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昼食

 口に砂を含んだエリアス様を連れて到着したのは、アンマルの目抜き通りを一本外れたところにある一軒のパブでした。周辺には見慣れぬ言葉によって、看板が出ている店もあります。


 元々フォーニシアはスターライヒの領土でした。しかし、スターライヒはユーゴー一世との戦争に負け、フォーニシアをガウルに割譲。そしてそのユーゴー一世と戦いに勝ったアウェリアが、ガウルからフォーニシアを手に入れたのです。


 フォーニシアはノストラム海の要衝であるため、そこでの貿易の利権を狙う大国の餌食となり続けてきたのでした。そしてアウェリアの植民地である現フォーニシアは、その歴史の変遷を示すようにフォーニシア、スターライヒ、ガウル、アウェリアといった各国のお店が軒並み立っているのです。


 私たちが訪れたのは、その中でアウェリア人がオーナーを勤めている「子猫のネネ」というお店でした。フォーニシアでアウェリアの料理を味わえる数少ないところで、またオーナーが元アウェリア海軍の軍人ということもあってか、フォーニシアのアンマルに訪れるアウェリア海軍は、皆ここを贔屓にするのでした。


 ローリー海尉は席に着くと、手馴れた様子で注文をしていきました。そして程なくしてテーブルに置かれた黒ビールを一杯呷ると、滔々とこのパブができた経緯をフォーニシアの歴史を織り交ぜて語りだし始めました。


 エリアス様はそれに対して話の接ぎ穂をわざと折るかのような愛想のない返事ばかりです。食事が運ばれてきてからは、それはより一層顕著になりました。エリアス様のその態度に私は少なからず眉をひそめましたが、ローリー海尉は嫌な顔一つもせずに話を振りまいていくのでした。


 やがてテーブルに並べられた皿が空になると、ローリー海尉は話を区切るかのように咳払いをし、新たに口を開きました。


「今更こんなことを聞くのも何だが、エリアスがホレイショー提督の息子だというのは本当なのか?」


「サー、一応そうです」エリアス様は溜息と共にぶっきらぼうに呟きます。


「一応、ね。中々に面白い言葉を使う。それではやはり将来は提督のような立派な軍人になるつもりか?」


「サー、分かりません」


「分からない? 軍人になったのは何故だ? 父親の影響だろう? それなら提督のようになりたいと思うのは自然なことだろう?」


「サー、私は自分の意志で海軍に入ったわけではありませんので」


「強制徴募隊か……」


 そこでエリアス様とローリー海尉の会話は終わってしまいました。立て続け発せられるエリアス様の陰気な言葉に、ローリー海尉の気力が失われるのは至極当たり前のことでした。そして同時にエリアス様に対する興味がローリー海尉から失われていくのが、私の目から否応にも確認できました。


 これは憂慮すべき事態です。エリアス様はここでローリー海尉と無二の親友となって、エリーゼでの地位をより確かにしなければならないのです。


そうでなければ、到底出世など望めなくなるでしょう。私はすかさずエリアス様に代わり、言葉を並べ立てました。


「今回は確かに強制徴募隊によるものですが、その前は北洋探検航海の護衛艦に三年間水兵として従事しておりました。そしてその三年間でエリアス様は海尉になられたのです」


「たった三年でか?」ローリー海尉はその青い瞳に再び興味の色を映しました。


「はい、そうです」


「探検航海での護衛任務など、そう手柄を得る機会もない。父親の伝手があったにしても、余程エリアスは優秀だったのだろう」


「ええ、私もそう思います。ホレイショー様の血は決して否定されるものではないのです」


「なるほど、ご大層なものだ。しかし、それを考慮に入れても三年という数字は実に感嘆すべきものだ。エリアスはそれ以前に何かの教育を受けたことがあるのか?」


「はい、勿論です。エリアス様は幼少の頃より、ハーディー卿が選出なさった各分野の一流の者たちを家庭教師につけ、勉学に励んできたのです。数学、航海術、海戦術、軍略は勿論のこと、歴史、古代語、外国語、修辞学、音楽、射撃、剣術、体術なども当然の如く身につけております。エリアス様の教育に不足はないと言えるでしょう」


「それは何とも頼りになる経歴だ。しかし今のエリアスを見るに、それをちゃんと身に付けているのかは疑問だ」


「では質問させてもらいますが、何故ローリー海尉は何も期待を寄せていない一人の一般水兵に声をかけ、食事に誘ったのですか? もしかしたら、そこに答えがあるのではないでしょうか?」


「ミス・ロングフェローに興味を持って声をかけたかもしれない」


「ご冗談を」


「だが、そういうこともありえる」


「ローリー海尉は女性を口説く時に、このようなうるさい場所に連れて行き、他の男性のお話をされるのですか? だとしたら、そう多くの女性の気を惹くのは難しいことでしょうね」


「中々言う」


「それでローリー海尉は一体何をお聞きしたいのですか?」


「率直に言えば、エリアスが何者で何をしたいかということだ。ミス・ロングフェローの言う通りエリアスには軍人としての将来性があるのかもしれない。嵐の日の勇気ある敢然とした行動は、その一つの証左なのかもしれない。しかし先にも言ったが、エリーゼでのエリアスには多くの疑問を感じてしまう。エリアスが優秀だというのならば、尚更だ」


「なるほど、確かにエリアス様の行動には首を傾げてしまうかもしれません。仕事をこなしはすれど、それは水兵として、できて当たり前のこと。嵐の日以外は、それ以上の結果を残していません。そこから何かの才能を見出すのは難しいことでしょう。しかし、そこにこそエリアス様がひたすらお隠しになる深遠なる意味があるのです」


「意味? 仮にミス・ロングフェローの言い分が全て正しかったとしよう。では、そこに一体どんな意味が生じてくる? 出世や退官を望むにしては、賢いやり方とは言えない」


 私はその質問を耳にして、戦慄しました。その答えなど、私には全く分からなかったのですから。そもそも意味云々という話も、エリアス様の日頃の情けない行動を、何とか崇高な目的の下に行われるものとローリー海尉に認識させるためにでっちあげたもの。船酔いして、意識を濁らせているエリアス様の行動に、何の意味もないのは明白なことでした。


 とはいえ、ここでローリー海尉に事実を告げることなどできません。そんなことをすれば、エリアス様の未来に必要なローリー海尉との間に絆が、なくなってしまうのですから。私はそれを防ぐために、額に汗を流しながら一生懸命に言葉を探しました。


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