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幽霊(1/4)

 それは初夏。

 道端の草むらの隙間から鮮やかな色合いの紫陽花が姿を見せ、衣替えをしたばかりの学生たちがそれらを見て季節の変わり目を実感する頃。

 まるで物置の様な狭さの一室にて孤独に読書に耽る少女もまたその一人。

 卸したての白地のセーラー服。

 ピンと跳ねた短髪と、それを繕う子供っぽい髪留め。

 傍には乱雑に押し込められたプリントが覗き見える学生鞄(スクールバッグ)

 どこか小動物を連想させるその女子生徒は、しとしとと降る雨音とカチカチと刻む時計の針を背景に、私物らしきコミックスを両手に小さな背中を丸めていた。

 すると、はっ、と。


「これ、…………一巻飛ばして持ってきちゃった」


 そう目を僅かに見開いて呟くが、まあいいかと気ままな様子で再び本へと目を落とす。

 通称、助手。

 この部屋の住人として生徒並びに教師達に徐々に認知されてきている一年生だ。

 もっともその認識は彼女にとって不本意な結果だが。

 そして、


「おやおや」


 助手にとっての平穏は唐突に終わりを告げた。

 わざとらしい言葉と共に、


「今日もはるばる部室棟まで来てお留守番とは本当にご苦労様だね。いかに君の口から生理的に受け付けないだとか侮辱的な心にもない冗談が聞こえていたとしても、ここまで毎日甲斐甲斐しく来られてしまうとまるで気を引くために言ってるようにしか思えないだろう? もしや君の慎ましい胸の中に私に対する恋心が遂に生まれたのだろうかと淡い期待を抱いてしまっても構いやしないかい、助手くん?」


 現れたのはすっきりとしたスーツ姿の人目を引くような美女。

 闖入者はにんまりと端正な顔を作ったような笑顔に歪めると、まるで台本でもあるかのような台詞を読み上げて少女に問いかけた。

 その返事は闖入者には及ばずとも、長い、長い、


「はあ────────────────……」


 溜息だった。

 それから大人しい印象の彼女にしては強い口調で、


「ち・が・い・ま・すっ。いい加減、私の名前を覚えてください。虚せ──」

「ノン」と短く、美女の名前を呼ぼうとした助手の言葉を遮った。


 ち、ち、ち、と勿体ぶる様に舌を鳴らして指を振ると、


「君もいい加減私の好みを覚えたまえ。私はその名が嫌いだと」

「……じゃあ、何て呼んだらいいんですか」

「ウツロイだよ、ウ・ツ・ロ・イ。愛しい恋人の名前を呼ぶように」

「カシコマリマシタ、ウツロイセンセ……」

「もっと愛を込めて!」


 そう両手を広げて叫ぶと、白いブラウスに守られた双丘が窮屈そうに布地をぴんと張った。

 見る人が見れば一枚の絵画になりうるだろう構図だが、はっきり言って助手には全くの理解不能だったので、


「気持ち悪いです」


 と正直に感想を述べた。

 この人相手には建前を言うだけ時間も体力も神経も無駄なのだと、この一か月と少しで少女も学習していたのだった。

 一方でそんな辛辣なコメントにもくつくつと助手の反応を面白そうに笑うだけの鋼の精神を持った彼女。

 自称、ウツロイ。

 助手をこの部屋に引き入れた張本人にして、この部屋の主。

 助手にしてみれば、自分がこの学校に入学した最大の過ち。

 助手に言わせてみれば、偏屈でいて偏愛な変人の変態的女教師。

 それが彼女。

 そんなウツロイへじっとりと軽蔑の眼差しを送っていると、助手はある事に気付く。


「というか……いつまで扉の前に立ってるんですか」


 言動に気を取られて気付かなかったが、まじまじと見てみればウツロイは先程まで引き戸が乗っていたレールの前に立ち塞がったまま。


「うん、ご紹介しよう」


 少し勿体ぶって前置きをしながら、ウツロイはその長身を横に引いた。

 すると、


「あ、あのぉ、こんにちは」


 ぺこり、と後ろから控え目に現れたのは見知らぬ女子生徒。頭を下げて揺らした艶やかな髪の隙間から、今日の空模様と同じ憂鬱な顔を覗かせていた。


「依頼人だよ、助手くん」


 そう言われて少女はようやくこの一室の本来の用途を思い出すのだった。

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