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廃棄世界に祝福を。  作者: 蒼月 かなた
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不毛過ぎて笑える

 ユーリを部屋から追い出して、 一人―― シャワーを浴びる。 

子供みたいに泣いてしまった後―― いつの間にか泣き疲れて眠ってしまったらしい。 いつも、 落ち込むような事があっても、 眠って次の日になれば大体大丈夫になるはずなのに、 今回はそれがまったく通用しなくて困る。 

 ユーリに、 昨日何かあったかなんて悟らせるつもりも無かったのに……。 せめて、 ユーリより先に目覚めていたら違ったろうか。 先にシャワーを浴びて、 泣いていた痕跡を隠せていたら?

 どちらにしてもダメだったろうと思う。 結局私はまだ落ち込んでいると思うから…… きっとユーリは気が付くだろう。

 肌を叩く暖かい水滴に、 ほっとする反面―― 涙が零れた。 


 「ありあ…… 」


 そう呟いて、 浴室のタイルを拳で叩く。 ユーリでない『ユーリ』 その人がアリアを愛してるって事を私はちゃんと理解していた。 本当にユーリはその人を知らないんだろうか…… 実は初恋の人だったり? そんな馬鹿な事ばかり考えてしまう私は―― まるで私じゃ無いみたいだ。 

 こんな気持ちに気が付かなければ良かったのにと思うのに、 それでもこの気持ちを捨てられない。

ルドさんが、 愛した人を憎みながらも愛し続けていたことが、 今更ながら理解できるような気がした。

 捨てたくても捨てられない―― 捨てた方が楽になれるのに―― だ。

私はそれに気がついているのに、 それを後生大事に抱えて生きて行こうと思ってる。 本当に馬鹿みたいだ。 

 ユーリ以上に好きになる人はきっとこの先、 現れないだろう。 

だから、 私は夫になる人へ愛を捧げる事はできない。 それなら、 せめて真心だけは尽くそう―― そう思って苦笑する。 


 「私が、 普通の娘だったら良かったのにね」


 ただの貴族の娘だっら良かった。 いいや―― 身分違いであろうと、 気持ちを伝える事だけはできた。 例え、 結ばれる事がなくても…… 振られたって良い。 私は自分の気持ちに決着がつけられたはずだ。 

 けど、 私はユーリに対して気持ちを殺し続けなければならない。 言えばきっとユーリの重荷になるだろう。 決着をつけずに殺し続ける心はいつまでも―― きっといつまでも…… 血を流す。


 「我ながら不毛過ぎて笑える―― 」


 思わず零れたのは、 乾いた笑いで。 そんな自分に溜息を吐いた。 今日はカザルの巡回の日だ。 早く、 早く立て直さないと……。 シェスカが恋しかった。 クロがリィオがルカが恋しかった。 傍にいて欲しくて……。 

 シャワーの温度を熱い位にして、 全身に浴びる。 幾分か気分がマシになった所でシャワーから出た。 水滴を拭き取って部屋に戻り、 さっさと着替える。 思ったよりも長い時間シャワーを浴びていたらしい。

 起きた時にはまだ暗かった空が、 だいぶ明るくなって来ていた。 小鳥が囀りながら飛んでいく―― 私の気持ちとは裏腹に、 気持ちの良い朝だ。 

 外から聞こえる鐘の音が、 いつも起床している時間より大分早い事を知らせてくれた。

 今日の朝食の担当はルドさんだっけ―― あの様子じゃ、 準備できるのか不安だし…… 手伝いに行こうかな。 

 身体を動かしている方が気がまぎれると思って、 私は食堂の方に足を進めた。


 「おはよう、 アスさん」


 「おはよう―― リゼ―― 大丈夫?」


 夜番のアスさんが、 不審げな様子で聞いてくる。 顔が変―― と聞きようによっては大変失礼な事を言われてしまった。


 「あ―― 大丈夫ですよー。 昨日ちょっと寝れなくて。 起きちゃったついでに、 朝ごはんの支度を手伝おうかと」


 「―― ルドも同じような事―― 言ってった」


 少しだけ寂しそうに言うアスさんに、 罪悪感がチクチクと胸を刺す。

私は、 あはははは…… と笑って誤魔化すと、 何か言いたそうなアスさんから逃げるようにその場を後にした。 ごめん―― アスさん。 流石に昨日の事は誰にも言えない……。

 食堂への扉を開くと、 床にクロが眠っていた。 どうやら、 昨日はまったく眠れなかったらしい。 おそらくは緊張と心配のし過ぎで、 ここでダウンしたんだろう―― と思う。 幸せそうな顔でムニャムニャと何か言いながら、 足を動かしている所を見ると…… どうやら走ってる夢をみてるみたいだ。 その光景に少しだけ癒されて顔が綻んだ。

 シェスカはどこだろう――? そう思って見渡したけれど、 食堂内には見当たらない。 私はシェスカを探すのを諦めて、 ルドさんを手伝うために調理場へと向かった。


 「おはよー 」


 そう声をかければ、 調理場の片隅に丸くなっていたシェスカが影を背負って頭を上げた。 それが挨拶代わりだったみたい。 力無く、 再び丸くなる。 おおう―― シェスカもまだ立ち直ってない? 

 クロの傍にいれば浮上すると思ったんだけどなぁ。

 

 「…… 何であんたまで酷い顔になってるのよ」


 目の下にクマができたルドさんが、 死んだ魚のような目で私を見てそう言った。


 「気のせいデスヨ? ルドさん、 目が死んだ魚みたいー 」


 私が、 ふふふと笑いながらルドさんにそう言うと舌打ちされた。 自分の事で手一杯だろうに、 私の心配をするルドさんに感謝しつつ苦笑する。 


 「はっ! 良く言うわねぇ―― あんたの目も死んだ魚みたいよ。 昨日の今日で何があったわけ? 」


 「…… 嫌だなぁ、 何もナイデスヨ? ルドさんは自分の心配して下さい」


 無駄だと分かっていても、 私にはそう言う他は無い。 案の定、 何も無いという嘘はまったく通用しなかった。 理由が口にできるようなものなら、 良かったんだけどねぇ。

 まさか私達の団長が寝ぼけて―― どうやってか私の部屋に来て、 別のひとの名前を呼ばれて―― キスされて悲しいとか、 この口が裂けても言う気は無い。


 「自分の心配するより、 あんたの心配をする方が正直…… 気が楽だわ」


 あぁ…… それは良く分かる。 なので思わず二人して笑ってしまった。

自分の問題から目を逸らしてるだけだって、 私もルドさんも分かってる。 けど、 今はその逃げると言う行為が必要だった。 早く自分を立て直さないと団員みんなに余計な心配を掛ける事になるもの。


 「はぁ―― 何て言うかお互い難儀ですね…… 」


 思わず出た言葉にルドさんが頷いた。 それから、 呆れたような顔をして私の顔を指差す。


 「そうね…… けど、 忠告しとくわよ。 今のあなた…… ちょっと放っておけないような顔してるからね―― すっごいブス。 あたしも人の事を言えないけどさ」


 ブスとまで言い切られて、 ちょっと凹んだ。 シャワーを浴びて大分落ち着いたつもりでいたけれど、 それはつもり・・・になってただけみたい。 アスさんにも『顔が変』 って言われたしね……。

 ちょっと凹んでる位なら、 きっと皆そっとしておいてくれるだろう。 けど、 ルドさんの言った事から考えれば私の今の顔は、 そうっとしておけるレベルの状態じゃあ無いって事だ。


 「ブスって…… 酷くないです? まぁ…… 理解はしましたけど…… 」


 「ブスはブスよ。 どうせ、 団長と揉めたとかなんでしょ? 他の連中が心配して首を突っ込む前に、 何とかしなさいよ」


 きっぱりとルドさんに言いきられて目を瞠る。 

 ルドさんとしたやり取りから、 私が他者に落ち込んでる原因を話したく無いのだと言う事を、 察してくれたのは理解できる。 けど、 何でユーリが原因だって分かったんだろう……。


 「何故ユーリ」


 思わず恨めしそうに見てやれば、 私の眉間を親指でグリグリと押すルドさん。

皺寄せてんじゃないわよ―― と言われたけれど、 地味に痛い。 暫くして手を離したルドさんが大仰に溜息を吐くと私の方を見て腕を組んだ。


 「あんたがそんな顔をする事態なんて、 それしかないと思うからよ」


 「はぁ…… 首―― 突っ込まれますかね? 」


 私ってそんなに分かりやすいんだろうか。 確信を持って言い切ったルドさんに反論も出来ず、 諦めて溜息を吐いた。 呆れた顔をしたルドさんが、 やれやれ―― とワザとらしく両手を軽く上げる。


 「突っ込まれますでしょーよ。 タダでさえ、 あたしも状態が変なのにさ。 誰にも言いたく無い事なら、 心が死んでても平常通りにするしかないじゃない」


 心配もしないような薄情者、 黒竜騎士団ウチにはいないわよ―― と言いきられて。 確かにと頷く。 最初の頃を思い返せば、 随分と仲良くなったものだと思う。


 「平常通りですか。 ……まぁ、 それが出来れば―― 」


 「ま、 苦労しないわよねぇ…… 」


 そう言って、 二人同時に溜息を吐いた。 スイッチ一つで気持ちを入れ替えられればどれだけ楽か。

けど、 そんな事が出来るのはもう人間じゃあない気がする。 まぁ、 鋼の精神力でも持っていれば別かもしれないけれどね。


 「で、 ルドさんの方は―― どうなんです? 」


 私の事ばかり突っ込まれるのも嫌だし、 純粋にルドさんの憔悴っぷりも心配なのでそう聞いてみた。 途端に苦虫を噛み潰したような顔をして、 嫌そうに口を開いた。 その口を、 開いたり閉じたりした後、 覚悟を決めたように話し始める。


 「―― 自分の気持ちってままならないわよね…… 取り合えず、 断腸の思いで、 まだ彼女への好意が欠片くらいは残ってるって―― やっと―― どうにか―― 認めた所よ。 それとは別に、 まだ信じられないって気持があるわね―― だから今すぐ助けたいとは、 思えないような―― 気がしないでもないわ」


 ルドさんが、 言いたくない事を無理やり言った感が半端無い。 やっと―― どうにか―― と言ったように一応は複雑な感情を認めたけれど、 上手く飲み込めて無い…… と言った所か。

 だからこそ、 助けたいような助けたくないような、 と言う面倒な感じになっているんだろう。 当人自身、 その面倒くささに振り回されている自覚があるようで、 気まずそうに目を逸らす。


 「随分と曖昧ですね…… 」


 「あーーーーーっ! もうっ! もっうっ! 」


 一応、 優しさを込めてソフトに突っ込んだつもりだったんだけど…… ルドさんはそう叫んで地団太を踏む。 その後、 キーっと言って頭を掻きむしった。 整っていた髪がバラバラと解ける。


 「分かってる! 分かってるわよ…… でも本当にそうなんだもの。 助けたいって言う気持ちと…… 助けたくなんて無いって気持ちが交互に! やってくるワケ! 」


 激しいボディランゲージでそう訴えられて、 物凄くその気持ちに同意してる自分が居る事に気が付く。

私も、 いっそ叫んでしまおうか。 けど、 ルドさんの様子を見れば、 叫んだからって落ち着けるものでも無いらしい。


 「あぁ―― 今ならソレ共感できます」


 ユーリの傍に居たいって気持ちと―― ユーリから逃げたいって気持ちの板挟みとかねぇ。 昨日のあの時まで想像もしてなかったし。 

 そもそも恋とかそういうの、 基本的に縁が無い物と思ってたからね。 恋は病とか良く言ったと思うよ。 こんなに感情に振り回されるとか、 人生で初めての経験だしさ。 

 元々、 祖父ちゃんの教えと師匠の教えが、 感情を制御するようにって感じだったし。 瞬間的に怒る事とかがあっても、 怒りに自分を支配されないような訓練もしてきた。 

 怒りや恐怖は判断を鈍らせる。 森でも戦闘でも、 その一つ一つが命を危うくする事に直結する可能性がある。 だから、 私は―― 怒っていても、 恐怖を感じていても―― ソコとは別の部分にもう一人の冷静な自分を置くようにしていた。 今までは、 比較的冷静に感情の手綱を握れていた訳だ。

 なのに、 今はそれが出来ない。 

 

 「それなら、 取り合えず―― ナイアさんが話してくれた事の裏どりしてるんで―― その結果が出てからもう一度考えてみたらどうですかね」


 「流石に仕事が早いわね。 まぁ、 その方が腹を括れるか―― はぁ。 かと言ってもその結果が出るまで落ち着かないんでしょうね…… 」


 私の言葉に、 ルドさんが呆れたように返事をくれた。 複雑な気持ちなのは変わらないようだけど、 結果が出れば、 判断基準位にはなるだろう。

 落ち着かないという気持ちは理解できるので、 私は苦笑して「多分―― 」 とだけ告げた。 


 「あたしとしては、 今すぐ通常通りの仮面を被りたいんだけどね」


 「本気で同感です。 こんな顔したのが二人も…… シェスカもですけど…… いたら、 空気が悪くてヤバイ事に」


 しみじみと話し、 二人して重たい溜息を吐く。 本当にね…… 通常通りにできる仮面でもあれば、 どれだけ楽だろう……。 

 こんな状態のが一人いたとしても周りが気を使うだろうに、 二人と一匹って。 ハタ迷惑でしか無さそう。 というか、 皆きっと心配してくれるよね。 その状況に心が痛む。


 「―― アス―― 夜番だったわよね―― そう言う薬ないかしら」


 「それ、 駄目なやつですよね…… 万が一持ってたとしても却下です」


 ルドさん目が据わってるよ――。 そう言う薬ってヤバイやつだから。 私達使っちゃ駄目なヤツですよ。 それ。

 ヤバイお薬も少量で他の薬効のあるものと混ぜれば、 正規の薬になるからアスさんが持ってる可能性も否定はしないけどさぁ。 それに頼るのはアウトです。 転がり落ちる人生しか思い浮かばない。 

 そもそも、 アスさんが出してくれる訳もないけどね。


 「分かってるわよ…… ていうか、 冗談よ…… はぁ」


 さっきの目の据わり具合から考えると、 冗談に聞こえないよルドさん。 とは言え、 言いたくなる気持ちは分からなくも無かったので黙っておいた。 

 自分の事が制御出来ないってかなりの負担。 精神的にも辛いけど、 それが身体症状としても現れてる気がしてならない。 例えば、 熟睡出来ない感じ―― それから、 身体が気だるい感じだとか。


 「二人でやったせいか、 随分早く終わっちゃいましたねぇ」


 残念ながら、 朝食を作る作業はあんまり気分転換にならなかったようだ。

それはルドさんも同じだったらしく、 困ったように外を見ている。 窓から見える陽の昇り具合を見れば、 皆が起きるまでには半刻程の時間がありそうだ。


 「確かに。 起床時間には早いわね…… 」


 「ルドさん、 ちょっと付き合いません? 」


 ふと、 思いついてニッコリと笑ってみた。 嫌そうな顔をしたルドさんがこちらを見て来る。 失礼な。 そんな警戒されるような事じゃ無いですよ? もっとも単純で気分転換に良さそうな事ですが。


 「何よ? 」


 「ちょっと、 身体を動かしたいんです」


 不審そうに聞いて来たルドさんにそう答えて、 練兵場の方を指差した。 それだけで、 ルドさんも私が何を言いたいか察したらしい。

 そう―― こう言う時には、 無心で身体を動かす方が良いんじゃ無いか―― と言う事をだ。

二人、 頷きあい速足で練兵場に向かう。 ドカドカと駆け足になったお陰で、 驚いた顔をしたアスさんに見送られたけれど、 まぁしょうがない。


 「何って いうか、 あんたって 思考回路がっ 乙女と逆よねっ! 」


 掴んだ木剣を打ち合わせながら、 練兵場を走り回る。 乙女と逆と言われても…… そもそも乙女がどんな感じに悩んでいるのかが分からない。 どちらにしても、 思い悩むのは性に合わないのだと思う。

 だって打ち合いしている方が、 落ち着くし。


 「何とでもっ 言って下さい! この方がっ スッキリするでしょっ! 」


 「確かにね―― 」


 私がそう言えば、 ルドさんもそう言って苦笑した。

一合、 二合、 三合―― 剣を打ち合わせる速度を上げる。 以前やった時よりも、 ルドさんの剣速が早い―― 訓練の成果が出てるのだと、 嬉しく思えた。

 

 ガッ ガキッ ゴッ ガッ


 ルドさんがフェイントを入れながらクルクルと回る様子は、 まるで蝶が舞っているみたいだ。

速度を上げる―― まだまだ、 楽しめそうだ。 

 右下から抉るように剣を跳ね上げ、 返す手でもう一度斬りかかる。

ルドさんは、 木剣で受け―― あるいは避けて対応してくる。 もちろん、 隙を見て私に斬りかかってくるのも忘れない。

 半刻程やり合っていただろうか…… 私はルドさんが体勢を崩した所を見逃さずに、 剣を叩き落す。 そのまま、 剣を首に突き付けて打ち合いは終わりを告げた。 

 ルドさんが両手を上げて降参の意思を示す。


 「あたし的には大分昔のカンを取り戻せたと思っていたんだけど、 まだまだってコトね」


 「カンは大分、 取り戻せているんじゃないですか? 凄く早くなってましたよ」


 それに対応してるあんたに言われてもねぇ―― とルドさんに言われましたが。 一応、 副団長なんで。 まぁ、 なるべく団員みんなよりかは強くありたいと思ってます。


 「ありがとうございます。 お陰で落ち着きました。 ぐだぐだしてるから、 色々考えちゃうんですよね…… 考えてみれば、 小さい頃から野山を駆け回って来てたし、 悩み事は寝ちゃえばそんなに気にならなくなる方だったんで…… 悩むとか耐性無いんです―― きっと」


 大きく伸びをして、 朝の空気を胸一杯に吸い込む。 

 大した悩みじゃ無かったんじゃないか、 と言われればそれまでだけれど。 でもその時はそれなりに悩んだしねぇ。 眠ると大体『どうにかなるさ』 って気持ちに切り替わるんだよね。 昔っから。

 今回に限ってまったく通用しないのが悩みのタネな訳ですが。


 「小さい頃は悩みの少ない野生児だったと? 」


 「野生児―― まぁそうですね。 というか男の子みたいでしたよ。 大人相手に案内人ナビしたりしてたんで、 少しでも信用してもらえるように―― 男の子の格好をしてましたからね」


 呆れたようにルドさんに言われて、 苦笑しながら答える。 今思えば、 小さい頃は悩んでるような暇も無かったかもしれない。 

 たった一度だけ―― ナビをしてる事について、 母に言われた事があった。

「もっと子供らしく過ごしても―― いいのよ」 と。 家の事は心配しなくても、 母さんがどうにか出来るから―― とそう言われて。

 私は幼心に、 両親の助けになると思ってしていた事が、 実は心配されていたと知ってショックを受けた記憶がある。 寝るまでの間―― グダグダと悩んで眠って、 次の日の朝に「友達と遊ぶより、 ウチが笑顔で楽しい方がいい」 そう母に言った事を思い出した。

 あの少し前にお祖父ちゃんが亡くなって、 一気に家の収入が減った。 後遺症に苦しむ父はその日にならないと体調が分からず、 母は深夜まで内職をする事も多かった。

 私や、 弟はそれが分かっているから、 父や母の負担にならないようにと考えて甘えられず、 家の中から笑顔が減った。 だから、 私がお祖父ちゃんの代わりをしようとした訳だけど。

 「すまない―― 」 いつもは苦しくても平気な顔でいようとする父が、 珍しく鼻の頭を赤くして私と母と弟を抱きしめた事を覚えてる。


 「クラレスの家のご息女が、 ナビねぇ…… 」


 「そこは複雑な事情がありますんで。 ノーコメントで」


 ご息女と言われても、 その頃はご息女なんて影も形もありません。 まぁ、 今もだけど。 

というか、 自分がクラレスの血をひいてるとか知らなかった訳だし。 私的には、 父さんがこのままクラレスの事を思い出さないでいてくれたら良いなぁと思っている。

 師匠に聞いた性格や、 今の父の性格を考えると自分の所為で娘が―― とか責任を感じちゃいそうだし。 


 「まぁ、 いいわ。 …… ありがとね。 あたしも少し落ち着けたみたい」


 ルドさんがそう言って私にウィンクした。 見れば、 憑きものが落ちたようなスッキリした顔をしている。 私もだけれど、 良い気分転換になったようだ。


 「それなら、 良かったです―― けど、 これで落ち着けるなんてルドさんも繊細そうに見えながら、実は体育会系ですね」


 女装できるくらいだし、 ルドさんの見た目は細っそりしていて、 下手な女性よりも美人だ。 

優男の上にオネェな事で、 ルドさんが弱いと勘違いしたおバカさんが、 手も足も出ずにあしらわれているのも見た事がある。 

 けど、 実際は割と負けず嫌いだし、 身体にはがっしりと筋肉がついている。 ガルヴさんやヴァイさんと違って着痩せするタイプなだけだ。

 何で私が知ってるかって? 訓練中に暑くなるとウチの団員達は上半身を脱ぎ出すからだ。 こう言う時、 女の身が恨めしくなる。 だって涼しそうなんだもの。 


 「脳筋って言いたいのかしら? 」


 「そこまで言ってないですが…… でも、 肉体言語はお好きですよね? 」


 軽く、 ルドさんに睨まれて私は笑顔で言い返した。 さっきのお返しですよ?

はっきりブスとか言われたし。 思考回路が乙女と逆とか言われたしね。 どうせ逆ですので、 憎まれ口の一つくらい返しても問題無いと思うんだ。


 「くっ! 否定できないわ…… 」


 嫌そうに頭を抱えてルドさんが呻くように言った。 えぇ、 そんなに嫌かなぁ。 肉体言語でストレス解消するの…… そう言ったら「頭空っぽで馬鹿っぽいじゃない」 だそうです。 人の印象はそれぞれらしい。 

 脳筋って言いきると、 確かに脳みそも筋肉で何も考えられない―― みたいな気がしないでもないけれど、 身体を動かしてストレスを発散するのは別に馬鹿そうに感じないけどなぁ。

 多分だけど、 ルドさんと私とヴァイさん―― それからユーリは―― ストレスがある時は、 身体を動かす方がスッキリするタイプだと思う。

 アスさんは調剤かなぁ。 ガルヴさんは部屋でお花を育ててるから土いじりだろう。 エイノさんは―― 随分前に短剣を無心で投げてたから、 多分それ。

 まぁ、 それぞれ解消法があるのは良い事だ。 今回の事で、 後を引く悩みがある時には身体を動かすのが一番良いって分かったし。 良かった良かった。

 リゼは良かった良かったと言ってますが、 根本的な解決はしていないのでぶり返したりとかありそうですが……。 どうやら、 気分転換は出来たようです。

 次回は、 カザルがちょこっと―― 後、 ヴァイさんが何かやらかすかもです。 ルドさんの方はまだ進展しない予定です。  

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