中編
今日は土曜日。
学校も休みだ。
僕は最近の鬱血とした思いを振り払うべく、執筆活動には欠かせない人間ウォッチングへと出掛けることにした。
ふふ。今日はどんなドラマに出会えるかな。
僕がよく行く場所は、最寄り駅、小久保駅前にあるショッピングモール。
ここでは家族連れやカップル、老夫婦や子供、学生など様々な年齢層の人達が跋扈する。
そういった人達を観察しながら英気を養い、再び執筆活動へと結びつけるのだ。
僕は特に人が好き、なんて気持ち悪いことは絶対に思わないが、人が何を見て、何を感じるのか、なんていうことを模索することは嫌いではない。
そしてある特定の人物にフォーカスを当てたりして、そこから想像を膨らませ、人間ドラマや恋物語などを考えたりするのだ。
僕の癒しの時間と言っても過言ではない。
一頻り午前中は人間観察をし、気になることをノートに書き留めながら、そろそろお腹が空いたなと思い始めた。
「昼食を食べて帰るか。」
買い物客が賑わう場所から移動して、レストラン街のある棟へとやって来た。
僕の目に留まったのは、焼き肉だ。
「牛藤か。」
お昼から焼き肉とはちょっと重い気もしたが、それも若いうちならではだろう。それに昼なら焼き肉でもランチがあり、財布にも優しい。
店の中に入るとけっこう待ちの客が並んでいた。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
中々綺麗でおしとやかそうな店員が私に気づいて声を掛けてきた。
「そうです。待ちますか?」
「そうですねえ。今でしたら30分はかかりそうですねえ。」
案の定すぐには案内してもらえそうもない。
「・・・そうですか。では遠慮します。」
それなら家で食べて小説を書こうかと思っていたところに、意外な人物と遭遇してしまった。
「城之内くん!?」
目を向けるとそこにいたのは私服姿の宝条だった。偶然にしても出来すぎだ。
現実は時に小説より奇なりとはよく言ったものだ。
「・・・。」
「ふふっ。相変わらずなのね。外でも無視するなんて。」
「あ、いや。そういうわけでは。」
何だか唐突過ぎて言葉がうまく出てこない。僕としたことが。
「私次入れるんだけど、ここ4人席しかないから入りづらくって。良かったら一緒に食べない?」
「おかしなことを言うね。わざわざ4人席しかない所を選んで並んだのにいざ案内となると入りづらいなんて。」
「あー。うん。私の知り合いに用があって、ここで働いてるって言うから来たの。まあ・・・嫌だよね。」
「お客さん、知り合い同士なんですね?なんてロマンチック!ねえ。あなたも食べていってはどうかしら?」
話を横で聞いていたさっきの店員が急に嬉しそうに割り込んできた。馴れ馴れしい。
「・・・わかったよ。これも何かの縁だと思って、付き合ってあげようじゃないか。」
僕はため息を一つついて、承諾の意を表す。
「え!ほんと!?」
自分で言っておいてなんだが、少し意外だった。
僕が今から女の子と二人で食事だって?
それもこんな平凡な子と一緒とは。
まあいい。
一つぐらい言うことを聞いてやってもバチは当たらない気がしてしまったのだから。
「まあ素敵!ではご案内しますね!ご新規2名様入りまーす!」
そして僕達はそのままテーブルまで案内された。
席に着くと、宝条は辺りをキョロキョロと見回した。
「そう言えばさっき知り合いがいるとか言っていたな。」
「うん。陸上部の先輩でね。って言っても今は元先輩だけど。」
「・・・辞めてしまったのか?」
「うん。それでここでバイト始めたみたいなの。」
「美咲!久しぶり!元気だった!?・・・て城之内くんじゃない。」
「・・・椎名先輩。」
噂をすればなんとやら、話題の人物が現れた。
誰かと思えば椎名先輩だ。
彼女は君島先輩と高野先輩の友人で、度々顔を合わせていて面識があった。
ここでバイトしてることまでは知らなかったが。
「え?二人、知り合いなんですか?」
「あ、うん。一応ね。顔見知り程度だけど。」
「そうだったんですね。あ、あの、先輩。例の物、後で渡して下さいね?」
何だか急に意味深なことをいい始める。
例の物?
あまり僕の前では言いづらいものなのか。
流石に女の子のプライベートなことにまで踏み込むつもりはない。
「え?あ、ああ。うん。大丈夫!」
椎名先輩も何かに気づいたように了承する。
一体なんだ。
面倒くさいな。
「ところで二人は付き合ってたんだね?」
唐突に言ったものだから宝条が慌てている。
「え!?あ、いや、そういうんじゃないです!今日も偶然店の入り口で出会っただけで!私なんか城之内くんに嫌われてるから!普通だし!」
まだ嫌われているのを気にしているのかとも思ったが、変にフォローなどいれようものなら椎名先輩に何を言われるか。
「・・・そういうことです。先輩。僕をからかっても無駄ですよ。」
椎名先輩はこういうことに聡い人だ、少しでもボロを出すとつけこまれかねない。
・・・?
ボロ?
何を言っているんだ。
元々何もないんだ。
平然としているだけでいいことだ。
やれやれ。
僕はどうにかしてしまったらしい。
「ん?城之内くん。何考えてるのかな?」
「・・・!いえ。別に。何も。」
椎名先輩は嬉しそうにこちらを見ている。
ちっ。
何で最近回りの女どもはこうもややこしいのか。
「まあいいや。じゃあお二人さん。ごゆっくり~。」
ようやく先輩は厨房の方へと引っ込んでいった。
「あ。じゃあ食べようか?ここランチバイキングだから、お互いに食べたいもの持ってこよう?」
宝条はコートを脱いで荷物入れに入れつつ席を立った。
・・・平凡とはいっても女の子なんだな。
宝条は今日茶色のロングブーツに赤と深緑のチェックのスカート。上はそれにカシミヤの白いセーターで合わせている。
髪は普段学校では一つに束ねて後ろで結んでいるが、今日は髪を下ろして、ウェーブのパーマがより女性らしく見せていた。
それに、よく見ると、睫毛も長いんだな。平凡だと思っていたスタイルも、セーターから押し上げられる胸の膨らみや、陸上部で鍛えている下半身を見ると、平凡以上のようにも思えた。
・・・ふん。くだらない。
こんなことを考えるのはやめだ。
僕は食事をしに来たんだ。
そこでようやく僕も席を立ったのだった。
「ふー。久しぶりにこんなに肉を食べたな。」
「私も。・・・もう無理。」
一時間程して、二人してお腹を擦りながらぐったりとしていた。
「さすがにこの量は平凡とは言えないな。」
「え!?そう?これくらいじゃあ平凡だと思うけど。」
「・・・そうなのか?」
「そうだよ?私の友達ならもっと食べるもん。」
「・・・それは調査不足だったか。」
「さすがの城之内くんもそういうことには知識が不足してるみたいだね。」
「・・・ふん。そんなことわからなくても執筆に大きな影響はない。」
僕は腕を組み、そっぽを向いた。
「ふふ。誘ってくれたら付き合ってあげるのに。」
「はっ?」
僕は横を向けていた首をぐるんと前へ戻してしまった。
突然何を言い出すのか。この女は。それではまるで。
「あ、いや。・・・言葉のあやだよ?別に変な意味じゃないからね?ごめん。」
ちっ。
「・・・別に謝る必要はないが。」
「はっ?」
今度は宝条が目が丸くなる番だった。
「いや。だから、別に謝る必要はないと言ってるんだ。僕は本当に宝条美咲のことが嫌いというわけではない。」
「あ、あー。はい。」
なんだ。この空気は。宝条も急に下を向くんじゃない。
「・・・ぷっ!あは!あははははっ!」
と思ったら宝条が急に笑い始めた。
「なっ、何を笑っている。」
「いや、だって、城之内くんなんで私のことフルネーム呼びなの?」
「・・・知らん。うるさい。宝条美咲。気がついたらこうなっていたんだ。」
「・・・別に美咲でいーけど?」
「なっ!?何を言ってるんだ。君は・・・一体?」
柄にもなく頭が真っ白になってしまった。僕は一体どうしてしまったんだ!
「・・・どうぞ?彰くん?」
からかうように僕を見てくる。なんて馴れ馴れしい女だ!
「なっ!?・・・くっ!うるさいぞ!宝条美咲!」
その後店を出ると宝条は椎名にまだ用があるからと裏口の方へと言ってしまった。
僕はもちろんそのまま家に帰った。
夜になって。
僕はベッドに横になっていた。
久しぶりに人間ウォッチングで英気を養うつもりが、とんだ遭遇をしてしまったばっかりに益々イライラする羽目になってしまった。
くそう。
僕は何をやっているんだ!
あんな小娘一人に踊らされているだと?
あり得ない。
この僕が!
あり得ない!
不意に今日の宝条が頭に浮かぶ。
そして消えて。
また浮かぶ。
くっ!もう宝条には関わらない方がいいのか?
視線の先に本棚があり、そこにある部誌が目に留まる。
・・・。
アイツ読みたがっていたな。
・・・。
だからなんだ。放っておけばいい。
・・・。
いや、でも渡すだけのことだ。それで宝条が喜ぶ。
喜ぶ?
喜んだから何だというんだ?
僕は宝条に嫌われようとしていたはずなのに!
今日嫌いではないと言ってしまった。
なぜそんなことを言ってしまったのか。
放っておけよ。宝条なんて。
くそっ!
僕は乱暴に部屋の灯りを消して眠りについた。
全く眠れもしないのに。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
週が明けて。
今日は期末試験だった。
そう言えば宝条が部活にも行かずあそこにいたものな。
ってなぜまた宝条が出てくる!
関係ない!
僕は面白い小説が書ければそれでいいんだ!
ふう。落ちつけ。
「おはよう。彰くん。」
「なっ!?宝条美咲!いきなり驚かすんじゃない!」
「え?ただ呼んだだけじゃない。」
僕はこんなに必死になってしまっているのに宝条は至って普通だ。
おかしい。いつからこうなった!?どうして僕はこんなにも動揺してしまっているんだ!?
「あっ!」
話している際に手が鞄に当たり、机から落ちた拍子に鞄の中がバシャリと出てしまった。
「え?これって。」
「あ!これは!」
中には念のためと持ってきてしまった部誌が入っていて。
「もしかして、私に貸してくれようとしてくれてたの?」
「・・・!いらないなら持って帰る。」
そう言って慌てて鞄に仕舞おうとする僕の手を宝条は掴んで止めた。
「いるに決まってるよ。ありがとう。」
そう言って僕から部誌を奪っていく宝条。そんなことよりも、僕は宝条の手の柔らかさと仄かに香る髪の匂いの方に気を取られてしまって。
心臓が早鐘を打ちっぱなしだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
期末試験もいつも通り終わり、僕はさっさと帰ろうと下駄箱で靴を履き替えていた。
「おっ!?悩める子羊アンテナが反応している!?こっちかな!?こっちかな!?」
椎名先輩だ。彼女は両手の人差し指を立てて、頭にやり、牛のようなポーズでふらふらとこっちに近づいてくる。
「あのう。その演出はなんですか?」
「むっ!?小説に使えるかと思って?」
「残念ながら使いませんよ。椎名先輩ってたまにアホですよね。」
「むっ!?ということは基本賢いってことかな!?」
この人は本当に面倒くさいな。
「揚げ足を取らないでください。で?要件は?」
さっさと話を切り上げて帰ろう。
「つれないな~城之内くん。せっかく良き先輩が最近の後輩の悩みを聞いてあげようとしたのに。」
「いや。別に悩みなんてありませんから。」
一体何が言いたいのかと思っていると、
「ふーん。で、美咲は小説の感想言ってくれた?」
急に宝条の話題を出してきた。
「・・・いや、まだですが。どうしてそれを?」
あ、いや、宝条が椎名先輩に度々報告でもしているのだろう。別におかしいことではない。
「城之内くんが意地悪するから美咲に頼まれて私があの部誌、貸してあげたんだから!感謝してよね!」
「・・・。」
え?・・・宝条はもう部誌を持っていた?なのにわざわざ僕からも借りて?
「あ、城之内くんいた!」
タイミングよく後ろから宝条が現れた。胸に大事そうに部誌を抱えて。
「せっかく小説の感想言いたかったのに、さっさと帰っちゃうんだから。・・・あ、椎名先輩!」
「・・・っていたのか。」
「え?」
僕は考えるより先に言葉が体をついて出てきてしまった。
「僕が部誌を持ってきた時、すでに椎名先輩のものを持っていたんだろう!?」
「え・・・。うん。」
「なぜだ!僕をからかったのか!?僕が慌てているのを見て内心面白がっていたんだろう?なんだ?僕が散々嫌がらせしたから腹いせかい?」
何だか僕のもやもやした気持ちがイライラとなって止まらない。
「・・・!そんなつもりじゃっ!?」
「うるさい!うるさいんだよ!面倒くさいんだよ!イライラするんだよ!いちいち僕に絡んでくるな!僕は今まで通りただ小説が書ければそれでいいんだ!それ以上僕の邪魔するんじゃない!」
なんだ?なぜ僕はこんなに腹を立てている?こんなに大声をあげて、八つ当たりのように。僕はどうしてしまったというんだ。
「・・・。ごめん。・・・ごめんなさい。」
宝条は口に手を当てて、そのまま走ってどこかへ行ってしまった。
結果、僕と椎名先輩だけがその場に取り残されることになった。
「・・・城之内くん。」
「・・・はい。」
「ばか。」
なんだよ。
宝条はそんなことで懲りるような女じゃない。
これくらい言って丁度いいくらいさ。
明日になればまたケロッとして絡んでくるに違いない。
その時は最初の頃のように主導権は僕にあることをわからせてやる。
気がつくと椎名先輩がまだ僕の顔をじっと見ていた。
僕は少し気まずくなって家に帰ることにした。