説得
「お分かりになられないのですか? エリアス様は皆様を振るいにかけているのです」私は精一杯嘘を吐きました。
「振るいに? 意味が分からない。何故そんなことをする必要が?」
「決まっています。エリアス様は信頼できる仲間を、お探しになっているのです。エリアス様はホレイショー様の血を受け継ぐお方。将来を約束された大器の持ち主です。しかし戦いにおいて、たった一人の能力だけで、その趨勢を決めることはありません。それはホレイショー様にも言えること。ホレイショー様もキーツ提督や他の優秀な水兵などの確かな協力があったからこそ、あの功績を得たのです。そしてエリアス様はそんな未来におけるパートナーたちを、ここで見つけようとさなっているのです」
「優秀な水兵の選別なら、もっと効率的な方法があるだろう? 正直、エリアスのやり方は狂っているとしか思えない」
「そういった結論は性急に過ぎるものです、ローリー海尉。エリアス様は自らの力を隠し、無能な振る舞いをして、皆に問うているのです。お前たちはひだに侮蔑の色を隠し、見るべきものから目を背けているのではないか、と。戦闘において、敵を侮ることほど、危険なものはありません。何故なら敵は命をかけて、こちらに向かってくるのですから。そこから生まれ出る結果は、例え凡夫が起こすものであれど、無視してよいはずがありません。戦いに身を置くものは、そういったことを事実として知っていますが、残念なことに人に完璧なものはなく、それすら忘れてしまいます。いえ、この場合は、目を背けると言った方が正しいでしょう。人は何かしらの劣等感を抱えています。そして自らの劣る部分を慰めるため、わざわざ弱者を自分の周りに見出し、自分は劣っていないのだと思い込み、精神の安寧を図るのです。悲しいことですが、それが現実なのです。しかし、それを全て肯定して、そういった人間ばかりを集めた艦隊を作ったら、一体どうなるでしょう。その艦隊はきっと敵を侮り、視野を狭窄させ、予想外の攻撃により、手痛い被害を受けるに違いありません。そういったことを防ぐためにも、エリアス様は侮蔑というフィルターを自分の目にかけない水兵をお探しになっておられるのです」
「それはもっともだが、経験を積めば、全てとは言わないが、多くのものが立派な水兵となり、ミス・ロングフェローの言うエリアスのパートナーとなるに相応しい人間となる。道化の真似をする必要などない」
「確かにそうかもしれません。ですが、そこに絆や信頼とも呼べるべきものがあるのでしょうか? エリアス様は早くから、そういった逸材を探し出し、苦楽を共にしようと考えていらっしゃるのです。エリーゼという艦ではなく、エリーゼという同じ精神空間に同居することによって、霊的な繋がりを強固にして、向かい風となる運命に挑むのです。そうでなくては、艦隊における信頼など、単なる仕事の分泌物でしかありません。エリアス様はそういった極めて観念的で曖昧なものより、具体的で超俗的なコミュニケーションを望んだのです。そしてその果てに、幻想を超越した現実となる理想を手に入れようとしたのです」
何を言っているか、私にはさっぱり分かりませんでした。目の前にいるローリー海尉も途中から眉をひそめ、怪訝な表情を浮かべていました。それに気づいた私はてんやわんやでした。
これはエリアス様の人格に関わる問題であり、そしてそれは引いてはホレイショー様の名誉に繋がるものなのです。これをそのまま放っておいたら、ホレイショー様への侮辱ともなります。私はエリアス様の行動の真意を、より高尚で明確なものにしようと努めながら、そのまま独白を十数分ほど続けました。
私の気持ちはローリー海尉へと届いたのかは分かりません。しばらくすると、「なるほど、分かった。もういい」と、ローリー海尉は、私の言葉を遮ってきたのですから。
私は額に汗を滲ませ、場の沈黙に耐えました。自分の言ったことのほとんどが嘘だったと自覚していた故に、そのことが見破られ、ローリー海尉のエリアス様の評価が下がるのではないかと危惧していたのです。
「それでエリアスは、これからどうするつもりなんだ?」私の心配をよそにローリー海尉はエリアス様に顔を向けて訊ねます。
「勿論、ホレイショー様のように、と考えておられます」私はローリー海尉に向かって答えました。
「それがミス・ロングフェローの考えか?」
「ええ、それがエリアス様のお考えです」
「……よく分かった」
ローリー海尉との会話は終わりました。エリアス様は時折、抗議の声を上げようとしていました。おそらく私がローリー海尉に語る内容に不満があったのでしょう。しかし、それはエリアス様のために必要なことだと思い、私は目で睨み、声を被せ、口を塞ぎ、それらを全て封殺しました。
翌日、ローリー海尉との食事が、どこからかダン海尉の耳に伝わりました。その時の会話の詳細までは知らなかったようですが、エリアス様とローリー次席海尉の接近を快く思わなかった彼は、エリアス様が出来損ないであることを再び皆に証明しようとエリアス様に恥知らずな思惑を向けるのでした。
まずエリアス様になされた仕打ちが支給品配布の停止でした。支給品であるお酒にタバコは、乾パンと干し肉だけという海上の食事に刺激を与えてくれる大切なものです。
ピリッと舌の上を踊ってくれる噛みタバコと、どろりと腐り始めた水とは違う爽やかな喉越しを与えてくれるお酒は、単調な艦上生活における清涼剤。それらの停止は水兵にとって、十分な死活問題でした。
更にダン海尉はエリアス様が持っていたシャツや制服を取り上げ、他の水兵にやるのです。水の節約が求められる艦では、当然洗濯もままなりませんから、清潔な服装は重宝されます。そしてそれを奪われては、エリアス様の格好は汚くなっていく一方でした。
無論、寄港している間であるのなら、それほど問題になることではないはずなのですが、生憎とエリアス様は文無し。それでは陸にいる間の生活も変えることはできません。エリアス様へのダメージは、日毎に深刻なものになっていきました。
また前述したことに限らず、ダン海尉の陋劣な行為に枚挙に暇がありませんでした。そういったことを聞きつけ、目にした私は怒り心頭でした。ホレイショー様のご子息であらせられるエリアス様に、そのような下らない仕打ちをすることなど、到底許せるはずもありません。
早速私はダン海尉の呼び出し、いつしかのウィリアム士官候補生の時のように話し合いの場を設けようとしました。ですが、生憎とその時はキーツ艦隊の出航が重なり、慌ただしくなった艦から主席海尉を現場から外すのは無理なことでした。
無事に出航が完了した後、すかさず私はダン海尉の前に立ち、用がある旨を告げました。しかし、ダン海尉は私に全く取り合ってくれませんでした。仕事の邪魔、子どもと話すことはないなどと言っては何度となく私を突き放すのです。その間にもエリアス様に対する陰惨な仕打ちは続いています。
状況が変わらないことに苛立ちを覚えた私は、ついにサーベルを抜くことを決心しました。ダン海尉は卑劣なる輩とはいえ、エリアス様と同じ艦に乗る仲間。なるべくなら穏便に済ませようと考えていましたが、彼の理不尽な命令に服従させたままというのはエリアス様のためになりません。
そして何よりホレイショー様の血に唾を吐きかけるかのような行為に、私も我慢の限界を迎えました。私は艦首楼で仲間と馬鹿笑いを上げているダン海尉を睨みつけながら、サーベルの柄に手にかけ、一気に駆け寄りました。
そしてダン海尉に見事赤い花を咲かせて、自分の愚考を悔いさせる。そういった心算でしたが、私のサーベルは鞘から抜け出すことにはなりませんでした。サーベルの間合いまで後一歩というところで、見張りの兵が報告を上げてきたのです。
「敵、発見!」
このエリーゼが所属するキーツ艦隊の相手が、海の向こうに見えたのです。いよいよ戦いの火蓋が切って落とされようとしていました。




