団長に会ってみよう。
予想外に時間が取れたので………。
どうも、 廃棄世界には長くなりがちです。
あれから数日。 練兵場も綺麗になりました。
嫌がる皆を駆り出して。 地面を均し、 低めの壁……… レンガの崩れた所を補修してから雑草をこれでもかと言う感じに引っこ抜き――― 綺麗な練兵場に戻りましたよ。
もちろん宿舎の壁も綺麗にした。 色を塗り替えるかどうか迷ったんだけど、 サボン粉で洗っただけで随分見違えたので、 まぁいいかと。 一部だけ綺麗になった状態は間抜けなので外壁全部洗ったけどね!
余分なお金は使わずに取っておきます。
なんてったってこの騎士団、 騎士団の中で一番予算が少ないからな!
不良な騎士団の帳簿を見ると今の団長になってから一年ごとに予算が減らされてた。
アイオロス様が、 そんなお金をコツコツ溜めていてくれたおかげで今補修作業ができるのだけど。苦労が偲ばれる。
あ、 ちなみに壊した扉の修理代はもちろん私の自腹です。
合いカギ持ってたのに何でぶち破らせたの? って思う人もいるかもですが、 寝起きに大きな狼と鷹に突入されたら驚くよね? というインパクト狙いなんで。 後はゴネるであろう人達を優しく起こすのが面倒かな、と。
実は、 宿舎の裏には竜舎がある。 こっちも追々、 綺麗にしないと。
裏にある竜舎にはもちろん騎竜なんていなかったです。
聞いたら、 皆が着任した時にはすでにいなかったようだ。 流石に全員分の騎竜は買えないし、 裏技使って入手する事も考えたんだけど、 そもそも長期的に騎竜のご飯代が払えないので、 まずは資金繰りをなんとかしたい。
細々とした雑用をこなしながら、 時々リィオとルカが送ってくれる団長の映像を見る。
本当、 城内の色々な所で寝てるよこの人。 そして巡回の時は一人で出てく。
騎竜? 結界の外で放し飼いですよ!
普通のより大きいから野良ドラゴンを躾けたっぽい。 指笛一つで飛んで来てご主人乗せて飛び立ちます。餌代要らずだね。
非番の時は、 街をブラブラ。 主に酒場で飲み明かす。
団長が出席しなければいけない会議(本来なら私も)はガン無視。 これで良く騎士団を名乗ってるな。
美形の王子は夢と消え、 ぐうたらなおっさんが出来上がってます。
それでいて、 時々人払いの結界を張っては胡坐をかいて、 お城の屋根の上やなんかで黙々と櫛とか、お守りみたいなもの彫っているのだ。
『エイス団長ぉ、 なにやってんの? 』
擦り傷だらけの少年が、 男の後ろから手元を覗き込む。 男は器用に小さな手の平サイズの半月状の物に紐を通す穴を開けている所だった。
エイディス・ジン・ファーレンシア
白金色の髪に、 垂れ目の……… 菫色の瞳。
泣き黒子が似合う口髭の生えた美中年―――。
ファーレンシア国王、 ラディアス・カイ・ファーレンシアの双子の弟だ。
『お! リゼッ……… じゃなかったリゼルくん。 コレはだな。由緒正しい俺の作ったお守りでな? 』
見た目と違う、 砕けた口調でエイス団長が笑う。 騎士団随一の強さを持ちながら、甥っ子達には激甘、 という一面を持つその人は割と能天気な性格で騎士団のムードメーカーでもある。
『おっさん。気持ち悪い笑顔で寄るなよ……… てか、 これ割れてんじゃん? 』
『気持ち悪いとか、 おじさん傷つくわぁ。 コレは割れてるんじゃなくて割ってんの! 相方がいるとピタリと合って丸い一つの形になるのさ。 霊験あらたかなんだぞ。 俺の作ったコレを恋人同士で持ってると結婚できると評判でな? 』
何が楽しいのか満面の笑みで少年ににじり寄る。 その様子を見た少年が一歩下がって胡散臭そうな顔をして言葉を吐いた。
『嘘っくさ』
『なんだと? 本当に何人も結婚してるんだからな! 嘘だと思うならコレはお前にやろう』
押しつけられそうになるソレを少年が両手で押し返す。
『要らないし』
『いやいや、 そこは身を持って実証しろよ。 嘘だと思うんだろ? 』
『えー。 まぁ良いケド。 でもコレって残りの部分は? 』
しつこさに負けたのか、 実証しろって言われた事に元来の負けん気が刺激されたのかは分からない。
しぶしぶと言うように少年は、 そのお守りを受け取った。
『適当に俺が相手を見つけて渡しておいてやるよ。 感謝しろよ。 お前みたいな跳ねっ返り、 貰い手なさそうだからな! 』
『余計なお世話だ! おっさん』
白い歯を見せて、 親指をたてて『まかせとけ』 と言うエイス団長は、 結果少年に蹴りを入れられるはめになった。
『てか自分に使えよ。 あんた結婚してないんだろ? 』
ジト目で少年が、 エイス団長を見上げる。
『俺はいいの! 俺は一生分の恋をしたから。 結婚しないんだよ』
とたんに、 寂しげな表情で言うものだから、 少年は慌ててそれを見ない振りをした。
『嘘くさ。 結婚出来ないからそう言ってるんじゃないの? 』
『お。 バレたか』
取り繕うように少年が言えば、 エイス団長が悪戯を見つかった子供のような顔をして苦笑する。
本当は、 きっと大切な誰かがいたのだろう。
今の私は――― それを知っている。
村での、 そんなやり取りを思い出した。
ユーリもお守りを彫る事で、 あの人の事を思い出すのだろうか。
けれど、 出来上がったソレは毎回ユーリの手で粉々に壊された―――。
「行動は大体把握したし、 そろそろいいかな」
私はリィオと、 ルカの目を頼りに王城の北の塔の上に向かった。
今日は結界を張って何だろ? これはシレの木と花を彫ったお守りだね……… を作っている。
せっせと小刀で彫って行く様は、 本職にも負けない手さばきだ。 一彫りで綺麗な曲線が描かれる。
私は 一段 一段 塔の階段を登った。
流石に少し緊張する。 私は『約束』 を守れるかな? ユーリがちゃんと自分自身を取り戻せるように。
カツン
最後の段はワザと足音を立てた。
少し驚いた顔をしてユーリが振り向く。 ザンバラの髪の中からペリドットが覗く。 少年らしさはもうない。 何かを諦めた顔をした、 男がそこにいた―――。
ユーリは結界を張ってあるのを思い出したのだろう。 王家の血に連なるものしか持ちえない力、 結界がある限りユーリの姿は誰にも見れない。 本来なら――― ね。
私の目は今、 リィオの目を通して物を見ている。
――― 彼等の目は、 ヒトのそれと違い結界を見通せるのだ。
「団長。 それも壊してしまうのですか? 」
「な、 に………? 」
心底驚いた顔をしてユーリが固まった。
「結界は意味を持ちませんよ。 私には見えるので。 いつまでたっても宿舎にいらっしゃらないのでこちらから出向きました。 陛下の決定により、 黒竜騎士団の副団長を拝命しました。 リゼッタ・エンフィールドと申します」
「……… アイオロスはどうした? 」
「お年でしたし、 引退されました」
「……… 義兄上は一体何を考えて……… 」
苦虫を噛み潰した顔をしてユーリが言う。
「それは、 私が年若い事でしょうか? それとも女であるからでしょうか」
「両方だ」
見知らぬ若い女が副団長になりましたと言えば、 大体誰でも同じように思うだろう。
「見た目で物事を判断するのは早計かと存じます。 陛下は憂慮されています。 義弟である団長の事を、 そして現在の黒竜騎士団の団員の事を」
「俺の騎士団だ。 どうしようと勝手だろう? 」
「随分と笑える冗談です。 騎士団は貴方だけの物ではありません。 騎士団は団員がいてこそ騎士団たりえるのです。 団長、 貴方はそれを無視している。 理解できますか? 憧れの騎士団に入れると喜んだ者達、 心機一転やり直そうと希望を持った者達、 そのすべてを団長は踏みつけにして来たと」
「お前に何が分かると言うんだ! 」
昏い怒りの籠った目でユーリが私を睨みつける。
「さぁ、 教えて頂けない事は分かりませんね。 ですが、 陛下から伝えられている事もあります」
その言葉にユーリが軽く目を瞠った。 その後、 絞り出す様に言葉を続ける。
「なら、 分かるだろう……… あの災厄が……… 」
「その災厄から、 黒竜騎士団の団員を守りたい……… とでも言うのですか」
「あぁ………。 そうだ」
真っ直ぐに私の目を見て、 ユーリが言う。 偽りなくこの人が、 自分の騎士団の団員達を守りたいのだ、 という気持ちは理解できた。 でも………。
「では自分の騎士団が無事であれば他の騎士団はどうでも良いと? 」
私が睨みつけるようにそう言えば、 怒りを込めた目が私を睨む。
「そんな訳あるか。 ………言ったさ。 緘口令なんて知った事か。 人の命の方が大事だろうが! あの事件の後、 他の騎士団の連中にも話したよ。 だが公式には団員は行方不明としかされていない事件だ。誰も信じやしなかった。 黒竜騎士団がどうなったのか皆で聞くくせに、 俺の言った事は信じやしない。だから俺は! 」
あぁ……… あぁ。 それでこの人は、 諦めたのだ。 上の決定は知っている。 当時の状況から考えれば仕方がない事だとはいえ、 『災厄』 の情報は秘匿された。
緘口令を破って話したユーリがなんの咎も受けなかったのは単にその話を誰も信じ無かったからに過ぎない。 真実を知りながら、 それを伝えられないそのもどかしさは理解できる。
でも、 この人は理解して貰えない事で投げ出した。 誰かに理解して貰う事を放棄したのだ。
「ガキですね。 まったくアイオロス様の言う通り」
「なん………だと? 」
「それで、 拗ねていじけたんでしょう? 信じて貰えないから口を噤んだ。 自分の騎士団の部下を信じる事もせず、 殻の中に閉じこもって。 しかも前団長が亡くなった、 前の黒竜騎士団の人達のいない宿舎に帰る事も出来ない……… 貴方の所為で今いる団員達は生きながら死んでいるようなものです」
「……… 」
容赦なく言いきった私にユーリは黙り込んだ。
「彼らには、 誇れるものがありません。 周囲から、 民達からですら『ゴミ溜騎士団』 と呼ばれてどうして誇りが持てるでしょうか? 」
「……… だが、 死ぬよりましだ」
「それを決めるのは団長じゃありませんよ。 騎士団の団員達です。 陛下からは許可を頂いてます。 過去の災厄の話を団員達にして下さい。 そして当人達にどうしたいか判断させてやって下さい」
私はそう言うと団長に向かって頭を下げた。
長く――― 沈黙が続く。
「俺には無理だ」
頭を下げたままの私の横をそう言いながら、 ユーリは塔を降りて行った。
「ふられちゃったね」
声に振り向くといつの間にか私の後ろにセト様がいた。
「セト様、 いつからいたんですか? 」
「ん? 最初から」
「まったく。 良くここにいるって分かりましたね」
この人は本当神出鬼没だ。
堂々と盗み聞きしてましたって言えるこの人の心臓は鋼で出来ているに違いない。
ていうかこんな所に来るなんて随分暇してたんですね?
「リィオを見かけて、 ユーリを見つけたからね。 そろそろリゼが玉砕しに来るかと思って慰めに」
「別にこんな事で落ち込みゃしませんよ? 」
「そうかい? ならいいけど。 リゼは私の大切な人だからね」
「はいはい。 ありがとうゴザイマス………セト様。 リィオ」
いつもの軽口に適当に返す。 リィオが降りて来たので私の左腕を差し出した。
羽を畳んで嬉しそうにセト様に挨拶する。
『セト様こんにちは』
「やぁ、 リィオ」
「ルカは? 」
『さっきまで居たんだけどな? 』
そう言えば、 ルカが見えない事に気がついて私はリィオに尋ねた。 リィオはあれ? って顔をした後キョロキョロしてそう言った。
「今日こそセト様に紹介しようと思ってたのに………。 もう」
なんでかルカはセト様がいる時に居なくて、 ずっと紹介できていないのだ。
「ははは。 気にしなくてもいいよ? それよりユーリ君だよ。 あれはまだまだ引きずっているね」
心配そうに言うセト様に私も頷いた。
「そうそう、 忘れられるような事では無いですからね。 ――― 最初からは無理って予想はしてました。 ま、 気長にやります」
そう、 私は諦めませんよユーリ。
やっと団長、 ユーリとまともに会話できました。 ここまで来るのに長かった………。
不注意で世界が消失したので異世界で生きる事になりました。 も更新しました。
宜しければそちらもどうぞ~。
この後、 ユーリサイドと言える話を更新しますのでそちらもお願いします。
明日は更新お休みします。