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廃棄世界に祝福を。  作者: 蒼月 かなた
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後でユーリに文句を言いたい。

 黒い服と仮面を求めてカザルにやって来ましたよ。 何故か、 ユーリと二人だけれど。

正直、 寝不足な今日この頃―― 別にユーリと出かける事になったからって緊張してる訳じゃない。 どうにも昨日の夢見が悪かった所為だ。 

 そもそも、 ここ数日の夢見は良いとは言えなかった訳だけれど、 昨日の夢は最悪だった。 夢の中の私はあのアリアという女性のようだったしね。

 おかしくなったユーリに押し倒されてから、 見るようになった夢―― 大体は、 ゼフィルと名乗った彼とアリアが砂糖を吐く位に甘々な新婚生活(?)を送ってるって感じの夢だったんだけど、 昨日は様子が随分と違ったのだ。


 『やめて―― ティアラっ!! 』


 淡い黄金きんの髪に深緑の瞳の幼い娘―― あどけなく可愛らしい彼女に襲いかかる黒いナニカ。 そこにある私の感情は、 恐怖―― 焦燥感。 

 幼い娘は、 まだ一人で精霊を召喚する事はできず、 アリアもまた娘に力を受け渡した事で力が不安定になっていて、 召喚が使えない状態が続いていたから。 

 召喚の力が使えれば、 今すぐにでも助けられるのに! 思いだけでは娘を助けることなど出来もせず…… 今日は具合の悪かった夫に、 無理に行く必要は無いと言われたのに―― 月に一度の事だからと、 娘を連れて夫の兄姉きょうだい達の墓参りに来た事を悔やんだ。

 だからこそ、 自分の身体を投げ出す事でしか――。


 ―― 守れない。


 飛び散る血と、 灼熱の痛み。

 それを、 まるで自分の事のように感じて私は飛び起きた。 ひゅーひゅーと呼吸が荒くなる。 

 あれでは―― 助かるまい……。 胸の辺りを貫かれたのだと思う。 心臓を直撃した訳では無いけれど、 死ぬまでの時はそれ程残されてはいないだろうと思えた。

 夢の中―― 娘に伸ばされる自分とは違う、 白い―― たおやかな手―― その手を見れば、 彼女が戦闘を得意としない事が見てとれた。 だからこそ、 自身の身体で娘を守るしか無かったのだろう。

 夢の中の事だと言うのに、 ティアラと呼ばれた幼い娘が、 無事だったのだろうか…… と言う事がやけに気になった。 

 私が飛び起きた音に驚いた、 クロとシェスカ―― リィオが傍に来て私の様子を心配げに伺う。


 『リゼ―― 大丈夫? 』


 シェスカの問いに、 私は怖い夢を見ただけ―― と力無く笑った。

 頭の中は先程の恐怖と、 幼い少女がどうなったかと言う不安―― それから、 胸を貫かれた不快感でいっぱいだったけれど……。

 私には共感能力エンパシーなんて無いはずなのに。 まるで、 ユーリの中にいるゼフィルに共感―― 或いは誘発されて夢を見ているみたいだ。

 そもそも、 私はアリアと言う人が誰だかも分からないのに。

 ただ、 彼女が召喚の事を考えていた事を思えば、 彼女がゲーティアである事は明白で。 もしかしたら私は彼女の血を引いているのかもしれないと思った。

 血の中の記憶―― そんな物があるのかどうかは分からないけれど、 その所為でこんな夢を見るのかもしれないと考えた訳だ。

 そうでもないと納得出来ない。 自分の事みたいに感じる夢なんてまるで―― 私が彼女だった・・・・・事がある・・・・みたいじゃないか。

 そこまで考えて、 私は首を振った。 証拠も無いような妄想はしないに限る…… そう思ったからだ。

 朝にはまだ少し早かったけれど、 今日は仕事が半日の日だったので昼から出かける事を考えて、 早めに起きて書類仕事を済ませた。

 後は、 昼まで皆と訓練したり―― 報告書や申請書を王宮に提出しに行ったりと務めて忙しくする事で、 朝の夢をなるべく思い出さないようにして過ごした。

 そして今、 カザルに向かっている訳である。


 「―― リゼ、 少し顔色が悪いようだが、 大丈夫なのか? 別に俺だけで行っても良いんだぞ?? 」


 「―― 夢見が―― 悪かっただけです。 ここまで来て、 今更戻ったりしませんよ。 少し寝不足な位で体調が悪い訳じゃありませんし」


 ユーリが、 何か考えるようにして私の事をじっと見つめて来る―― 横顔に当たる視線が痛いし、 凝視されるのはちょっと気まずい……。

 それにしても、 そんなに顔に出してしまっていたのだろうか……。 ユーリに指摘される位だから他の皆にもバレていたかもしれない。 

 ユーリが心配してくれているのは分かったけれど、 本当に寝不足気味で少しダルイだけなので、 そんなに顔色を伺うのは止めて欲しかった。


 「そう―― か。 で―― どんな夢だったんだ? 」


 「覚えて―― 無いです」


 まさか、 ユーリに話す事はでき無い。 だってその話をする事で、 またユーリが変になるかもしれないし……。 あんなユーリはもうゴメンだ。

 それに、 ユーリの所為で変な夢を見るようになったかもしれないとか、 私が、 夢の中の女性の血を引いてるかもしれないとか…… あまりに滑稽で、 信じて貰えないんじゃないかって言う思いもあった。

 「そう―― か」 ユーリはそう言ったけれど、 何故だか、 私の言葉を信じていない気がした。 だって、 視線が意味あり気なんだもの。 何で、 ユーリは私の見た夢なんかを気にするんだろう……。


 「イオとは広場で待ち合わせなんでしたっけ? 」


 「あぁ」


 私は、 そう言う事で夢から話を逸らせる事にした。 ユーリもそれに気が付いただろうけど、 特に何も言っては来ない。

 何故、 ここでイオが出て来るかと言うと―― 数日前、 ユーリが岩熊亭で遅いお昼を食べていた時に、 ティルさんに黒服とか仮面とか身バレせずに買える所は無いかって聞いた事が発端だったりする。

 そうしたら、 そう言うのはイオの方が詳しいと。 

 で、 先週から週に数日―― お昼の忙しい時間帯だけ岩熊亭で給仕の仕事を始めたイオが、 お客さんも引いて来たし、 賄いのご飯を食べるっていうんでユーリも同席して話を聞いたそう。 

 そうしたらイオが「案内してやる」 と。

 ユーリは、 最初、 場所だけ教えてくれれば良いからって言ったんだけどね。 イオはとっても乗り気だった。 

 ユーリの事が大好きだから、 役に立てることがあるのが嬉しかったんだと思う。

 とは言え、 情報が漏れないように買いたい物があるって、 ちょっと後ろ暗い話でしょ? そんな所に、 更生中で騎士を目指してるイオをユーリは連れて行きたく無かったんだよね。 私だってそうだ。

 だから断ったらしいんだけど……。

 その何でも屋さんは、 仕事は確実だし、 滅多な事じゃ情報が漏れるようなヘマもしないんだけど、 基本的に一見さんはオコトワリ―― 馴染みの紹介じゃないと会ってすらくれないとの事。

 そもそも、 会えても気に入らなければ仕事を受けてはくれないらしい。

 しかも、 店を構えてる訳じゃないらしいので、 会う時は、 とある場所に暗号めいた合図を置いて、 会う場所や日にち、 そして時刻を決めているらしい。

 で、 イオが言うには合図を置く場所は絶対に教えられないし、 イオが居なければ会ってすらくれないだろうと言うのだ。


 「俺、 その人の使いっぱしりってーか、 客の案内役とかをしてた事があるんだけど、 何だか気に入られてるんだよね。 だから、 俺が仲介すれば、 会う事位はしてくれるだろうし―― カンだけど、 兄ちゃんは気に入られる気がするんだよ」


 そうイオに言われて、 ユーリが折れた。 イオも仲介以上の事はしないって約束してくれたようだし。 そこまで言われてしまうと、 まぁ、 この場合は仕方がない気もする。

 ソコが駄目だった場合は、 情報管理が甘いけど仕事は確かな所なら紹介できるって…… 情報管理が甘いのかぁ…… できれば、 イオがお勧めしてくれた何でも屋さんが私達を気に入ってくれる事を祈ろう。

 で、 私もその何でも屋さんが気になったのと、 そう言うツテを確保しておくと色々便利そうなので一緒に行く事にしましたよ。

 まぁ、 相手に気に入られないとダメなんだけどね。

 それで、 イオが黒竜騎士団ウチが半日勤務の今日を指定して、 相手が会っても良いと返事をくれたのが昨日の夕方―― と言う訳だ。


 「イオ! ごめん。 待たせた?? 」


 「うんや、 今日は暇だったから少し早めに来てブラブラしてたんだ。 ここにはちょっと前に来たとこだよ」


 広場の噴水の前で、 鳥に餌をやっていたイオがニカっと笑ってそう言った。 手に持ってた千切ったパンくずを辺りに撒くと、 走って私達の方に来る。

 嬉しそうなその様子を見れば、 まるで尻尾をブンブン振った子犬のようだ。 ユーリに頼って貰えた事が相当に嬉しいらしい。


 「折角の休日なのに悪いな―― イオ」


 「ユリアス兄ちゃんには、 勉強とか教えて貰ったりしてるかんな。 ちょっと位恩返しさせて貰った方が、 精神衛生上いいんだよ」


 「へぇ、 ユーリ―― イオの勉強、 見てあげてたんですか」


 どうやら、 ユーリは読み書きや計算―― 騎士になる為に必要な体力づくりの方法なんかを、 タイミングが合った時だけらしいけど、 イオに教えてあげていたようだ。 

 イオはユーリを自分の兄みたく慕っているような所もあるし、 ユーリにとってもイオは年の離れた弟みたいな感覚があるのかもしれなかった。

 実の異父弟おとうと異父妹いもうとにはほとんど会えないみたいだし、 あちらも会う時には異父兄あにに対すると言うよりも、 王弟殿下に対する対応しかしてくれないみたいだから、 イオの反応が嬉しいんだろうなと思うのは、 私の気の所為じゃ無いハズ。 


 「さてと―― ちょっと―― ていうか、 かなり裏道とか狭い所とかまぁ―― 遠回りしながら面倒くさそうな所を通る事になるけど、 許してくれよな? 」


 これは、 尾行している者がいないかを確認しつつ、 もし居たのならそいつ等を撒く為の手段なのだと言う。 後は、 着いた場所が容易に何処か分からないようにするんだとか。

 例の何でも屋さんはどうにも警戒心が強い御仁らしい。 

 それは、 前日の夕方に会っても良いと連絡してきた事からも伺えた。 ギリギリに連絡すればするほど何でも屋さんの事を害するような、 妙な準備は出来なくなるからね。

 イオは、 足音を立てずに歩く―― その様子はまるで猫が散歩でもしているようだ。 ゆっくりな動作をしているように見えるけれど、 その足は速い。 かと思えば、 ゆっくりになったりと歩き方に緩急をつけてるようだ。 

 他の人間に違和感を与えないようにしながらも、 万が一私達をつけている人間が居た場合、 そいつを炙り出す様な不思議な歩き方をしている。

 明らかに、 いつもの歩き方とは違った。 外からは分からないように警戒している歩き方だ。 コレが何でも屋の案内人の歩き方―― と言う事だろう。 

 私とユーリはもちろんそんな歩き方なんて出来ないので、 足音を立てないようにしながら、 目立たぬように着いて行くのが精一杯だった。

 目立たないような歩き方をしているハズなのだけれど、 それでも違和感があるのか、 何度か視線を感じた。 ユーリも感じているようだったけど、 何も言わない。 

 そっと、 撫でるように通り過ぎて、 後をつけているような感じでは無かったからだろうと思う。 

 細いと言うか、 ユーリが通れたのが奇跡なんじゃないかっていう狭い路地を抜けたり、 家具やら何かが捨てられて積み上がってるような所を乗り越えたりしながら、 私はイオの後に続いた。

 方向感覚には自信があったのだけど、 イオの案内の仕方が巧妙なのか…… カザルの裏路地がそう言う特性があるのか分からないけれど、 まるで同じ所をグルグル回るような感覚になって来て正直なトコロ落ち着かなかない。

 自分の感覚が狂わされるって事が、 これ程不快だとは思わなかった。 これ以上進んだら、 気分が悪くなりそうだなぁと思ったそんな時だった――。 

 木の塀に開いた穴を潜った先に大きな岩―― その上に一人の男が座っている。

 髪の色は濃紺、 何本もの三つ編みを頭の上の方で一つに纏めている。 その三つ編みの先に飾りだろうか―― 金属製の筒がジャラジャラとついていた。 

 更に目を引くのは両の瞳―― 真っ黒な布で目だけを覆っているのだ。 目が見えないのかもしれない。 

 そして、 その風貌は正直かなり目立った。 目立つ事を好まないような商売の方法をしているにしては、 意外である。

 ひょろりとした体躯、 座っているから正確な所は分からないけれど、 身長はかなり高そうだ。


 「いよう! 久しぶりじゃねぇか、 チビすけ。 おっ死んで無くて何よりだ」


 「おっさんもな」


 先に口を開いたのは男だ。 気易く、 イオに声をかけると笑顔を浮かべて手を上げた。 その様子を見て、 少しホッとしたような顔をしたイオが返事を返す。


 「―― 今は孤児院に居るらしいじゃねぇか…… あぁ残念でしょうがねぇ。 お前さんが家ナシのまんまなら、 俺の後を継がせようと思ってたのによ」


 「うへぇ! そんなコト考えてたのかよ…… つか、 相変わらず耳がいいな。 その様子じゃ、 俺が面倒事に巻き込まれた事も知ってんだろう? まぁ、 正直―― 路上生活を今でもしてたら、 おっさんの後を継ぎたいと思ったかもしれないけどな」


 男の言葉に、 イオが心底驚いたと言うような声を上げた。 後継者候補として考えられていたと言う事にまったく気付いて無かったらしい。

 現金なモノで、 優秀だと言われている何でも屋の男が、 イオの事をそこまで認めていたのだと思うとまるで弟が褒められたような気持になってしまった。 思わず頬が緩みそうになったのを慌てて引きしめる。

 ユーリを見れば、 変な顔をしていたので、 多分、 私と同じように感じたんじゃないかな。


 「ははっ。 慰めはいらんさ。 適当に次に使えそうなのを探すからよ。 まぁ、 お前さんがそう言うって事は、 後ろ暗い商売からは手を引くんだろう? 」


 男の言葉を聞いて、 コッソリと胸を撫で下ろす。 イオに固執するようなタイプじゃ無くて助かった。

中には、 自分が仕事を「くれてやった」 のに―― と後ろ暗い仕事から足を洗おうとする人間の邪魔をするような人間も居るからだ。


 「―― まぁね。 今は騎士になりたいんだ」


 照れたように頬を掻いて、 イオがそう言った。 その様子をからかう様な笑顔を浮かべた男が手を叩いて笑い声を上げた。 笑い声って言っても、 嫌な感じのヤツじゃないけどね?


 「騎士様ねぇ。 随分とつまんねぇ商売を目指しやがる。 まぁ、 いいんじゃねぇか? 懐が暖っかくなったら、 真っ当な方の仕事でも回してくれ―― さてと―― そいつ等がお前が言ってた紹介したいって客だな? 」


 真っ当な方の仕事が何かは分からないが、 イオが嬉しそうに「まかせろ! 」 と言ったので、 きっと大丈夫なのだろうと思う。 男の事は良く分からないが、 イオの判断は信じられたからだ。

 男の隠された目が、 ひた―― とユーリの方を見つめた。 陽の光も通さなそうな布なのに、 まるで見えているかのようだ。

 

 「あぁ、 そうだ。 あんたなら信用できると聞いた。 本来なら名乗るべきだろうが、 こう言う場所だと名を明かさぬ方が良いのだろう? 俺の事はそうだな―― 」


 後ろ暗い、 と言っても―― 私達のソレなんて後ろ暗いと言うには可愛いものだとは思うけれど、 普通のお店で買えないのも事実。 こう言った裏のお店では本名を名乗らないのが当たり前だ。

 ユーリが、 どう名のろうかと考えていると、 男がガシガシと頭を掻いて口を開いた。


 「素直に名を名乗らないのは及第点だが、 名前くらい考えて来いや―― 減点しちまうぞ? あぁ、 俺の事はイェルと呼んでくれ―― あんた達はそうだな、 ニイちゃんの方を大山猫ティグル、 ネェちゃんの方を山猫ガラナでいいだろ? 」


 ティグルとガラナと言うのは古語だ。 イェルと呼べと名乗ったこの人物は、 随分と博識らしい。

 見えない目で見つめられて、 私は既視感を感じて首を傾げた。 何だろう―― こんな特徴的な人物に会ったら忘れないと思うのだけど……。 何かこの視線が気にかかる。

 まぁ、 分からない事を考えていてもしょうがない。 私は、 イェルさんを失礼にならない程度に観察してみた。 自然体に見えるけれど、 多分退路も確保している気がする。 

 それから、 見えない目でイオが連れてきたのが男と女だと良く分かったものだと感心した。


 「あぁ、 構わない。 しかし、 減点方式なのか? 」


 「さて、 どうだろうな。 正直俺の気分次第ってトコだ。 お前さん達は、 チビすけが連れて来たってだけで最初のスタートはオマケしてやってるからな?? 」


 イオに連れて来て貰ったのは本当に正解だったらしい。 気分次第だというのなら、 現状はまだ及第点の状態なのだろう。 

 見切りをつけられないようにしないといけないけれど、 イェルさんの気分次第って言う事は中々ハードルが高そうだった。 何て言うか―― 好き嫌いが見えずらいんだよね……。


 「さて、 取りあえずはティグルの坊っちゃんに欲しいものを聞いておこうか―― 」


 「坊っちゃん―― か? どうしてそう思った?? やはり口調か?」


 イェルさんの質問に答えるのかと思ったら、 ユーリがそんな事を聞き返した。 

 今はそんなコト関係無いじゃんと思ったのだけれど、 ユーリの顔は意外と真剣だ。 何か考えがあって、 ワザワザそんな事を聞き返したんだと言う事が分かった。


 「何だ、 ワザワザ見てみない振りしてやってるのに、 答え合わせの方がお望みかい? 」


 イェルさんも、 それが分かったのだろうか、 少し興味を惹かれたようにニヤリと笑うと無精ひげをガリガリと掻きはじめる。

 そんな二人のやり取りを、 イオが少し心配そうにしながら見つめていた。


 「そうだな。 本来なら、 互いの素性は伏せて話を進めるのが常套手段なのだと思うが…… 俺としては、 イェル、 あんたと繋ぎを作っておきたい」


 「―― 理由を聞いても? 」


 ユーリの言葉に、 私は納得した。 こう言った相手と交渉をする時は、 知ってる事をチラつかせて確信は言わない事が多い。 

 煙に巻くような言い方をしておけば、 相手が自分の事をどれだけ分かってるかも判断できないし、 知らない事をさも知ってるかのように振る舞う事も容易だからだ。

 だけど、 ユーリはこの御仁と友達―― とまでは言わないけれど、 もう少し砕けた関係になりたいのだろう。

 

 「あんたは、 カザルの裏の事に詳しいだろう? 客に請われた商品を売る仕事だけじゃ無く、 情報にも通じてると見た―― 俺達にはそれが必要だ」


 私達には掴めない情報―― 例えば、 アインがカザルに居た時にどんな動きをしていたか―― とか。 行方不明のエリュネラちゃんの情報―― とかね。

 私達にはそれが喉から手が出るほど欲しい。


 「専属の情報屋になれってことかね」


 少し不機嫌な様子でイェルさんがユーリを見た。 とはいえ、 ワザとらしい感じが出てるから、 本気で不機嫌になった訳じゃあ無いんだろうと思う。


 「そこまでは言って無いさ。 あんたは、 誰かに雇われるって事は好きじゃなさそうだ。 例えば、 酒を差し入れした時に、 気が向いた事を気が向いた時に教えてくれるような関係が良い」


 確かにユーリが言うように、 私にもイェルさんが誰かに支配されるような関係は好きじゃなさそうに思えた。 それが、 例え雇用関係であってもだ。


 「ふん。 面白い事を言いやがる。 つまりは、 ある程度俺が―― 或いはあんたらが俺について気が付いた事を指摘し合って、 互いに信頼出来るに足るか―― 付き合ったら面白そうかどうかを判断しようって訳だ」


 どうやら、 ユーリの答えは正解だったようだ。 イェルさんの破顔した笑顔がそれを裏付けている。

 さっきまで、 心配そうにしていたイオも安心したような笑顔を浮かべた。


 「そういうのは嫌いか? 」


 「いぃやぁ? 好きだぜ。 じゃあ、 まずは俺からカードを切ってやる。 まず、 あんたら―― ティグルとガラナは騎士だ」


 わざとらしく聞くユーリに、 楽しそうなイェルさんの声が答えた。 多分、 ゲームをするような感覚なんだと思う。

 けれど、 迷いもせずに告げられた言葉に正直に言うと、 私とイオは驚いた。

 今着ている物はカザルで目立たないように質素な平服。 しかも私もユーリも帽子を目深く被っているから顔を見て私達が黒竜騎士団きしだと分かった訳では無いはず……。


 「イェルさん…… どうして―― そう思ったんですか? 」


 「一番は足音だぁな。 忍び足の類は、 暗殺者や諜報員の確率が一番高けぇ。 ただし、 一部の凄腕の騎士達にも多い。 だが、 それだけだとどの職業か分からんだろ? そこで次の判断基準だ。 まぁ、 微かな音の差でしかねぇんだが、 騎士は右と左で足音が違うんだよ。 多分腰に帯剣してる事の方が多いからだろうな。 後、 坊っちゃんって言ったのはお察しの通り、 口調がこの辺のゴロツキとは違ったからだな」


 私の問いかけに、 イェルさんが丁寧に解説をしてくれた。 足音が違うってサラリと言ってるけれど、 忍び足―― と言われたように、 私もユーリも比較的足音を立てずにここまで来た。

 その微かな足音を拾って、 違いが分かるとか―― イェルさんはどれだけ耳が良いと言うんだろうか。

 目の見えない人は、 他の五感が鋭くなるって聞いたことがあるけれど、 まさしくそれだと思う。


 「後―― 確かに、 ティグルはスラングとか使って無いですが、 それだけで坊っちゃんですか? 」


 私はもう一つ気になった事を聞いてみた。


 「おう。 それも貴族のな? 商売人の息子だと、 変な風に威張り散らすか、 逆に客相手にするように丁寧な対応する奴が多いんだよ。 で、 ガラナ―― お前さんはアースゲイドの出身だろう? 微妙にあっちの訛りがある。 対してティグルの方には訛りがまったく無い。 多少言葉が悪かろうと、 発音が奇麗なんだよ。 そう言うのは大抵お貴族様だ」


 訛り―― まぁ、 地方だと言葉は同じでも少しだけイントネーションが変わったりする事がある―― 私は比較的訛りが無い方なんだけど、 イェルさんの耳にかかれば出身地方が丸分かりらしい。

 イェルさんの推理に、 イオがワクワクした顔になって来たよ。 


 「凄いな。 正解だ」


 ユーリも素直に感嘆の声を上げた。 帯剣してる時の癖で足音が左右で違うとか、 私も初めて知ったよ。

 こう言う知識は有難い。 ましてや、 自分で気付いて無かったのだから尚更だ。 そうそうある事じゃないけれど、 また変装する時とか、 変装した相手を見破る時とかに使えそうだしね。


 「じゃあ、 俺の事も教えて貰おうか? 」


 余裕のある表情でイェルさんがニヤリと笑う。

 その表情からは、 いったい俺の何が分かったのか言ってみろと言う感じが見てとれた。 


 「ふむ。 じゃあまずはその目は見える―― と言うのはどうだろう。 後はあんたの元の職業は、 暗殺者か諜報員…… いや、 暗殺者だろう? 」


 いきなりのユーリの発言に私は驚いた。 目が見える―― あの状態で? まぁ、 それはまったくありえないって事も無い話だけれど、 それよりも問題なのはイェルさんの元の職業だ。

 案の定、 イェルさんは警戒マックス。 隠された目がこちらを睨んでいるのが分かる。 軽く殺気が込められているような気迫だ。 

 一食触発な空気に、 さっきまで楽しそうにしていたイオが硬直してる。

 一瞬、 銀鎖を操ろうとして舌打ちした。 あれはまだ修理が終わって無い―― いや、 正確には終わっているんだけれどまだ、 取りに行けて無かったのだ。 というか、 この帰りに取りに行く予定だったんだけど……。 先に取りに行っておけば良かった。


 「――…… どうしてそう思う……―― 」


 「直感や推理力の賜物だと言えれば、 格好がつくんだろうが―― 種を明かせば知人にお前さんと同郷の人間がいるからだ」


 後は、 全身から力を抜いて寛いでいるように見えるけど、 瞬時に戦闘態勢になれるように警戒してる所だとかを上げてユーリはイェルさんの方を見つめた。

 ユーリの説明を聞いて、 イェルさんが呆れたような溜息を吐くと、 一瞬で殺気を霧散させる。

 ちょっと後でユーリに文句を言いたい。 イェルさんが警戒を解いてくれたから良かったようなものの、 イオも居る状態で戦闘になりそうな爆弾発言とか馬鹿じゃないかとすら思う。

 まぁ、 そうならない自信があったから言ったのだろうけどね。 あまり、 心臓に良い体験じゃないよ。 


 「推理したとでも話しておけば、 一目置いたかもしれねぇのに、 正直なヤツだなぁ、 オイ。 だとしても、 何で暗殺者だと? 」


 「髪につけた筒―― あれ暗器だろう? それだけだと、 暗殺者とも諜報員だとも区別がつかないが、 その目隠し―― それは、 暗殺者を家業とする者が五感を鍛える為につける修行だと聞いた。 目が見えると思ったのは、 ここに来る途中でイェルの視線を感じたからだな」


 あのジャラジャラしてたヤツ―― 飾りじゃ無くて暗器だったのか…… 元暗殺者―― 諜報員もだっけか? 凄いな…… 形状から判断するに、 あれを取って使うんだろうか…… とすると針状の武器か、 細身の刃が出て来るとかかな。

 私も装身具を身につける時は武器にもなるヤツを着ける事もあるけれど、 成程、 最初から武器を仕込んでおくって手もあるか……。


 「癖ってぇのは、 中々治せないもんだからなぁ…… 廃業した今でも、 目隠しはしてねぇと落ちつかねぇのよ。 まぁ、 理由は分かったけどもよ―― あんたにそんな事を話した阿呆の名前は何だ? 一発絞めてやらねぇと気がすまねぇぜ」


 頭をガリガリと掻いて、 どこか気まずそうにしながらイェルさんは溜息を吐いた。 

 そして、 その後チラリと冷たい笑みを零すと、 そう言ってユーリの方に向き直った。 口調は軽い感じだけれど、 気配はあんまり軽く無い。 

 ユーリの口調から察するに、 何処かの場所に暗殺と諜報を生業とする集団が住んでる場所があるのだろう。 そう言った組織の結束は固い。 外の人間にベラベラと自分達の秘密を話すような人物が中に居れば、 組織が瓦解する事もあり得る。 当然、 元暗殺者としては放って置けないと判断したのだろう。

 下手をすれば、 その情報を知った私達の身だって危ないんじゃないかとヒヤリとした汗が流れた。

 

 「あぁ―― 絞めるには及ばない。 最初は敵として戦ったんだ。 その時に、 暗器を使うのを見たから知っていただけだしな。 後、 目隠しの件はソイツに聞いた訳じゃ無く、 そう言う集団が居ると元々知っていたからだ。 それと、 俺達は軽々しく他人にその話をする気も無いからな? 一応言っておくが」


 敵として戦ったって言うのも、 結局は誤解で、 今では年に一度くらい飲みに行く仲らしい。 お互い名前も知らないらしいけどね。

 それを聞いたイェルさんから、 今度こそ本当に安堵の息が漏れた。 下手したら、 その情報を漏らした相手を殺す気だったんじゃないかな。


 「はん―― 成程な。 ま、 お前らが自殺志願者でも無い限り、 ここでの話を口外するたぁ思ってねぇよ。 つーことはだ、 ティグル―― あんたは高位貴族だな? 俺らみたいな仕事をする奴を知ってるのは下っ端の貴族にゃあ居ねぇしよ。 まぁ、 お察しの通り俺は元暗殺者だ。 けど、 仕事でドジってこっち側の足が義足になっちまったんで―― 暗殺者は引退してこんな稼業をしてる訳だ」


 そう言ってイェルさんは右足のズボンを捲り上げて、 木製の足を見せた。 どうやらひざ下の辺りを失ったらしい。

 自殺志願者、 との発言の通り…… ペラペラと話して回るようなおバカさんだったら、 今ここで始末されていたんだろう。 それを察してか、 流石のイオも半眼でユーリを睨んだ。 

 イオにまで睨まれてユーリがスマンと片手を上げて謝る。


 「ティグル、 あんたが高位貴族ってんなら誰かも予想がついたぜ―― こんな所までホイホイ来て良い御身分でもねぇだろうに―― 変なヤツだな。 ガラナの嬢ちゃんも御苦労さんで。 変な上司を持つと苦労すんなぁ」 


 男所帯に女一人だけだと大変だよな―― と言われたので、 どうやら完璧にバレたっぽい。 私は「ははは―― 」 と苦笑してイェルさんに答えた。

 その後、 チラリとユーリの方を睨む。 これでは平服を着て帽子をかぶった意味も無い。

 私は、 イェルさんの木製の足を見つめた。 ズボンを捲りあげるまで義足だとまったく気が付かなかった。 

 その足は、 色こそ塗られていないから木製だって分かるけれど、 形はとても精巧に人の足に見えるように作られていた。 けれど―― 


 「―― 仕込みですね」


 正直に言えば直感的なものだけれど、 確信を持って私はそう呟いた。 おそらくは刀が仕込まれてる。


 「カハハッ! 中々どうしてガラナの嬢ちゃんも目端が利くねぇ…… コレで、 さっきあんたらを観察してた視線が全部俺のもんだと気付けてたら、 なお良かったぜ? 違和感位は感じてたみてぇだが」


 そう、 イェルさんに笑われて、 私は両手で顔を覆った。 イェルさんの視線が気になったのはその所為か―― ユーリだって言ってたじゃないか…… イェルさんに見られてたって。

 けど、 あれ―― 全部そうだったんだ? 全部別の人間に見られたんだと思ってた。

 視線にも種類がある訳ですよ。 そこに個性が出る事もある。 私の場合は理屈じゃなくて第六感の方が強いけど、 同じ人間がつけて来てるかどうか位は判別出来るって自信を持ってた。

 多分、 イェルさんは私達に視線を送る度に、 見方を変えていたんだと思う。 元暗殺者―― スゴイ。


 「うぅ…… 返す言葉も無い」


 呻くようにそう言った私の事を、 イオが肩を叩いて慰めてくれる。


 「落ち込む事ないと思うぜ? 俺は観察されてるの知ってたけど、 どこで見られてるかとか分かんねーし。 普通の人間じゃ、 おっさんの視線なんて分かんないんだろう? 」


 「まぁなぁ。 騎士様だって勘の悪いヤツは視線すら気が付かねぇだろうよ。 正直に言やぁ、 あれも俺なりの選別方法な訳だ。 視線に気付くか―― 案内人のチビすけの意図を汲むだけの頭があるか―― 歩く時にどんな歩き方をするか―― とかな? 」


 そんな前から判断されてた訳だ。 この人―― 警戒心が強いどころの騒ぎじゃないな。 


 「で、 どうだったんだよ? まぁ、 聞かなくても分かる気がするけどさ―― 俺達の事を殺さないって言った時点で察せるし…… おっさん、 この二人の事結サ構気に入っただろ??」


 イオがそう言ってニヤリと笑う。 まぁ、 そうだろうね。 私だってそう思うわ。 だって、 気分や好き嫌いで仕事を選ぶ人間が、 秘密を口外しないってだけで私達を見逃してくれる気がしないんだもの。


 「チビすけにニヤニヤ笑われると認めるのが癪ではあるが―― まぁ、 結構気に入ったぜ。 度胸がある所とかな。 馬鹿正直な奴らだなぁとも思うけどよ」


 諦めたようにそう言うイェルさんに、 イオが小さくガッツポーズをした。 目が「な? 兄ちゃん達なら、 おっさんに気に入られるって言っただろ? 」 と言わんばかりだ。

 途中誰かさんのお陰でヒヤヒヤしたけれどね。 けど、 多分それがイェルさんのお気に召したポイントだと思うから、 ユーリの事を多くは責めまい。


 「そこに関しては―― 腹芸を駆使して、 中途半端な互いの探り合いをする方が、 仕事を断られそうな気がしたからだぞ? 」


 「それは、 必要があれば狸のでも狐のでも皮を被って対応出来るって事? 」


 真顔で言い切られた言葉にイオが不信そうな声を上げた。 その声に当然と言うように頷くユーリ。 そのユーリの代わりに私が答える。


 「まぁ、 そうだね。 あまり、 好きじゃないけれど、 必要があればやるよ? 私も―― ティグルもね」


 「本当かなぁ―― ねーちゃん、 この前だって対応が下手―― っと何でもないぜ? 」


 疑うのはまだしも、 余計な事をペロっと言いそうになったイオに無言の笑顔で圧力をかけた。 察しの良いイオは理解してくれたようだ。


 「うんうん。 そうだよね? 何でも無いよね。 まぁ、 相手次第とか、 その時の精神状態にもよるって事は認めるよ―― けど、 本気で必要なら、 狐狸相手に煙を巻く位の事は出来ると―― 思う」


 確かに、 最近は混乱したりすることが多く、 師匠にバレたら半殺しにされそうな失敗もしてるけれど、 ユーリが絡んだ案件で無ければ、 平静を装って煙に巻く自信はある―― あるよ?


 「まぁ、 出来るか出来ないかなんて事は、 どうでもいいさ。 じゃあ、 商談と行こうか? お二人さんは何が欲しいんだ? 」


 何か察したのか、 それとも察してないのか良く分からないイェルさんが、 そう言って本題に入るように促して来た。 何かもう一仕事終えたような気になってたけど、 そう言えば本題にすら辿りついて居なかった事を今更思い出す。

 そこで私は、 仮面が必要な事―― 夜闇に紛れるような黒い服が必要な事を話した。


 「ふん―― 成程なぁ…… ま、 騎士団で使ってる黒服や黒マントじゃあ、 騎士団に居た事があるヤツなら判別つくしなぁ。 お前さん達が何をしようってんだかは知らねぇが、 騎士団が噛んでるのがバレたら悪い訳だ。 ―― あぁ、 いいぜ? 購入経路や、 お前さん達がソレを手に入れたんだって分からんようにキッチリ揃えてやるよ。 つーか、 お前さん等が気負って来た割には簡単な仕事で、 いささかオジサンは拍子抜けだけどな」


 お互い警戒しいしい―― しかもあんなやり取りをした後で、 出てきた本題がコレと言うのはまったくの予想外だったようで、 簡単過ぎて欠伸がでるぜ―― だそうです。 えーっと、 申し訳無い?

 交渉と言うような交渉もせずに金額も決まって、 一息ついた時だった、 少し考えるような仕草をしたイェルさんが、 おもむろに口を開いた。

 

 「まぁ、 お近づきの仕事だと思えば上々って事にしておいてやるよ。 そうだなァ―― お近づきのオマケに情報をやろう。 お前さん達がまだ探してる商人の娘だがな―― 」


 いきなりの言葉に、 私とユーリは顔を見合わせた。 探してる商人の娘―― その言葉に思い出すのは行方不明のままになっているあの少女しかいない。


 「! エリュネラちゃんですか? 」


 「確か、 そんな感じの名前だったとおもうぞ? 仮面をつけた黒マントと、 お手々繋いで仲良さそうに歩いてるのを見たヤツがいる。 服装や年齢―― 髪色からして当人の可能性が高いぜ。 ちなみに時期はお前さん方が走りまわっていた事件の後だ―― 」


 「生きてた―― 」


 そのイェルさんの言葉に、 私は茫然と呟いた。 あれから何の情報もなかったし、 あのアインがエリュネラちゃんを生かしておくだろうかと―― 心のどこかでエリュネラちゃんは―― もう死んでいるのじゃないかと思っていたのだ。

 だから、 その情報は嬉しい驚きを私に与えてくれた。


 「あぁ―― だが…… アインといるのか? 」


 「そう―― ですね。 けど、 何で―― 」


 その、 浮き立つ心を冷静に戻したのはユーリの一言。 

 そうだ。 仮面を付けた黒マントの男なんて、 アインしか思い当たる人物は居ない。 しかも仲が良さそうなんて―― どうなってるんだろう。


 「さてなぁ。 けど、 怯えてる様子も無かったようだぞ? 仮面付けた黒マントで無ければ、 親子か兄妹に見えたってよ。 そうだとすると、 なんかの事情で懐いてんのか、 洗脳でもされてんのかってトコだがな。 あまり、 褒められた親でも無いようだし、 自分から着いて行ったのかも知れねぇぜ? 」


 どうやらイェルさんはあの商人が帰り際に吐いていった暴言なんかも御存じのようです。 中々の情報網。 この目立つ容貌でどうやって情報収集してるんだろう?

 それとも、 情報を集める時は変装してるのかな―― してるんだろうなぁ……。


 「確かに、 エリュネラちゃんの父親は娘をモノか何かと勘違いしてる風でしたけど―― まさか」


 腹が立つ人物だった事は確かだけれど、 エリュネラちゃんが父親の元に戻りたく無いと思うほどに酷い人物だったというのだろうか。

 娘の事よりも家の商売―― 家の後を継ぐ部品として娘の安否が気になるって人間だったのは確実だけど。


 「ま、 俺はあの事件が実際どうだったのかっつー、 詳しい所までは分かんねぇけどもよ。 酷でぇ親なら、 そこから逃げたいとか思うんじゃねぇか? 犯罪者と親とどっちの方がマシかって話になっちまうけどよ」


 実際孤児の中には親から逃げてきたようなガキもいるしな―― と言うイェルさんの言葉にイオも頷いた。 家の無い、 ろくにご飯も食べられない…… そんな孤児の方がマシだという生活は一体どんなものなのだろう……。

 幼い少年や少女が、 そんな逃げ出したいと思うような目に合っているのかと思うとやり切れない気持ちになった。


 「そうは言っても―― アインの方が、 親よりマシだって言うんなら、 大概の犯罪者に恩赦を与えたくなりますけどね」


 どんな親でもアイン程の事は出来ないだろうと思う。 死者を弄び、 恐怖を与えて喜び魂にすら苦痛を与え続ける…… そんな奴が親よりマシだと? エリュネラちゃんは思ったと言うのだろうか……。

 

 「ほン―― そいつはそんな風に言われる程のヤツなのか―― 」


 イェルさんは、 そう興味深そうに呟いた。 一般的な国民の中では、 仮面の男が起した誘拐事件でしか無い。 

 殺害された子供たちが孤児だけだった事から、 どれだけの非道があそこで行われていたかなんて街の人達は知りもしないのだ。 それは、 アインの化け物染みた力が公開されない事と同様に、 混乱や恐慌を避ける為でもあったけれど、 飲み込むには重い秘密だ。 


 「詳しくは言えないが、 まぁ、 ガラナの言った事には俺も同意する。 ―― 生きてる事が分かったんだ…… それだけでも良かった。 イェル―― 感謝する」


 詳しくなんて話そうとしたらそれこそセトさまとの誓約の餌食だしね。 ユーリは厳しい顔をしていたけれど、 エリュネラちゃんが生きていた事に関しては安心したようだった。

 だからこそ、 その情報をくれたイェルさんに軽く頭を下げて感謝を示す。


 「うおィ! 軽々しく頭を下げるな。 んな事して欲しくて教えたんじゃねぇ!! 」


 後ずさりしそうな位に嫌そうな顔をしたイェルさんに、 ユーリはそんなに嫌がらなくてもと言った様子だ。 そんなやり取りを見ていたイオがワザとらしい大きな溜息を吐いた。


 「はぁ―― おっちゃん、 もっと言ってやってよ…… 兄ちゃんってば、 ポンポン頭下げ過ぎなんだよな…… その内、 兄ちゃんが頭を下げた時、 何の有難みも無くなりそうだぜ」


 はぁ、 ヤレヤレと言わんばかりのイオに、 私まで思わず苦笑してしまった。 イオ達にも謝罪して頭下げてたもんなぁ……。 

 仮にも王弟殿下が、 ポンポン頭を下げるんじゃ無いとイオが言いたくなる気持ちは、 分からないでも無かった。 


 「―― そうか?? 」


 真顔で私に聞かれても…… 王城に居る時はユーリ頭を下げたりしないしね。 一応適切に使い分けてる気はするんだよね。 

 それは義兄である陛下に迷惑をかけない為でもあると思う。 簡単に頭を下げると貴族は馬鹿にしてくる事もあるから。 王城内に居る方が適切な頭の下げ時って難しいんだよねぇ。

 けど街の人とかには結構頭を下げるユーリ。 

 多分だけど、 謝罪や感謝を色眼鏡で見ない相手には頭を下げてる気がする。 上手く言えないけれど、 ユーリに謝罪や頭を下げるような感謝をされた事で、 ユーリより上の位置に立ったとか誤解したりしない相手…… 謝罪や感謝をただ―― 純粋な謝罪と感謝として受け取ってくれる相手には、 自分が悪ければ謝ってるし感謝の気持ちがあれば頭を下げるって言うか……。 


 「そうだよ! ここぞって時だけそうゆー事はすんだって!! 」


 ユーリにとっては、 ここぞって時だったんだろうなぁと、 イオとの認識の差を噛みしめつつ私は口を開いた。


 「まぁ、 今回は頭を下げたくなる気持ちも分かりますけどね…… 確かにイオの言う事にも一理ありますよ? 」


 イェルさんには頭を下げたくなるくらい感謝したって事ですと言いながら、 ユーリを見れば釈然としないって顔をしてた。 まぁ、 当人は簡単に頭を下げてるつもりが無いんだからしょうがないよね?


 「―― そうか。 気を付ける」


 渋々というようにそう言うユーリ。 味方が居ない事に少し拗ねたような顔をしていて、 大の男相手に何だか可愛らしいと思ってしまった。


 先に幕間を書いていたのですが、 流れ的にこちらが先の方が自然な気がしたので先に書きあげました。 久しぶりに長めになったと思うので、 読みにくかったら申し訳ありません。

イェルさんが中々アグレッシブに動いてくれたので、 書きやすかったです。


 ルドさんの件が進まないのが申し訳無いですが…… 上に書いたように次は幕間となります。 メインの視点はある少女のものです。 

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