陽のあたる場所
砂埃が舞っていた。秋を感じさせる風は冷たかった。もう日も傾き、田村の立つマウンドには影がかかっていた。
一球、二球と、キャッチャーにボールを放ってから、田村はスタンドに目をやった。二軍戦の九回裏。観客はほとんどいなかった。スタンドの大部分が影の中にあったが、まだ陽を受けている場所もあった。そこだけが輝いていた。
ぼんやり見ていると、寮の自室からの景色を思い出した。北向きの部屋に陽ざしは入らなかった。それでも、陽光を受けた景色が窓から見えた。それは明るく輝き、田村に希望を与えてくれた。
立ち竦んでいると、コーチの声がした。
「家族を呼んだのか?」
「ええ」
それ以上は言わなかった。コーチも、察したように、もう何も訊かなかった。
コーチがマウンドを去ると、一人残された田村は、バッターボックスに入ろうとしている若者に視線を向けた。今年入団したばかりの、高校出の新人だった。背番号は二桁――。
田村には未だにわからなかった。二桁と三桁。何がその違いを生むのだろう――。
いや、それがわからないから、俺は三桁のままだったのだろう。田村はかぶりを振った。変化球を要求するキャッチャーのサインにも首を振り、直球を投げ込んだ。
乾いた音がした。
田村は振り返った。打球はどこまでも飛んでいった。暗がりに沈むグラウンドから、明るく暖かなスタンドに向かって。
塁間を颯爽と走る若者を見やりながら、田村は考えた。今までだったら、こんなときに俺は何を思っただろう――。社会人野球でそれなりの実績を上げてきた自分が、高校出の新人に痛打を浴びるなんて……。そんなことを思い、プライドが傷つけられたことに憤りを覚えただろうか。いや、そうではないな。コーチや監督の評価を恐れ、自分の先行きに不安と焦りを感じていたのだろう。
散々に打ち込まれ、田村はマウンドを降りた。不思議なことに、何も感じなかった。すべてが終わったという寂しさも、やりきったという清々しさも、田村の胸中には湧いてこなかった。
育成選手として三年。田村には長い年月ではなかった。しかし、故郷で待つ妻や子供にとってはどうだろう。それを考えると、もう潮時だと思った。そもそも球団から解雇されるのだろうと思っていたが、万に一つ、来年も契約しようと言われても、田村はすでに、心を決めていた。訳知り顔の者は、田村のような境遇の男に、これを第二の人生の糧にせよ、とか何とか、言うのだろう。その励ましが的を射ているのかどうかはわからない。確かに言えるのは、物事はそんなに単純ではない、ということだ。
ベンチの奥に入り、薄暗い廊下を歩きながら、田村はその向こうに見える光りを見つめた。廊下は球場の外に続いていた。陽があたっている場所に――。
光りに近づくと、そこに二つの人影を認めた。田村は歩を速め、「来てくれたんだね」妻の真由美に言ってから、
「パパ、打たれちゃったよ」息子の浩太に笑顔を向けた。
妻は何も言わなかった。ただ、静かに微笑んでいた。その横から、浩太が父親に声をかけた。
「すごくかっこよかったよ。おつかれさま」
浩太は、まだ字を覚え始めたばかりだった。そんな年齢の子供には似つかわしくない言葉で、彼は父親を労った。
田村は思わず、浩太を抱え上げた。「まだまだ、これから頑張らないとな」そう言って、真由美を見つめた。
真由美の目は輝いていた。陽を浴びているのか、涙が零れ落ちそうなのか……。
息子の温もりを抱きながら、田村は妻の瞳を見つめた。見つめていると、自分の野球人生にどんな意味があったのか、そんなことはもう、どうでもいいと思えた。
田村は心の中で、妻や息子に語りかけた。
これからは三人で、暮らそうな――。