旅の始まりは、苦難の始まり編(3)
4.「今の自分に出来ること」
良太は暗闇の中に立っていた。
なんだか、体が不安定にフラフラする。
(どうしたんだろ…?)
体のふらつきに不安を覚えた良太は、両足に力を込めた。
しかし、ふらつきは修まらない。
バシュン!
ズルズルズル。
バシュン!
ズルズルズル。
そんな音が、だんだん、近づいてくる。
良太はなぜか焦っていた。
しかし、自分に危険が迫っているのは分かる。
(早く!ここから、逃げなくちゃ!早く!)
そう思って、体を動かすと、フラフラと体が揺れて、まっすぐ歩けない。
そうこうしていると、後ろから、生暖かい風が吹いた。
良太はゾッとして、後ろを恐る恐る振り返る。
「うわぁー!!!」
絶叫し、その場から逃げようと走り出す。
しかし、今度は足が地面に取られて、走れない。
足元を見ると、そこは、どろどろのぬかるみだった。
(早く!逃げなきゃ!)
良太は体を一生懸命動かし、前に進もうとする。
バシュン!
風を切るような音と共に、良太の目の前に白い巨大な木が地面に突き刺さった。
そして、後ろから水が大量に滴る音。
良太は後ろを振り向けず、その場でジタバタする。
そして、甲高い咆哮が響いた。
「ギュオーン!!!」
「うわぁー!!!」
良太は力いっぱい叫んだ。
「良太殿、大丈夫ですかな?」
モルフの言葉で、良太は目を覚ました。
「はっ!」
思わず、自分の足元を見た。
白い布に、自分の足が隠れている。
大丈夫、ぬかるんでない。
そして、周りを見た。
そこは小さな部屋で、窓からは陽の光が差し込んでいた。
そこで、良太は現実を実感できて、ほっと胸を撫で下ろす。
(さっきのは、夢か…。)
「良太殿、随分と、うなされておりましたな。」
モルフが心配そうに、良太を見ている。
「…ここは?」
良太はまだ痛む体をゆっくりと起こした。
「ステーキハウスの休憩室ですじゃ。」
良太達が身を寄せているステーキハウスの奥に、小さな部屋があり、そこを良太が休む場所として、借りていた。
(そうだった…。)
時空間管理人が、ステーキハウスを去ってから、店主が現れ、床に寝転がったまま、動けなくなっていた良太を見て、奥の部屋で休むように言ってくれたのだ。
お店の方からは、お昼の準備をしている音が聞こえた。
「オレ、寝ちゃってたんだな。」
「眠れるのは良いことですじゃ。」
モルフはにっこりと笑った。
「良太殿、お腹が空きませんか?何か食べるものでも持って来ますじゃ」
モルフはそう言ってくれたが、さっきの夢の怖さと、気持ち悪さで食事を取りたいとは思えなかった。
「ごめん。モルフ。今は何も食べたくない。」
「良太殿…。」
コンコンコン。
「はい。」
部屋をノックされ、モルフは返事を返した。
「時空間管理人さん。」
入ってきたのは、朝から調査に走り回っていた、時空間管理人だった。
「なんだ。お前まだ、寝てたのか?」
時空間管理人は、ソファーをベッド代わりにしていた良太を見て言った。
だが、そんな事は、どうでも良さそうで、すぐ、モルフに向かって話し掛ける。
「賢者のじいさん。ちょっと聞きたいことがあるんだが。」
「何ですかな?」
時空間管理人は、手短に用件を済ませて、次に行きたそうで、休んでいる良太には興味がない感じだ。
「今朝、朝日が昇る前、牛鬼がどこに向かったか、最後まで見えてたか?」
良太は時空間管理人が言った「牛鬼」と言う言葉にビクッとなった。
そしてさっき見た夢を思い出す。
それだけで、体が震える。
良太は震える体を押さえようと、自分の両腕を必死で抱き締めた。
そんな良太の変化に気付いたモルフが、良太の肩に手を置き、「大丈夫ですじゃ。」と言って、微笑んだ。
「…ごめん。」
モルフが置いた手から、温かさを感じて、少し落ち着くことが出来た。
「時空間管理人殿、最後までは見えておりませんが、道筋が出来ていたように思いますじゃ。」
落ち着いた良太に安心して、モルフは時空間管理人の質問に答えた。
「そうだよな。…じいさん、急に来て悪かったな。」
時空間管理人は、有力な情報を得ることが出来なかったので、部屋を後にしようと、ノブに手を掛けた。
「時空間管理人殿。」
モルフは時空間管理人を呼び止めた。
「体の方は大丈夫ですかな?」
時空間管理人は、良太と同じで、牛鬼に襲われている。
良太の状態を見ていると、時空間管理人の体も心配になる。
「俺は別に。元々鍛えてるしな。」
時空間管理人は、大したことではないように答えた。
「朝から動いておられるが、体を休める時間がないのでは?」
モルフの言うとおり、時空間管理人は、夜明けに事務所に戻ってから今のお昼前の時間まで、忙しくしていた。
それは、村を管理する立場の、時空間管理人には、当たり前の事だ。
「俺の仕事だからな。」
「あまり、無理をなさらぬように。」
「おお。」
時空間管理人は、ぶっきらぼうに答えた。
その、時空間管理人と空いたドアの隙間を縫って、エイルが部屋に入ってきた。
「モルフ~。」
エイルは時空間管理人を不思議そうに見て、モルフを見た。
誰?この人?と言った感じだ。
「エイル殿、この方は、時空間管理人殿ですじゃ。このエリアの入り口で、お仕事をされておられる。」
モルフがそう説明すると、エイルは急いでモルフの後ろに隠れた。
時空間管理人は、エイルを見て、少し考え込んでいたが、そのまま部屋を後にした。
エイルは時空間管理人が出ていくと、安心したように、ふーと息を吐いた。
「良太~。」
そして、エイルは嬉しそうに良太の顔を覗き込む。
そんな無邪気なエイルの頭を、良太は優しく撫でた。
頭を撫でられて、エイルは嬉しそうだ。
「あのね、良太。さっき、ソフィさんちに行ったんだけど…。」
エイルが楽しそうに話をしてくれるが、今の良太には、その話を聞いてあげられる余裕がなかった。
エイルの話が頭に入らず、逆に疲れを感じ始めた。
「ごめん。エイル。少し一人にしてくれるかな。」
良太は、静かにそう言うと、またソファーに身を沈め、シーツを頭から被った。
「良太?」
事情が飲み込めないエイルは、良太の反応に戸惑った。
そんなエイルを連れて、モルフは部屋を出た。
「モルフ~、良太どうしたの?」
エイルは、元気のない良太が、不思議で仕方なかった。
いつもなら、話を聞いて、笑ってくれるのに。
「良太殿は、少し頑張りすぎて、疲れておられるのです。」
「お札を配るの、大変だったのかな?」
エイルは昨夜は寝ていて、牛鬼の事を知らない。
知っているのは、夕方に三人で手分けして、お札を配った事だけ。
「そうかも知れないですじゃ。」
「じゃあ、今日は、お店のお手伝い、出来ないね。」
お店は、そろそろ、ランチで忙しくなる。
エイルは少し考えて、こう言った。
「今日は、良太の代わりに、僕がお手伝いするね。」
「え?」
「お手伝いしたら、ご飯がもらえるでしょ?それを良太にあげるの。」
良太はこの村に来てから、このお店でバイトをしながら、モルフとエイルの食事を確保してくれていた。
それが、何の能力も持たない自分に、今出来ることだと言っていた。
「僕ね、山の中で、良太がくれたキノコ食べら、お腹いっぱいになって、すごく元気になったよ。だから、良太もお腹いっぱいになったら、きっと元気になるよ!」
子供らしいエイルの発想。
モルフは少し涙が出そうなのを堪え、考えた。
エイルは良太に元気になってもらいたいと願っている。
それは、モルフも同じこと。
小さなエイルは、良太の為に、働こうとしている。
では、モルフに出来ることは何か…。
エイルは店主にお願いをして、テーブルを拭いたり、お皿を洗う係りになった。
いつものようにお店は忙しくなるかと思いきや、昨夜の牛鬼騒ぎで、お客の足は遠退いていた。
しかし、それでも、日常を取り戻したいと願う村人達が、お店を訪れ、いつものように食事を楽しむ姿が、ちらほら見られた。
客足はゆっくりだが、子供のエイルには、ちょうど良い忙しさとなった。
その頃モルフは、ある場所に向かって歩いていた。
村の中は、初めて来た時の様な活気はなかった。
皆、昨夜の牛鬼騒ぎで、どこか落ち着かないのだ。
「すっかり、乾いておる。」
モルフは、明け方に牛鬼が去った後に残っていた、ぬかるみが無くなっていることに気が付いた。
牛鬼の痕跡が消えても、人々の心と記憶の中に、恐ろしい体験は、残ってしまう。
今の良太の様に。
いや、実際に牛鬼に襲われた者にしか分からない恐怖を、良太は体験してしまった。
塞ぎ込んでしまうのも、仕方がないと、モルフは思う。
村の現状を肌身に感じなから、モルフは良太とエイルと三人で過ごしていた、並木のある野原に来た。
そして、木陰に座ってモルフは考える。
良太には何が必要なのか?
思い出すのは、自分とエイルの為に、今出来ることを、精一杯頑張る良太の姿。
(では、今の私に出来ることは…。)
モルフは、旅に出る前に、良太に誉められた事を思い出した。
それは、手先が器用な事。
良太の服や、リュックを作った事を、良太は誉めてくれた。
あの時に良太がグッドのポーズをして、微笑んでいる姿が、思い出される。
「ならば…。」
モルフの中で、思いは決まった。
良太の為に今、自分が出来ること。
そう気持ちが決まると、モルフの手のひらは、温かさを増していった。
読んで頂き、ありがとうございました。
次回も是非、ご覧下さい。
また、雰囲気の違う作品も投稿しております。
連載「妖怪探偵 サイコロ眼」です。
よろしければ、こちらも読んで見て下さい。