上官はヴァルキリー!?
仁本国陸軍第八訓練場。それがこの場所の名前。俺たちが乗っていた電車の最終目的地。⋯⋯結局、電車がここに到達する事はできなかったが。
俺は親友を失った悲しみから、未だ立ち直れない。
「おい! お前! そこで止まれ!」
「あ、う?」
訓練場の警備兵が俺に気づいた。
しかし、警備兵に銃口を向けられたところで、俺は反応しない。正常な感覚は麻痺していた。
そんな俺にしびれを切らした警備兵は物理的に俺を動けなくする。
「誰か、こいつを牢屋に運ぶのを手伝ってくれ!」
俺を拘束した警備兵が叫ぶ。
すぐに応援がやってきて。俺は軽々と持ち運ばれ、牢屋にぶち込まれた。
⋯⋯このまま、俺の人生は終わるのだろうか。⋯⋯どうでもいい。
もはや、興味すら無い。
俺の先に待つのは死。仮にここから釈放されても、自分の手で命を絶つつもりだ。早いか、遅いかの違いでしかない。
俺は項垂れて、判決の時を待った。
どれほどの時間が経っただろうか。
ぴちょん。ぴちょん。と、一定のタイミングで落ちる水滴の音に耳が慣れてきたくらい。
ドアの開く音が聞こえた。誰かが来たようだ。
見上げるのも、億劫なので、俺は動かない。
足音は、俺の前で止まった。
「ふん。唯一の生き残りと聞いて見に来たら、随分幸せそうな顔をしている」
俺に対するめいいっぱいの皮肉をこめて言い放たれたその言葉は、いっそ清々しいものであった。
俺はその毒舌に少しだけ興味を持ち、鉛のように重たい顔をあげた。
若い女性だった。
牢屋の中に僅かに差し込む月明かりに照らされた、この世のものとは思えないくらい美しい顔。すらっとした大人の体型。服装は地味な軍服で、全く着飾っていないが、逆に華やかさがある。
おそらく、俺より2つほど年上だろう。
「なんだ、まだ動けるのか。では、私と来い!」
つまらなそうな態度とは別に、その命令には力強さを感じる。
不思議な魅力を持つ女性だった。
「なっ! いくら大山の英雄ヴァルキリーであっても、勝手にそのようなことは!」
隣に立っている小柄の男が慌てる。
服装の豊か度合いから推察すると、この施設の長官といったところか。
口調から見て、2人の力関係は同じくらい。俺の処遇はこの2人によって決められるのだろう。
女性の方は、俺を戦場に連れて行きたいらしい。男の方は、俺に厳しい処罰をくだすつもりなのだろう。
⋯⋯それにしても、英雄か。
俺は改めて鉄格子の前に立つ女性を見た。
数時間前まで、目標としていた者がこんな形で俺の前に来るとは⋯⋯今となっては不要なのに。
本当に皮肉だ。
「うむ。それだ。なんだその目は? 己がこの世で1番不幸だ、と言わんばかりの目ではないか。私はそれが気に食わん」
首を無造作に掴まれる。
「うげっ」
俺は息苦しさで絶望を忘れる。
「ほう。喋れるではないか」
今ので喋れる判定とは、恐れ入る。ただの悲鳴ではないか。
仕切り直して、彼女は告げた。
「私といっしょに来るか、ここで死ぬか、だ。選べ」
「⋯⋯⋯⋯行く」
どさっ。
俺の意思というか、首を圧迫される苦しみから解放されたいばかりに言ったのだが、女性は満足げに頷くと、俺の首から手を離した。
「っ、ぷはー」
やっと自由な呼吸が許された俺は、これでもかというほど息を吸った。
「お前! 名は?」
女性が短く聞く。
「海堂郁磨」
「よろしい。私の名は五十嵐恵美だ。だが、名前では呼ぶな。これからは隊長と呼べ」
どうやら、本当に戦場に連れていかれるようだ。
丁度いい死に場所と考えよう。
「⋯⋯五十嵐殿。今回だけですぞ」
すっかりその存在を忘れかけていた長官が不満そうに言った。
「うむ。感謝する」
心の底から感謝する人なら到底できない、尊大な態度で隊長は牢屋の鍵を開ける。
「さっさと出ろ。私は気が短いんだ」
再び首を絞められてはたまらない。俺は全速力で隊長の後をついて行った。