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廃棄世界に祝福を。  作者: 蒼月 かなた
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本当にどうしてこうなった。

 あの後、 どうやって仕事をこなしたのか―― 良く覚えていない。

意識がちゃんとしてない状態でも、 人間って仕事できるんだね。 書類とかユーリから返って来てないから特にミスもしなかったみたいだし。

 ルドさんが、 怖ろしく頼れるオネェと化して色々気遣いしてくれた結果―― 間に入って連絡役をしてくれたお陰で、 気が付いたらユーリにもヴァイさんにも顔を合わせずに一日が終わっていたし。

 昨日はそれで大分落ち着けたんだけど―― 一日たった今―― ユーリは結局どうなったんだろう…… とか、 私は今日どんな顔で食堂に行けばいいんだろう―― とかグルグルと考えるというドツボに嵌まっていた。

 そんな私を、 クロやシェスカ、 リィオが心配そうに見つめている。

 シェスカはね、 クロとお散歩と言う名のデートをしたら一応、 復活して帰って来た。 

キツイ言動も反省して、 大人しくしてたんだけど、 クロが『シェスカが静かすぎてキモチワルイ―― 』 と不用意な発言をしたために、 結局元のシェスカに戻っちゃったけど。 

 ルカがそれを見て大爆笑。 ―― シェスカが落ち込んだのはルカさんの所為なんですけどね? それで、 怒ったシェスカに追い出されてルカは只今外出中です。

 ルカを追い出した後、 シェスカはこっそり教えてくれた―― 『嫌われたくないから―― ちょっとだけ気を付けるわ…… 』 って。 クロの事が好きだから言いすぎちゃうんだろうなって言うのは、 私の意見。

 リィオは空を飛んできたら上機嫌に戻ってたので特に何も言うまい。 ただ、 休日とかになるべく構ってあげようと思ってる。

 なんにしても、 今は皆の存在が私の安定剤だ。 三匹みんなの匂いをハスハスしながら抱きつく。


 「う――…… 落ち着く」


 ハスハスハスハス。 モキュモキュモキュモキュ。 これ―― 傍から見たら変態みたいだよなぁ……。 けど、 今の私には癒しが必要だった。 嫌がられるレベルで抱きついているのに、 皆がじっとしててくれるのは、 ひとえに私がそれだけヤバそうなんだろう。


 『リゼ―― 朝ごはん食べなきゃじゃないの? 』


 『馬鹿! リィオ黙れ』


 『しーっ! クロもよ。 ようやく少し喋るようになって来たんだから…… 』


 心配そうなリィオの声と、 クロとシェスカの声。 それを遠くに聞きながら大きな溜息を吐いて脱力する。 普通にしなきゃ―― 普通にしなきゃと思うほど、 普通からかけ離れて行く気がした。

 ヴァイさんのお陰で、 エライ事になった―― 恨むぞ―― ちくしょう。 コレが、 まともな告白だって言うんなら返事もできるし、 まだしも恨みがましい気分にはならなかったろうに……。 

 そんな事を考えていたら、 ノックの音―― 


 「リゼ、 起きてるか? ―― 不用心だな…… 開いてるじゃないか」


 掛け声と共に、 しれっと入ってきたのはユーリだ。 どうやら、 私が鍵を掛けて無かったらしい。

私―― 鍵もかけ忘れるほど混乱してたの? まずそれに吃驚したんだけど、 ユーリさん?? 勝手に入って来るのはいかがなものかと思う。 

 あれ、 なんだか今日のユーリはゴキゲンだね? なんだか笑顔がスッキリしたって言ってるみたい。 何がスッキリしたんだろうね。 にっこりとユーリに笑顔を向けられて、 ニッコリと笑い返す。

 ―― って! 駄目でしょ!! 一瞬の思考停止げんじつとうひから回復して、 思わず叫んだ。


 「ユユユユ、 ユーリっ?! 」


 動揺し過ぎて、 クロ達の後ろに逃げ込んだ私を、 ユーリが訝しそうな顔をして見て来る。 普通だ。

至って普通だ。 まるで、 昨日の事が無かったかのような対応に、 実は昨日の事は夢だったのかしら―― と言う錯覚に陥りそうになった。


 「…… 大丈夫かお前? 変だぞ」


 「そうデスカね? 」


 変だぞ、 と言われておかしな返事になってしまった。 おかしいのは私? いいや、 おかしいのはユーリの方な気がする。 いや―― 態度は普通なんだけど…… 普通すぎて何かが怖い。

 そう、 何か―― 違和感があるって言うか―― その証拠に、 ユーリが入ってきた途端、 クロ達の毛がブワワっと膨らんで、 クロとシェスカの尻尾は股の間に入ってるし―― リィオは―― 完全に石化している……。 

 皆にも、 今のユーリがおかしいって分かってるってコトでしょ…… これ。


 「昨日―― 転びかけたお前をヴァイノスが抱きとめたんだってな」


 ユーリは、 そのまま普通に一日が始まりそうな感じを出してた癖に、 いきなりそんな話をふって来た。 もちろん私は心の準備をしていなかったので、 笑顔が引きつる。

 怖ろしい程に普通の態度のユーリ―― なのに―― とても、 その転びかけたって話を信じてる気がしないのは何故だ。

 私の背中に冷や汗が流れた―― ソレに気がつかない振りをして、 平常運転中のように見えるユーリの話に乗っかった。 平常心―― 平常心だ。 相手がそのつもりでいるのなら、 私もそのつもりで行こう―― そう思って。


 「ソウナンデス」


 「そうか」


 駄目だ。 私―― 平常心になってない。 片言になってしまった。 それなのに、 ユーリは普通だ。 表面上はそう見える。

 チリチリチリチリと産毛が逆立つ。 本能に、 今すぐここから逃走しろと進言されて、 逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。

 けど、 逃げるのは拙い。 ―― 多分。 逃げたら余計に拙い 気が する。

 そうだ、 野性の獣に会った時は逃げ出すと本能的に追いかけて来るから、 逃げるなと祖父ちゃんが言っていた。 一国の王弟殿下を野性の獣扱いするのもどうかって思うけど、 今の私の気分はソレだった。 森の奥深い所で、 巨大な肉食獣と対峙したような…… そんな気分。

 祖父ちゃんはなんて言ってたっけ? 目を逸らさずに、 少しずつ後ろに下がるんだったか。 相手が腹が減って無ければ見逃して貰えるぞって言ってたよね。 

 下がろうとして何かにぶつかった。 祖父ちゃん―― 後ろに下がれない場合はどうしたらいいのさ! 私の後ろはベットでその後ろは壁だ。 あ、 窓か? 窓から逃げればいい??


 「皆の誤解も、 ルカルドとヴァイノスが解いてたみたいだがな。 気まずいだろうと思って迎えに来たんだ。 ―― 一緒に食堂に行こうと思って」


 ユーリの笑顔に、 ひゅうっと息を飲む。 逃げようも無い事に気付かされたような気がした。 後ろにも下がれないし、 窓から逃げるなんてその前に捕まる気しかしない。 

 それに―― 何が怖いのかに今気がついた。

 あんまり顔を直視しないようにしてたから気が付かなかったけど…… ユーリの目の色が、 深紅になったり薄緑になったりしてる―― っ……―― 


 「アリガトウゴザイマス」


 目を逸らして、 そう言う事が今の私の精一杯。 無言で手を握られて、 引きずられるようにして食堂に連れられて行く事になりました。 

 その後を怯えた様子のクロとシェスカ、 クロの背中に乗ったリィオが着いて来る。 本当にどうしてこうなった。

 幸いにも、 食堂に入る前には手を離してくれたから、 私が捕獲された所は皆に見られずに済んだけど。 私が逃げられないように背後に回られました。


 「――…… 」


 食堂の中に入れば、 何故だか異様に薬草の匂いが―― これ湿布? 皆と視線が合わないのに、 皆がこちらを注視していると言うのが分かる不思議な環境。

 何と言うか…… 老人のようにヨボヨボとした動きになってるヴァイさんに目が行った。 皆気がついているハズなのにそれに触れてはいけないと、 空気が言ってる―― まるで一種の結界だ。

 ルドさん? 見れば、 彼はそっと目を逸らし首を振った。 どうやら、 犯人じゃ無いらしい。

 エイノさんと目が合った。 追求するな―― 自分の身が可愛いのなら―― と目で訴えられてしまった。 私は決意を込めて頷くと、 ヴァイさんの惨状は見なかった事に決めて皆に挨拶をする。


 「オハヨウゴザイマス」


 「「「「「オハヨウ」」」」」


 皆の声がいつになく揃って返って来た。 緊張感が部屋の中を支配する。 

クロ達が後ろのユーリの気配に耐えきれずに、 脱兎のごとく食堂に駆け込んだ―― そのままクロがテーブルに突っ込んでゴンっと言う良い音がしたんだけど、 誰も何も言わない。 当のクロですら、 無言で心配顔のシェスカの所に。


 「おはよう」


 普通の声のハズなのに、 一気に室温が下がった気がするのは何故? ユーリの一言におっそろしい程の緊張が皆にはしった。 私を、 食堂に連れてきた事に満足したのか、 ユーリは自分の分の朝ごはんをプレートに盛ると、 ヴァイさんの前まで行ってそこに座る―― これまた、 異様な緊張感がはしった。

 湿布の匂いの原因はまさか―― ユーリ? 私は、 クロ達のご飯を取り分けてやった後、 自分の分も確保してルドさんの前の席に陣取る。 

 ユーリとヴァイさんの席に近付く気は一切無い。 ヴァイさんには悪いが生贄になって貰おう。


 「―― 何がどうなってるんですか? 」


 「あんたの方こそ、 どうなってんのよ―― まぁ、 今は落ち着いて話せないわよね。 食べたら宿舎裏で話しましょ」


 小声でコソコソ話しながら、 急いで朝食を食べる。 ガルヴさんの作った美味しそうな朝ごはんなんだけど、 今日は何故だか味がしない――。 多分皆もだろう。

 あぁ、 マフマフのベーコンの厚切り…… 大好きなんだけど。 うぅ……。 食事が楽しめないよぅ。

 この空気に耐えられず、 今日は皆―― 食べる速度が速いようだ。 

―― ユーリと、 全身筋肉痛らしいヴァイさんを除いて。 ヴァイさん、 プルプルしながら食べてるからね。 今日の食事速度は異様に遅いんだもの。

 今日の食事担当のガルヴさんと、 ユーリ、 そしてヴァイさんを残して、 私は食堂を後にした。 ヴァイさんに心の中で謝りながらチラと見ると―― 死んだ魚のような目をした姿が見える。

 合掌。 

まぁ、 ガルヴさんが居れば現状より酷い事にはなるまい―― 多分。

 クロ達は私達なんかよりずっと早く食べ終えて、 私の部屋に戻ったようだったので、 そのまま宿舎の裏に行った。


 「来たわね―― 」


 裏口を開ければ目の前に。 ルドさんだけじゃなく、 エイノさんとアスさんも一緒に居た。 私も話を聞きたかったけど、 皆も私に聞きたいことがあったらしい。 うん。 情報を共有する事って大切だよね。 特に今のユーリに対する対処法とか、 さ。

 それにしても皆、 げっそりとした感じで座り込んでいる。 


 「ユーリが怖いんだけど! 」


 皆の姿に安心したのか、 思わず開口一番そう言ってしまった。 その言葉に、 皆が頷く。


 「同感よ。 昨日の団長―― 始終笑顔でヤバかったわ」


 身震いをしながらそう言ったのはルドさんで、 その様子を思い出したのか、 げっそりとした顔をする。 始終笑顔って……。 その顔で固定されて動かなくなりそうなんだけど。 いや、 その前に顔面が筋肉痛になるかりそう。


 「笑顔で―― ヴァイに稽古つけてた」


 青褪めた顔でそう言ったのはアスさん。 ガクガクブルブルしてるんだけど、 一体どんな稽古を見たんですか? そんなに危険そうな稽古風景だったわけ??


 「誤解だって言いに行ったら、 ヴァイは笑顔で木剣渡されてね? 」


 フフフと遠い目をしてルドさんがそう言えば、 エイノさんもウンウンと頷いている。 


 「その後、 団長が満足するまで稽古に付き合わされてたな」


 「剣の稽古―― 夜まで」


 「は? 」


 エイノさんが言い終わった後に、 ポツリとアスさんがそう言って口を引き結んだ。 夜まで? それって勤務中のほぼほぼを稽古に費やしたってことですか? 

 ちょっ…… ユーリ、 仕事もしないで何やってんの?? エ? 書類が返って来なかったのって、 私のミスが無かったとかじゃなくて、 ユーリが仕事してなかった所為??

 マジか…… 今日、 仕事が多そうな気がしてきた……。

 

 「―― 本当に夜までよ。 で? あんたは何で朝っぱらから団長と一緒だったわけ? いつも来る時間別々なのにさ」


 「―― 朝、 気まずくて悶々としてたら、 ユーリが部屋に来た―― 」


 ルドさんにそう聞かれて、 私は皆と同じようにしゃがみこむと溜息を吐きながらそう話す。


 「アレがか? 」


 エイノさんがそう言って嫌そうな顔をした。

 えぇ、 えぇ。 本当にね。 笑顔なんだけどね! 怖い状態のユーリに食堂までエスコートされて来ましたよ?


 「アレがだよ! 『昨日―― 転びかけたお前をヴァイノスが抱きとめたんだってな』 って言われたんだけど、 絶対信じて無いよアレ」


 「で、 しょうね。 信じてるはずないわ」 


 私の心からの叫びに、 ルドさんがそう言って嘆息する。 

 あたし達に聞こえてたんだから、 すぐ後ろにいた団長が聞こえて無いはずないからね―― と更に言われる。 昨日のヴァイさんとのやり取り、 そうか―― ユーリ聞こえてたんだ……。

 聞こえてたのに、 この反応なのか…… 何だかモヤモヤする。 だって、 ユーリがどう思ってるのかがまったく見えてこないし。 


 「ねぇ、 それより―― 何て言うか―― 今までの団長の雰囲気と違うのよね…… もっと―― そこに居るだけで威圧感があるって言うか―― 」


 「――…… 」

 

 そうルドさんに言われて、 私は黙りこんだ。 ルドさんの言葉をアスさんもエイノさんも否定しない。 と、 言う事は二人も同じように感じてるって事だ。

 どうしよう…… 思い当たる節はある。 ある―― けど、 さ。 


 「リゼ? 知ってる」


 ルドさんに訝しげに見られて思わず目を逸らせたら、 アスさんとバッチリ目が合った。 

アスさんから、 そう問われても私は答えを返す事が出来ない。


 「吐きなさいよ。 なんなのアレ」 

 「目の色が、 時々変わってるしな」


 「ムリ。 ムリムリムリムリ」


 ルドさんとエイノさんに矢継ぎ早に問われて首を振る。 正確な事が分からないのに、 アレコレ勝手に言うのは拙い気がしたからだ。

 赤い目の人がゼフィルって人だとして、 いや、 十中八九そうだと思うけど…… じゃあ、 何でその人がユーリの中に居るのかが分からない。 そもそもユーリの中に同居しているのか、 同化しているのかすら分からないしね!

 本来なら、 もっと危機感を持つべきだ。 陛下に御子が居ない今―― この国の王位継承第一位の人間が、 もしかしたら何かに精神を乗っ取られているかもしれないのだから。 

 しかもそれが、 良いモノとは限らない。 悪いモノかもしれないのに。 本来ならとっとと陛下に進言しなければいけない案件だろう。 

 なのに、 私はそれが出来ないでいる。 夢の中で魔族に見えたあの人が―― ユーリを不安定にさせてるように感じるのに、 悪い人だと思えなくて。 


 『面白そうな事になってるねぇ』


 「ルカ?! 」

  

 驚いて、 思わず大きな声が出た。 ルドさんの背後からにゅっと顔を出したのは、 シェスカに追い出されたルカだ。 ワクワク顔を見れば、 おそらくは最初から話を隠れて聞いていたに違いない。 

 そう言う話、 大 好 物 と顔に書かれていて、 思わず呆れたような顔をしてしまった。 私達からすれば、 あんなユーリを楽しむ余裕なんてないんだけど―― ルカにとっては楽しめる案件のようだ。


 『藪を突いて蛇を出したくないのなら―― リゼにそれを問いたださない方がいいよ。 腹が決まれば、 ユーリが話すんじゃないかな』


 「どうゆう事よ」


 前足で顔を洗いながら、 ルカがそんな事を言った。 藪蛇…… 焔が昔言ってたコトワザってやつだっけ。 つまりはルドさん達には余計な事は聞くなと言ってて、 私には余計な事は話すなって事ね。

 ルカの言葉の意味は分からなくても、 言いたい事はちゃんと皆に伝わったらしい。 ルドさんが不満気な様子でルカに問いただす。


 『デリケェトな問題だって事だよ。 どっちにしたってリゼも全容が分かってる訳じゃないだろう? 憶測でモノを言うのは危険だよ。 後で、 その話がユーリにバレてごらん? 変な風に誤解されて関係が拗れるかもしれないね』


 ルカに冷静にそう言われて、 考え込む。 現状がタダでさえ面倒な事になってるのに、 更に面倒なのは正直とても勘弁してもらいたい。

 ルカの言葉にルドさんとエイノさんが唸り声をあげた。 多分、 私と同じようにこれ以上は勘弁―― とか面倒―― とか思ったんだろう。 


 「確かに」


 エイノさんが呻くようにそう言って押し黙る。

皆、 げっそりした顔で頷いた様子をみれば、 この場の全員が同じ意見なんだろう。 そんな中でルカだけが楽しそうに見えるのが羨ましい。 


 「私も、 余計にややこしくなるのは勘弁かな。 ――…… ユーリさぁ…… いつまでこんな感じだと思う? 」


 目下、 一番気になるのはソコだ。 私はオズオズとそれを口に出した。

正直に言って誰だってそんな答えは持ち合わせてはいない。 こんな状態のユーリ初めてだろうし。 けど、 それを口に出したのは不安だったからだ。

 

 ―― どうしよう…… ユーリがこのままだったら―― 


 万が一、 万が一そんな事になった日には、 ユーリがおかしくなったって、 あっと言う間に知れ渡る気がする。 そんでもって、 黒竜騎士団ウチの皆の胃に穴が開くに違いない。

 陛下に何て説明すればいいかも分からないし…… 何だろう、 すでに胃が痛い気がするんですけど。


 「予想もつかないな」


 バッサリと言いきってくれたのはエイノさんで…… ルドさんは、 長期になるかもしれない事に気が付いたのか渋面だ。 アスさんは顔を青くしたまま黙り込んだ。

 そんな私達の顔を暫くじっと眺めていたルカが、 口を開いた。


 『私は、 今日中にはどうにかすると思うけど? 正気は失ってないみたいだし』


 「正気って―― どういう事? 」


 私が聞き返せば、 ニヤリと笑うルカ。 その様子にルドさんと視線を交わして頷く。

ルカは―― 何か知ってる。 ユーリに関して、 私達の知らない何かを知った上で、 右往左往してる私達を見て楽しんでるって確信があった。 


 「てか、 あんたかなり詳しそうな気がするんだけどなんで? 」


 ルドさんが、 ルカを持ち上げてホールドしつつ、 そう聞いた。 ルカを逃がさないようにだ。

 ルカは嫌がる風でも無く、 身体をダランと弛緩させたまま笑顔だった。  


 ――視線が、 ルカに集まる……。


 『私は、 以前の彼を知ってるから―― ね。 彼の性格を考慮して、 予測しただけさ』


 ルカは、 私の目を見てそう言った。 そのままじっと物言いたげな目で私を見る。 以前の―― ユーリ? それは子供の頃のユーリって事? それとも、 赤い目の―― あの人――?

 瞬間、 花畑と、 あの人の映像が脳裏に奔った。 それから、 山小屋みたいな部屋の中―― ゼフィルの憮然とした顔や笑顔、 どこか外で私を心配そうに覗きこんで泣きそうな顔―― そんな別々の場面が、 細切れにされた絵のように浮かんでは消えて行く。 懐かしい? まるで自分がまた夢の中のアリアになったかのような気持ちなって戸惑う。


 ―― 何―― これ?


 「何で―― ルカ。 どうして―― 以前のユーリって、 あの――? 」


 混乱した状態で、 問えば―― ルカが哀しそうな顔をして溜息を吐く。 

私は、 グラグラと揺れそうになる自分を抱きしめるようにして、 ヨロヨロと立ち上がった。

「ちょっ! リゼ? 」「貧血? 真っ白―― 」「おい。 座ったほうが…… 」 そう言うルドさん達の声が遠くに聞こえた。 ぐわんぐわんと耳鳴りがして壁に背を預ける。

 一瞬の深呼吸の後、 潮が引くように訳の分からない感情は形を潜めていった……。

氷のように冷たくなった指先に、 血流が戻るのが分かる。


 『好奇心は猫をも殺すよ? リゼは今、 良い子にしてた方がいい。 眠れる獅子を起こしたくはないだろう?? そんな事をしたら、 リゼはパクリと食べられちゃうだろうね…… 私はそれでも良いけれど、 リゼは嫌だろう? なら、 今はそっとしておくべきだ』


 ルカの声が予想以上に優しく私に響く。 さっきまでの面白がるような様子は微塵も無い。 純粋に私の事を心配してくれている声だ。

 以前のユーリについて聞く事が、 どうして眠れる獅子を起こす事になるのか―― とか…… 私がパクリと食べられるって言うのがどういう事かがいまいち理解できなかったんだけれど、 今はルカの言うとおりにした方が良いって思えた。 

 エイノさんが唐突に天を仰いだ後、 皆して何かを悟ったような顔をされた。 私に集中する視線はルカに追求はしない方が良い―― と訴えるもので取りあえずは触らない方がいいんだろうな、 と頷いた。


 『さて、 お城をチョロチョロしてたら、 侍女殿に捕まってね。 伝言を頼まれた。 『例の件―― 真実のようです。 小鳥は今も囚われて塔の上に…… 』 だそうだよ。 その話に痛く同情したさる方がからも伝言だ『お好きにおやりなさい。 もし問題が起きたとしても、 私に切れるカード―― ありとあらゆる権力を行使して守ってげるから』 とね。 ―― 後は、 当人がどうしたいかだと思うけど―― じゃあ、 私はそろそろ行くよ。 食堂の方が面白―― いや、 お腹が減ったからご飯を貰いに行ってくる』


 ルカは楽しそうにそう言うと、 尻尾を振り振りご機嫌で食堂のほうへ向かっていった。

どうやら、 ここに来たのは偶然じゃあなかったらしい。 私宛の伝言のはずなのに、 わざわざルドさんの目の前で言ったのはルドさんの反応をじかに見たかったんだろうなぁ。 

 ルドさんは今の伝言がどんな意味を持つかを瞬時に理解したらしい。 驚いた顔のまま固まってる。


 「今、 面白そうって言おうとしたか? 」


 エイノさんが呆れ口調でルカの後ろ姿を見た。 食堂の惨状を知ってる手前、 アレを面白いと思える事が理解できなかったんだろう。


 「ん。 言おうとしてた―― ルド? どうしたの」


 苦笑してるアスさんが、 そう言った後にルドさんを覗きこむ。 

 ルドさんの表情が、 まるで仮面を被ったかのように一瞬にして抜け落ちたからだ。 その後、 血が滲む程に唇を噛みしめながら手で顔を覆う。

 無言―― 痛いほどにシンとした中で、 私達は固唾を飲んでルドさんを見守った。 今は、 声を掛けてはいけない気がして……。


 「あんた達に―― 話があるの―― 食堂に戻って聞いてくれる? 」


 ようやくそう告げたルドさんは、 怖ろしい程に真剣な顔で。 出た答えが何にせよ、 腹を括ったのだと理解できた。 

 あぁ、 でも皆に聞いて欲しいと言うのなら―― ルドさんは自分の気持ちを受け入れたんじゃないのかな。

 それは少しだけ羨ましいような気持がした。 受け入れて、 行動に移せるのなら…… それはとっても良い事だ。


 「―― あの、 食堂へか……? 」


 エイノさんが、 げっそりとした顔でそう言った。 けど、 目を見れば口に出して言っただけなんだって分かる。 証拠にいつでも食堂に行けるように立ち上がってるんだもん。 思わず苦笑してしまった。

 そんなエイノさんをアスさんが嬉しそうに笑いながら見ている。

 

 「俺だって確かにあそこに戻るのは嫌だけどな。 ―― 全員に聞いてもらいたい」

 

 ルドさんから、 口調もそうだけどオネェさんな雰囲気が一切消えた。 

 動き方も、 女性的なものが排除されて男性にしか見えなくなる。 あぁ、 これが本来のルドさんか。

どうやら、 普段は女性的な雰囲気を出す為にワザとそういう・・・・動き方をしていたらしい。

 ルドさんは、 以前どちらの自分も自分だって言っていたけれど、 それは違うと私は思う。 だって、 オネェなルドさんは奇麗だったし似合ってもいたけれど、 こちらの方が何て言うか―― 自然だ。 


 「分かった。 戻ろう」


 「はぁ―― しょうがない。 貸し一つな」

 

 アスさんと、 エイノさんが頷く。 アスさんが、 立ち上がるとエイノさんが裏口の扉を開けた。

その扉をルドさんがくぐる―― 私達もその後に続いた。

 まずは、 食堂に戻ってルドさんの話を聞こう。 それから、 エルナマリアさんを助けに行く算段を考えないとね。

 国を破壊するような暴走をしないだけマシなんだろうなぁと思いながら、 ユーリがこんな状態です。

目の色がコロコロ変わってるみたいなので、 ユーリ的にも感情を持て余してるのかもしれません。

 リゼも何となく思い出しそうな気配を見せつつ、 ルドさんの話も進められたらなぁと思います。 

 

次回は、 ルドさんの決意表明とユーリの告白(恋愛的なアレじゃないです)になると思います。

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