制服と性別(5/5) エピローグ
クラスメイトからの依頼を終えた翌週の事。
放課後、彼女が日課として相談室に向かうと、廊下で見知らぬ二人の男女から会釈を受けた。
「こんにちは」
「……ちわ」
男子は先輩、女子は助手と同じ一年生のスカーフ。
会釈を受けたはいいが知らない男女。自分が覚えていない程度に顔見知りなのだろうか。
助手は頭を軽く下げて擦れ違い、それからふと怪訝な表情を浮かべて、
「んん?」
唸って振り向いた先にはもう二人はいなかった。
いつぞやの幽霊ではなく、単に途中で階段を下りたという意味で。
妙な既視感を覚えて反射的に振り返ったのだが、もう確かめようはない。
首を傾げながら諦めて前に向き直ると、
「やあ」
相談室からひょこっと顔を出すウツロイの姿が廊下から見えた。
「今日は少し遅かったんじゃないかい?」
「掃除当番だったので」
「そうかそうかいつもご苦労様、と言いたい所だけど、今日はもう誰も来ないんじゃあないかなあ」
「どうしてですか?」
「たった今来客があったからね。日に一人来るか来ないかの相談室に二人も来たんだ。今日はこのまま店仕舞いでもいいと思っているくらいさ」
「二人──」
そう聞いて思い浮かぶのは先程の男女だ。
「すれ違いました。どんな相談なんですか」
「相談? いやもう用はとっくに済んでるさ」
不思議そうな目で見上げる助手を見下ろしながらくつくつと笑いを押し殺す。
とはいえ、もう誰かが来た後だと言われても誰も来ない理由にはならない。助手は問答無用で相談室に押し入ると彼女の定位置に着いた。
「それにしても、意外でした」
「何の話だい?」
「調査対象の鳴無先輩が、女装男子だったとは」
「ああ。先週の逢沢くんの依頼の事か。私としては君が彼から正体を聞いた時の反応を直に見れなかったのが残念でならないね」
女装。
それこそが鳴無が隠していた『男子でありながら男子に告白することができない』理由だった。知ってしまえば成程と頷ける高い壁である。
「というか、知ってましたよね?」
「当然だとも。学校中の女の子の情報は全てこの頭に入っているからね。名前さえ聞けば見るまでもなくその色取り取りの花の姿が目に浮かぶとも。逆に『鳴無』という女子が居ないこともね。それに女装して私の目を欺ている不届きものなら、尚の事よく知っていたとも」
「……それ無駄ですよね」
「何を言う。そのおかげで今回は依頼を聞いた時点で君の反応が楽しみで仕方なかったよ。コーヒーに入れる砂糖の様に、退屈な日常でも一匙の楽しみができればそれだけで中々に充実した毎日が送れるものだよ」
「もうこりごりです」と溜息一つ。
「だが私のおかげでクラスメイトと仲良くできたじゃあないか。存分に感謝したまえ」
「有難迷惑です」
もっとも彼女にとって一番意外だったのはそこではなく、
「その逢沢くんが、相手が男子でも良いというのが、更に驚きですが」
「自分自身よりも好きな子の幸せを優先する。いいじゃないか、正に愛だよ。愛は全ての障害を乗り越えるものと改めて知らされたよ」
「その告白を、鳴無先輩が受けたこともですが」
「私のアドバイスのおかげだね」
「……なんでしたっけ」
「忘れたのかい? スカートでも穿いてみたらどうかって──」
自慢げに言うウツロイの言葉を遮る呆れ声の助手。
「それって関係、あるんですか?」
「何を言う。現にこの目で見たとも」
「はい? そんな事ある訳……」
「君も先程廊下ですれ違ったと言っていただろう?」
「……?」
助手が、何を言っているんだ、と言いたげな表情を浮かべると、
「詰襟の方は二年の鳴無なお。セーラー服の方は一年の逢沢悠希だよ」
「逢沢くんが……セーラー服……?」
言われて助手はあっと声を漏らした。
たった今さっき廊下ですれ違った二人の事だ。初めて見たはずなのにどこかで会った覚えがあると思えばそういう理由だったのか。
「まさか逢沢くんが、女装だなんて」
確かにウツロイがそうアドバイスしたとはいえ、本当にするとは思わなかった助手は素直に驚いていた。
ところがウツロイは彼女に怪訝な声で、
「君は今更何言っているんだい?」
「何がですか?」
「逢沢くんは最初から、女の子だろう?」
「………………………………………………………………………………はい?」
思わず聞き返した助手。
彼女が見上げると、ウツロイはくつくつと笑いながらにんまり口角を上げて見下ろしていた。
「おいおい、入学してもう何ヶ月経っていると思ってるんだい?
まさか君はクラスメイトにも関わらず逢沢くんが女子だと今の今まで本当に知らなかったのかい?
これは傑作だよ。確かに君は人見知りでクラスに溶け込めていないだろうとは思ってはいたけれどここまで重症とは夢にも思わなかった。
彼女の男装癖がクラスで一度くらいは話題になっただろうにそんなニュースも君は聞き逃していたというのかい?
いやはやこんな珍しい人間が身近にいるだなんて──」
ここぞとばかりに饒舌に煽り立てるウツロイに、助手は無性に腹正しくなり。
容赦なく彼女の向う脛に向かって足を振り上げた。
その後、放課後の校舎に女教師の叫び声が響くという怪談が増えたという。
相談室シリーズはこれで一旦おしまい、別の作品を書こうと考えてます。
ここまで読んでいただきありがとうございました。