ラプンツェル~Rapunzel~
髪長姫と訳されることもある。ラプンツェルは「ちしゃ」と訳されることがあるが、本来はキク科のレタス(ちしゃ)ではない。ラプンツェルと呼ばれる野菜はオミナエシ科のノヂシャ、キキョウ科のCampanula rapunculusなど複数存在する。妊婦が食べるのによいとされる植物である。
昔々、あるところに三十代くらいの普通の夫婦者が暮らしていて、永い間、
「小児が欲しい」
「欲しい」
と暮らしていたが、やっとおかみさんの望みがかなって、神様が願いを聞いた。この夫婦の家の後ろには、小さな窓があって、その 直ぐ向こうに、美しい花や野菜を一面に作った、きれいな庭がみえるが、庭の周囲には高い塀が 建廻されているばかりでなく、その持主は、恐ろしい力があって、世間から怖がられている一人の魔女だったから、誰一人、中へ入ろうという者はいなかった。
ある日のこと、おかみさんがこの窓の所へ立って、庭を眺めて居ると、ふと美しい菜の一種、我邦の萵苣に当たるラプンツェルの生え揃った 苗床が眼についた。
おかみさんは、
「あんな青々した、新しい菜を食べたら、どんなに旨いだろう」
と思うと、もうそれが食べたくって、食べたくって、たまらない程になった。
「野菜が食べたい」
「おいしい野菜が食べたい」
それからは、毎日毎日、菜の事ばかり考えていたが、いくら欲しがっても、とても食べられないと思うと、それが元で、病気になって、 日増に痩せて、青くなって行く。これを見て、夫はびっくりして、尋ねた。
「お前は、まあ、どうしたのだい?」
「ああ!」
とおかみさんが答えた。
「家の 後ろの庭にラプンツェルが作ってあるのよ、あれを食べないと、あたし死んでしまうわ!」
男はおかみさんを可愛がって居たので、心の中で、
「妻を死なせるくらいなら、まあ、どうなってもいいや、その菜を取って来てやろうよ。」
と思い、 夜に紛れて、塀を乗り越えて、魔法使いの庭へ入り、大急ぎで、菜を一掴み抜いて来て、おかみさんに渡すと、おかみさんはそれでサラダをこしらえて、旨そうに食べた。
「おいしそう!」
「すごくうまい!」
けれどもそのサラダの味が、どうしても忘れられない程、旨かったので、翌日になると、前よりも余計に食べたくなって、それを食べなくては、寝られないくらいだったから、男は、もう一度、取りに行かなくてはならない事になった。
そこでまた、日が暮れてから、取りに行ったが、塀を下りて見ると、魔法使いの女が、直ぐ目の前に立って居たので、男はぎょっとして、その場へ立ちすくんでしまった。すると魔女が、恐ろしい目つきで、睨みつけながら、こう言った。
「何だって、お前は塀を乗越えて来て、盗賊のように、私のラプンツェルを取って行くのだ?そんなことをすれば、よいことは無いぞ」
「ああ! どうぞ勘弁して下さい!」
と男が答えた。
「好き好んで致した訳ではございません。全くせっぱつまって余儀なく致しましたのです。妻が窓から、あなた様のラプンツェルをのぞきまして、食べたい、食べたいと思いつめて、死ぬくらいになりましたのです」
それを聞くと、魔女はいくらか機嫌を直して、こう言った。
「お前の言うのが本当なら、ここにあるラプンツェルを、お前のほしいだけ、持たしてあげるよ。だが、それには、お前のおかみさんが産み落した小児を、わたしにくれる約束をしなくちゃいけない。小児は 幸福になるよ。私が母親のように世話をしてやります」
男は心配に気をとられて、言われる通りに約束してしまった。で、おかみさんがいよいよお産をすると、魔女が来て、その子に「ラプンツェル」という名をつけて、連れて行ってしまった。
ラプンツェルは、世界にたった一人しかいないくらいの美しい 少女になった。少女が十二歳になると、魔女は迷いの森の中にある塔の中へ、少女を 閉籠めてしまった。その塔は、 梯子も無ければ、出口も無く、ただ 頂上に、小さな窓が一つあるだけだった。魔女が入ろうと思う時には、塔の下へ立って、大きな声でこう言う。
「ラプンツェルや!ラプンツェルや!お前の 頭髪を下げておくれ!」
ラプンツェルは 黄金を伸ばしたような、長い、美しい、 頭髪を持っていた。しかし、魔女の歌声が聞こえると、少女は直ぐに自分の編んだ髪を 解いて、窓の折釘へ巻きつけて、四十尺も下まで垂らす。
「きっと誰かが救いの手を」
「差し伸べてくれるのなら」
「私は構わないわ」
「街に灯るネオンの光」
「もう見飽きちゃったの」
「そう 私はもう」
「見慣れた私ではない」
「生まれ変わるのだから」
「今」
「探しているの ほしいもの」
「時を超えて 空を超えて」
「まだ見たことない宝石」
「それが黒いダイヤモンド」
「出口のないトンネル」
「答えのない質問」
「今の世界はわからないものばかり」
「そう 私はもう」
「誰にも頼らない」
「何も怖くないのだから」
「見つけたい つかみたい」
「大地をかけ 大空をかけ」
「私が勝ち取るから」
「それが黒いダイヤモンド」
「見つけたい つかみたい」
「時を超えて 空を超えて」
「夢がかなう宝石」
「それが黒いダイヤモンド」
すると魔女はこの髪へ捕まって登って来る。
それから二年経ったある時、この国の王子であるフィリップが、この森の中を、馬で通って、この塔の下まで来たことがあった。すると塔の中から、何とも言いようのない、美しい歌が聞こえて来たので、フィリップ王子はじっと 立停まって、聞いていた。それはラプンツェルが、 退屈凌ぎに、可愛らしい声で歌っている。
「Tell me 私に」
「愛の本当の意味を」
「答えてくれるのなら」
「きっと変わるはず」
「たとえ遠く離れても」
「会えなくなってしまっても」
「心の中でつながっている」
「君に向けて I love you」
「向かい風に吹かれても」
「君を感じて I feel you」
「私だけのLove Song」
フィリップ王子は上へ昇って見たいと思って、塔の入口を捜したが、いくら捜しても、見つからないので、そのまま帰って行った。けれどもその時聞いた歌が、心の底まで 泌み込んで居たので、それからは、毎日、歌をききに、森へ出かけて行った。
ある日、フィリップ王子は また森へ行って、木のうしろに立って居ると、魔女が来て、こう言った。
「ラプンツェルや!ラプンツェルや!お前の 頭髪を下げておくれ!」
それを聞いて、ラプンツェルが編んだ 頭髪を下へ垂らすと、魔女はそれに捕まって、登って行った。
これを見たフィリップ王子は、心の中で、
「あれが 梯子になって、人が登って行かれるなら、おれも一つ運試しをやって見よう」
と思って、その翌日、日が暮れかかった頃に、塔の下へ行って
「ラプンツェルや!ラプンツェルや!お前の 頭髪を下げておくれ!」
というと、上から 頭髪がさがって来たので、王子は登って行った。
ラプンツェルは、まだ一度も、男というものを見たことがなかったので、今フィリップ王子が入って来たのを見ると、初めは大変に驚いた。けれどもフィリップ王子は優しく話しかけて、一度聞いた歌が、深く心に泌み込んで、顔を見るまでは、どうしても気が落ち着かなかったことを話したので、ラプンツェルもやっと安心した。それから王子が妻になってくれないかと言い出すと、少女は王子の若くって、美しいのを見て、心の中で、
「あのゴテルのお婆さんよりは、この人の方がよっぽどあたしをかわいがってくれそうだ」
と思ったので、
「はい」
といって、手を握らせた。少女はまた
「あたし、あなたとご一緒に行きたいのだが、わたしには、どうして降りたらいいか分らないの。あなたが出てくるたびに、 絹紐を一本 ずつ持って来て下さい、ね、あたしそれで 梯子を編んで、それが出来上ったら、下へ降りますから、馬へ乗せて、連れてって ちょうだい」
といった。それから又、魔女の来るのは、大抵 日中だから、二人はいつも、日が暮れてから、逢うことに約束を決めた。
だから、魔女は少しも気がつかずにいたが、ある日、ラプンツェルは、うっかり魔女に向って、こう言った。
「ねえ、ゴテルのお婆さん どうしてあんたの方が、あの若様より、引上げるのに骨が折れるのでしょうね。若様は、ちょいとの間に、登っていらっしゃるのに!」
「まア、この罰当りが!」
と魔女が急に高い声を立てた。
「何だって? 私はお前を世間から引離して置いたつもりだったのに、お前は私を騙したのだね!」
こう言って、魔女はラプンツェルの美しい髪を 攫んで、左の手へぐるぐると巻きつけ、右の手に剪刀を 執って、ジョキリ、ジョキリ、と切り取って、その見事な辮髪を、床の上へ切落してしまった。そうして置いて、何の容赦もなく、この憐れな 少女を、砂漠の真ん中へ連れて行って、悲しみと嘆きの底へ沈めて、ラプンツェルの髪は黄金色から白髪になってしまった。
ラプンツェルを連れて行った同じ日の夕方、魔女はまた塔の上へ引返して、切り取った少女の辮髪を、しっかりと窓の折釘へ結えつけて置き、フィリップ王子が来て、
「ラプンツェルや!ラプンツェルや!お前の頭髪を下げておくれ!」
と言うと、それを下へ垂らした。フィリップ王子は登って来たが、上には可愛いラプンツェルの代わりに、魔女が、意地の悪い、恐らしい眼で、睨んでいた。
「あッは!」
と魔女は 嘲笑った。
「お前は可愛い人を連れに来たのだろうが、あの綺麗な鳥は、もう巣の中で、歌っては居ない。あれは猫がさらってってしまったよ。今度は、お前の眼玉も かきむしるかもしれない。ラプンツェルはもうお前のものじゃない。お前はもう、二度と、彼女に会うことはあるまいよ」
こう言われたので、フィリップ王子は余りの悲しさに、逆上せて、前後の考えもなく、塔の上から飛んだ。幸いにも、生命には、別状もなかったが、落ちた拍子に 茨へ引掛かって、眼を潰してしまった。それからは、見えない眼で、森の中を探り 廻り、木の根や草の実を食べて、ただ失くした妻のことを考えて、泣いたり、嘆いたりするばかりだった。
王子はこういう 憐れな 有様で、数年の間、当もなく 彷徨い歩いた後、とうとうラプンツェルが 棄てられた砂漠までやって来た。ラプンツェルは、その後、三つ子を産んで、この砂漠の中に、悲しい日を送っていたのだ。フィリップ王子は、ここまで来ると、どこからか、聞いたことのある声が耳に入ったので、声のする方へ進んで行くと、ラプンツェルが 直ぐにフィリップ王子を認めて、いきなり 頸へ抱着いて、泣いた。そしてその涙が、フィリップ王子の眼へ入ると、 忽ち両方の眼が明いて、前の通り、よく見えるようになった。
そこで王子は、ラプンツェルを連れて、国へ帰ったが、国の人々は、大変な 歓喜で、この二人を迎えた。その後二人は、永い間、 睦まじく、幸福に、暮らしたのであった。
それにしても、あの年寄った魔女は、どうなったのか? それは誰も知った者はいなかった。