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出航

 アウェリアは、ご存知の通り周りを海に囲まれた島国です。他国とは陸続きではない故に国の防衛に当たっては海軍が重視されます。そしてそれを示すかのようにアウェリアの戦史の多くは、海戦によって彩られてきました。


 事実、アウェリアにおいて英雄と呼ばれる人物を輩出してきたのは海軍です。エリアス様のお父上であるホレイショー様も海軍に籍を置き、「常勝」の二つ名と共に勇名をはせました。しかもホレイショー様は副牧師の三男という平民の出で、そこから見事出世し、貴族の爵位を得たほどなのです。


 そうして平民でも実力さえあれば、貴族と肩を並べられるということをアウェリア国民に伝えた海軍は一般の国民から人気が得て、また栄達を望む若者が集う場所となっていました。そしてそこに再び身を置けることになったエリアス様も、さぞお喜びになったことでしょう。


 エリアス様が連れ去られたウォルポール港では旗艦ロータスを中心とする一五隻の戦列艦による艦隊が停泊していました。その全ては木造の帆船です。今では鉄で覆われた蒸気船というものが、アウェリアの海を席巻していますが、当時には蒸気機関がありませんでした。よって、船を動かすのは、自然の気まぐれともいえる風です。


 ですが、それらが今の蒸気船と比べて信頼が置けなかったというわけではありません。三本のマストに帆を張らせて勇壮と海を走る船はまさしく頼もしい限りでした。


 艦隊指揮官にショーン・キーツ提督が選ばれました。キーツ提督といえば、ホレイショー提督の懐刀とも呼ばれた老練な軍人でした。頭は既に白髪で覆われており、額も大きく広がっていましたが、瞳の奥には敢然とした意志の輝きが見える老人でした。


 その巧みな艦隊運用により常に相手より有利な位置に立ち、心の蔵を一突きするかの如く一気呵成の絶妙な攻撃で「慧眼」の二つ名を冠されたほどの人物です。また海軍の提督としては、身体に怪我を負ったこともないことでも有名な方でした。


 海軍の提督や艦長などは部下の信頼を得るために、砲弾飛び交う艦の艦尾甲板クォーターデッキに平然と立つことが暗黙の内に要求されていました。誰もが命に怯える戦場で、彼らは先導して敵に立ち向かうアウェリア国民の勇気を見せる必要があったのです。そうでなければ、皆が自分の姿を省みることなく無様に戦場から逃げ出していたことでしょう。


 そしてキーツ提督はそういった危険な中を五体満足で駆け抜けてきたのです。ホレイショー提督とエウーロの激戦を潜り抜けたその才能と経験は、アウェリアにとって財産とも呼ばれるものでした。そしてその人物が引き出されるほど、この戦いは重要なものだったのです。


 キーツ提督が率いるこの艦隊の戦列艦は黒色に塗られており、三本の檣の環帯フープと砲門のところに黄色いラインが走っていました。これはホレイショー様が、暗闇や砲撃による煙の中から仲間の艦を見分けるために施された色です。ホレイショー様の下にいたキーツ提督は「常勝」にあやかって、こういった塗装をしていました。


 エリアス様と私が乗艦することになったのは、砲門九〇を搭載した二等級戦列艦エリーゼでした。そしてエリアス様の役職は主席海尉となりました。エリアス様の航海経験、そしてホレイショー様のご子息としての才覚を期待されての采配でした。そのことに対してエリアス様はことさら反対の言葉をあげました。自分にはそれだけの能力はない、先任仕官に失礼だ、と。


 当時の海尉の序列は先着順でしたから、エリアス様がそう思ったのも無理はありません。新参者がいきなり古参を押しのけて、海尉の筆頭となってしまっては、いらぬ軋轢を生むことが予想されます。しかし、エリーゼのイェイツ艦長の「それだけの能力がなかったら、また皆の役職を元に戻す」との言葉によって、エリアス様の反論は封殺されてしまうのでした。


 勿論、エリアス様は納得などしていませんでした。そもそもエリアス様は自らの意志で乗艦したわけではないので、そんな重責を快く受け入れる心の余地などはありませんでした。結果、エリアス様は幾度となく逃亡を試みます。


 慌ただしい搬入作業の人ごみの中、夜に皆が寝静まった中、隙あらばいつでも逃げ出そうとしていました。しかし、私とてそんな事態を予想できないほど子どもではありませんでした。


 私は昼の間は始終エリアス様の側でかしずき、夜の間も一挙一動見過ごさぬよう目を凝らしてエリアス様の側に立ちました。ホレイショー様のお顔に決して泥を塗るわけにはいかなかったのです。それが功を奏したのか、エリアス様を乗せたエリーゼは無事に出航と相成りました。



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