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別れ

 それからどれくらいの時間が経ったでしょうか。気を失ったエリアス様がベッドの中で目を覚ましました。


「ここはどこだ?」


「ここはエリアス様のお部屋にございます」


「俺の部屋……って、何故お前がここに……って、違う! そんなことはどうでもいい! さっきはよくもやってくれたな!」


 私は盛んに怒声を浴びせかけるエリアス様を無視して、用意していた食事をトレイに載せて差し出しました。水兵の食事は兵站の補給の難しさからか、粗末なものが多いです。


 今となっては食料の保存方法にも色々と改善が見られ、兵士たちが食事に不満を持つことが少なくなりましたが、当時はそうもいきません。樽に詰め込んでいた真水は腐りますし、塩漬けしていた肉はどんどんと水分を失い、固くなっていきますし、日持ちする乾パンもゾウムシによって穴だらけとなっていきます。船の上で主たる食事はそういったものでした。


 そんな代わり映えのしない食事で、しかもそれすらも日ごとに劣化していくとあっては、どんな屈強な兵士であっても、陸の食事に憧れを抱くものでしょう。そして目の前のエリアス様も、当然のように私が作った料理に目を奪われることになります。その次の瞬間、エリアス様はひったくるように私の手からトレイを奪うと、貪るように料理を食べ始めました。


 余程お腹が空いていたのでしょう。ナイフとフォークは食器にやたらとぶつかりますし、咀嚼する音も部屋の中に響きました。私という女性が目の前にいるのにも関わらずです。私はすぐさまエリアス様の無作法をたしなめようと思いましたが、驚くことにそうしようと思った頃には、エリアス様は食事を終えていました。


「何だ、何か用か?」


 私の視線に気がついたエリアス様が訊ねてきました。しかし、肝心の言葉を挟むタイミングを逸したせいか、私はその質問に答えるべき内容を上手く思い浮かべることができませんでした。そんな私はしかたなく別の提案をすることにしました。


「……紅茶をお持ちしましょうか?」


「ああ、頼む」


 食後の紅茶を一杯、二杯と飲むと、幾らか落ち着いたのか、エリアス様はようやくその身体を椅子の背に預けました。そして深呼吸と共に伸びをします。部屋に入ってきた時のような怒気を削ぎ落としたエリアス様は、それからゆっくりと私に目を向けました。冷静になったエリアス様はさすがに手を上げたり、怒鳴るということはしませんでしたが、目を細めて、私を睨みました。


「それでお前は一体何なんだ?」


「セリア・ロングフェローです。私はエリアス様に仕える一人のメイドです」


「すごいな、最近のメイドとやらは主人を強制徴募隊に売り渡すのが一つの責務と見える。だとしら、それを何の躊躇いもなく敢然と成し遂げるお前はやっぱり優秀なメイドなんだろうな。俺も鼻が高いよ、お前みたいな優秀なメイドが側にいてくれて。そうだ、今度街に出た時にみんなに自慢してみようかな。俺のメイドであるセリア・ロングフェローは、主人であるエリアス・ニーソンを国家の礎である、栄えある強制徴募隊に捧げさせたってな。そうすれば、みんなもお前のことを褒めてくれるだろうよ。お前みたいなメイドは二人としていないってな」


「はい、今のエリアス様も見ていただければ、きっとみんなが私を褒めてくださることでしょう。立派なメイドだと」


「なるほど、お前は本当に自分の行いに疑問すら持っていないようだな」


「私はエリアス様のために当然のことをしたまでです」


「それを当人が望んでいなかったとしても、やるべきことだったのか?」


「目の前の結果を見るに、やはりそれは正しかったと私は考えます」


「だが、それはお前にとってだろう。当人にとっては、違う考えを持っているかもしれない」


「エリアス様は後悔をしておいでで?」


「いいや、後悔はしていない。だが、俺はセリアという人間は許せそうにない。それは確かなことだ」


「そうですか。それでエリアス様は、これからどうなさるおつもりですか?」


「それこそ、お前には関係のないことだ」


 エリアス様はそう言うなり、私から顔を背けました。エリアス様からは、もう私との会話はしないという意志がはっきりと見て取れました。エリアス様が依然と職がなく、前のようにフラフラとした生活を送っていたのなら、私は梃子でもそこを動かず、エリアス様のために、とそこにいたことでしょう。


 しかし、エリアス様は女王陛下より任を与えられる海尉となられました。エリアス様はご自分の力だけで港を出て、大海原へと旅立ったのです。それでしたら、エリアス様という船に、私がすべきことはそう多くないのかもしれません。


 また私は一介のメイドです。そんなメイドが主であるエリアス様のご機嫌をいつまでも損ねることに抵抗がありました。私は大人しくエリアス様のお側を離れることにしました。そして私はエリアス様に二度と会わない覚悟をもって、家を出て行ったのでした。

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