真意
主席海尉の任を降ろされたエリアス様は一般水兵として職務に従事することになりました。エリアス様はそうなったことを泰然とお受けとめになっていらっしゃいましたが、私は自分の血が怒りで逆流するようでした。
たかが船酔いする程度で、皆はあれほどの騒ぎを起こし、偉大なるホレイショー様の血を否定したのです。「常勝」の血を受け継ぐエリアス様があのような凡愚どもに蔑ろにされては、私はどういった顔を亡きホレイショー様に向ければいいのでしょうか。
勿論、そこにはエリアス様の責はあったでしょう。エリアス様の言によれば、彼らに必要以上の厳罰を課したのは、当のエリアス様とのことです。ダン海尉らが、反意を抱くのは致し方ないことなのかもしれません。ですが、エリアス様は告白したことが、果たして本当のことだったのでしょうか。
その当時のエリアス様といえば、無関心で受動的な人間でした。エリーゼでの行動もただ命令どおり、服務規定どおりばかりで、決してそこから逸脱し、周りの人間に声をかけることなどはありません。
北洋探検航海にしても、今回のキーツ艦隊によるアリュートス派遣にしても、強制徴募といった本人の意志を一切考慮しない徴兵だったので、能動的に行動を起こす気力など湧いてこなかったのでしょう。
実際、エリアス様は「何もやる気がしなかった」と後に述懐しております。そしてそんな風に周囲に何も働きかけない人間が、わざわざ厳罰を求めるように提言するのは、甚だ疑問でした。
確かにエリアス様は陰口を叩かれていました。そしてその報復のために、相手に肉体的苦痛を与えることも考えられるかもしれません。
しかし、そもそもエリアスを悪し様に言う人間と、罰を受ける人間が一致するわけでもありませんでした。どちらかと言えば、罰とは無縁に過ごす真面目な方こそ、エリアス様を嫌っていたように思えます。
曲がりなりにもハーディー卿が選出なさった家庭教師の下で、十余年と海軍の軍人としての下地と教養を育てられてきたのです。当時のエリアス様でも、そんなにことにも気づかないほどに愚かではありませんでした。
私は反乱が起きた後、すぐさま事の真偽を訊ねるべく、イェイツ艦長のもとに駆けつけました。幸いにして私は艦長付きのお針子です。彼と会うのに不便はありませんでした。
「セリア嬢はニーソン海尉の……いや、エリアス・ニーソン君の女家庭教師だったかな? 確かコリングウッド卿の命令でニーソン君の側にいるとか」イェイツ艦長の部屋の扉を叩き壊すように開けると、彼は驚きながらも、私に向かってぎこちなく微笑んでくれました。
「いえ、私はエリアス様のメイドです」そんな問答など時間の無駄とばかりに私は即答します。
「メイド? それにしては、何と言うか、奔放な性格だな」
「イェイツ艦長、私はそんなことを話しに来たのではありません」
「分かっているよ。ニーソン君のことだろう? だが、そのことについて私は話す気はない」
「どうしてですか?」
「ニーソン君が望んでいないだろうからさ。こういった結末は彼によって成ったことだ。それを覆すような真似は、今の私にはできないよ」
「艦長、私は他言しません」
「それでも、だ」
イェイツ艦長の言葉は頑ななものでした。しかし、その厳めしい雰囲気とは裏腹に、イェイツ艦長の顔の色は決して優れたものではありませんでした。イェイツ艦長は、反乱の結末に悩んでいられたのです。そのことはイェイツ艦長の著書である「第二次エウーロ大戦回顧録」によく記されています。
◇ ◇ ◇
私は愚かな艦長だったと思う。戦列艦の艦長という立場に値する能力は、結局誰にも証明できなかった。だけど、それでも艦長として何を成すべきか、最低限知っていた。それが例えどんなに卑劣な行為だとしてもだ。そうでなければ、戦争という嵐の中で立ち往生してしまい、やがてはその身を海の藻屑と変えてしまう。だから、私のすべきことなど決まっていた。それが後悔にまみれた人生となってしまう選択だったとしても、やはりそれは必要なことだったのだ。
◇ ◇ ◇
結局、イェイツ艦長はそれ以上のことは語りませんでした。この状態での話し合いに意味はない。そう判断した私は早速愛用のサーベルを取りに部屋に戻ろうとしました。しかし、イェイツ艦長はそんな私の背に向かって再び声をかけてくれました。
「セリア嬢、できれば私が感謝しているということを、彼に伝えて欲しい。そして私は勇敢な人間の想いに報いることを誓う、これからはより寛大な心でもって、この艦の皆に接していきたいと思う、と。セリア嬢、どうか頼む」
「イェイツ艦長、それは……?」
私の疑問に対してイェイツ艦長は口を閉じたままです。ですが、それによって、私が思っていたことが真実であると、分かりました。もしエリアス様が言っていたことが事実であるならば、イェイツ艦長が感謝する必要など、どこにもないのですから。




