ひらめき
二隻の艦による集中攻撃は凄まじいものでした。合計九〇門から発せられる鉄の雨は、エリーゼに容赦なく降り注ぎ、その威力を周りに知らしめました。
前檣は折れ、軍艦旗は撃ち落とされ、エリーゼの船殻の至るところに傷をつけました。そのたった一回の斉射でエリーゼは満身創痍と言っていいほどの状態に追い込まれてしまったのです。
私がいた砲甲板にも死傷者が量産されました。だけど、エリーゼにとって一番のダメージは先の攻撃で艦尾楼にいたイェイツ艦長が負傷されたことでした。戦闘要員ではない私がイェイツ艦長負傷の知らされたのは、偏にイェイツ艦長の頑なさが原因でした。
イェイツ艦長はその身に砲弾を受け、大怪我を負ったというのに、医務室への搬送を拒否したのです。それに耐えかねた一人の海尉が、艦長付きとしてエリーゼに乗り込んだ私に助け舟を求めてきたのでした。しかしその時の私にとって、そんな助けなど邪魔以外何ものでもありませんでした。
私の目の前には傷ついたエリアス様がいたのです。エリアス様こそ、ホレイショー様の息子にして、私の主。そのエリアス様は、私がこの戦いに呼び込んでしまったばかりに、そのおん身に重大な怪我を負わせてしまったのです。
「私はエリアス様を、エリアス様を助けなければならないのです! そうしなければならないのです!」私は早く来てくれ、と私の腕を掴む海尉を殴り飛ばしながら、泣き叫びました。
私は後悔に苛まれていました。私が良かれと思ってやっていた献身は、全て無意味だったのではないか。寧ろエリアス様にとって、害悪だったのではないか。数々と私の中で疑問が生まれては嵐のように吹き荒れ、私の全てを否定してきました。
「申し訳ありません、申し訳ありません、エリアス様」
私は足から血を流すエリアス様を横に必死に謝り続けました。今までエリアス様にしてきた全てのことが、少しでも贖えるように何度でも、何度でも。
だけど、そんな私の謝罪は永遠と続くことはありませんでした。突如として私を戒めるような怒声が、私の後ろから聞こえてきたのです。
「うるせえ! ガキがピーチクパーチクと! さっさとどっかへ行け! 邪魔だ!」
目を向けてみれば、憤怒の形相で顔を歪めた一人の砲手が、唾を飛ばしながら叫んできたのです。呆然自失と言っていいような状態の私でしたが、その文句を聞くと、途端にその砲手以上の怒りが私を支配しました。
「エリアス様は怪我をしているのです!」
「それがどうした! それくらいで人が死ぬか!」
「黙りなさい! エリアス様のお気持ちが貴方程度の存在に分かりますか!」
私は怒り心頭のままサーベルを抜きにかかりました。エリアス様が重傷を負っているという緊急事態。一刻も早くエリアス様の回復に努めなければならないという焦燥。そして私の中で吹き荒むエリアス様への負い目。
そんな中にあって、目の前の男に気持ちが煩わせられるのが、どうしても我慢なりませんでした。しかし、砲手はそんな私の素振りに頓着もせずに口を開きます。
「うるせえって言ってんだろう! 俺だって先の攻撃で右足の指がキレイに吹き飛んでんだ!」
そう言って、その男性は自らの足を見せます。確かにその足のつま先は、きれいになくなっていました。そしてそれはどう見てもエリアス様のより酷い怪我でした。私は思わずその男性とエリアス様を見比べて、呆然としました。
「周りを見てみろ!」男性は続けてがなり立てます。「そこのクサレガキより、よっぽど死にそうな目に合っている奴だって、ちゃんと戦ってんだ! テメーの心配なんざ、いらねーんだよ! エリアスも分かったろう! 分からなくても立て! そして戦え! 戦って死ね! それが俺たちの仕事だ!」
砲手は途中からその激情を私へではなく、エリアス様へ向けていきました。私もそれにつられて、目をエリアス様へと向けます。
確かにエリアス様は怪我を負い、そこから血を流していました。しかし今となっては、それは重大なことのように思えなくなっていました。
後ろにいる砲手のように皆はどれだけその身に傷を負おうとも、身体が動く限りに戦っているのです。そういった中で、足に私の小指ほどの小さな木片が突き刺さった程度で騒ぐのは、どうにもエリアス様を馬鹿にしているように思えてきました。
「エリアス様」
「な、何だ」既にエリアス様のお顔から痛みに苦しむ表情は消えていました。
「立って、戦ってください」
「あ、ああ」
私はその返事を聞くと、急いでイェイツ艦長の元へ行くことにしました。単なる名目だけの役職この上ないですが、むざむざイェイツ艦長の死を甘受できるほど私は冷徹ではありません。私はエリアス様がちゃんと砲についたのを最後に目で確認すると、すぐさま艦尾楼に戻っていきました。
イェイツ艦長のお姿はエリアス様と違って、まことに悲惨なものでした。頭から血を流し、左足には砲弾によって吹き飛ばされた艦の建材たる幾つもの木片が、深く突き刺さっていたのです。
しかしそれすらも生ぬるいと思わせるのが、イェイツ艦長の右腕でした。そこにあるはずの腕は既になく、僅かに残された上腕部からとめどなく血を垂れ流しているだけなのです。私は悲鳴を上げるのを何とかこらえ、イェイツ艦長に声をかけました。
「イェイツ艦長、こんな怪我をしているのに何をなさっているのですか? 早く治療しないと、命に関わります。さあ、早く医務室へ」
「セリア……くんか、こんなところで何をしているんだ。ここは危険だ。女性は早く船倉に戻りたまえ」
「何をしているんだ、じゃありません! 私はイェイツ艦長を医務室へ運ぶためにここに来たのです。ここが危険と仰るのでしたら、どうか私の意を酌んでください」
「ならん! 私はエリーゼの艦長だ! 私には義務がある! この艦を最後まで指揮しなければならない! 例えこの命が果てようともだ!」
その発言に、私は不覚にも胸を高鳴らせてしまいました。イェイツ艦長の我が身を厭わずに国家に忠誠を尽くすその姿勢こそ、本当のアウェリア軍人の姿。そこには私が求めてやまなかった憧憬があったのです。
かつて右目と右腕を失ったというホレイショー様も、このような勇姿を戦場にてご披露なさっていたのでしょう。それだけに先程のエリアス様が余計に情けなく思えてくるのでした。
いつだって目的へ辿る道のりを作るのは人の意志です。それにてホレイショー様をはじめとした多くの軍人はアウェリアを勝利に導いてきたのです。
現に瀕死と言えるほどの重傷を負っておきながら、なお戦意を揺るがせないイェイツ艦長の姿を見て、周りの兵たちの士気が上がっていくのが、私の目からも確認できました。
どこか諦観が漂い、俯きがちだった兵たちの顔は毅然と前を向き、きびきびと各々の作業に取り掛かったのです。素人の私から見ても、その時のイェイツ艦長の振る舞いは立派なものでした。
しかし、このまま座視を続けていたら、イェイツ艦長の死は決定的なものとなってしまいます。それを危惧した私は隣にいた海尉に訊ねました。
「このまま艦長がここにいた方がいいのですか?」
「え、いや、えと……」
「あなたは誇り高いアウェリア海軍の軍人なのでしょう? ハッキリと答えなさい」
「は、はい! ちゃんと手当てしてもらった方が助かります!」
私は海尉の返事を聞くと、すぐさま行動に移そうとしましたが、それはイェイツ艦長の言葉によって再び止められてしまいました。
「私はここにいる!!」
よくここまで声を出せたな、と思うほど言葉はハッキリとしていましたし、また甲板に無様に倒れている姿からは想像できない威圧感がありました。
事実、医務室へ連れて行くことを促した先の海尉は二の句も告げずに萎縮してしまいました。とはいえ、イェイツ艦長の怪我も放っておくわけにはいきませんでしたし、何より私にとってイェイツ艦長は邪魔な存在になってきました。
それというのもイェイツ艦長の本当の軍人の鑑たる姿を見て、私の胸の内にある一つの案が湧き出てきたのです。それを実行するためには、どうしてもイェイツ艦長にその場にいてもらっては困ったのです。




