンはそう叫ぶと、体制を整え始めた牛鬼へと向かって行った。
その表情は、狩りを楽しむ、ライオンそのものだった。
「この間みてぇーに、逃がさねぇーからなー!」
ライオンは牛鬼の上へとジャンプしながら、剣を振り下ろす。
そのライオンの攻撃を、牛鬼は残った脚で振り払う。
「あいつ、遊んでんのか?」
ライオンの戦いぶりを見ていた時空間管理人が呟いた。
「え?」
良太は時空間管理人を見た。
「あいつ、あれだけ優勢になってるのに、なかなかとどめを刺さない。」
確かに、ライオンの攻撃で牛鬼はすでに、二本の脚を失っている。
しかも、ライオンはジープさえも切り裂く力を持っている。
あのパワーなら、今の牛鬼を斬れそうだが、ライオンは牛鬼の脚ばかり、狙っている。
「時空間管理人さん!」
ライオンと牛鬼の攻防を見ている時空間管理人に、ユーリがヘッドセットを通して、声を掛けた。
「何か分かったのか!」
「分析結果出ました!」
「あの男は、エイルなのか!」
「え?」
時空間管理人の言葉に、良太が反応する。
「違います!エイルではありません!」
「違う?!」
「はい。別人です。」
「でも、あの男は、エイルの中から現れたぞ!」
「そうなんです!だから、もしかしたら、エイルの中に、あの男が、ライオンが存在していて、何らかのきっかけで、二人の存在が交代して、現れたんだと思います。」
「じゃあ、エイルは今どこに?」
「たぶん、ライオンの中に…。」
「訳が分からないな。」
そんな二人のやり取りを聞いていた良太が時空間管理人の肩を掴んだ。
「どういう事なですか?!」
「よく、分からないが、あの男の中にエイルがいる。」
「え?!」
良太はライオンを見た。
ライオンは、力強く、しかし無鉄砲に牛鬼に突っ込んでいく。
<起きたとき、たまに怪我をしてる。>
エイルの言葉が良太の頭をかすめた。
「だめだ!あんな戦い方してたら!」
良太は前に出ようとした。
それを時空間管理人が腕を掴んでとめた。
「何やってんだ!」
「あのライオンの中にエイルがいるなら、オレが守ってやらないと!」
「何言ってんだ!」
「約束したんだ!守るって!」
エイルと約束したのに!
何も出来ないでいる自分に腹が立つ。
良太は時空間管理人の制止を振り切って、ライオンの元に走った。
(エイルの為に、オレに何ができる?!)
良太は方法も分からないまま、走っていた。
ライオンは近づく良太を一瞬目の端で見たが、お構いなしに牛鬼に突進していく。
「待て!」
良太はライオンに手を伸ばした。
しかし届くはずもなく、良太の手は宙を掻いた。
ライオンは跳躍して、牛鬼の上に上がった。
そして、剣を振り下ろす。
カシャーン!
そんな音がして、ライオンが振り下ろした剣は、牛鬼の手前で止められた。
「牛鬼全体にバリアを張ったのか?!。」
時空間管理人が叫ぶ。
良太は、着地したライオンに駆け寄った。
「お前の中に、エイルがいるのか?!」
良太はライオンの腕を掴み、詰め寄る。
しかし、ライオンは良太を無視して掴まれた腕を軽く振り払った。
その勢いに、良太の両手は、地面についた。
周りの地面は泥でぬかるんでいる。
良太はその泥を掴んだ。
自分の情けなさを余計に感じる。
(オレはこの男と対等に会話も出来ない!)
力を持つライオンと、何も持たない良太。
良太は完全に見下されていた。
話さえも聞いてもらえない。
そして、この世界では、力がないものは生きていけない。
それをまざまざと見せつけられているようだった。
ライオンはまた剣を構えた。
「そうか。バリアか。面白れぇーこと、すんじゃねぇーか!」
そう叫びながら、ライオンはまっすぐ牛鬼に向かった。
そして、剣を振り下ろす最中、牛鬼がジャンプした。
「跳んだ?!」
時空間管理人が驚きの声を上げる。
「いや、魔法だ!」
牛鬼はジャンプしたまま、宙に浮いている。
「戦いながら、魔法が代わっていく?」
時空間管理人は、一瞬考え、すぐに顔を上げた。
「ユーリさん!」
時空間管理人は、マイクに向かって叫んだ。
「はい!」
ユーリが返事をする。
「近くに、魔法士が潜んでいるかも知れない!」
牛鬼の戦況に合わせるように、牛鬼に魔法が掛かると感じた時空間管理人が導きだした答え。
「探ります!」
ライオンの剣は、空を斬った。
ライオンは剣を振り下ろした姿勢のまま、上を向いた。
牛鬼が頭上にいる。
それを見た良太は、胸騒ぎがした。
「エイルー!」
叫んだのと、体が動くのは同時だった。
良太は、ライオンの背中に手を伸ばした。
すると、上の牛鬼を睨んでいたライオンは何かを感じたのか、跳躍し、その場を離れた。
良太が、さっきまでライオンがいた位置に来たとき、上の牛鬼が、瞬殺で落ちてきた。
ドーン!!!
重い地響き。
「良太ー!!!」
時空間管理人の叫び声。
辺り一面に、泥が飛び散った。
良太は、牛鬼の下敷きになった…。
読んで頂き、ありがとうございました。
次回も是非、ご覧下さい。