表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/36

突っ込む

 一一月一二日〇八時四〇分、全ての準備が終わりますと、エリーゼは敵艦に接舷すべく動き出しました。といっても、それは実に簡単なことでした。もともとブレークとの距離は近かったのです。


 そんなに近いのならブレークを盾にして戦えばいいなどと浅慮な人間は言うかもしれませんが、それこそがクサラとサクソの狙いでした。ブレークの影にはエランと砂州があるのです。


 つまり、そこは袋小路。逃げ場のないところに入ったら、効果的な反撃は不可能となり、戦闘は終わりとなってしまいます。


 だからこそ、エリーゼがブレークの影に入ろうとすると、クサラとサクソはピタリと砲撃をやめました。そこには敵艦の損傷を少なくして拿捕したいという思惑もあったのでしょう。両艦は、すぐに入り口を封鎖しようと勇んで足を速めてきました。


 ここからが時間の勝負です。エリーゼが抜け道を作ること叶わなく、艦尾を押さえられたら負け。


 ローリー海尉が率いた水兵と海兵が、一秒の時間すら惜しいとブレークに慌しく乗り込みます。既に降伏した兵を攻撃するのも、またその兵が攻撃するのも、国際条約によって禁じられています。


 ブレークに残っていた乗組員たちは、ローリー海尉の暴挙に抗議の声を上げますが、そんなのに一々構ってなどいられません。


 ローリー海尉は、その蛇のような目でブレークの兵を射竦めると、甲板にいた全員を海に叩き落しました。そしてすぐさまブレークに残っていた檣の帆が広げられ、エリーゼが動けるだけの余地を作り出します。


「総員、各転桁索(ブレース)へ、急げ!」


 掌帆長(ボースン)の声が響き渡り、同時に掌帆手たちの号笛が鳴りました。続いて、エリアス様は咆えるような声で号令を下します。


「総員、上手回し(タッキング)!」


 それを聞き届けた水兵たちにより、すぐさま艦首を回頭。スターボードタックのクローズホールドで帆走します。これら一連の操艦こそ、アウェリアが世界に誇るところ。


 アウェリアは国家として産声を上げる以前から、海を庭として遊んできたのです。そこにある技術の精度、練度は他の追随を許すところはありません。そしてエリーゼは風上にある敵艦ブレークと僚艦エランの間を抜けようと真っ直ぐと突き進んでいきました。


 しかし、幾ら素晴らしい操艦技術であっても、敵が呆然とそれに見惚れてくれるわけではありません。今はお互いに国家の命運を掛けた戦いのさなかなのです。クサラとサクソは、エリーゼを逃がすまいと遠慮なしの片舷斉射を行うのでした。


 エリーゼは砲門の少ない艦尾を見せているため、有効な反撃はできません。敵の砲撃と共に索具は飛び散り、エリーゼには無視できない傷を負っていくのでした。だけど、あともう少しなのです。ここで航行を止めるわけにはいきません。


 私は他の乗組員たちと一緒に必死に祈りを捧げました。どうか無事にこの囲いを抜けれますように、と。果たして、その祈りが天に届いたのでしょうか。その答えは分かりません。ですが、エリーゼが袋小路を抜け出したのです。


 そしてそれと同時にクサラとサクソの攻撃は止みました。おそらく、そこでクサラとサクソの両艦長は悩んだことでしょう。このままエリーゼの航跡を辿るか、それとも海側に出て迎え撃つか、はたまたその両方を取って挟み撃ちにするか。


 それに費やした時間は、どれほどだったでしょう。だけど、それは一瞬でも長い時間でした。何故なら、エリーゼはクサラとサクソの風上に立ったのです。


 先の戦いでは、ヴェルレーヌ艦隊が風上に立ち、一気に守勢から攻勢へと転じました。今度はこのエリーゼが、それをやってのける番です。


「総員、砲撃開始!!」


 ブレークの横を通り抜け、一瞬ほどの間で敵艦に詰め寄りますと、エリアス様は喉が張り裂けんばかりの金切り声を上げました。エリーゼから、ただちに砲弾が放たれます。


 今まで溜め込んだ鬱憤を晴らすかのように、砲撃は絶えることはありません。砲手たちは血気盛んに大砲に火を点け、敵艦を先程の袋小路に追い込んでいくのでした。


 対するサクソも、「烈火」の艦隊に恥じぬ応戦を見せます。とはいえ、今は敵艦が砲門の少ない艦尾で迎え撃たねばなりません。奮戦空しく、艦尾甲板に鉄の雨が降り注ぎ、後檣ミズン・マストは倒れ、被害を甚大なものとしていきます。


 これで、とどめとなるか。そう思ったところで、サクソも意地を見せました。何と自身の前を行くクサラの盾となってきたのです。おそらくクサラを先行させ、再びエリーゼの背後を取らせようという算段なのでしょう。


 ブレークに乗っていたローリー海尉も、それに気づくとクローズホールドで、慌てて先程開けた道を塞ぎにかかります。しかし、ブレークに乗っているアウェリアの兵など、手で数えることができるほど僅かなもの。時間を与えたら、クサラの攻撃によって彼らの命は散ってしまいます。


「近づけ! もっと近づいて砲撃しろ!」


 エリアス様はサクソとの決着を早めようと、号令をかけました。そして二つの艦はお互いの大砲から鉄の塊を吐き出しながら、接近。


 一〇〇ヤード、五〇ヤード、そして三〇ヤードと距離を詰めていく内に、砲撃の喧騒とは裏腹に、水兵や海兵たちの顔には水を打ったような静けさと緊張があるのを確認できました。


 それも当然のことでしょう。エリーゼは段々と、確実な死地へ赴いていっているのですから。


 飛んでくる大砲の砲弾は、遠く離れていても極めて高い殺傷力を秘めています。大砲の射程は約一〇〇〇ヤード。それを三〇ヤード以下の至近距離から受けろというのですから、それは最早、狂気の沙汰でした。


 それにそこまで距離を詰めてしまえば、小さな一八ポンド砲の弾丸でさえ、三〇インチの厚さの樫材を貫通することができるようになるのです。三〇インチというのは、一等級戦列艦の喫水線の上あたりの厚さと、ほぼ同じです。


つまり、それはどの艦の、どこにいても、砲弾を防ぐことはできないということを意味するのでした。


 勿論、砲弾は艦に穴をあけて終わりというわけではありません。砲弾が艦を貫通すると、その周囲に尖った木の破片を雨のように降らせ、そこにいるものを殺傷するのです。


 しかも用いられるのは一八ポンド砲ばかりだけでなく、三二ポンド砲さえあります。そして戦艦の砲甲板あたりの舷側の装甲は三〇インチよりも遥かに薄い。


 至近距離から撃てば、砲弾は片方の舷側を、槍のような木片をばら撒きながら突き破って、弾道上の人、物の全てを破壊しながら甲板を横断し、向かい側の舷側を破って飛び出すのです。砲甲板には、まさしく死が吹き荒れました。


 ですが、その圧倒的な死の暴虐を体験したのは、サクソだけだったのです。一方のエリーゼの被害はサクソと比べたら極めて軽微なもの。その理不尽なほどの差の理由は、アウェリアとガウルにおける艦の設計思想の違いにありました。


 艦の設計は、常に妥協の産物です。スピード、安定性、積載量、操艦性能、そして強度。その全てを限界まで高めることはできません。


 例えば艦を大きくすれば積載量と安定性は増しますが、その分スピードは落ち、操艦性能も下がってしまいます。このように何かの性能を高めると、他の性能が下がってしまうのが、艦というものでした。


 故に艦の設計者は、どの性能を生かし、またどの性能を殺すかに、頭を悩まさなければなりません。しかし、そこに面白いところがありました。艦の設計に、国柄というものが出てきたのです。


 イスペルニアは積載量、ニームスは操艦性能と、国によって何を重視するかが違ったのです。そしてアウェリアとガウルは、艦にどんな性能を求めたのでしょうか。


 答えは簡単です。アウェリアは艦の強度、そしてガウルはスピードでした。


 スピードを一番に求めれば、艦は軽くしなければなりません。その結果は言うまでもないでしょう。ガウルの船殻はアウェリアと比べたら、随分と頼りないものとなっていたのです。


 サクソに悠然と翻っていたガウルの国旗は、瞬く間に地に落ちていきました。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ