ユリアス・ヴァン・ファーレンシア ※流血あり※
十年前、 いったい何があったのか? その事件のユーリから見たお話です。
昼は良い。 寝ても悪夢を見ない。
夜は駄目だ。 寝ると悪夢を見る。
燃える炎 叫び声
何故何故何故何故! なんでっこんな事に!!
尊敬する先輩が、 仲間が、 僕の憧れが 壊されて行く―――
――― 辺境の監視隊が行方を断って、 命からがら逃れて来た男が一番近くの村に駆け込んで来た。
騎竜は到着と同時に息を尽き、 男は西方……… イティスの浮島のある方に山のように大きな魔物がでたと言った。 彼自身、 息も絶え絶えでもう目も見えておらず、 欠損した四肢を見ればここまで良く持ったとしか言いようがない有様だった。
村の少年が持ってきたコップの水を一口飲み……… 息を吐くと、 そのまま男は亡くなった。
たまたま父上……… 陛下の薬の材料を採取しに村へ滞在していた黒竜騎士団が、 その魔物の討伐に向かう事になった。
新月の夜。 暗闇の中を飛竜に付けた明り石を頼りに飛ぶ。 視界は悪い。 己の方向感覚だけを頼りに騎竜を飛ばす。
暗闇に、 明りが灯った。 イティスの浮島だ。
イティスの浮島は木々が燃えて、 赤々とした光を放っていた。 そこだけ昼のように明るい。
何故か嫌がる騎竜を御して無理矢理島に降り立った。
そこにあったのは死体。 散らばったそれはどれが誰だか判別はつかない程に酷い。
ここに至ってなお僕は、 黒竜騎士団はどんな魔物も蹴散らせる。 そう思っていた。
叔父がひと言「嫌な感じがする」 と言った瞬間だった。
上から影がさした。 新月の夜を更に昏くする影だ。
巨大な、 見上げるほどに巨大なソレ。 悪夢を顕現させたその姿。
返り血よりもなお赫い体躯が火に照らされて浮島に降り立つ。
『父上父上何故です何故ナゼ私を迎えに来てくれない何故何故母上母、はは何故ですどうして? 』
それはそう言って僕達を見た。 不思議そうに傾げられた首に……… 口の辺りに千切れた足がぶら下がっているのを見て、 コレは対話が出来る生き物ではないのだと誰もが理解していた。
「まずいぞ……… 狂った」
竜だ。
――― 巨大な、 この世界に居る竜種全ての始まり。
――― 人より
――― 闘神の末裔である魔族より古く………
――― 最初にこちらの世界に廃棄されたモノ ―――
「古代竜」
誰かが、 絶望を込めてその名を呼んだ。 既に滅びたとされていた、 その竜を。
――― そして一方的な殺戮が始まった。
開き、 そして閉じる顎。 誰かが囚われ噛み砕かれた。 振るわれる尾に誰かが弾き飛ばされ潰される。 竜の吐くブレスで誰かが枯れ木のようになり、 逃げ惑う飛竜を消し炭にした。
さっきまで聞こえていた悲鳴はもう聞こえない。 剣を振る音も、 騎竜がブレスを吐く音も。
驚くべき獰猛さで狂ったドラゴンは猛威をふるった。
名の知れた騎士も
勇敢なはずの騎竜も
千々に引き裂かれ喰われている
―――髪の焼ける嫌な匂い………
―――ベキベキと骨を食む音
そして、 ――― 血と臓物のニオイ ―――
僕を庇ってセイが死んだ。 アイズもレンもユクトもだ。 僕が王子であるから、 お荷物な僕を守って皆が死んだのだ。
僕は、 下半身が千切れた叔父を必死に岩陰に引きずって隠れた。 分かっている。 こんな所に隠れた所で意味など無い。 こんな精神状態では結界も張れないだろう。 そうだ、僕も叔父もここで死ぬのだ。
「あぁ……… あぁ。 来てくれたのか。 済まない。 済まない。 泣かないでくれ……… 君ならできるさ……… きっとだ」
死の間際、 幻覚を見ているのか叔父がそっと手を上に伸ばす。
「そうだ……… ユーリ、 お前にはこれをやる。 お守りだ。 きっと、 お前を 守る から……… あぁ、 済まない兄さん ラディ……… 帰れなくて ゴメン……… 済まない。 君に 願うしか ないんだ ユーリを 頼……… 」
僕は急いで叔父の手から託されたお守り袋を握る。 安心したように笑んだ後、 叔父の目が生気を失った。 手がだらりと垂れて………。
瞬間
光が落ちた。
新月の日に目も眩まんばかりの銀の光。 僕の身体は浮かび上がって………。
気付けば、 王城の自分の部屋に寝かされていた。 僕は二週間生死の境を彷徨っていたのだ。
……… そしてその間に父上も死んでいた………。
イティスの浮島は何処をどう探しても見つからなかったそうだ。 跡形もなく消えて、 公式には騎士団の仲間は行方不明と言う事になっている。
俺が見た狂った古代竜の情報は、 父上が亡くなった混乱の中で人心をこれ以上乱す事は良くないと判断され上層部の間で秘匿された。
声をあげて訴えても、 誰も聞いてはくれなかった。 父は死に、 叔父も仲間も死んだ。 おめおめと僕だけが生き残った。 いっそ、 あのまま死ねれば良かったのに。
そうだ。 僕はたった一人ココに残されたんだ。
何故、 ユーリが頑なに独りでいるのか……… その『理由』 の話でした。
ユーリだけどうして助かったのかが分かるのはもっとずっと先の事………。