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廃棄世界に祝福を。  作者: 蒼月 かなた
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幕間 呪歌―― 甘い毒の囁き ※微量に不快な表現あり※

 夕暮れ時の森の中、 鳥の羽音が辺りに響いた。


 「またね? 」


 少女はそう言って笑顔で手を振った。 新しく出来た玩具ゆうじんに。  

 出会ったのは偶然。 その少年(いや青年――? ) の主が、 近頃教えられた人物だと分かった時、 少女―― 呪歌しゅかは驚いた。 

 いいや、 運命を感じたと言っても良い。

 この世界に御座おわす事のない神々が、 気まぐれでもって、 その運命を与えてくれたかのように感じて歓喜に震えた位だ。

 そして、 彼との先程のやり取りを思い出してクスリと笑う。 自分よりも年上らしい彼―― その随分と幼い言動を思い出したのだ。 ソレは主人たる人への不満だった。 或いは―― 不安、 かもしれないけれど。

 無知な存在。 無垢な存在。 彼はそれだけで罪深い…… とシュカは思う。 自分とは違う能天気な悩みは微笑ましくも妬ましかった。 相反する二つの感情は不思議な位に反発する事も無く、 シュカの中にバランス良く存在している。 

 だから、 シュカは彼に毒を囁く―― 主との信頼にヒビが入るように不信を囁き―― 親切に、 彼を心配するように見せかけて、 主従の絆が不安定になるようにと祈るのだ。


 『随分とご執心だな』


 背後から聞こえた声に、 シュカは笑顔で振り返った。 目深にフードを被った男だ。 病的に白い肌に唇だけが紅く瞳の色はフードに隠れていて見えない。 けれど、 シュカは彼の素顔を知っていた。

 奇麗な男だ。 けれど、 誰が表層に出て来ているかによってクルクルと印象が変わった。 幼く、 残酷であったり、 怖ろしさを感じるほどに妖艶であったり―― 今話しかけてきた男の時は、 まるで凪いだ水面のように無表情である事が多かったけれど。


 「あら、 ツヴァイ―― 今は貴方ですの? アインや皆は……? 」


 シュカにとって、 ツヴァイは対応を気にしないで良い相手だった。 普通の『人』 相手にしているのと変わらずに話が出来るからだ。

 アインは、 話していて楽しい相手ではあるけれど、 どこか壊れていて笑って話していた次の瞬間、 首を掻き切られそうな危うさがあるし、 他の面々も何処かが壊れていて―― 似たり寄ったりの危うさがあったのだ。

 なら、 シュカは脅されてココにいるのかと問われればそうでは無い。 


 『私を殺すのなら、 その前に願いを叶えて』


 攫われて、 人外の力の為せるわざ―― おぞましい地獄モノを見せられて―― シュカもそれらの仲間入りをするのだと教えられた夜……。 他の子等が泣き叫び、 或いは怯える中で、 シュカだけがアインの目を怒りを込めて見返した。

 何故―― 私なのかと。 もっと、 もっと、 もっと! 自分よりもこんな目にあうのに相応しい相手が居るじゃあないかと。

 それは、 血が繋がっているだけの父親であったり、 殺したいと願っていた義母であったりするのだけれど……。 とにかくシュカはまだ死ねないと思ったのだ。

 母親の無念を晴らしたい―― ただの自己満足だと分かってはいたけれど、 それを為すまでは死ねないとそう思って。

 怯えないシュカにアインは興味を覚えたようだった。 だからこそ、 シュカは殺されず―― 今ココに居る。 復讐が成就した後も一緒に居るのは、 彼等に恩返しがしたかったからにすぎない。

 逃げ出さないが故に、 最終的にアインに殺されるかもしれないけれど、 それすらシュカは良いと思っていた。 

 

 『アインは眠っている…… つまり、 他の連中も眠っていると言う事だ。 この所、 力を消費し過ぎたからな…… アレはまだ幼い子供だ―― 回復するのに睡眠が一番有効なのだろう』


 ツヴァイの言葉に、 シュカは納得して頷いた。 アインの中にいる他の者―― ドライ、 それからフィーアとフュンフ…… 彼等は、 不思議とアインとの結びつきが強かった。 だから、 彼等が眠ってしまうと、 いつも表層に出ているのはツヴァイなのである。


 「可笑しな話ですわね? 貴方達の中でアインが一番年が上なのでしょ――? なのに、 心は一番幼くて―― 一番残酷。 ――…… ツヴァイ―― 貴方が一番、 理性的ね」


 『―― 私だけは―― 元が人間だったからかもな。 とはいえ、 人間だった頃の方が狂気に飲まれていたが…… 』


 ツヴァイの言葉にシュカは目を見開いた。 人外の(そうとしか思えない)アインの中にいる者達もまた人外であろうと、 勝手に思っていたのだから。

 ツヴァイが、 元―― 人間。 それは、 逆に怖ろしい事のように思われた。 

 あれらの所業を成し遂げるモノ共が、 人であって良いはずが無いと…… シュカが無意識に考えていた事の現れでもあると言える。

 元とはいえ人の身でありながら、 アインの中で彼等と共にあって―― 正気を失わずに存在できる―― それはどんな心理状態なのであろうかと、 シュカはそう考えて首を傾げた。


 「貴方が? 」


 『そうだ。 とは言え、 不思議とその狂気も今は無いがな―― まぁ、 狂っていた頃の自分を責める気持ちも無いから、 ある意味今もまだ狂っているのだろう』


 珍しく、 楽しそうに笑うツヴァイを見つめて、 シュカは納得したように息を吐いた。 正気―― そう見えるだけで、 狂っている人間なんて存外多いものなのかもしれない。

 彼等に協力しているシュカ自身であったって、 傍から見れば正気の沙汰とは思えないだろう。 事実、 狂っているのかもしれなかった。 


 「そう…… まぁ、 狂気も人に分かるように狂える方もいれば―― 静かでいて当人にすら気付けないけれど狂っている―― そんな人も居るものね。 うふふ。 私だって似たようなものだわ? そうでしょう?? こんな気でも違ったような計画に参加しているんだもの! 」


 踊るようにクルりと回って、 シュカはドレスを摘まんでお辞儀をして見せた。 シュカのその様子に、 苦笑したツヴァイが頷いて口を開く。


 『確かに。 アインの望みを叶えようと思うのなら―― まぁ、 この国は滅びるだろうな』


 そう。 アインの望みは間接的にこの国を滅ぼす事にも繋がりかねない。 人の身であるのなら、 それを阻止しようとするべき・・・・であり、 協力などすべき・・・では無い。

 けれど、 シュカはそんな事はどうでも良かった。 国の存亡なんてどうでも良い。 だって他人は―― 血の繋がった父親でさえシュカを助けてはくれなかった。 

 誰も助けてくれなかったのだから、 シュカだって誰かを助ける必要は無いはずだ。 

 大人びた考えをする少女は、 それでも、 そういう風に考える位には幼かった。


 「アインのお父様の望みを―― でしょう? とは言っても、 アインのお父様にはもう―― 望みなど感じる事なんて、 ありはしないのだろうけど…… 」


 ふ―― と、 シュカの唇から零れた言葉は、 ツヴァイを驚かせるには十分だったようである。 フードで見えないけれど、 目を瞠った気配が感じられた。


 『―― 気付いていたのか? 』


 「えぇ。 アインのお父様が望んだのなら―― もうとっくにこの国―― いいえ、 この世界は滅んでいるでしょう? だから―― 思ったの。 彼が聞いている声は―― 幻聴のようなものじゃないのかしらって―― 」


 『父様の願いを叶えるんだ――! 』 楽しそうに嬉しそうに話すアイン。 けれど、 アインが聞こえる―― という声を、 他の誰も聞いたことが無かった。

 だからシュカは思ったのだ。 『父親』 は本当に存在するのかどうか―― と。 シュカは多分居ないと判断したのだけれど、 どうやらツヴァイも同じ考えだったらしい。  


 『私もその意見には賛成だ。 そう思ったのは、 喰われてから随分経った頃だったが―― お前はカンが良いのだな……。 だが、 ソレを私以外の者には言わない方が良い』


 喰われたと聞いても、 シュカは顔色を変えなかった。 既に知っていた事だからだ。 喰ったと言っても、 アインが食べたのはツヴァイの肉体では無く精神―― 或いは魂と呼ばれるものなのだけれど。

 だから、 アインの父親の事も『多分』 だと思っていた。 もしかしたら、 アインは父親の事も『喰って』 いて、 シュカ達の知覚の外に父親が居るかもしれないとも思っていたのだ。

 

 「―― でしょうね。 アインは、 完全に壊れてしまうでしょうし―― ドライにフィーアとフュンフは―― 」


 『怒りで世界を壊そうとするかもな』


 完全に壊れたアインが何をするかは予測はできない。 世界を滅ぼすかもしれないし、 或いは燃え尽きてそのまま消滅してしまうかも……。

 対して、 ドライ達の事は予測ができた。 絶対に怒り狂って暴れまわるだろう―― と。


 「―― 失われた弟妹きょうだいを取り戻したい―― だったかしら? 」


 『正確には、 アインに喰われた時に―― 消滅を選んだ弟妹を―― だな』


 「あちらに行けば、 取り戻せると? 」


 シュカは、 以前に聞き出した事を思い出しながらツヴァイに聞き返した。

 人の世に添うように存在した彼等が、 狂気に汚染されて道を踏み外した。 その後、 アインに喰われた時に、 ドライ達の弟妹のうち三体がまだ正気の欠片を保っていて、 これ以上―― 人に危害を加えるのを良しとせず、 自ら消滅の道を歩んだのだ。

 そんな彼等を取り戻す為に、 兄姉達が選んだ道が人を害するものであったのは皮肉としか思えない。 そんな彼等にアインは囁いた。


 『故郷に帰る事が叶うのならば―― いいや、 『知恵と欺瞞の神』 を殺せたならば、 その願いを叶えるよ―― 』


 アインは、 ドライ達にそう約束したのだ。 アインの父親が―― そう言っていると笑顔で告げて。


 「―― 神を殺す―― それはとても楽しそうな事だけれど…… アインに可能なのかしらね…… 」


 『さて、 それは私にも与り知らぬ事。 けれど、 アインなら―― とは思う。 母を殺して産まれ、 父に憎まれて殺された―― 多くの憎しみを身に受けて、 恐怖を喰らい生き続けるバケモノ―― 』


 バケモノ―― そう言いきっているのに、 ツヴァイの口調はどこか優しい。 

そこにあるのは、 幼い弟か―― 或いは幼い息子に対する情のようなものが見てとれた。 だからこそ、 ツヴァイはアインの傍にいるのかもしれなかった。 

 それだけでは無い、 理由もあったような気がするけれど……。


 ―― あぁ、 確か―― ツヴァイはゲーティアを憎んでいるのだったかしら……。


 愛してる―― 故に憎んでいる…… そうツヴァイの事を評していたのは誰だったか……。 

 愛していた妹が他人の妻になり、 次に愛したのはその娘―― 理性を凌駕するほどに、 焦がれて―― 壊れてツヴァイは一度―― この国を滅ぼそうとしたという。

 なまじ、 その力があった事が災いした。 強い力を持っていたが為に、 ツヴァイは自分の狂気が許される理想の世界を求めた。 それを邪魔しようとするものは徹底的に排除して。

 その理想ゆめが破られた時―― 逃げた先で目にしたものは、 愛した娘とその夫の仲睦まじい姿――。 結果、 ツヴァイは娘を殺そうとして、 その夫に返り討ちにされた。

 死にゆく意識の中で、 怨嗟の声を上げ―― その夫と―― 胎の赤子に嫉妬しながら。 

 そしてその強い感情が近くで眠っていたアインを起したと言うのだから、 それはいったい何の因果だと言うのだろう……。

 シュカは一人溜息を吐いた。 彼女がこの事実を知っている事をツヴァイは知らない。 他の皆の記憶の事もそうだ。 シュカは、 アイン達が理解している以上に彼等の事を知っている。

 アインに力を分けて貰った時、 身に着いた能力の一つ。 自分以外の者の体液を摂取すると、 その人物の過去が垣間見える事がある―― というもので、 シュカは不安定ながらも重宝している。

 力を分けて貰った時アインの血を飲んだから、 アインの身体に共生しているツヴァイ達の過去も見えたのだけれど……。 それを口外する気は無かった。 


 「殺されたハズなのに―― 死んでいないのが不思議ね。 ――…… アインは、 母親に許しを請うて―― 自分を憎む父親に愛を求めているのね」


 どうして、 アインが生き返ったのか? それは誰にも、 当人にも分からない事のようだった。

 シュカはそもそも、 アインは死んでいたのでは無くて仮死状態だったのでは無いかと思っている。 そして、 長い―― 長い年月をかけて再生し、 ツヴァイが死に行く時に目覚め、 ツヴァイを喰べたのだろうと考えていた。 


 『そうだ。 アインは父親の願いを叶えれば、 父親に愛して貰える―― そして、 きっと母親も蘇ると信じている―― 』


 儚い夢だ。 そんな都合が良い事が起こるのであれば、 シュカとしても自分の母親を生き返らせて欲しいと思う。

 何だったら、 あの義母も生き返らせて欲しい。 そうすれば、 もっと、 もっと苦しめられるからだ―― そんな仄暗い思考を振り払うようにシュカは頭を振った。 


 「長い年月をかけて熟成された、 呪いと怨嗟の器」


 『そうだ。 アインが…… 私達が、 今までしてきた事全てへの怨嗟―― それら全てをアインは喰った。 自らの身の内に、 全て取りこんでアイツは強くなった』


 負の感情を食べて強くなる生き物。 それは、 一体何なのだろうか? 


 「今は行方不明になっている『地獄ゲヘナ』 を探しているのよね? 」


 『ゲへナの器を作っている途中で、 アインが飽きたんだ。 暫く放置していたんだが、 思い出して見に行って見れば、 封じを破っていて何処にもいなくてね。 次の『開門』 の時に合わせて、 ゲへナの願いのままこの国を蹂躙させても良いし―― アインの非常食にしても良いモノだから確保しておきたいんだが。 気配が無い。 あれだけの代物―― 何処にも被害が無い等、 あり得ないとは思うが―― アインは消滅していないと言うし…… 』


 一度連れて行かれた場所は、 出入り口の無い岩の中の牢獄だった。 そこでアインは甘言を弄して連れてきた器候補達を閉じ込めたのだと言う。 

 不信の種を植え付けて、 閉じ込めて、 共食いをさせた。 最後に残った一体を使おうと思っていたようだったけれど、 結果が出る前に飽きてしまい放置した結果、 どうやら逃げられたらしかった。


 「どうして、 消滅してないなんて分かるのかしら」


 『アレにはアインの一部を喰わせてある。 だから、 消滅すれば分かると―― ただ、 何かに遮断されて気配が読めないようだ』


 ツヴァイの言葉にシュカは目を細めた。 自身の指を切って食べさせるアレだと理解したからだ。 駒や器を作る時にアインが使用していた手であるけれど、 シュカはアレはあまり好きでは無かった。 

 切り離されて蠢く指は気分が良いものでは無かったし、 どうしても痛そうだと感じてしまう。 


 ―― まぁ、 私の時は血液で助かったけれど…… 流石に、 蠢く指を食べろと言われたら逡巡していたわね。


 そう考えながら、 シュカはこの所アインが苛々している理由が分かって溜息を吐いた。 

 目が覚めている時は大抵不機嫌で、 その辺の人間を捕まえてきては八つ当たりするかのように―― ボロボロになるまで弄んでいたからだ。


 「―― 成程、 それで最近機嫌が悪いのね? 」


 『あぁ。 探し回るのに力も消費しているからな』


 ツヴァイはそう言っているけれど、 シュカにはそれだけの問題だとは思えなかった。


 「―― 見つからないと言う事に、 ムキになっているだけでしょう? 」


 子供っぽいアインの事だ。 見つからないのが気に食わないのだろう。

 欲しいものがあった時に、 店に置いて無かったら普通の人は我慢する。 我慢しなくても、 今度見かけたら買おうとする位だ。

 けれど、 アインは我慢が出来ない。 それを手に入れるまで、 諦めずに何件も―― それこそ営業を終えた店の扉を叩いてでも、 手に入るまで探し続ける。 

 今が、 まさにソレだった。 

 睡眠時間を削って、 ぶっ続けで探して―― 力尽きて眠りこむ―― あまりにも苛々すれば、 運の悪い人間を捕まえて来て憂さを晴らす。 効率が悪すぎる話しだけれど、 シュカにはどうしようもない。 

 けれど、 この国の人達にとっては幸運だった。 これに執心している間は、 ほんのちょっとの不幸な人間のギセイだけで、 国が滅ぶような事は無いのだから。

 それに、 その間はシュカも比較的、 自由に遊べる。


 『―― 反論は出来ないな。 まぁ、 その通りだ。 それよりシュカ―― お前の方はどうなんだ? 』


 「ソレは新しい玩具の事? それとも、 アインにお願いされた方かしら? 」


 そう聞かれて、 シュカはツヴァイに微笑んだ。 


 『どちらも―― だな。 結局の所―― どちらも関係があるのだし』


 「ふふふ。 そうねぇ…… 新しい玩具さんはとっても良いコよ? 素直で―― 優しい―― それこそ種族差が無ければ結婚しても良いくらい。 きっと操縦しやすい夫になったと思うわ? 今、 彼の心の中は疑心暗鬼という所かしら。 幼いが故に私が親切そうに囁く言葉に疑いを持たないの。 笑っちゃう。 もう一つの方もね―― 順調よ」


 そう…… 一見関係の無さそうな別々の事のように見えて、 実はこの二つは繋がっていた。 

 結果的には、 ある人に意地悪をする為のものである。 その人物は、 新しくできた友人の主たる人物であり―― そしてもう一人、 その主と共にある存在……。 

 怖ろしい事に、 この二人はよりにもよってアインに気に入られていた。 シュカからすれば、 ご愁傷様である。

 正直な所、 アインが二人の事を楽しそうに話すのを聞いて、 心底同情した程だ。 可哀想に、 あんなのに気に入られたら、 逃げようがないではないか―― と。


 「ワザと馬車の前に飛び出した甲斐があるってものだわ。 皆―― 私の事を信じてる! ふふ。 私―― 嘘だらけなのにね? このまま身内が見つからなければ、 私の事を養女にしたいのですって。 嘘の身の上話をしてるのだから、 身内なんて見つからないのにね?? おっかしいの」


 クスクスと笑いながら、 シュカは言葉を続けた。


 「―― 彼女の心の歪は、 付き合いの浅い私にすら分かったわ。 唯一愛して引き裂かれた恋人の事―― 今でも夢に見るのですって。 不幸な結婚から、 恋人が救い出してくれる夢を」


 新しい友人とは別の、 今は例の二人とはほとんど接点の無い彼女の事をシュカは考えた。

一見、 儚げで優しそうな美人―― とても息子がいるとは思えないほど若々しい彼女だけれど、 心の中に激情を抱えていた。

 家に縛り付けられている憐れな囚人。 血によって選ばれて、 逃げる事が出来ない彼女は、 恋人が迎えに来て駆け落ちする夢想を未だに捨てては居なかった―― 夫と息子がいるのに。


 「彼女のコトを理解するのは簡単だった。 だって、 私の母様も似たようなものだもの。 あのババァの所為で―― あの男と引き裂かれて、 結ばれなかった。 しかも娼館に売られたのよ? 彼女の恋人と違うのは、 彼女の恋人は―― 彼女を愛するが故に身を引いたのに対して、 私の生物学上の父親は―― 保身の為に私達を見捨てたって言う事。 しかも結婚していたって事だわ―― 母様は一緒に売られた私の身を守る為に、 数多くの男達に汚されて、 一人で壊れて行ったのよ」


 もっと幼かったけれど、 シュカは覚えていた。 『助けて―― 』 と縋る母の手を、 汚らわしいものを見るような目で見て叩き落す男を―― そして、 それを横で見て嗤う女――。 


 『ババァ―― ね。 少しの間とは言え、 義母親だったんだろう? 』


 「ハッ! 分かってる癖にそんなコト言うのね。 長男が死んで―― 自分が子供を産めない身体になっていたから、 仕方無く私を迎えて後を継がせる気になったのよ? 夫の愛人とその子供を娼館に売るような女が、 私の事を可愛がるとでも思うの? しかも―― 母様を助けてくれると言ったのに―― あの女は嘘を吐いたわ」


 アインに命乞いをした時に、 何故まだ殺さないで欲しいのか―― その理由をシュカは喋らされていた。 

 言うつもりも無かった事まで話させられたから、 おそらくはアインが何かの力を使って強制的に話させたのだろうと思う。


 『病で…… あと僅かの命の母親が苦しまないように―― 薬を―― だったか? 』


 「そうよ。 死を回避する事が出来ないにしても、 苦痛を和らげる事は出来たハズでしょ? それを条件に―― 私は母様の傍を離れたのに―― こっそりと会いに行ってみれば、 一週間も前に母様は寂しく孤独ひとりで死んでいたわ。 しかも、 病の苦痛に耐えきれずに自殺ですって。 私への最後の手紙ことばが―― 娘にまで裏切られた―― よ? 私が、 お金の為に母様を捨ててあの人非人にんぴにん共の家に言ったと思われてた」


 ギリリ―― と唇を噛む。 血の味が口に滲んだ。

 あの女は、 シュカの母親を娼婦にしただけでは許さなかったのだ。

 自分が子供を産めなくなったが為に、 愛人の子供を家に引き取る―― 元、 貴族の娘だった女にとって許せない事だったのだろう。

 シュカは、 嫌みも言われたし、 随分と目立たない所を鞭で打たれた。 それでも母親の苦痛を取り除けるのならと一人で耐えた。 

 味方なんてあの家には居なかった。 皆―― あの女の顔色を伺って、 使用人ですらシュカを打った。


 「真実を知って文句を言う私に、 あのババァ―― 何て言ったと思う? 『死ぬと分かってるのに、 高価な薬を使う理由ってあるのかしら? 寧ろ、 私に感謝なさいな。 邪魔なあんたの母親がサッサと死んでくれて良かったじゃない。 娼婦の娘をこの家の跡取りにしてやるんだ。 感謝されこそすれ、 責められる謂れは無いわよ』 ですって! 自分で娼館に母様を売った癖に!! あぁ…… どうしてもっと苦しめてから殺さなかったのかしら…… 」


 こんな事になるのなら、 母親の傍を離れたりするんじゃ無かったと…… シュカが後悔しても遅かった。 

 母親の為にとした事が、 母親を苦しめて、 死なせてしまったと自分をひたすらに責めた時もある。

 だから、 復讐を辞めろと言わずに楽しそうだしすれば? と言って力をくれたアインには感謝していた。

 あの女を殺した時の顔が忘れられない。 プライドが高いあの女が、 涙と鼻水―― 涎にまみれて許しを乞う様は痛快だった。

 母親が死んでる事を知っていて、 シュカを陰で嗤っていた使用人達も同罪だ。 

 シュカの父親だとかいうあの男は、 今は路上で生活している。 案の定、 客は離れ―― 夫婦仲が悪かった事から、 人を雇って家人を殺したのではないかと疑いもかかったらしい。 

 最近は薬で現実逃避して夢の世界に逃げ込んでいるようだけれど、 シュカは時々顔を出してやっては現実を思い出させてあげる事にしていた。


 『どんなに苦しめた所で、 その飢餓感は拭えないだろうさ。 過去に戻って母親に会えない限り、 お前は母親に誤解されたままだからな』


 ツヴァイの的確すぎる言葉に、 シュカは眉根を顰めた。 けれど、 お陰で激昂していた気持ちが静まり、 冷静さを取り戻す事が出来た。


 「ツヴァイって意地悪だわ――…… そういえば、 話が逸れちゃったわね、 ごめんなさい? だから―― 例の彼女にはね、 母様の事を話したの。 一部だけれどね。 家の所為で母様は恋人と引き離されたって話したわ。 まぁ、 嘘では無いしね。 そうしたら、 彼女―― いたく同情してくれたのよ。 そして色々話してくれたの。 自分にも引き裂かれた永遠の恋人がいるのですって―― 彼女にとって夫と息子は憎むべき敵みたい。 家によって宛がわれた種馬と、 望まずに産まされた子供なのよ」


 しかも、 息子には『継ぎの御子』 たるしるしが未だに現れていないと言う。 親戚には、 他にも子を作るように言われているようだけれど、 彼女にはもうその気は無かった。

 『私は義務を果たしたもの。 次はアレが義務を果たせば良いのよ』 爪を噛みながら、 死んだような目で話す彼女は明らかに病んでいた。 

 机仕事をしている時には理知的に見えるのに、 シュカと話した時の彼女は正論が通じない相手のように見えたからだ。  

 まるで、 スイッチ一つで切り替わるように、 正気と狂気の間を行き来している。

 自分の息子をアレと言ってのける―― しかも、 義務を果たせ―― と言うのは、 結婚できる年齢になったら、 すぐに子供を作れという事だった。 そうすれば、 孫の誰かが『継ぎの御子』 になるだろうと―― その発言には、 流石のシュカも呆れたものだ。

 しかも、 彼女の望みであれば、 くだんの息子はその願いを叶えようとするだろうと思えた。 

 

 「そんな態度なのだもの、 可哀想な旦那様は―― 今や別邸に新しい家族を作ったようね。 ま、 これは侍女達の噂話からの情報だけど。 まだ幼い息子は両親が何故仲が悪いのか知らないの。 それで、 父親を軽蔑しているわ。 母親から嫌われているのも、 父親が余所の女に子供を産ませたからだと思ってる―― そんなフシダラな父親の血を引いている自分が悪いんですって」


 シュカを気に入りの話相手として、 笑顔で色々と教えてくれる彼女。 

 庭先で、 或いは温室で、 楽しそうに笑いながら彼女と話している所を、 物陰から伺う幼い少年を思い出してシュカは溜息を吐いた。 羨ましいと告げる瞳でシュカを睨むように見た少年――。

 『どうしたら、 母上と楽しくお話できますか? 』 シュカが一人で居る時に、 必死の顔をして話しかけてきた男の子。 その可愛らしい男の子に真実は教えていない。

 それは、 シュカが少年に同情したから―― と言う事では無い。 その真実が効果的に使える場面が、 今後どこかであるかもしれないと思ったからこそ告げなかっただけだ。 


 『子供と言うのはおかしな考え方をするのだな』


 辛く当たられているのであれば、 嫌われていると思うのが自然じゃないのかとツヴァイが言った。

 その言葉に、 シュカは苦笑しながら「嫌われていると知るのが辛いから、 父親の所為にしているのでしょ? 」 と告げる。

 少年曰く、 母親とは無条件に子供を愛してくれる存在であるらしい。

 何故、 そんな考えに至ったかと言えば、 親戚や乳母の影響であるらしかった。 

 彼女に無視され、 傷つく少年に周囲の大人が、 母親は子供を愛するもので、 少年が愛されないのは父親の不貞行為の所為だと吹き込んだのだ。

 

 「可哀想ぉな子よ? お勉強はできるのにね。 母親の事になると盲目的バカなの。 両親の事なんていっその事、 捨てちゃえば楽になれるのに―― けど、 いつまで経っても愛して貰えない事が理解できないのね。 自分が悪いんだって責めて、 自分が良い子でいたら―― いつか母親に愛して貰えるって信じてる。 流石に同情しちゃったわ」


 シュカにだって、 他人を同情する気持ち位はある。 ただし、 少年に対してのソレは人に対すると言うものよりも、 動物やペットに対する感覚に近かった。 


 「だからこそ、 彼女に苦しんで貰うのは楽しみ。 深く―― 深ぁく苦しめば、 きっと呪いが熟成する時にきっと―― ステキな器になるわ。 アインから貰った力―― 『甘い毒の囁き』 で…… ね? 彼女はきっと許さないでしょう。 自分が許されなかったのだから―― 他もそうであるべきだと思ってるもの。 だからあの二人の事を、 きっと許さないわ―― 」


 クスクスと楽しそうにシュカは笑う。 味方の振りをして、 他人を手玉に取るのはとても楽しい。

随分と歪んだ嗜好を持ってしまったとは思うけれども、 それを改める気も無かった。

 結局のところ、 シュカは人が嫌いなのかもしれない。 

 頭の中では、 世の中にはシュカよりもっと不幸な人間なんて星の数ほど居る―― と思うのに、 感情の面では世界中でシュカが一番不幸だとも思う。 この世で唯一大好きな母親―― かつてはシュカを愛してくれていた母親―― それなのに…… 『裏切り者裏切り者ウラギリモノうらぎりもの』 狂気を孕んだ母親の最後の言葉が忘れられない。 

 無償の愛は地に堕ちた。 愛されていた過去があるからこそ、 憎まれている現在いまが辛い。 シュカにとって母親は夢枕に立ち、 怨嗟を撒き散らす怪物になり果てた。

 その恐怖を払う為に、 カタキを討ったのに、 母親の亡霊は消える事無くシュカに纏わりついて呪いの言葉を吐く。 

 だから、 シュカが甘言を弄して他人を不幸にするのは、 自分に対して撒き散らされる母親の呪いを分散したい気持ちが強いからかもしれなかった。

 おそらくは、 母親に対する後悔の思いが捻じれてこんな風になっているのだとは思ったのだけれど、 シュカにはそれをどうするべきなのかは分からなかったし、 どうにか出来るとも思えなかった。

 と言う訳で、 幕間です。 エリュネラちゃん改めシュカちゃん視点で話が進みました。

若干病んでる気配がするので、 ※微量に不快な表現あり※ と書かせて頂きました。

 この幕間で、 結構ネタばれ気味な話をチョコチョコ入れてます(伏線になったらいいな?)

アインや、 ツヴァイ達の正体が完全にハッキリとするのはもっと先になるとは思いますが…… 前世からの縁が絡んでたりするのでヤヤコシイ事になりそうな予感だけはしています;


 次回は本編に戻ります。

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