旅の始まりは、苦難の始まり編(4)
5.「キルトのブランケットと、ミルク粥と」
良太はシーツを頭から被り、自己嫌悪に陥っていた。
自分は情けない。
牛鬼に対しての、極度の恐怖感の為に、気力を失っている。
そして、幼いエイルに対して、余裕のない姿を見せてしまった。
(情けない…オレ…)
そう考えると、体が痛くなってくる。
牛鬼に殴り飛ばされ、体中を壁や地面に叩きつけられた。
骨が折れる程ではなかったが、歩くのもやっとだった。
眠ることが出来た後、少し楽になった気がしていたが、自分を責める度、体を少し動かすだけで、痛くなる。
(こんなんじゃ、何も出来ない。)
そして、こんな状態の自分を、介抱してくれるモルフにも、申し訳なく思えてくる。
(こんな勇者についてきて、きっと後悔してる。)
自分から、一緒に成長しようと言ったのに。
(オレは、ほんとに、ダメな人間だ…。)
コンコン。
ドアをノックして、モルフが部屋に入ってきた。
「良太殿?」
シーツにくるまっている良太に、モルフが話し掛ける。
しかし、良太はモルフに、合わせる顔がなくて、返事をしなかった。
すると、モルフは何も言わずに、何かを良太に掛けてくれた。
それは、フワッとした物だった。
重さを感じない。
少しすると、シーツの中が、とても暖かくなってきた。
それと同時に、さっきまで感じていた、体の痛みが消えていく。
そして、体が軽くなるのを感じる。
(なんだ?これ?…すごく、気持ちがいい…。)
程よい暖かさと、体が楽になる感じ。
良太は不思議な気持ちになりながら、気持ちの良い感覚に身を委ねた。
「実は、良太殿がステーキハウスで働いていた時、エイルと二人で、村のおうちを訪ね、お手伝いをさせてもらっておりました。」
モルフがゆっくりと語りだした。
それを良太は、シーツにくるまったまま、聞いていた。
「一生懸命、我々の為に働く良太殿を見て、良太殿のお手伝いがしたいと思い、エイルと働き始めました。」
そう言われて、良太は思い出した。
木陰で待ってるはずの二人がいなくなっていて、その代わり、村の家がある方から、二人が歩いてきたり、魔物が出るから、お店に避難しろと店主に言われ、迎えに行った時も、ある民家から二人して出てきた事があった。
その時に二人は何も言わなかったが、良太に内緒でバイトをしていたのだ。
「そして、お金が貯まったら、良太殿に何か勇者に必要な物をプレゼントしようと思っておりました。」
二人の気持ちに、良太の胸は、熱くなる。
「しかし、お金が貯まる前に、あの様な事が起きてしまった。…でも、こんな今でも、何か出来るはずと思い、私なりに考えましたじゃ。」
モルフは少し間を置いて言った。
「良太殿、お金が足りなくて、プレゼントは買えませんでしたが、これで、ゆっくりと休んで下され。」
そう言うと、モルフは部屋のドアを開けて、出ていった。
モルフが出ていってから、良太はシーツから顔を出した。
そして、掛けられた物を見た。
「これは…毛布?」
掛けられていたのは、キルト生地を幾つも繋ぎ合わせたブランケットだった。
とても、暖かくて、毛布にも感じる。
良太は、そっとキルトを触ってみた。
繋ぎ目が上手く縫い合わされ、引っ掛かりが全くない。
その完璧な手芸技に、モルフの手作りだと分かる。
良太は胸がいっぱいになり、思わず涙が出た。
ポツン。
ポツン。
と、良太の手の甲に、温かい涙が落ちていく。
(モルフ、ありがとう、こんな情けないオレの為に…。ごめんね。)
ほんとはモルフに直接言いたかった。
でも、今はまだ、情けない自分が不甲斐なくて、合わせる顔がない。
良太はこぼれる涙を手で拭いながら、手の甲を見て、ある違和感に気付いた。
「あれ?…傷が…ない…。」
それは、手の甲だけでなく、腕や足に出来ていた擦過傷や、打ち身のアザまで、きれいに消えていた。
「これは…」
モルフは手伝いをしようと、お店に顔を出した。
しかし、お店を見ると、客の姿も二人程で、客席担当の女性従業員も居らず、洗い物もほぼ片付いていた。
ランチの時間も、終了のようだ。
モルフが手伝う隙間は無さそうだった。
「やっぱり、最初は飲み物とかの方が良くないか?」
「えー!ステーキの方が元気が出るよ~。」
厨房では、店主とエイルが何か話をしている。
「どうしたのですかな?」
「あ!モルフ~。良太のお昼ご飯なんだけど、ステーキが良いよね?」
エイルは、モルフのローブの端を引っ張り、同意を求めてくる。
すると、店主が言った。
「いや、結構辛そうだったしよお~、まずは、温かいスープとかの方が食べやすいんじゃないか?」
「スープじゃあ、お腹いっぱいにならないよ!」
店主はやれやれと言う表情で、モルフに助けを求める。
モルフは少し考えてから、こう答えた。
「では、食べやすくて、お腹いっぱいになる、ミルク粥にするですじゃ。」
「ミルクがゆ?…なに?それ?」
エイルはミルク粥が分からず、不思議そうな顔をした。
「ああ!確かに、それなら、食べやすいじゃねぇか。」
「エイル、ミルク粥は、ミルクとお米を使った料理ですじゃ。ステーキ程では有りませんが、少量でも、お腹は満たされる食べ物ですじゃ。」
「…それなら、良太、元気になる?」
エイルの質問にモルフは元気良く答えた。
「きっと、元気になるですじゃ!」
そう言って、グッドのポーズをした。
すると、エイルは笑顔を見せて、同じようにグッドのポーズを返した。
「うちのテールスープを使って、とびきり上手い、ミルク粥を作ってやるよ。」
店主は、逞しい腕を見せて、自信満々に答えた。
そんな店主に、モルフが言った。
「店主殿、そのミルク粥を、私に作らせて貰えませんか?」
「え?じいさん、作れるのかい?」
「私の取り柄は、手先が器用な事ですじゃ。」
モルフは、店主がしたように、腕を見せて、自信満々に答えた。
体が楽になった良太は、モルフがくれたブランケットを膝に掛けて、ソファーに座っていた。
体には傷一つない。
痛みもなくなった。
モルフが作ってくれた、キルトのブランケットを掛けている部分が、温かくて、気持ちがいい。
その気持ち良さと、体が楽になったことで、良太は少し前向きになれていた。
(動けるかな?)
良太は、ゆっくりと立ち上がった。
(大丈夫。どこも痛くない。)
痛みがないと分かると、歩いてみたくなった。
一歩を踏み出し、二歩目を踏み出し、…。
(歩ける!)
良太の中に、小さな自信が芽生えた時、部屋にとてもいい香りが漂ってきた。
(すごい、美味しそうな香りだ。)
その、香りを嗅いだだけで、自然と体が動く。
自分の意思と言うより、体がその香りを求めている感じで、良太は、その香りに誘われるように、部屋を出た。
モルフが、ミルク粥を作っている間、エイルは横でワクワクしながら、完成を待っていた。
途中、何度も鼻をクンクンとさせていたので、モルフは時々、エイルに、味見をして貰った。
その度にエイルは「おいしい!モルフ、すごいね!」と、喜んでくれた。
そんなエイルを見ていたら、良太も「おいしい!」と食べてくれそうな気がして、モルフもワクワクしていた。
モルフは最後の仕上げに、葉野菜を細かく刻んだ物を、鍋の中に入れた。
すると、モルフの手元を見ていたエイルが、あることを聞いてきた。
「ねぇ、モルフ~。そのキラキラしたやつ、なに?」
「…ん?この野菜の事ですかな?」
モルフは、エイルが言う、キラキラしたやつの意味が分からず、さっき入れた、葉野菜を見せた。
「違う。さっき野菜と一緒に入れた、キラキラしたやつだよ。」
モルフは、全く分からなかった。
さっきと言われたら、刻み野菜しか、入れていないのだが、エイルは何の事を言っているのか?
「良太!大丈夫なのか?!」
突然、店主の声が聞こえて、モルフとエイルは後ろを振り返った。
そこには、不思議そうな顔をした、良太が立っていた。
「あれ?お店?」
店主に声を掛けられ、良太は、はっとした。
いつの間にか、香りのする場所まで来ていたからだ。
「良太!」
エイルが良太に飛び付いた。
そんなエイルを良太は、ちゃんと抱き止めてやれた。
「なんだよ!随分、元気になってるじゃねぇか!」
店主は、エイルを抱っこしている、良太を見て、嬉しそうだ。
今朝の良太とは、大違いだった。
体を引きずるように、痛みに顔を歪めながら、部屋に向かった良太が、今は、エイルを抱っこ出来るまでになっていた。
「心配掛けて、すみませんでした。」
良太はエイルを一旦おろし、店主に一礼する。
「いや、元気になってくれて、安心したよ!今日はエイルが手伝ってくれてな…。」
店主は小声になって、良太に耳打ちした。
「やっぱり、厨房は、お前さんがいないと回らねぇよ。」
その店主の言葉に、良太はクスッと笑った。
「さぁ、出来ましたぞ、」
そう言うとモルフは、良太に言った。
「良太殿、みんなでお昼ごはんですじゃ。」
お店はお客も居なくなり、営業終了になった。
また夜になったら、牛鬼騒ぎで家に籠らなくてはならない。
店主は、後片付けをモルフに任せ、お店を後にした。
お店の中には、良太とモルフとエイルの三人になった。
「…モルフ、あのさ、オレ…。」
良太は口ごもりながらモルフに声を掛けたが、なかなか言葉が出てこなかった。
「良太殿、一口でも良いので、食べてみてくだされ。」
モルフは良太が食欲が無いことを気にしているのだと思った。
しかし、良太は違うことを考えていた。
(迷惑を掛けすぎて、何から言えば良いか、分からない…。)
介抱のお礼もしたいし、謝りたいことも山程有る。
それに、モルフがシーツを掛けてくれた時も、返事一つせずに黙っていた。
その事も謝りたい。
「良太~。これね、ミルク粥だって。モルフが作ったんだよ。」
エイルが自分の事のように、楽しそうに教えてくれた。
「ミルク粥か…懐かしいな。」
目の前のお皿から、美味しそうな湯気を立て、ミルクのほのかな甘い香りが、食欲をもたらす。
「良太殿、是非、食べてみて下され。きっと、元気になりますじゃ。」
モルフの言葉と優しい笑顔、そして、美味しそうな香りにつられ、良太はスプーンを動かした。
温かい湯気が鼻先をくすぐる。
そして、ひと口。
また、ひと口と、スプーンが進む。
「頂きます!」
エイルもフウフウとお粥を冷ましながら、それでも、勢いよく食べ始めた。
「エイル殿、熱さには気を付けて下され。」
エイルの食べっぷりに、モルフは嬉しそうに、目を細めた。
良太は逆に、ひと口、ひと口、味わっているようだ。
ミルク粥の、甘い香りとテールスープのコクに、スプーンを止めること無く、それでも、噛み締めているように感じる食べ方だった。
そして、スプーンを口に運ぶたび、良太は目を潤ませた。
やがて良太の目を潤ませた物は、涙となって、ほほをつたい始めた。
「良太殿?」
良太の様子に、モルフが気付いた。
「何か、口に合わないものでもありましたかな?」
「そうじゃないよ…そんなわけ…無いよ…。」
良太は声を詰まらせながら答えた。
「モルフ…美味しいよ…ありがとう…こんなオレに、付いてきてくれて。」
ミルク粥のお礼から、いつの間にか、モルフへの旅の感謝に変わっていた。
「良太殿。旅はまだ、始まったばかりですじゃ。」
モルフが優しく言った。
それは、この村に着いた最初の夜に、良太がモルフに言っていた言葉と同じだった。
「こんなオレでも…大丈夫かな。」
良太は泣きながら、子供の様に、嗚咽しながら、必死に言葉を続けた。
「まだ、牛鬼が怖いよ。…夢に出てくる位…。ほんとに、オレなんかが、勇者になんて…なれるのかな?。」
肩を震わせながら、それでも、一生懸命に気持ちを伝えてくる良太。
モルフは、初めて良太の本音を聞けた気がした。
いつも、目の前の事に、一生懸命向き合う良太。
だが、不安が全く無い訳じゃない。
突然に異世界に来て、訳も分からぬまま、勇者になるための修行が始まったのだ。
それを今まで、素直に聞いていた事自体が、良太にとって、自分でも気付かない所で、重荷になっていたのかも知れない。
だが、その思いを今、良太は吐き出した。
「大丈夫ですじゃ。」
モルフは自信満々に言い切った。
「良太殿が言っていたでは、ありませんか。今、出来ることを頑張って、成長していこうと。私は良太殿のその言葉に、助けられましたじゃ。」
モルフは良太の肩に、温かい手を置いて言った。
「良太殿に今出来ることは、ゆっくりと体を休めること。それも、大事な修行ですじゃ。」
そう言ってくれたモルフはいつもと同じように「ふぉふぉふぉ」と笑った。
「その笑い方、久しぶりに聞いた。」
良太の顔にも、少しだけ笑みが出てきた。
そして、良太の心を縛り付けていた、緊張感と責任感が少しだけ、ほどけていくようだった。
少し心に余裕と言う、隙間が空いた。
すると、その隙間に別な何かが、流れ込んできた。
「良太?お腹が光ってるよ。」
エイルが、良太の腹部を指差した。
「え?」
良太が下を向くと、良太のお腹辺りから、オレンジ色の眩しい光がピカッと大きく輝き、その輝きは、お腹を中心にして、上下に別れながら、広がっていった。
「なんだ?」
良太が驚きの声をあげた。
オレンジ色の光は、あっという間に良太の全身を包み、もう一度大きく光った。
「眩しい!」
目が開けられないほどの光の後、オレンジ色の光は一瞬で消えてしまった。
三人は突然の出来事に、放心状態だ。
「なんだったんだ?今の。」
そう言いながら、良太は血液が温まり、血が巡るような、体の中から力が漲って来るような、力強い感覚を感じていた。
「ま、まさか…今のは!」
モルフが細い目を最大限開き、驚きの声をあげた。
「なに?なに~?」
エイルは、不思議な体験に、目を輝かせている。
「りょ、良太どの~。」
モルフが涙目で、助けを求めるように、伸ばした手をプルプルさせる。
「どうしたんだよ!モルフ。」
すると、モルフが涙声で言った。
「か、かい、かい、ふ…う~。」
全く言葉にならない。
「かいふ?」
良太がモルフの途切れ途切れの文字を繋ぎ合わせても、何を言っているのか分からない。
「かい、かい、かいふく…。」
「かいふく?」
モルフはうんうんと、首を縦に大きく振った。
そして、地下で燻っていたマグマが、一気に地上に噴き出すように、モルフは飛び上がり、叫んだ。
「回復魔法ですじゃー!!!」
良太は、最初、何を言っているのか、分からなかった。
しかし、すぐに言葉の意味を理解した。
「回復魔法?!!!?さっきの光が?!」
良太も驚きを隠せない。
「どういう事?モルフが回復魔法を使ったのか?」
「たぶん。」
モルフは、自身が使ったのか分からないが、感動の余り、泣いている。
「先程の、オレンジ色の光、そして、あの輝き方。昔、賢者の書物で読んだ通りの魔法ですじゃ。」
「すごいじゃないか‼️。」
良太も歓喜の声をあげた。
「かいふくまほうって、なに?。」
エイルは聞いたことのない言葉に、首をかしげた。
「か、かい、かいふく、回復魔法は、け、賢者しか、習得出来ない魔法でぇ、勇者様を導く賢者にとってぇ、なくてはならない、魔法なのですじゃあ~。」
モルフは喜びと感動で胸を詰まらせながら、答えた。
「オレンジ色の光は、気力、体力を回復させますじゃ。」
「…確かに、さっきより、体が熱いんだ。なんか、力が湧いてると言うか。」
良太は自分の手をグーパーと動かしながら、体の感覚を確かめる。
「体が軽い感じもするし…。」
良太の感想にモルフは、うんうんと頷きながら、涙を拭った。
「良かったですじゃ…良太殿が、元気になって。」
モルフは、良太を見て、胸がいっぱいになった。
そして、自分の回復を喜んでくれるモルフを見て、良太もまた、胸が熱くなった。
「ありがとう。モルフ。」
モルフは、またうんうんと頷いた。
そんな二人を見て、嬉しくなったエイルが二人の間に飛び込んできた。
「良かったね!良太!やったね!モルフ!」
そして、三人は、大きな声で笑い合った。
残りのミルク粥を、三人で完食し、落ち着いたところで、ある疑問が湧いた。
「でも、どうやって回復魔法を使ったの?」
良太がモルフに聞く。
モルフはにこにこしながら、頬杖をつき「分からないですじゃ~。」と、ご機嫌に答えた。
完全に浮かれている。
「良太~見てみて~マント。」
エイルが、キルトのブランケットを自分に巻いて、マント風にしてポーズを決める。
背中には、自分の剣を背負って、気分は勇者か剣士か、と言った感じだ。
しかし、ブランケットは、エイルには大きすぎて、引きずっている。
そんな、アンバランスさが逆に子供らしくて、可愛らしい。
良太はそんなエイルを微笑ましく見ていたが、ふと、思い出した。
「そうだ!モルフ、このブランケットにも、回復魔法をかけたの?」
「へい?」
モルフは変わらず、にこにこ顔で、浮かれたまま、返事をする。
お酒に酔った、ご機嫌なおじさんのようだ。
「見てよ、これ。」
そう言って、良太は腕まくりをした。
「ここにあった傷も、ここにあった痣も、このブランケットを被ってたら、消えたんだよ。」
「え~?」
良太の腕を見ると、確かに傷一つ残っていなかった。
「そういえば、顔の傷も…。」
モルフは昨日の夜に見た、良太の顔の傷が無いことに気付いた。
「確かに。」
モルフはさっきまでの、夢見心地から、目が覚めてしまったようで、今度は顎に指を当て考え出した。
「私はそもそも回復魔法の掛け方を知りませんじゃ。」
「呪文を唱えたとか、念を送ったとかじゃなく、何もしてないのに、魔法が発動した?魔法って自然に出るものなのかな?」
「いや、賢者が使う、魔法や術は、呪文から始まりますじゃ。呪文を唱えることで、自分の中にある、潜在的なパワーを呼び起こし、コントロールして、それを、魔法や術にして、使っていくのが、一般的ですじゃ。」
「モルフは、魔法使いなの?」
二人の会話を聞いていたエイルが、不思議そうな顔で聞いてきた。
「魔法使いじゃないけど、魔法みたいな力を使うんだよ。」
良太が、子供に分かりやすい様に説明する。
「上手く、使えませんが…」
モルフは、神であるエマが、認めてしまう、「出来ない賢者」。
よく術を間違える。
「じゃあ、空を飛んだり出来る?僕、空を飛んでみたい!」
エイルが期待の眼差しをモルフに向けて、答えを待っている。
「いや、エイル、モルフはね…。」
「空は飛べませんが、移動の術は使えますじゃ!」
良太が説明するのを遮って、モルフは右手を上げて、エイルの期待に答えた。
「移動の術?」
エイルが首をかしげる。
「瞬間移動の別バージョンですじゃ!」
「すご~い!ねぇ、見せて!見せて!」
モルフの発言は、エイルにさらに期待を持たせてしまった。
エイルは、キラキラした目で、モルフを見つめている。
「わ、分かりましたじゃ!エイル殿!」
「モルフ!」
「大丈夫ですじゃ。良太殿。回復魔法が使えたと言うことは、もしかしたら、移動の術も、上手くなっているかも知れませんじゃ!」
「そうなのかな?」
良太は苦笑い。
「ねぇ、モルフ、早く早く!」
エイルが急かす。
「では、外へ。」
そう言われて、エイルは喜んで店の外に出た。
「あっ!ちょっと待って。エイル。」
良太は急いでエイルを追いかけた。
もうすぐ夕方と言うこともあり、店の外は、人通りがまばらだった。
「モルフ、夕方になるまでには戻ろう。」
「大丈夫ですじゃ。」
そう言うと、モルフは右手の手首を左手で掴み、呪文を唱え始めた。
すると、三人の足元から、風が巻き起こる。
(あの時と同じだ。)
モルフの移動の術を初めて体験した時の記憶が甦る。
「うわぁ~すごい!」
下から巻き起こる風に、手をかざしたがら、エイルが喜ぶ。
そして、足元から白い光が現れた。
(来た!)
良太はエイルを抱き込んだ。
次の瞬間、三人の体は一気に空へと吸い込まれて行った。
読んで頂き、ありがとうございました。
次回も是非、ご覧下さい。
また、雰囲気の違う作品で、連載「妖怪探偵 サイコロ眼」も投稿しております。
こちらもぜひ、ご覧下さい。