もう嫌だ。何だこれ。
朝食後、 カザルへ巡回に出た。 ストレスを解消できたお陰で、 ユーリと顔を合わせても気まずさはあっても普通どおりに対応できた―― と思う…… 多分。
逆に、 ユーリの様子が少し変だった。 いつもみたいに私の事をからかったりしないし。 最近打ち解けて来た団員達とも冗談言いあったりしないし。 なので、 結局私とルドさんが落ち着いた状態になったって言うのに、 巡回がピリピリしたものになってしまった。
おかげで、 カザルに着いても住民の皆が寄り付かない事――。 この前のカザルの件で、 黒竜騎士団の存在は少しずつだけどこのカザルの人達に認められつつある。 自警団の方とも和解できたしね。
最近は巡回に来ると、 話しかけてきてくれる人も増えてきたし、 喜んでたんだけど。
今も、 良く話しかけてくれる八百屋のおっちゃんが、 緊張感溢れる私達の様子を見て話しかけるのを諦めたのが分かった。 私は、 申し訳無いと片手で謝っておく―― そしたら、 おっちゃんが苦笑しながら手を振ってくれた。 気にするなって事だろう。
「あ! ユリアス兄ちゃんに、 リゼッタ姉ぇちゃん! 」
ブンブンと元気に手を振ってくれたのはイオだ。 犬耳とブルンブルン振られる犬尻尾の幻影を見たような気になって苦笑する。 イオは本当のお兄ちゃんって思ってるんじゃないかって位に、 ユーリに懐いていて、 カザルを巡回してる時、 ばったり会ったりするといつも駆け寄ってくる。
一瞬、 緊張が私達の間に流れた。 皆がユーリの方を伺う…… イオはこの緊張感に気がついて―― ない?
「おう。 イオか。 ちゃんと真面目に仕事してるみたいだな」
ユーリがさっきまでの雰囲気を一変させて、 イオの頭をガシガシと撫でる。 あの雰囲気はなんだったの? と言いたくなるくらいだ。
団員達も同じように思ったらしくて、 目を丸くしたり、 気を使ったのが馬鹿みたいだったな…… みたいな空気になった。 そんな状況に苦笑する。
何はともあれ、 ユーリが普通の状態になった事で、 ピリピリした空気は霧散した。
「おうよ! チビとかも、 今は新しい院長先生の手伝いとかしてるぜ? 兄ちゃん達のお陰で、 孤児院もまともになったかんな」
この間、 後任の院長が決まり、 別の孤児院にバラバラになっていた子供たちが、 ルゼラ孤児院に戻って来たのだ。 その院長先生がベテランの良い人らしく、 あっという間に子供たちが懐いたといって、 嬉しそうにイオが教えてくれたのが先日の事。
皆が院長先生の手伝いをしたがるらしくて、 喧嘩になる事もあるんだって。
子供が仕事を持つ事にも理解があって、 年長の子が許可を取ればイオみたいに働いたり出来るようにしてくれたらしい。 ただし、 文字の読み書きと計算がちゃんと出来る子だけ。 基本的な教育は疎かにしたくないという方針らしい。
それと、 子供たちが無理をしたり、 させない為に働きたいと言う場所に自ら赴いて雇主と話したり交渉したりしてくれてるんだって。
へへん! と得意げな顔をするイオは今は新聞配達員の格好をしている。 肩から下げられた袋には新聞が入っていた。
「これから配達? 」
「まっさかぁ! 配達は終わらせてんぜ? コレは広場に行って売って来る分」
姉ちゃん、 新聞てのは暗いうちに配達終わらせなきゃなんねーんだぜ? と呆れ顔でイオに言われて苦笑する。
そう言えば、 街にある家のポストから新聞がはみ出してるのは大体朝だ。 朝それと言う事は、 イオみたいな配達員さんが暗いうちに配ってくれていたと。
「実家は新聞とってなかったからね。 今も、 とってないし」
新聞とるなら母さんは、 そのぶんを貯金するって言うと思う。 今まで、 新聞が無い生活が当たり前だったから、 特に不便も感じないしねぇ。
「『情報は、 金と同じ』 なんだぜ? っても、 新聞屋のおやっさんの受け売りだけどな。 そしたら、 リゼッタ姉ちゃん一部買わない? 何なら、 定期購読でもいいぜ? 」
ニカっと笑って言うイオに皆が苦笑した。 ちゃっかりと商売するあたり、 本当にしっかりしている。
目端もきくし、 正直、 商売人にも向いてるんじゃないかって思う位だ。 ま、 当人の夢は違うけど。
「商売上手な。 うーん。 あんまり読んでる暇は無さそうだしね―― 定期購読はちょっと……。 今は勤務中だし……。 あ、 じゃあ一部取っておいてよ。 帰りに買うから」
せっかく、 声を掛けてくれたのだしと考えて、 私がそういうと、 その言葉にイオが嬉しそうな笑顔になった。
「了解! 兄ちゃんや他の皆は? どう? 」
「商魂逞しいわねぇ…… 将来は新聞屋にでもなるの? 」
ついでとばかりに営業活動を始めたイオに、 ルドさんが呆れたようにそう言った。
その言葉に、 イオがユーリと目を交わしてクスクスと笑う。 私はユーリから聞いて知ってるけど、 そうか―― 皆は知らないんだったね。
「なんないし。 俺、 将来は黒竜騎士団に入んだ。 へへっ」
イオの言葉に団員達の動きが止まった。
それから―― まず、 ヴァイさんがイオの頭をヘッドロックしてグリグリと撫ではじめると、 ガルヴさんが涙ぐみ、 アスさんが頬を染めて照れた。
エイノさんがニヤニヤと笑いそうになったのを堪えたせいで、 へんな顔になり―― ソレをからかうルドさんも嬉しそうで……。
『ゴミ溜め騎士団』
ずっとそう呼ばれてきた黒竜騎士団が、 変わったのだと―― 皆が実感出来た瞬間なんじゃないかと思う。
訓練中の見物客が増えるより―― 街中で、 住民が声を掛けてくれる事が増えたことより―― イオの『黒竜騎士団に入りたい』 って言葉の方が一番破壊力があった訳だ。『ゴミ溜め騎士団』 って言う目に見えない看板を、 皆が降ろせたような気がして私も嬉しくなった。
「―― 見どころあるじゃねーか。 よし買った。 俺の分もとっておけよ」
ヴァイさんの言葉に、 他のみんなも俺も一部! って感じになった。 よっぽど嬉しかったんだと思う。 ユーリもそんな皆を見てとても嬉しそうだ。 良かったなぁって、 私も素直に笑顔になれた。
「毎度! 」
そう言って、 イオは皆とハイタッチした後に私の所に小走りで来た。 丁度、 私達の雰囲気が柔らかくなった事に気がついたカザルの住民が、 話しかけて来たのでユーリ達とは少しだけ離れるような形になる。
「なぁ―― リゼッタ姉ちゃん…… ユリアス兄ちゃん、 どうしたんだ? まぁ、 姉ちゃんも変だけどさ―― 兄ちゃんの方がもっと変。 あれか? 兄ちゃんと姉ちゃん喧嘩でもしたのか? 痴話喧嘩に首突っ込む奴はヤボだと思うけどさ―― 」
「痴話?! 」
イオは周囲を軽く見まわした後、 私に小声で話しかけて来た訳だけど…… 思わず、 大きな声が出たのはしょうがないと思う。
何で痴話げんかだし? ちょっと待とうかイオ―― 痴話げんかって言うのは男女が交際したさいに、 喧嘩をするとそう呼ばれるんだよ??
「しーっ!! 兄ちゃんに聞こえるだろ? 」
イオに、 思いっ切り注意されたよ。 どうやら、 小声なのはユーリに聞かれたくなかったかららしい。
ササッと周囲を見回せば、 ユーリ達は自分達の話しに集中しているのか、 こっちには注意を向けてないようだったので、 イオは安心したようだ。
「―― まず、 私はユーリと付き合ってないから! 」
根本的な問題を指摘しなけりゃと、 イオに顔を近づけて釘を刺す。 ただでさえ、 今私はユーリに対して色々複雑と言うか―― 自分の感情を持て余したりしてるのに、 変な事をユーリに言われては困るしね。
「そうなの? 付き合っちまえばいいのに」
ケロっとした様子で、 そう言われて脱力しそうになった。 そんな簡単な問題ならそもそも苦労はしないんだよ―― イオ。
簡単な状況だったとしたって、 ユーリは私の事を子供扱いしてる訳だし? そもそも望みが無いっていうか…… あ、 何だか悲しくなってきた。
「つ き あ わ な い から。 ユーリの事は心配しなくても大丈夫だよ。 多分」
何とか笑顔でそう言いきったら、 イオから「え――――――っ」 と不満の声が。
イオが不満に思おうが、 どうにも出来ない事は世の中に存在するのだよ。
だから「無理」 とだけ付けくわえる。 それで、 イオは何か事情がありそうだと察してくれたようだ。 本当にカンが良いな―― この子。
「多分て。 姉ちゃん…… まぁ、 いいけどさ。 ご機嫌伺うんじゃなくて、 俺みたいに気付かない振りして対応してやった方がいいんじゃね? カザルの皆、 気にしてただろ」
私の「無理」 に対するコメントを敢えてせずに、 イオがそう言って話を逸らせた。
子供に気を遣わせるとか、 大人としてどうなんだろうと少し凹んだけれど、 今は有難くそれに乗っかる。 成程―― ユーリに気を使いすぎて、 私達までおかしな空気になってたからねぇ。
イオの言うように、 ユーリの状態に気付かない振りをして普通にしていれば、 カザルの人達に遠巻きにされる事もなかったというのは、 的を射ている。
「う…… 考慮する」
普段はすぐ気がつきそうなものなのに、 やっぱり私も本調子じゃないらしい。
私達が、 変な空気を出してるせいで、 カザルの人が問題を相談できないとかいう事態が起こるのは避けたいし。
私は、 イオに感謝しながら次はちゃんと注意するって伝えた。 私が凹んだ様子を憐れに思ったのか、 「リゼッタ姉ちゃん―― 元気出せよ? 無理すんなよ? 困った事があったら相談乗るぜ?? 」
とイオに言われてしまった。 有難いけど、 色んな意味で涙が出そうだ。
「じゃな! 兄ちゃん達!! 後で、 新聞取りに来てくれよーっ」
「気を付けていけよ? イオ」
元気よく走り出すイオにユーリが笑顔で手を振る。 イオが手を振り返し、 私達もまた振り返した。
「うん! 兄ちゃん達、 後でなぁ! 」
イオのお陰で本当に助かった。 ユーリの雰囲気、 さっきより全然普通に戻ってる――。
それからは、 孤児院の方を見まわったりしながら、 カザルを歩いた。
イオもそうだけど、 孤児院の子達はみな血色も良くなったし、 新品では無くとも、 清潔な服を着ている。 それに、 笑顔も出るようになってとても元気になっていた。 新しい、 院長先生は本当に良い人のようだ。
自警団の人達―― ティルさん達にも途中で会ったので、 カザルの情報を交換した。 最近の住民の様子―― 私達だとまだ警戒して話してくれないような事も、 自警団の人達には話せるって人もいるからね。
自警団の中に、 裏切り者が居た事で一時期、 彼等への風当たりも強くなった。 それを、 いったん収束させたのはユーリで――
『今回の事は、 確かに看過できるような事ではない。 しかし私達、 黒竜騎士団に頼る事ができない中で、 自警団は貴方がたを守る為に自分達の時間を捧げてくれていたのではないのですか? 』
―― 裏切り者の件を、 住民に説明する場にこっそりと参加していたユーリは、 ティルさん達が怒号をあびせてくる住民達に歯を食いしばって耐えている時に、 そう声を上げた。
何故それを知っているのかと言うと、 ルカがユーリが夜に抜け出すのを見つけて、 一緒に後を付けていったからだ。 黙って見てたのは、 これがユーリにとって必要だと思ったから。
ユーリは責められるならば、 こうなるまでカザルを放っておいた自分の方だと住民に訴えた。 反応は半々。 そのまま、 ユーリを責めた人もいたし―― ユーリに言われた事を理解して、 自警団の人達に気まずそうな顔を向ける人もいた。
幾人かは、 ユーリがこの場に来て自分が悪いと発言した事で、 少しだけ黒竜騎士団に対する見方を修正したように見える。
まぁ、 そんな事があったので自警団の人達は―― ティルさん以外はユーリ、 というか―― 黒竜騎士団の事を受け入れてくれるようになった訳です。
ティルさんは、 絶対ユーリの事を嫌いじゃないはずなんだけど、 それを素直に表現できない事が禍いしてか、 今でも会うと憎まれ口を開く。 しかも、 言いすぎたって思うと途端に憮然とした顔で無口になるし。 それを、 他の自警団の人達が生温かい目で見ていると言う感じかな。
今回もカザルで大きな事件は無し。 不審な情報も、 行方不明のエリュネラちゃんの情報もなかった。
帰りに、 イオから新聞を受け取って帰路についた。 イオが売っていた新聞は私達が広場に着いた時、 丁度最後の一部が売れた所で「これで、 今日も完売だぜ! 」 と嬉しそうにイオが帰って行くのを皆で見送った。
「今日も、 無事に済んで良かったな」
宿舎に帰りついて、 ユーリがホッとしたような声を出した。 私はその言葉に同意する。 巡回は暇な方が良い。 カザルの人達と、 時たま他愛のない世間話が出来る方がね。 それは、 皆が安心して暮らせているって事だからだ。
最近は、 浮浪者の数も減った。 騎士団が戻った事で、 脛に傷を持つ人達は借りて来た猫のように大人しくしている。
騎士団が、 これからカザルとどう関わって行くのか静観しているのだろう。 隙があれば、 彼等はまた悪事を働くだろう。 だからその隙を作らないようにしないといけないと思っている。
「まったくですね。 じゃあ私、 裏口開けてきます」
人数が多ければ、 留守番を置くんだけどね。 カザルの人達に顔を覚えて貰うために、 ユーリの方針でカザルへの巡回は皆で行っている。 表の入り口は中からしか鍵の開け閉めが出来ないので、 裏口の三重の鍵を開けて中に入らないと、 正面玄関は開けられない訳だ。
クロ達も気分転換に外出してるし、 って言うかさせたから今は宿舎の中は無人である。
「あぁ。 任せた」
ユーリにそう言われて頷いて、 私は鍵を取り出すと裏口に向かった。
さっきも言ったように裏口の鍵は三つ。 金属製の扉はこじ開けるのには向かないし、 窓にも鉄格子が嵌まってる。 あ、 この鉄格子も中からだと開けられるよ。
まずないけど、 襲撃に備えて嵌められているようだ。 外出時や就寝時―― まぁ、 戸締りの時はこの鉄格子に鍵をかけるのが規則です。 私が来るまで、 そこもグダグダだったみたいだけど。
中から開くのは、 火事の時とかに逃げられないと困るから。 そんな感じなので、 宿舎はちゃんと戸締りすれば、 小さな要塞と化す。
そんな代物であるわけだから、 この鍵を開けるのは少し面倒なんだよね。 一の鍵を裏口の上部へ、 二の鍵はドアノブの横、 三の鍵は足元で…… それぞれ、 右に何回、 左に何回―― って風に回さないといけない。 正直に言って、 良く分からなくなる事も。 そんな時は、 ドアノブを三回押せばいい。 リセットされるからね。
「―― おい。 リゼ」
「うっわ! ビックリした…… 」
裏口を開け終えて、 鍵を抜いてる時に後ろから声を掛けられて驚いた。 ヴァイさんだ。
そんなに遅くなってしまったかと見れば、 来たのはどうやらヴァイさんだけだったらしい。 それにしても、 驚いた。 まったく予想していなかったから、 正直、 心臓がギュッとしましたよ。
「おい副長さん、 流石に油断しすぎじゃないか? 」
「ヴァイさんに言われるなんて―― 」
ヴァイさんに、 いくらなんでもあり得ないだろとハッキリ言われて目を逸らす。 仕事に支障をきたさないようにしなきゃ―― とか言っててこの体たらく……。 たまたま大きな失敗にはなっていないけど、 例えば、 今来たヴァイさんが賊だったら? まぁ、 流石に殺気とかは気付くと思いたいけど……。
もうちょっと自分に喝を入れた方が良い気がしてきた。
「どういう意味だよ。 ―― つか、 団長もだけど、 やっぱりお前も変だよな」
憮然としてそう言った後、 ヴァイさんは真剣な顔になった。 言われた事は、 出来れば追求されたくない事で。 思わず、 返した言葉がキツくなる。
「――…… まさか、 ソレを言うためだけに来たわけ? 」
心配して来てくれたのだろうけど、 ユーリは置いといても、 私の問題はベラベラ喋りたいものではない。 ルドさんはその辺を察してくれた訳だけど、 基本的に直球勝負のヴァイさんには察して貰えなかったようだ。 ジト目で睨めば、 ワタワタと挙動不審になるヴァイさん。
「…… 一応、 トイレが洩れそうだからって言ってきたぞ。 これでも、 気を使ったと言うか…… 」
私がムッとした返し方をした所為か、 ヴァイさんがしどろもどろに言い訳めいた事を言った。
トイレが洩れそうて―― ヴァイさんの大根芝居じゃ、 絶対にそれが嘘だってバレてると思うよ……。
一応、 それは突っ込まないでおく。 ヴァイさんなりに考えて頑張って言って来たんだろうし。
「―― 一々そんなコト説明しなくたって良いですよ」
「あ―― まぁ。 俺が何て言って来たかなんてどうでもいいよな。 確かに。 その―― 団長と何かあったのか? 」
呆れた様子で私が言うと、 ホッとしたようにヴァイさんが言葉を続けた。 その内容に私は頭を抱えて唸ってしまった。
何で、 皆―― 私とユーリが何かあったって思うワケ?!
「―― 何で、 そうなるんです? 変なのはルドさんだっているじゃないですか」
「あいつとは付き合い長いんだ。 その内、 話してくれるって信じてる。 けど、 お前らは別だ。 付き合い長くねーし。 リゼと団長が変なら、 お前達に何かあったとしか思えねえ」
変な所で野性のカンを発揮しないで貰いたい。 これは、 アレか? 他の皆にもバレてる系?? そのうち個々に呼び出されて、 毎回同じ事を聞かれちゃうの?
お願いだから、 お ね が い だ か ら ! そっとしておいて欲しい……。
「だから! 何で、 誰も彼も――! よしんば、 何かあったとしたってどうでもいいでしょう? 仕事に支障は―― ちょっときたしてるかもしれませんが…… あぁ―― もう」
放っておいて下さいよ―― そう言った途端、 とてつもなく自分が情けなくなった。
副団長という肩書を与えられているのに、 部下とか子供に心配されてる自分が。 師匠―― 私はまだまだ未熟者でした。 自分の制御が出来てると思ってたのは間違いでしたよ……。
「くそっ! どうでも良くねーんだ」
「ちょっと、 何です?! 」
凹んだ私を、 混乱の極みに落し込んだ元凶はヴァイさんだ。
何を思ったのか、 ヴァイさんに抱きしめられた。 慰めようとしてくれてるのか何なのか分からなくて、 殴るべきなのかどうして良いのか分からずに動けなくなってしまう。
「分かんねぇ。 何でこんな気持ちになるんだ? 俺はリゼが好きなのか? それとも団長が嫌いだから対抗意識でそんな気がしてるだけなのか――? 」
―― は?
「――…… はぁ?! 」
良く分からない。 私は今―― 何を言われたろうか。 告白か? いや、 違う気がする。 好きなのか? 対抗意識なのか? そんなの私に分かる訳―― な い じ ゃ ん か!
馬鹿なの? 馬鹿なの? ヴァイさん。 そんなの自分で結論出してよ。 私に聞かれても困るんだってばっ!
これはいいよね? 殴ってもいいヤツだよね?? そう私が身構えた時だった。
「知る訳ないでしょうが! この阿呆が!! 」
怒声と、 華麗なる飛び蹴りがヴァイさんに炸裂した。
「ってぇ?! げ、 ルドぉ――? 」
視界の端に見えていたので、 私は身をかがめてソレを避ける。 まともに食らったヴァイさんは吹っ飛んで尻もちをついた。
憤怒の形相を浮かべて仁王立ちする、 ルドさんに、 ヴァイさんがヤバイって顔をする。 そんなヴァイさんを見て、 私は嫌ぁな予感がして、 横を見た。 全員―― そろってらっしゃる。
「……―― あぁ……―― 」
私は脱力して座り込んだ。
ガルヴさんは、 あちゃーって感じで顔を手で覆ってるわ、 エイノさんは苦虫を噛み潰したような顔。
アスさんは後ろを向いてて、 ルドさんはご覧の通り。
そして、 ゆーり――。
ユーリは―― 表情がまったく見えなかった。 ただ、 口元だけが弧を描いて薄く笑みを浮かべている。 そして、 そのままクルリと踵を返すと、 何も声を掛ける事無く淡々と歩いて行った。
「ガルヴ、 エイノ―― 団長を追いかけて。 アス、 玄関の方を開けて来て」
頭が痛いとコメカミを揉みながら、 ルドさんが指示を出す。 私は茫然とソレを見ていた。
せめて、 何か反応があればマシだった。 怒ってくれても、 悲しんでくれても、 いっそ喜んでくれたっていい。 ユーリの気持ちが分かるから。
けど―― 今のは嫌だ。 まるで、 心を閉ざされたような気がして、 泣きたいような気持ちになる。
ルドさんの指示を受けて、 ガルヴさんが走って行った。
「お前の方が適任じゃないのか? 」
エイノさんが、 ルドさんを見て―― そう話す。
「あたしはコッチよ! 団長は、 何とでも言いくるめて部屋にでも押し込んどきなさい。 リゼ! あんたが行ったら余計に拗れるから。 ストップ。 動くな!! 喰われたくないでしょ? ただでさえ、 面倒そうなのを余計ややこしくしやがって! このクソ馬鹿野郎!! 」
ルドさんの言葉に、 溜息を吐いたエイノさんがガルヴさんの後を追った。
私も我に返って、 ユーリを追いかけようとしたら、 ルドさんに止められた。 喰われたくないって何? そんな事ありはしないのに。 けど、 余計に拗れると言われて、 私の足は重りがついたように動かなくなった。
そしてルドさんは、 立ち上がろうとしたヴァイさんの頭を思いっきり叩く。
「何で来たんだよ! 」
「遅せーからに決まってんだろうが! ボケ」
文句を言う、 ヴァイさんにルドさんが容赦なく言いきった。 話しこんでたせいで、 正面玄関が全然開かなかったから、 皆でこちらに来たらしい。
どうせなら、 もっと前に来て欲しかった。 そうすれば、 あんな妙な事になる事も無かったし、 ソレを皆に見られる事も無かったんだから。 八つ当たりめいた気持が出そうになって慌てて飲み込む。
「くそっ! 俺が行く―― 団長に―― 」
流石に、 罪悪感を感じたのか…… ヴァイさんが立ちあがって走り出そうとした瞬間、 ルドさんの鉄拳がヴァイさんの腹に入った。 容赦無い。 よっぽど怒ってるんだろう。
本来なら、 避けられそうなものなのに、 ヴァイさんも混乱しているというか何と言うか……。
「お前が行っても拗れるだろうがボォケ! 」
その言葉には賛成だ。 ヴァイさんが行っても余計に拗れる気がする。
正面玄関を開けたらしいアスさんが、 オズオズと裏口から顔を出した。 心配そうな顔をして、 ちょこんと私の横に座る。 特に言葉は無い。 今は余計な事を言われたくないので、 とても有難かった。
「いいから、 正座しろやコラ。 あーっ! クソ面倒くせぇ」
ルドさんが完全にガラの悪いチンピラのようだ……。
正座させられたヴァイさんは無言。 今はルドさんの言う事に従った方が良いと悟ったらしい。
「そもそも好きかどうか分かんねーんなら自重しろや阿呆」
「いや―― そもそも、 言う気は無くて―― だな」
―― じゃあ何で言ったし。
私の心の声を代弁するように、 ルドさんがヴァイさんに詰め寄った。
「じゃあ、 な ん で! んな事言ったんだよお前は! 」
「つい―― 」
―― ついって何だし。
ルドさんの顔が引きつった。 多分、 私とルドさんは今同意見だと思う。 つい―― ね? その『つい』 で今、 面倒な事になってる訳だ。
私の視線は氷点下。 流石のアスさんも呆れ顔―― そして、 ルドさんは鬼のような形相をしていた。
「つい――? ついで面倒な事してくれてんじゃねー!! このボケがっ」
ダムダムと、 ボールを叩くような気易さでルドさんがヴァイさんの頭を叩く。 本来なら止めるべきなんだろうなぁ―― と思いながらも、 私はソレを止める気にはならなかった。 だって自業自得だよね。
「さーーせんしたっ! 」
ヴァイさんがそう言って土下座する。
「俺にじゃ無くて、 リゼに謝れや。 後、 団長な」
「まじで、 さーせんっ! 」
謝る位なら面倒な事、 引き起こすんじゃねぇ―― とルドさんに責められて、 ヴァイさんもかなり凹んだようだ。 けどね。 起こった事は消えない訳ですよ……。
ユーリは結局どうなったんだろう―― エイノさんとガルヴさんは追いつけたんだろうか……。 追いつけたとして、 ユーリはあの時の状況をどう判断したんだろう。
グルグルとそんな事が頭を巡る。 ―― もう嫌だ。 何だこれ。
と言う訳でヴァイさんがやらかしました。
好きなのか対抗意識なのか分からないまま爆弾を投下して「つい――」と言われれば、誰でも怒りたくなる気がしますが。 ヴァイさんは基本的に間の悪い男だと思っています。
次回はちょっと内容が定まってません。幕間になる事は多分無いかと。おぼろげな感じでも決まって無いので書きながら考えたいと思ってます。 予告にならなくて申し訳ないです(汗)




