告げる言葉 後編
「あんた達が同僚で良かったわね―― 感謝するわ―― 本当に、 ね。 じゃあ、 団長? ―― あたしの話は終わったわ。 それで、 団長はあたしたちに何の話があるの? 」
ルドさんの話がひと段落した所で、 ルドさんがそうユーリに話を向けた。
そうだった。 ユーリも何か話があるって言ってたんだよね。 ルドさんの話ですっかり忘れてた。
「そうだったな。 俺の話は―― 前の黒竜騎士団の話だ」
「! ―― ユーリ…… 」
ユーリから、 さらっと告げられた言葉に、 私は思わず声を上げた。
いつかは、 皆に話して欲しい―― そう望んだのは私だ。 けれど、 それが今日だって事はまったく考えてはなかった。 だからこそ、 冷静でいるユーリより私の方が動揺してしまう。
「以前ここで、 俺には『秘密』 があるとリゼが言った事を覚えているか? 」
「あたしたちを信頼できたら―― って言ってたヤツかしら」
絶句している私を余所に、 ユーリが言葉を続けた。 その言葉に、 ルドさんが緊張した面持ちで問い返す。
「あぁ、 それだ。 この話は、 当時の全騎士団の団長に副団長、 それから義兄である国王陛下も知っている―― ただし、 一般的には無かったとされる事実だ。 しかも、 その話を信じている奴は…… 義兄上の他にどれくらいいるか分からない」
冷静な口調とは裏腹に、 ユーリの顔には苦悩が滲んでいた。
信じてもらえるかも分からない話をする事への不安―― 話す内容が内容だけにユーリにとっては古傷を抉るような苦行にもなるだろう。 だから――
「師匠は―― 信じてますよ。 ただ、 それを公に言えないだけで」
私も信じてます―― そう告げてユーリを見る。 ―― そうだ。 師匠はユーリの話を信じている。 現ゲーティアであるところのクラレス公もだ。
あの日―― あの事件の後、 緊急連絡を受けてユーリを迎えに来たのは師匠だ。
その時に見出された私は、 ユーリが高熱を出して寝込んでいる間に、 まだその時には王子であった現在の陛下とクラレス公、 オルバス宰相、 そして師匠、 後はセト様―― その五人に私は王城に呼ばれて話をした。
その時には、 父さんが何者であったのかもう知っていたけれど、 母さんには何も言わず、 ただ、 ユーリを発見した時の状況を説明するために王城に行って来るとだけ話した。
母さんは気付いていたとは思う。 迎えに来た師匠と父さんはそっくりだったからね。 まぁ、 雰囲気は大分違うけれど。
その時に、 ユーリにはまだ話せていない事も含めて、 全ての事を話した。 だから、 この五人はユーリが思っている以上に真実を知ってるんだよね。
「公に言えない? 」
エイノさんがそう言ってユーリに問い質す。
「そうだ。 その事があった時期が、 俺の父が死んだ時と被るんだ。 なので混乱を避けるために秘匿された―― つまり、 前の黒竜騎士団が行方不明扱いのままでいるのは、 事実が無かった事にされたから―― だな」
前王陛下の死と時期が被るのは当たり前だ。 前王陛下は、 私とユーリ―― それから多くの民を守る為に死んだのだから……。 まだユーリに伝えていない真実に、 苦しい程に胸が痛む。
話せないのは、 不安だからだ。 その真実を伝えることで、 ユーリが余計に苦しむんじゃないかって思いと―― 私が、 エイス団長と前王陛下を見捨てて来た事を許してもらえないんじゃないかって言う自分勝手な不安――。 あぁ、 でもいつかは話さなければいけないんだけど。
「何があったんです」
ガルヴさんがそう気遣わしげにユーリに話かける。
「十年前だ―― あの日、 俺の父の薬に必要な薬種を得るために、 俺はある村へと行った。 俺はまだ見習い中の騎士で、 団長は俺の叔父だった。 薬種を得て、 村に帰った夜―― 今にも死にそうな状態で駆け込んできた騎士がいる―― マルス辺境伯の所の騎士だ」
あの日を思い返すように―― 静かにユーリは口を開いた。
既に血の気の無い、 表情の無い顔をして話すその様子に、 ユーリが心の中の嵐に翻弄されないように自分を律しているのだと見当がついた。
痛ましげなその様子に、 誰も先を促すような合いの手も入れられず、 ただ神妙に話に聞き入る。
「酷いありさまだった。 四肢も欠損してたしな。 目も見えなくなっていた。 男は『何か』 に襲われて、 巡回中の監視隊はその男を残して全員墜死したと話した―― その彼も、 報告を終えると事切れたが。 危険種の可能性が高かったからな―― 村の近くに危険種なんぞ、 結界があるとはいえ看過できるものでもない。 そのまま黒竜騎士団が出撃した―― 俺は、 黒竜騎士団の強さを知っていたから、 呑気にいつものように危険種を倒して皆で帰るんだと―― そう思っていた」
ギシリ。 歯を食いしばる音がする。
まるで、 呑気にそんな事を思っていた自分を責めるようにだ。 実際に責めているんだろう。 膝の上に置かれた手が拳を握り、 膝を打ち付けた。
「着いた場所はイティスの浮島だ。 そこも酷い有様だった。 監視隊を襲ったのは危険種なんかじゃなかった。 それよりももっと―― 怖ろしいものだ。 そして―― 虐殺がはじまった」
―― 狂った―― 古代竜
神話時代の怪物―― もっとも古く、 この地に堕とされた棄てられし種族。
誰も、 何も言わなかった。 ユーリの話に、 息をする事を忘れたかのように聞き入る。 苦痛の表情を浮かべて話すユーリを私は直視する事ができなくて、 そっと目を逸らせた。
表情とは裏腹に、 ユーリは淡々と話す。
感情を入れないように、 ただあった事をあるがままに話そうとする…… 余計な先入観になりそうな事を排して皆にただ事実を、 と。
テーブルの下―― ユーリの膝を掴む指は白く、 荒れ狂いそうな感情を抑えて話しているのだと言う事は見てとれる。
ユーリの感情の全てを理解している訳じゃない。 けど、 あの地獄は私も知っている。 私にとっても、 皆の事は忘れる事なんかできない。 少しだけ話しただけの人も、 大好きになった人もだ。
『ユーリを頼むぞ』
エイス団長と、 前国王陛下―― ユーリのお父さんから託された願いを想った。 ユーリに語れずにいる私の秘密…… ユーリには団員達に話せと言った癖に、 自分の秘密は話さないままで…… 自分でもズルイって自覚はある。 けど――
私は思わず、 ユーリの手を取ると強く握りしめた。 こんな事で、 ユーリの支えにもならないって分かってはいたけれど……。
ユーリは軽く目を瞠った後、 少しだけ泣きそうにも見える顔をして黙った。
「義兄上は、 最後まで情報が秘匿される事を反対した。 が、 若く―― 王となったばかりの状況では、 そうせざるおえなかった…… 俺も、 頭では理解しているんだ。 あの時、 混乱を避けるには仕方がなかったと」
王が不在の間は結界が弱まる。 結界の主がいなければ、 最終的には結界は消えてしまうのだから。
今の陛下が正式に王位を継いだのは前王陛下の喪が明けてからだったけれども、 その前に、 簡易的な王の就任の儀は行われたしね。
あの時の陛下には全てを理解していても、 それを押し通すだけの権限がなかった。 正式に王位を継ぐまでは一時的に元老院が組織されて、 その承認を得ない限り公式の決めごと等は認可されないから。
どちらにしても、 元老院の『これ以上の混乱は避けるべき』 との助言を飲む事にしたのだから、 義弟に辛い思いをさせる事になってしまった事実には変わりない―― 以前、 陛下がそう言っていた事を思い出す。
「だが、 死んでいった者たちは? その家族は、 今もまだ真実を知らない。 浮島が消えてしまったから、 その亡骸も弔ってはやれなかったしな…… 今の俺に出来る事は、 所在不明のイティスの浮島を探す事と、 あの狂った竜がどこにいるのかを探す事だけだ」
あぁ―― ユーリはそう考えながら、 外回りの巡回をしていたのか……。 消えたイティスの浮島を探して、 仲間の亡骸を探そうと――。
確かに、 行方不明の状態じゃあ、 遺族はいつまでも家族を探し続けるだろう。 神経をすり減らして愛する人の無事を祈るだろう。
私は彼らが輪廻の輪に還った事を知っているけれど、 家族の人達はそれを知らない。 亡骸を弔う事のできないこの状態では、 残された家族がそれを受け入れるのには足りないのだ。
愛する人が死んだのだと認めるのには。
せめて、 亡骸を見つけて弔う事ができれば、 違うはずだ。 墓を作ると言う事は、 残されて生きる人たちが気持ちを整理するためにこそ必要だと思うから。
「俺は―― 新しい黒竜騎士団を守りたかった。 ―― 慣例的に王族の子弟がいる時は黒竜騎士団の団長はその者に任される。 俺も叔父が死んでしまったからな…… 未熟なうちに団長の任を預かった―― 俺達の任されている巡回区域は危険が多い場所だ。 かつての黒竜騎士団はこの国に於いて一番強い騎士団だったからだがな…… もちろん、 弱体化した騎士団に危険種の多い地域をそのまま任すべきではないと言う議論もあった。 だが、 その意見は俺が強くなる事で無理やり封じた」
王弟である事を笠に着てと、 口さがなく言う人達がいるのを私は知っている。 学院の中で黒竜騎士団の話題が出る度に、 貴族の子供達が口にした言葉だからだ。
子供達がそれを口にすると言う事は、 得てしてその親が普段からそう話している言う事に他ならない。
「俺は―― 今度こそは失いたく無いと―― 無茶をした。 団員を巡回に連れて行かないという無茶だ」
新しい騎竜を入れる事も無く、 新しく編成された黒竜騎士団で―― 優秀な者や、 先見の明がある者はユーリに失望し別の騎士団への移動願いを出した。
ユーリにとっては理由のある無茶だけれど、 傍から見れば理不尽な仕打ちでしかない。
悄然と呻くように話すユーリには後悔の念も見えたけれど、 あの時はユーリにとってそれが精一杯だったのだろうなとも思う。
「しかも団員が皆、 死んだのだと言う事実を見たく無くて宿舎にも近寄らなくなった。 後は知ってるだろう? お前たちの前任者がどうなったか…… 酒や、 博打に逃げて黒竜騎士団は騎士団としての機能を失った。 その内、 問題を起こした奴らを放りこむ『ゴミ溜騎士団』 と呼ばれるようになった訳だ」
宿舎に帰れば、 そこで暮らしていた前の黒竜騎士団を思い出す。 それだけ、 ユーリにとっては宿舎に思い出が多かったんだろう。
そして騎士団に残ったのは、 移動願いが受理されない鼻つまみ者―― 彼等だけが悪かったとも言わないけれど、 ユーリへの当てつけに数々の悪さを起こして黒竜騎士団の風評を落した。
最終的には、 辞めて行ったみたいだけれど、 その爪後は今も黒竜騎士団の皆に影響を与えている。
「守りたいと思っていたはずなのに、 結局俺は自分の手で騎士団を壊した。 だが皆、 死なずに済んだのだから―― と自分に言い訳して、 今まで見ないようにしてきたんだ」
見ないようにしたのは多分、 壊れそうな自分を守る為でもあったはずだ。
ただでさえ、 大切な人たちを目の前で失って。 その後も一人で抱え込んで闘い続けたユーリ。 ―― 頼ったり、 相談できる人がいれば違ったのかもしれない。 けれど、 ユーリの周りにそんな人はいなかった。 当人も作ろうとしなかったしね。
陛下は公務に忙しく、 結界を張り続けるという大事な仕事もある。 ユーリとしては、 大切なお兄ちゃんにこれ以上苦労を背負わせたくなかったのかもしれない。
けれど、 ユーリは知らない。 陛下がそんなユーリを心配しながら見守っていた事を。
いつかは、 傷を乗り越えてくれると信じながら…… 『王と言うものは面倒だね。 自分の義弟相手でも臣下として扱わなければいけない』 臣下として扱うのなら、 本来はもっと厳しくしなきゃなんだけど―― と苦笑しながら話す陛下は辛そうだった。
勅令として、 ユーリに黒竜騎士団を立て直すように言う事もできたけれど、 陛下はそれをしなかった。 実際に、 そう嘆願する声もあったらしいけれど。 正直な所、 勅令を出してもあの頃のユーリが従うとも思えなかったんだろう。
陛下の勅令に逆らうのは、 王弟と言えど不敬であると言わざるおえない。 だから、 陛下は黒竜騎士団には触れない事を選んだんだ。
「悪い―― 団長…… ちょっと想定外すぎて頭が―― ついてかねぇ…… 」
想定外のスケールの話に、 ヴァイさんは混乱した顔をして頭を抱えた。
まぁ、 そうですよね……。 誰でも、 黒竜騎士団のこんな裏話が出て来るとか思わないだろう。
「正直、 『信じられない』 って言えたら物凄く楽なんだけど―― 違うのね。 団長だけじゃ無い…… リゼの顔を見ても分かるわ」
同じく、 頭を抱えたそうにしているルドさんが、 疲れたような顔でそう言った。 皆、 似たり寄ったりの大差無い表情だ。
「――…… 覚えてる―― 南アースゲイドまで噂が来てた…… 危険種に監視隊がやられて―― 」
どこかの騎士団が行方不明だって…… そう言って真っ青な顔のままアスさんは黙り込んだ。
アスさん、 その時は騎士団に興味が無かったらしいので、 そのままその噂は忘れていたようだけど。
「その噂なら、 俺も聞いたことがある。 学院での噂で―― すぐに立ち消えになったけどな」
エイノさんが、 当時の事を思い出すようにそう言って押し黙った。
「――…… そんな―― そんな事があったなんて…… 」
ガルヴさんが、 胸の前で組んだ手は小刻みに震えている。 恐怖―― とかでは無い。 ただ、 身の内に溢れる感情をどう受け止めたら良いのか分からない―― という様子だ。
「俺は…… お前たちの事情も知っている。 ほとんど冤罪としか言えないような状況で黒竜騎士団に来た事もな―― 真面目に騎士をしていたのに、 俺みたいなのが団長をしている所に放りこまれて悔しかっただろうな―― と、 今なら分かる。 ―― 情報が秘匿された時、 俺はそれに抗った。 危険な生き物がいる事実を知らないのは、 命に関わると思ったからだ。 だが、 高熱を出して生死の境を彷徨った俺の言葉を聞く者はいなかった」
良かれと思ってする事が、 相手にとって良い事だとは限らない。 一生懸命で盲目的に行動していた時とは違い、 騎士団の皆と交流を持つようになった今―― ユーリは冷静に皆の気持ちを慮れるようになったんだろう。
悔しかったろう―― と話す言葉の中には、 申し訳無かったという気持ちが入っているように見える。
そのまま、 後悔を滲ませる口調で言葉を続けた後―― 不意にユーリは口を噤んだ。
「高熱が見せた悪夢だと」
暫く、 口ごもった後にユーリが告げたのはその一言で。 その言葉に、 周囲の皆がシンとする。
ユーリの表情は、 諦めが強い。 その疲れたような表情に、 暫く誰も何も言えなかった。
「確かに―― 悪夢にしてしまった方が楽だものね。 けど―― だとしてもどうして今もそのままにしているのかしら」
溜息と共に言葉を吐きだしたルドさんが、 そうして考えるような顔をした。
言いたい事は理解できる。 人的被害が出ているうえ、 相手は災害のような生き物だ。 結界があったとしても放置したままでいるのは何故かと思うのは当然の疑問だ。
それは、 前王陛下とエイス団長の結界が今もなお機能しているからこそなのだけれど、 それこそ口外すれば首が飛ぶ誓いに縛られているので私には話せるような事じゃない。
「義兄上は、 話せないが対策は取ってあると言っていたがな…… 俺も教えてもらえていないから真相は分からん。 ただ、 義兄上がそう言ったのなら俺はそれを信じる」
かつて、 イティスがあった場所―― その四方に陛下は今特殊な結界を張っている。
それは閉じ込める為の結界では無い。 あの狂いし古代竜を閉じ込めるのならば、 結界の力の全てを動員せねばならず、 他にも危険種が暮らすこの地に於いて陛下がイティスに結界を張るのは自殺行為。
けれど、 前王陛下とエイス元団長が張っているであろう結界が効力を失えば、 災害級の危険が世に解き放たれる事になる。
陛下が張っている結界は、 イティスごと封じられている古代竜が目覚めた時―― それが分かるようにする『銀嶺の薄幕』 と言う名の結界だ。 独立した意志を持つ特殊結界で、 陛下が死なない限り活動を続ける。
内から外から出入りするものを感知し、 古代竜が目覚めればその身に取り付き居場所を陛下が感知できるようになっているのだ。
それと並行して進められているのが、 古代竜―― 狂っていない古代竜の捜索―― 意志の疎通が可能な古代竜を探し、 彼等に『竜滅の剣』 を与えて貰おうと言うものだ。
マルトリア学術院に組織された極秘の対策委員会、 その彼等の働きによって古文書から古代竜と戦った記録が出てきたのだ。 それによれば、 古代竜を倒すには竜滅の剣が必要で、 それを与えてくれたのは古代竜であったという。 現在その剣の所在は不明だ。 古代竜に返還されたのだとも、 戦いが終わった後に砕け散ったのだとも言われていて定かではない。
正直なところ、 何で古代竜が古代竜を倒す為に剣をくれるの? とか疑問があったりするのだけれど、 今の私達にはそれを信じて探すしかないのだ。
「陛下は聡明な方ですからね。 放りっぱなしって事はないですよ。 絶対」
私が、 真実を告げた時も―― 陛下は恨みごと一つ言わなかった。 ただ、 義弟を助けてくれて感謝する―― と頭を下げただけだった。 私が、 もっと早くあの場に行って召喚をする事ができれば、 皆を救えたはずだと責めたりはしなかった。
あの時の私は、 いっそ責められた方が楽だなんて思っていたけれど―― それは罪悪感がもたらす我儘だったって今は分かってる。
前王陛下が亡くなって、 自身の身にこの国の全てが圧し掛かっていた時だ。 その心労は計り知れないものであったろうと思う。 そんな時に、 頭を下げて感謝ができる人なんだと…… 驚いた。 陛下は私の『約束』 を尊重してくれた人だ―― だからこそ、 私は騎士になった。
一つは、 ユーリの傍に行くために。 もう一つは、 幼い子供に頭を下げた陛下に仕えるために。
「随分自信があるんだな。 まぁ、 義兄上の事を信用してくれているのは嬉しいが…… 」
『絶対』 に力を込めすぎたせいか、 ユーリが苦笑しつつも何処か嬉しそうにしてそう話す。
私は、 知らずに胸元で小さくガッツポーズをつくっていた事に気がついて、 目を逸らしながらその手を下した。 ユーリが、 それを見てクスクスと笑う。
「団長―― の事も信じてる」
アスさんが、 そうポツリと呟くと、 何人かが頷いた。
「少しはな! いや、 ちょこっとだけ―― だぞ」
目を逸らしながら―― 口を尖らせて言ったのはヴァイさんだ。 不本意って顔に書いてあるんだけど。
でも、 最初の頃の事を考えればエライ進歩だと思う。
「ヴァイ、 前に言ってた―― いけすかない所もある―― けど、 信頼できるって」
「アス! 手前ぇっ!! 」
アスさんがヴァイさんをチラリと見た後、 真顔で言い切った言葉に、 ヴァイさんが立ち上がって吠えた。 アスさんの胸倉を掴もうとするのを横にすわったエイノさんが爆笑しながら止めてる。
エイノさんが爆笑するなんて、 初めて見た気がするんだけど……。
「あぁ―― 言ってたわよね。 カザルの後に」
ルドさんが、 容赦無くそう言いきって周囲を見回せば、 次にガルヴさんが―― そしてもう一度アスさん―― 最後にエイノさんがそれを肯定する言葉を告げる。
「言ってたね」
「うん。 言ってたよ」
「間違い無く言ってたな」
大笑いしながら皆に言われて、 ヴァイさんは唸るように声を出してドカっと席に座った。 苛々と足を揺すりながら、 テーブルに肘をついて顎を乗せ―― ギリギリと歯噛みしながら皆を睨む。
「くそっ! もう好きに言えよ、 チクショウ」
暫く恨み事をブツブツと言った後―― 観念するようにヴァイさんがそう叫んだ。
「そんなに、 お前に信頼されてるとは思わなかったぞ? ヴァイノス」
ヴァイさんのその様子に、 ユーリがからかうような視線を向けてそんな事を言ったもんだから、 ヴァイさんが余計に膨れたような顔になった。 照れているのか、 耳まで真っ赤だし。 ここで笑ってしまえば、 余計に拗ねるだろう事は分かっていたけれど、 ついつい押さえが効かなくて吹き出すと、 睨まれてしまった。
「皆―― 済まなかったな…… 俺は、 結局諦めたんだ。 お前達と信頼関係を築くよりも、 俺が一人でいる事の方が楽だったから。 そうすれば、 失うかもしれないと心配する必要も無いだろう? 」
唐突に、 真顔になったユーリがそう言うと、 皆に頭を下げた。
その様子に一瞬沈黙が降りる。 その沈黙を最初に破ったのは、 散々皆に笑われて拗ねたハズのヴァイさんだ。
「あんただけの所為じゃないだろ? 俺達だって、 前任者の奴等だって結局―― あんたと信頼関係を築こうなんてしてこなかったんだからよ」
目を逸らして、 そっぽを向いたままだけれど、 この言葉でヴァイさんがとっくにユーリの事を許していたのだと理解できた。
「ヴァイの言うとおりだな。 団長にはもう何を言っても無駄だと、 誰もが思っていた訳だし。 現状に不満もあった―― 怒りもあった。 だが、 団長に文句を言う前に、 俺達はやれる事があったはずだ」
エイノさんが溜息を吐きながらそう話す。 最初のうちは、 ユーリに文句を言ったとしても受け入れて貰えなくてユーリに見切りをつけた。 その後は諦めて、 流されるままに―― 全てはユーリが悪いのだとそう言い訳していたんだとエイノさんは言う。
「宿舎を奇麗にして誰が来ても大丈夫なようにしたり―― 喧嘩をしないで訓練するとかだね。 悪い噂の大元はオレ達の所為じゃあないけれど、 その噂を払拭せずにいたのはオレ達自身―― つまりは自業自得な所もあった訳だし」
「ん。 品行方―― 正? にしてたら、 皆の見る目も―― 変わってた―― かも」
頬を掻きながらガルヴさんが言った後に、 アスさんが頷きながらそう話す。 誰からも反論が出ない所を見れば、 皆同じように考えているのだと理解して、 思わず笑みが零れてくる。
暖かな気持ちが私の身体を満たした。
「随分好意的だな。 お前らはもっと俺に文句を言っても良いんだぞ? まぁ、 この話をしてお互いの理解が深まったからと言って、 外の巡回には連れて行かない訳だが…… 」
少し、 照れくさそうにユーリが話す。 けれど、 その最後に付け足された言葉にヴァイさんが目を剥いた。 他の皆は大体予想してたのか、 やっぱりね…… と言った感じだ。
「行かねーのかよ! 」
そこは、 「皆で巡回行こうぜ! みたいな話になるだろう? 普通!!」 と言うヴァイさんに、 満面の笑みのユーリが一刀両断に言い切る。
「そりゃあなぁ…… お前らがアレに会ったら確実に死ぬし? 」
「というか、 そんな化け物の相手…… 団長は出来る訳? 」
はっはっはっと笑うユーリにルドさんが、 疑問を口にした。 まぁそうだよねぇ。 古代竜なんてシロモノまともに相手に出来るのかと思うよね普通。 まぁ、 私は大方の予想はつくけれど……。
「今の俺一人なら、 取り敢えず死にはしないさ。 最悪、 結界張ればどうにか出来るだろうし。 行きたいんなら、 俺が安心できる位に強くなってくれ」
あぁ、 やっぱり。 じゃなければ、 あの陛下がユーリの行動を黙認するはずないしね。
ユーリのこの言葉にヴァイさんは閉口して唸り声を上げた。 言い返したくても、 事実だから言い返しようがないらしい。 他の面々も、 取りあえずは納得したようだ。
少し意外だったのは、 ユーリが「俺が安心できる位に強くなってくれ」 って皆に言った事。 絶対―― もっと強固に外回りの巡回には連れて行かないって言われるかと思ってた……。
それだけと言えばそれだけだけれど、 ユーリも前のユーリじゃ無いのだと気がついた。
皆がユーリを信じてくれたように、 ユーリも黒竜騎士団の団員を―― 信じる―― そう決めたのだと。
自分一人で全部を抱え込むのを止めたのだ。 かつての黒竜騎士団が家族のような関わりであったように、 現在の黒竜騎士団もそうなって行くのだろう。
それなら、 私は安心できる。 いつか、 黒竜騎士団から去る時に、 安心してユーリの手を離す事がきっとできる。 その頃にはきっとユーリは自分の事を許せるようになってるだろう……。
いつか、 誰かを愛する事ができて、 きっと―― 家族を持つ事だって――……
あぁ―― 嫌だなぁ……。
私、 今凄く嫌な奴になっている。 それが私じゃない事が嫌だ。 別の誰かが、 ユーリの傍に居るのが嫌だ。 別の誰かがユーリの隣に居るようになる位なら、 いっそ―― ユーリがこのまま自分を許せなければと思ってしまった。
だって―― それなら、 私はユーリの傍に居られるもの……。 なんて酷い―― 嫌な私。
自分の心の醜さに、 一瞬にして心が冷たくなる。 私は引きつりそうになる笑顔を誰にも見られないように、 座る体勢を直す振りをして下を向いた。
「さて、 この話は終わりだ。 好きなだけ飲み食いしていいぞ? 」
ユーリの言葉に、 歓声が上がった。 タダで美味しい物が食べられるのは嬉しいものね。
私は、 何とか深呼吸して心を立て直すと、 何でもない振りをして笑顔を浮かべる。
「よし。 高い酒を飲もう」
舌舐めずりしたエイノさんに、 信じられねぇと呟いてヴァイさんが、 しかめっ面をした。
「おま。 いきなり『神殺し』 とかチャレンジャーだな…… 流石にしょっぱなからそれは無いわ」
とか言いつつ、 グラスに『神殺し』 を注いだエイノさんから『神殺し』 を受け取って、 自分のグラスに注いでる辺り、 言っている事に説得力が無い。
「そうそう。 流石にお腹に何か入れてからの方が良いんじゃないエイノ? 相手は『神殺し』 よ…… そのまま倒れてこの美味しそうな料理を食べ損ねるって事もあり得るんだから」
とか言ってるルドさんも『神殺し』 をグラスに注いでるけどね。
度数の高いお酒を、 いきなり胃に流し込んだらきっとぶっ倒れると思う。 先に、 食べ物を摘んだ方が生き残れそうだ。
流石に皆、 割らないでは飲めないと思ったのか、 ジュースで割ったり、 炭酸水で割ったり、 お茶で割ったりしているけれど。
「―― 確かに。 まず食おう」
エイノさんがそう呟いて、 いきなり甘味をパクつき出した。 エイノさんは甘党だったらしい。 前回はデザート用意しなかったからね。 意外な一面だ。
「これ―― 美味い」
「あぁ、 召喚されて来た神獣に教わった料理らしいよ? ギョー何とかだったかな―― それともシューマイだったかな…… 」
アスさんの呟きに、 ガルヴさんがそう答えた。 料理の名前を思い出そうとしているみたいだけれど、 どうにも出てこないらしい。
たまたま知っている料理だったので、 私はガルヴさんに助け船を出した。
「ギョウザですね。 完全に同じ食材がある訳じゃ無かったようなので、 まったく同じじゃ無いらしいですけど…… 再現度は高いらしいです」
ガルヴさんが「あぁ! 」 と納得した顔をした。 そのギョウザを私も取って口に運ぶ。 保温してくれるお皿のお陰で、 ギョウザはまだ熱々だった。 零れ出る肉汁がとても美味しい。
本家本元のギョウザは知らないけれど、 これはこれで完成された素晴らしい料理だ。
「何だ、 知り合いの神獣なのか? 」
ユーリにそう聞かれて私は苦笑した。 そのレシピをもたらした神獣は確か麒麟と聞いている。 随分と飲んべぇな神獣で人が困った顔をするのが好きだと言うハタ迷惑な人―― そう、 人型にもなれるその神獣は私の先祖と大変気が合ったようだ。
「随分昔に召喚された神獣らしいので知り合いじゃないですけど…… 最長老的なアノ人の知り合いですよ…… 」
「―― あぁ…… 」
こっそりと付け足した言葉で、 その人物がセト様だって理解してもらえたようだ。
ユーリの顔色は、 先ほどよりも良くなってきたように思う。 長年胸に秘めていた事を吐きだした所為かもしれない…… 心なしかスッキリした顔になった。
各々思う事はあるだろうけど、 今は誰もそれについては話さない事にしたようだ。 普通なように見えても、 今の話をユーリがするのにどれだけ心を痛めたのかが分かっているからだと思う。
だから、 皆何も言わずに明るい雰囲気にしようとしているように見えた。
「これ何です? 」
シュワシュワとした蜂蜜色の液体をユーリに差し出され、 私は首を傾げた。 ジュースだとは思うけど、 底に沈んでる飴色のは何だろう?
「アプレの糖蜜漬―― その十年モノを刻んで炭酸水で割ったものだそうだ。 甘くて美味いぞ」
「へぇ―― 美味しそうですね。 こっちも同じヤツですか? 」
私は有難くそれを受け取ると、 ユーリが傍に引き寄せたもう一つのグラスを見た。 ぱっと見同じものにしか見えない。 ユーリは絶対お酒から飲むと思ったので、 少し意外に感じながらそう聞いた。
「あぁ、 それは更に『神殺し』 が入ってる」
「げ」
絶対に飲んじゃいけないやつだ。 同じ形のグラスに、 同じ色の飲み物―― これは、 間違えないように飲まないと。 この前、 飲み間違えた事を考えれば、 ずっとグラスを持っている方が安全かもしれない。
私は、 手渡されたグラスから一口その炭酸水を飲んだ。 甘くて―― 美味しい……! 炭酸とは言え、 そんなにキツイものでも無い。 アプレの糖蜜漬の味の後ろに何か別の味を感じた気がしたのだけれど、 そんな事も吹き飛ぶくらいにこれは美味しい飲みものだ。
私は、 一気にそれをもう一口、 二口飲むと思わず笑みを浮かべた。
―― 今日の記憶はそこまで。
遠いどこかで、 ユーリの悪い―― こっちがジュースだった―― と言う声が聞こえたのが最後だ。
恨むぞ、 ユーリ…… 私のご飯! まだほとんど食べてなかったのにっ!!
何とか―― 12月中に更新できました。 大変遅くなって申し訳無いです……。
本年も、 あともう少し。 立ち寄って下さった皆様、 ありがとうございました! できれば、 来年も宜しくお願い致しますm(_ _)m
良いお年をお過ごしください。 そして、 来年が皆さまにとってより良い年となりますように……。




