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エリアス登場

 この時のことを、ローリー海尉は自らの著書「第二次エウーロ大戦漫遊記 その先にあるのは生か死か それとも栄誉か」に書いています。


      ◇   ◇   ◇

 

 降伏などはごめんだった。降伏してガウルの牢獄で何年と費やすために俺は軍に入ったわけではない。勿論、俺は勝利するために軍に入ったのだ。


 そこにこそ愉悦があるのだから。それならば、俺が取るべき選択肢など、決まっていた。


 勝利への一手を模索するエリアスの起用。


 アマルナ湾での戦いの趨勢は絶望的ではあったが、それでも尚そこに勝利への道筋があるのなら、俺は何だってやる。そしてもしエリアスが使えないのであったなら、その時は俺がエリーゼを指揮する。


 戦って得る勝利の歓喜。それはそこに至る過程が困難であれば、一層激しくなるのだ。だから俺は何だってやる。必ず貫きとおす。その時の俺は、そういった覚悟を持っていた。


      ◇   ◇   ◇


 ローリー海尉が上げた声は、他の水兵にとって聞き逃すことができないものでした。何故ならローリー海尉はダン海尉に次ぐ仕官だったのですから。


 確かにただの次席海尉なら、その上官である主席海尉の命令などは覆せません。しかし居丈高に振る舞うダン海尉と違って、沈着冷静な姿を見せるローリー海尉の方が水兵からの信頼を勝ち得ていたのです。そして風向きが変わったのを悟ると、ローリー海尉はすかさず声をまくし立てました。


「ウィリアム!」


「サ、サー!」


「ニーソン主席海尉をここに呼べ!」


「サー、ですが……」


「いいから、呼んで来い!」


「アイ・アイ・サー!」


 甲板に広がる瓦礫をどけていたウィリアム士官候補生は、突然の名指しに驚きながらもローリー海尉の空色の瞳に貫かれ、機敏に応じます。そして彼が甲板の下に降りていくと、額に青筋を浮かべたダン海尉が人を殺せるのではないかというほどの憎しみのこもった瞳でローリー海尉を睨み付けるのでした。


「トマス・ローリー! お前も裏切るのか?」


「サー、これは次席海尉殿、異なことを。私はイェイツ艦長の命令に従っているに過ぎません」


「それが本当だという証拠がどこにある? 例え本当だとしても、あんな出来損ないの船酔い野郎に何ができる! 言ってみろ、トマス!」


「サー、海に落ちたどこかのマヌケな主席海尉よりマシな意見が聞けるかもしれません」


 その言葉にダン海尉は歯軋りさせ、腰にかかったピストルに手をかけました。年下であり、部下でもある人間からの馬鹿にしたような台詞に、ダン海尉の怒りがまるで火山の噴火ごとく噴き上がるのでした。


 更にローリー海尉が言葉にしたことは、統制を成しえる主席海尉としての威厳を脅かしてしまうものなのでした。そういったことがエリーゼの中で伝播してしまえば、ダン海尉の立場は失われ、後は下り坂を転がる一方です。


 苦境にあって、主席海尉及び艦長代理としての立場を否定されれば、平時での信用すらままなりません。エリーゼにおける最古参のダン海尉は、年端もいかない周囲の者たちから見下されることを恐れ、それを未然に防ぐべく至極簡単な手段を用いようとしました。


 即ち、目の前のローリー海尉を殺し、恐怖によってエリーゼを統制しようとしたのです。敵と砲撃戦を繰り広げている最中でそんな仲間割れなど、文字どおり最悪に他なりません。ですが、幸いにもそういった状況を打ち破る方が、ようやく甲板に現れてくれました。


「サー、エリアス・ニーソンです」


 朝日に煌く金色の髪を潮風にたなびかせ、エリアス様がダン海尉とローリー海尉の間に入りました。エリアス様の相貌は煤により真っ黒に汚れたままでしたが、却ってそれにより怒りに目を血走らせているダン海尉と相対するに十分な風格を醸し出しているようでした。そしてそんなエリアス様に早速私は祝いの言葉を並べました。


「エリアス様、おめでとうございます。この度はエリアス様が艦長の代理となられたのです」


「は? 何を言っているんだ? とうとう狂ったか? そんな話、聞いていないぞ」エリアス様はマヌケな声で聞き返します。


「ええ、たった今それを知らせたのですから」


「馬鹿か、セリア。俺にそんな権限はない。……おっと、すまない、お前は馬鹿だったんだよな。つい人間扱いしてしまったことを許してくれ。おい、誰かサルの言葉で、こいつにさっき言った俺の台詞を伝えてくれ」


「エリアス様、イェイツ艦長がお認めになったことです」


「……は? イェイツ艦長が?」


「はい、イェイツ艦長は意識を失う前に、確かにそういった言葉をお残しになったのです。エリアス様はイェイツ艦長の最後とも言える意志を無駄になさるおつもりですか?」


「最後?」


「はい、イェイツ艦長は戦闘により負傷。意識不明の重体です。手術においてはジョンソン軍医が最善を尽くしましたが、それでも命の危険が去ったわけではありません。お分かりになりませんか? イェイツ艦長はエリーゼの命運をエリアス様に託したのです」


「いやいやいやいやいや、ありえないから。第一、何で俺なんかに……」


「一つにはイェイツ艦長が指揮を継続できない状態に陥ってしまったため。もう一つにはエリアス様の方がダン海尉よりも優秀だと判断されたためでしょう」


「何だと、ガキが!」ダン海尉がすかさずがなりたてました。


「黙りなさい! 私はニーソン主席海尉に申し上げているのです。そしてエリアス様、現状の報告です。それではローリー海尉お願いします」


「……現在、エリーゼは敵艦クサラ、サクソの二隻と交戦中。使用可能な砲門は四六門。水兵の負傷者一二名、死者七名。海兵の負傷者一七名、死者九名。前檣大破。僚艦エランは既に降伏。他の僚艦とは距離もあり、救援は絶望的です」


「降伏だ! それ以外にない!」


 ダン海尉が再び声を張り上げます。その声につられて首を縦に振ろうとするエリアス様を見て私は慌てて止めました。


「エリアス様! どうかご自身で判断なさって下さい。ホレイショー様のご子息として、主席海尉であるエリアス・ニーソン様として、これからどうしたいのかを」


「は? おい? ちょっと?」


「さあ、エリアス様、戦闘ですか、それとも降伏ですか?」


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