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寄港

 十一月にあっても穏やかな青い色を放つ海。キーツ艦隊はアリュートスへの途中にあるフォーニシアのアンマルに寄港しました。


 そこは白亜の壁に青い屋根、青い扉、青い窓の家がズラリと立ち並ぶ風光明媚な場所。カラッと晴れた日に、海を背にしてそこを歩くと、心が身体を押し開けて、広がっていくような何とも不思議な感覚を得てしまう楽しいところです。


 しかし、キーツ艦隊は別に観光をしに来たわけではありません。目的はそこに停泊していたノストラム海艦隊と合流し、補給をすることです。


 先の嵐により、キーツ艦隊は深い傷を負ってしまいました。一等級戦列艦一隻座礁、二隻中破、二等級戦列艦五隻中破、フリゲート艦に至っては全てが大破。一五隻あった艦隊も今や九隻までに減り、その悲惨さを表していました。


 またどの艦にも少なからずの死傷者が生まれ、水兵に欠員が出てしまったのです。この惨状を放置したままでは、とてもではありませんが、戦場になど赴けません。


 故にこの滞在期間中は来たるガウルとアリュートスの戦いに備えて艦を修理し、ノストラム海艦隊より新たに組み込んだ艦を再編しなければなりません。


 勿論、一般水兵であるエリアス様には、そのどちらにも携われません。再編の権限など持ち合わせていませんし、艦を修理するだけの技術もありません。


 ですから、艦の掃除と建材の運び入れが終わりますと、エリアス様は水兵の欠員の補充を行うために強制徴募隊に組み込まれ、街に放り出されることになりました。


 とはいえ、エリアス様ご自身は強制徴募隊により辛酸を舐めているためか、さほど積極的な行動は取られていませんでした。そこには自分と同じ境遇に陥らせたくないという思いやりがあってのことかもしれません。


 しかし不十分な水兵の数では、艦は十全な働きを得ません。そしてそれは戦闘での敗北、そして死へと繋がりかねないことなのです。故にエリアス様のそれは優しさなどではなく、単なる怠慢なのでした。


「エリアス様の今のお仕事は、水兵を集めることです。確かに民間人を無理やり徴兵することは、愉快な心持ちになることではありませんが、ここで手を抜いてはエリアス様のみならず、他の皆様の命を危険に晒すことにもなるのです。それをどうかお忘れなきように」


 私は街をブラブラと徘徊するエリアス様をたしなめるべく、言葉重く語りかけました。


「はっ、そんなことぐらい分かっているさ。だから、何もしないんだろうが」エリアス様は溜息混じりに返答をしてくださいました。


「仰っている意味が分かりかねるのですが」


「セリア、時計の針はどうして進むと思う? それは時間が進んでいるからじゃない。幾つもの歯車が組み合い、動いているからさ。それではその時計の歯車が一つでも欠けたら、どうなる? 決まっている。時計の針は動かない。どれだけ時間が経とうともな」


「……つまり艦隊の出航を遅らせるために、水兵をわざと集めないということなのですか?」


「めずらしく理解を見せてくれるな。そのとおりだ」


 エリアス様は満足気に頷きます。しかし、私にはエリアス様のお言葉にどうしても疑問を覚えてしまうのでした。


 このまま艦隊派遣がなかったら、エウーロ大州でのアウェリアの立場はますます悪くなりますし、それにより最悪、制裁を含むエウーロ大州諸国による経済封鎖が行われかねません。


 またガウルの伸張を許せば、アウェリアの地がガウルによって踏み荒らされてしまう可能性が生じてしまうのです。それだけにエリアス様のお言葉を、大人しく受け入れることは私にはできませんでした。


「……それで最終的には一体どういったことになるのですか?」私はエリアス様に訊ねます。


「そうだな、最終的には俺は元どおりの生活に戻れるんじゃないか?」


「アウェリアが負けた未来でそんなことが可能とでも? そもそもアウェリアの国家を存続させないでは、ホレイショー様は一体何のために戦って、命を落としたか分からないではありませんか」


「はっ、お前は馬鹿か? 何故いきなりアウェリアが負けることになるんだ。論が、お前の行動のように飛躍しすぎだ。俺は単に別の時計を用意して、動かせばいいんじゃないかと言っているだけだ」


「では、僭越ながら訊ねさせていただきますが、こちらが時計を用意している間は、ガウルの時計も止まっていてくれるのでしょうか?」


「それは……」


「悪いが、エリアス。そんな簡単に目論見は達成しそうにないな」


 エリアス様が言いよどんでいるところに、突然と声をかけてくる人がいました。私とエリアス様は後ろに振り返って、声の持ち主を目にとめました。


 そこにいたのは長く伸びたくすんだ灰色の総髪を後ろに流し、それを黒い髪留めで一纏めにした背の高い男の方でした。顔に浮かぶ空色の瞳は蛇のように冷たく私たちを見据えながらも、口元を綻ばします。


「艦隊は時計のように精密にできてはいない。歯車が幾つも欠けたって動く。動かさなければいけない。悲しいかな、俺たちには時間が迫っている。いつまでもここで立ち竦んでいたら、ガウルが更に力をつけてしまう。歯車が欠けて時計が動かないのは、結局の所、動く必要がないからだ。だけど、人間は違う。動く必要がどうしてもあるのさ」


「サー、ローリー海尉、失礼しました」エリアス様は声を持ち主の名前を口にすると同時に敬礼の姿勢を取りました。


「いや、楽にしてくれて構わない。仮にも元主席海尉殿だ。かつての上官にそういった態度を取られても困る。それに今は同じ部隊の仲間だ」


 彼の言葉どおり、ローリー海尉はエリアス様が強制徴募隊となって街に降りるのを聞くと、すぐさま徴募隊の指揮を部下の仕官からぶんどり、エリアス様と同じ隊に所属することにしたのです。


 彼は後年、アウェリアの提督として活躍した人物の一人です。幾つもの傷を負っても、決して引かずに勇敢に戦場を駆け抜けたことで「猛禽」の二つ名を獲得し、勇名を馳せた軍人。


 その苛烈なまでの攻勢でもって、今も尚、敵艦撃沈数はアウェリアにおいて他の追随を許すところはありません。華々しい功績は海尉だった頃には持ちえませんでしたが、イタチのように抜け目ない雰囲気と細い身体が当時から印象的で、他の水兵と一線を画していました。


「エリアス、この後用がないなら、メシに付き合え。勿論、ミス・ロングフェローも一緒だ」ローリー海尉は口元を和らげながら、気さくに声をかけてきてくれました。


「サー、しかしまだ徴兵が予定の数に達していないと思われますが」


「さっき聞いた話じゃ、東方貿易船団が、このアンマルに寄港するそうだ。今はそこの水夫を捕まえるべく、他の奴らが文字どおり網を抱えて、港に待機している。俺が命令した。だから、気兼ねなどする必要などない」


「サー、あの、余計に遠慮してしまうのですが」


「そうだな、確かに貿易船団から大量の水夫がいなくなれば、向こうも困るだろう」


「サー、別にそういうつもりで言ったわけでは……」


「とにかく行くぞ」


 水兵たちの反乱により一般水兵に落とされたエリアス様に、まともな言葉が投げられたのは実に久しぶりのことでした。エリーゼにおいて孤立しがちだったエリアス様にとって、これは僥倖とも呼べることです。


 しかも、相手が次席海尉のトマス・ローリー様ということであれば尚更です。エリアス様と主席海尉との確執が懸念される中で、次席海尉を味方につければ、これからの展望はより明るくなるもの。私はエリアス様のために、間髪入れずに答えました。


「はい、喜んで。エリアス様もローリー海尉との話を望んでおられました」


「おい、誰がそんなことをっ……!」


 エリアス様は私の言葉を聞くと、すぐに否定の意を唱えようとしました。そしてエリアス様が言おうとしていたことは紛れもない事実でした。


 誰もそのようなことを口になどしていません。そんな建設的な考えを持つほど、エリアス様は前を向いていませんでした。


 ですが、それをありのままに述べたとしても、何ら得ることはありません。折角訪れたこのような機会を無駄にするわけにはいかないのです。


 これもメイドとしての立派な務め。私はエリアス様のメイドとして、主の言葉が最後まで発せられぬ間に声を被せました。


「常々エリアス様は仰っていました。ローリー海尉は才気にあふれる方だ、と。是非、彼とはこれからのアウェリアについて語り合いたい、と」


「おい、だから俺はそんなことは一言も……!」


「そしてエリアス様はローリー海尉と、食事をできることを他の何よりも喜んでおられることでしょう。私はその事実を確信を持って、ローリー海尉に告げることができます」


 私の口を何とか封じようとするエリアス様を押しのけ、私は最後まで喋ることができました。ローリー海尉はそんな私とエリアス様の無様なやり取りを呆然と見つめます。


 恥ずかしながら、そこには外面を取り繕う礼儀など、一切なかったと今更ながらに思います。事実、最後の方に至っては、私はエリアス様の口を封じるべく、その口を地面に押し当てていました。しかし、そこはローリー海尉。後の英傑に相応しい冷静さと判断力を、既に兼ね備えていました。


「そうか、それは重畳だ」一つ咳払いをして、ローリー海尉は私とエリアス様のやり取りをなかったことにしてくれたのです。「この先に旨いメシを出すところがあるんだ。懐かしき我がアウェリアの料理だ。腹も大分減った。急ごう」


 そう口にすると、ローリー海尉は止まっていた足を再び前へと進めていきました。


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