エリアスの策
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正直に言って、策などなかった。当たり前だ。そんな簡単に策をポンポンと思いつけていたら、俺は落第点などもらっていない。だけど、あの状況、ローリー海尉の冷たい目に射すくめられて、他に何が言えただろう。
だから、俺は自分の言葉を口にした後、必死に考えなければならなかった。味方によって届けられる死から逃れるため、そしてそれによって父を超えるための策を。
エリアス・ニーソンの日記
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私はセリア・ロングフェローが怖かった。何のためらいもなく人を斬り、そこに何の感情も見出さない。それはどこか人として壊れているように思えた。
だけど、そんな彼女によって救われたということは確かだった。そして彼女の行動は、もう一つの意味でも私を救ってくれた。
彼女が見せた白刃に、ダン海尉を地獄の淵に追い立てるセリア。それは私に一つの考えを与えてくれるのに、十分なものだった。
無論、馬鹿げた策ではある、とその時の私も自覚していたが、生憎と私は何よりもギャンブルが好きだったのだ。
「我が航海」 エリアス・ニーソン著
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「サー、それではニーソン主席海尉、あなたのお考えを聞かせて頂けないでしょうか?」ローリー海尉はダン海尉の影響によって騒ぐ場を何とか収めると、ガウル対抗の手段を聞いてきました。
「……白兵戦だ」エリアス様はローリー海尉の声を聞くと、意識を切り替えて、明瞭に答えました。
「サー、しかし現在エリーゼはエラン、ブレーク、クサラ、サクソの四隻と更には砂州に囲まれています。接舷はおろか、ここから脱するのも難しいのでは? また敵艦との接舷にしても、達成する可能性は低いとしか言えません」ローリー海尉はその顔に失望の色を隠さずに思ったことを口にしました。
相手の艦にぶつかり、白兵戦を挑むという衝角戦法は、既に時代錯誤なものでした。遠くから艦に十分なダメージを与える大砲が存在しているのです。わざわざ近くによって身を危険に晒すというのは、ナンセンスなものでした。
またアウェリアは、衝角戦法を挑む艦を相手に距離を取り続け、大砲によりそれを沈めてきたことが多々にあったのです。そのため無様な敗北を喫した敵の行動を真似るのが、何とも馬鹿らしく思えたのでした。
「このまま素直にぶつかるのであれば、そうだろうな」エリアス様は神妙に頷きます。「だけど、白兵戦になるのは、本当に最後のことだ」
「サー、仰っている意味が分かりかねるのですが?」
「ローリー海尉、何故俺たちはピンチなんだ?」
「サー、それは逃げ場がないからです」
「正解だ。だから、そんな危ない場所は敵にくれてやろう」
「サー、どうやってですか?」
「敵のケツを叩いて、押し込んでやればいいんだ」エリアス様はカードで大金を賭ける時のような高揚した笑みを、お見せになりました。
「……なるほど、面白い」
ローリー海尉も、エリアス様の仰っている意味が分かったのでしょう。ややあって、彼は口元を妖しく和らげ、頷きました。そこには先程あった失望の色はなくなり、代わりに新しい玩具を手に入れた子どものような無邪気な喜びがありました。
エリアス様の作戦は至って簡単なものでした。その場所を抜け出て、敵艦に攻勢をかける。それだけです。
勿論、僚艦エランに始まり、敵艦のクサラ、サクソ、ブレークにエリーゼは囲まれ、脱出は難しい状況です。そんな中に放り込まれたとあっては、誰もが顔面を蒼白として、目を背けたくなるでしょう。
しかしどんな事であれ、見方を変えれば、状況は変わってくるもの。エリーゼを囲うのは、大地に深く埋め込まれた堅牢な柵ではなく、海に浮かぶ艦なのです。そしてエリアス様がお考えになったことは、左舷にあるガウル艦ブレークを動かすことでした。
確かにそれは簡単なことでありません。降伏した艦とはいえ、乗組員全てがいなくなったわけではないのです。少なからずの抵抗は、可能性として十分にあるものでした。
そんな危険なところに「烈火」の艦隊射撃によって多数の死傷者を生み出し、数の減ったエリーゼの水兵を回さなければならないというのです。しかも、ブレークは負傷艦。どこまで動かせるか怪しいものでした。
また無事に抜け出せたとしても、敵艦がこちらの予想通りに動くということも保証できません。しかし、このままでは一向に状況が変わらないというのも、また事実でした。
エリアス様とローリー海尉は、仕官全員を集めると、早速作戦の内容を説明し、この戦況における一条の活路を伝えました。
そこには幾らかの不安や問題点があるようで、エリアス様に対する反論が、傍らにいる私にもちらほらと聞こえてきました。そんな時、エリアス様はまるで自分に言い聞かせるように滔々とお話になりました。
「やらなければ始まらない。そして始まらなければ、何の結果も得られない。何事もそうだ。成せば成るというのは、そういうことなのだ。それにこの囲いを抜けるのは難しいかもしれないが、アウェリアのエリーゼの皆ならできないことではない。そうだろう?」
エリアス様のお言葉が、どれだけ皆に響いたかは分かりません。ですが、最終的にはこれ以外にない、と判断したのでしょう。
エリーゼはエリアス様の意志どおりに動くことになりました。私はそれを確認すると、一歩を後ろに下がり、サーベルの柄にかけていた手を元の場所に移すことにしました。




