幕間 ユリアスとセト
朝靄の中…… イライラとした状態で、 北の塔の上に座す。
待っている―― 誰を? ―― セトを。 別に約束をしていた訳ではない。 けれど、 確信めいた思いがあった。 あいつは、 ここに来る。 俺に会いにだ。
「やぁ、 ユーリ―― 随分とイライラしているね? 」
背後に、 気配が現出する。 その声が楽しそうに弾んでいる事に余計に腹が立つ。 間違うべくもないセトの声だ。 空中で胡坐をかきながら浮かんでいるあいつを見て、 自分でも驚く位にイラッとした。
「理由は大体察しがついてるんじゃないか? 」
目が覚めた時の状況を思い出して、 俺は苦々しい思いでそう言った。
何故、 そうなったのかまったく理解が出来ないが、 目が覚めたらリゼの部屋だった。 しかも、 横で眠るリゼの目には零れた涙の跡がある。 俺はと言えば、 上半身はベットの上―― 下半身は床という訳の分からない体勢で、 リゼはまるで俺から離れたいとでも言うかのように、 丸くなって眠っていた。
混乱した。 何だこれ? と。 そもそも、 眠った記憶もない。 ついでに言えば、 夜に眠っていたのにいつもの悪夢をみた記憶すらなかった。
俺が起きて頭を抱えていると、 リゼがその気配で起きたらしい。 もぞもぞと動いて起き上がる。
混乱した頭で、 リゼの夜着は短パン派かと―― その奇麗な足を見つめて頷く。
『起きましたか? ユーリ。 昨日の事は―― あぁ、 どうせ覚えて無いですよね? ヨカッタです』
『俺は、 何でここにいる? というか…… 何かしたのか? 』
『まぁ、 あれです。 お互い覚えて無い方が幸せって事あると思いますヨ? 起きたのなら上々です。 私、 着替えたいですし自分の部屋に帰ってもらえますかね』
二人とも、 服をきているのだから最悪の事態は回避されたと思いたい。 が、 今のリゼは取り付く島もないように思われた。 表面上、 にこやかにしているけれど表情が死んでいる。
『待て、 俺は―― お前に何をした? 』
『何もしてません』
『何もしてなくて、 お前は泣くのか』
涙の後をなぞって、 そう告げれば―― リゼはまるで痛い所を突かれたかのような顔をする。 こんな顔をしておいて、 何も無いはずがないだろうが。
『―― っ! 何も無いって言ってるんです。 早く、 出てって下さい! 』
そう言われて部屋を追い出されたのが、 先程の事。 まだ明け切らぬ薄闇の中、 部屋から叩きだされ俺はそのままここに来た。
「――…… まぁ、 ついてるかなぁ? で、 ついていたら何だというの」
「昨日、 何があった? どうせ見てたんだろう? 」
イライラとした気持ちを一切、 隠すことなくそうセトに告げる。
「昨日? 何の事かな…… 私は―― 」
「いい加減にしろ『ルカ』 」
適当に言い逃れようとする言葉を切って、 俺はセトの胸倉を掴んで引き寄せた。 その後、 睨みつけてから突っぱねて、 俺は決定的な言葉を告げる。
セトがこの状況を確実に楽しんでいるのが見てとれたからだ。 ルカとセトはそっくりな性格なんじゃない。 同一人物であるから、 リゼは同じような性格だと思いこんだだけだ。 紹介しようとしても会えるはずがないんだ。 自分で自分には会えないからな。
リゼにすり寄っていたのがコイツだと思うと余計に腹が立ってくる。
「まぁ、 あれだけヒントを出せば、 君なら気付くよね。 で、 昨日とはユーリが『ありあ』 って女性の名を呟いた事かな? 」
まただ。 俺が聞きたいのがそれでは無いと気がついている癖して、 ワザとそういう事を言う。 だから、 コイツが嫌いなんだ。
「違う。 分かっているんだろう? その後―― 俺がリゼの部屋で『何』 をしたかだ」
「それはリゼを抱いたかって事? 」
俺の問いに、 そう返されて俺はぎょっとして固まった。 普通に服を着ていたし、 リゼの服にも乱れた所はなかったから、 それだけは無いだろうと思っていたのに……?
「―― っ…… したのか? 」
怖ろしい程に肝が冷えた。 もしそうなのなら、 覚えてないとか最低最悪でしかない。 リゼの涙の後を思い出してギリリと歯を食いしばる。
「そこまで覗き見する趣味はないからね。 結論を言うなら抱いて無い。 でも、 押し倒してキスしてたね―― 濃厚なやつ」
そうなりそうだったら、 流石に見るのは止めるよ。 そう言って、 セトは笑って言った。
「くそっ! 」
俺からすれば、 笑い事じゃない。 そもそも、 何でリゼの部屋に居たのかすら分からない。
あの日は―― 自分の部屋に帰った後、 風呂に入ってベットの上で一杯やりながら月を見ていたはずだ。
酔っぱらった? そんなはずは無い。 あれしきの酒で酔うほど柔じゃあない。 ただ、 月を見ていたら―― 誰かに見られているような気がして――?
「リゼは教えてくれなかった? まぁ、 『ありあ』 と呼ばれながら口付けされたんじゃ言いたくもないかなぁ」
『ありあ』 告げられた名に眉を顰めた。 そうだあの時、 誰かの視線を感じて―― 振り返った。 そこに見えたのは、 女だ。 淡い黄金の髪に深緑の瞳―― 驚いたような顔をして、 月光の中―― 佇む。 それは幻想的で美しい光景だ。
気が付けば、 そこは俺の部屋じゃなかった。 どこか懐かしい気配のする花畑……。 ―― そこから先の記憶がない。
「…… また『ありあ』 か…… それは誰だ―― セト」
彼女が『ありあ』 であると不意に確信して、 セトに詰め寄る。 思い返せば、 リゼに出会う前の女の好みは、 あんな感じの色を持った儚げな女だったと思いだして、 より不愉快な気持ちになった。
まるで、 見えない何かに操られているかのような、 俺が俺でないかのような不快感。
「どうして、 それを私に聞くのかな? 」
「お前が知っていると思うからだ! 」
おどけた様子で言うセトに、 低く唸るように俺は言い返した。
「ふむ。 それを答えるのは君の返事次第かな―― ユーリ。 君はリゼをどう思ってるの? 」
急に真剣な顔をして、 セトが俺に向きあった。 組んでいた胡坐を解いて、 地に足を付けて立つ。 その気配から、 返答次第でこいつはここから立ち去るのだろうと察せられた。
「何故、 それが必要なんだ」
それでも、 そう聞いてしまったのは悪あがきみたいなものだ。 可笑しなもので…… 俺はコイツに対してそれを言ってしまえば、 負けたような気がすると分かっていた。
「必要なのは覚悟かな。 君がリゼをどう思っているかで、 私の口は重くもなるし、 軽くもなる」
セトがそう言って俺を見つめた。 覚悟―― そうだ。 それは必要だ。
周囲は何となく理解して触れずにいてくれている…… 俺は、 それで良いと思っていたが、 かといってそれで現状を維持し続けられる訳ではない。
リゼは、 いつか双子のどちらかを伴侶に選ばなければならない日が来る。 その前に、 俺は決断をしなければならない。 リゼを、 手に入れる覚悟―― それを反対する連中を敵に回す覚悟を―― だ。
「―― あい―― してると、 思う」
「思う? 」
呻くように絞り出した答えは、 セトに呆れ顔で問い返された事で陳腐なものになった。
この期に及んでまだそれですか? と挑発されて、 唸る。
「くそっ! 愛してる、 これでいいのか? 」
叫ぶようにそう言う相手が何故、 よりにもよってこの男なのかと思うとギリギリと胃が痛んだ。
「まぁ、 許してあげよう。 もう少し、 臆面なく言える位になって欲しいものだけれどねぇ」
それでも、 セトは嬉しそうだった。 いつものような―― からかうような笑みではなく、 心から嬉しそうに微笑んだからだ。 その笑顔に、 俺は不気味なものでも見たような気持ちになった。 それとは別に、 いつもこんな笑い方をすれば、 こいつにも少しくらい可愛げがあるのにとも思う。
「アリアの正式な名はね、 アリア・イシュカ・クラレス―― 私の義母にあたる女性だ…… 」
「クラレス―― 義母だと? 」
セトから告げられた名と、 その『義母』 だと言う言葉に俺はうろたえた。
告げられた内容にじゃない。 その事実を聞いて驚かなかった自分にだ。 まるで、 俺が前からそれを知っていたかのように―― 当然であると感じた自分が信じられなくて。
「少しは察しがついていたんじゃないかい? 義父上」
「…… 」
そう、 告げられてぎょっとする。 俺が―― 義父上だと?
「―― 昨日出てきたもう一人のユーリの名は、 ゼフィル・エル・ノア・ヴァレンティア」
懐かしそうに、 そう告げてセトは微笑む。 告げられたヴァレンティアという名は魔王の血族のものだ。 と言う事は、 かつての俺は魔族だったのか――?
「私の実の叔父にして、 私の愛しい妻ティーアの父親だ。 ここまで言えば分かるだろう? アリアはティーアの母親―― 今はリゼッタ・エンフィールドという名だね」
この言葉をセトに告げられた時の感情を、 なんと表現すれば良いだろう。
俺がリゼを愛しいと思う気持ちへの不信感―― 困惑―― そしてそれを凌駕する歓喜――! それらが一瞬、 身の内で荒れ狂い、 そして全ての困惑を押しこめて…… 結局、 喜びだけが身体を支配する。
「俺と、 リゼがかつて夫婦だったと? 」
声が震えたのは、 リゼへの感情が操られているんじゃないかと言う、 自分に対する不信感や不快感さえも消えうせた事に対する瞬間的な反応だ。 操られている? 上等だ。 それでも俺はリゼを愛している。
「正確には、 転生する度にね―― そして、 初めに産まれる娘が私のティーアと言う訳だ」
ティーア。 ティアラ―― そんな響きが胸に灯る。
「何故、 そんな事が起こる? 」
「それは、 義父上がアリアを手放したくなかったから。 『魂の伴侶』 という呪いじみた誓約をしたからだね。 何度転生しても結ばれるのは唯一人―― ティーアの事は私がした事ですけどね? 」
『魂の伴侶』 あぁ、 その気持ちなら理解できる。 だからこそ、 俺はリゼに執着したのか……。 常に心のどこかで、 荒れ狂っていた想い―― 『リゼは俺のモノだ』 その感情の理由に答えを見つけて、 俺は少しだけ安堵した。
自覚して、 反発して、 認めて―― 急速にリゼへと傾いた想いの中で、 俺は他の男達―― 特にヴァイノスに対して、 怖ろしい程の独占欲で対していた事を思い出す。
正直な事を言うのなら、 付き合ってもいない、 告白すらしてない女に対してこの独占欲は、 どこかおかしいんじゃないのかと自問自答した事だってある位だ。 あぁ、 でも最初からリゼが俺のモノなら得心が行く。
そこで、 はたとセトの言葉を思い返す。 『ティーアの事は』 だと?
「どういう事だ? 」
俺の娘として産まれるのなら、 今の俺はまだ会った事すらないのに、 その娘に対する父性のようなものを感じて驚く。
自分の娘がセトの妻になる事も苦々しいが、 セトの妻なんかにならなければならない娘が心配になったのだ。
「私もティーアと『魂の伴侶』 の誓約を交わしたかったんですが、 死にゆく貴方にティーアに無理強いをしないと言う誓約を交わしたので…… そうしたら、 ティーアから誓約は断られたんです。 代わりにアリアを必ずクラレスの家に産まれるように設定しました。 そうすれば、 自動的に貴方は義母上を目指してやって来る―― 義父上」
まるで、 年長の人間に話すかのような口調でセトが言う。 成程―― 考えたものだ。
娘が必ず俺とアリアの間に産まれるのなら、 セトはアリアを追いかけるだけで良い。 そうすれば、 自動的に俺はアリアを求めて現れるし、 その娘がティアラなら―― セトはティアラを誑し込むだけで良いからだ。
毎度毎度、 腹立たしい男だ。 産まれる度に―― 可愛い娘がコレに懐くのが腹立たしい。
あの娘は純粋だから、 セトが誑し込むのは簡単――
「ティーアは言った。 もし叶うのなら、 また両親の元に産まれたいと。 私はその願いを叶えたんですよ。 ねぇ、 気付いてる? ユーリ…… 今、 君の目が―― 赤く染まってるって」
ティアラがそんな可愛い事を言ったのかと思うと一瞬嬉しく思ったが、 次に告げられた言葉で俺は我に返った。
「な―― に? 」
「今―― 私に対して憎悪に似た感情が吹き出しているだろう? ユーリが私の事が気に食わないのは、 毎度毎度、 娘を攫って行く男だからだ。 その話をしたから、 義父上の意識が少し刺激されたんだろうね」
茫然と呟いた俺に、 セトが更に言葉を紡ぐ。 そっと俺の目を覗き込み、 そう囁く。
あぁ―― だからか。 俺は初めて、 セトに対する嫌いだと思う感情を理解した。 さっきだって思ったじゃあないか―― 産まれる度に―― 可愛い娘がコレに懐くのが腹立たしい―― と。
記憶など無いのに、 俺は自然とそう思った。 幼い娘を誑かして年頃になったら攫って行く―― だから、 俺はセトが嫌いなのだと。
「俺は―― 俺である事を手放す気は無い―― だが、 昨日の事はまったく記憶に無かった―― 俺は、 俺のままでいられるのか? 」
リゼへの気持ちと、 まだ見ぬ娘への気持ちを理解して、 唐突に不安になった。
その気持ちを、 さも当たり前であると思う自分に自信が持てない。
怖ろしいのは、 リゼを手に入れるためならば、 この国を滅ぼした所で後悔すらしそうにないもう一人の俺だ。
瞼の裏に浮かぶのは、 黒髪で赤い目をした奇麗な顔をした男―― これが俺の前世かと思うとそら怖ろしい。 それほどまでに、 コイツのアリアに対する執着は深く―― 濃厚だ。 それは、 この国を守る騎士であり、 結界の担い手であるはずの俺が引きずられそうな程に。 これが魔族と言うものか――。
「今までのユーリの転生の中で記憶を取り戻した者も、 取り戻さなかった者もいたけれど、 特に性格が極端に変わる事もなかったと思うけれどね。 中途半端に記憶が刺激されて、 義父上だった頃の意識が強く出たからユーリの意識が一瞬飛んだんだと思うよ。 しっかり思いだしてしまえば落ち着くだろうし、 それが嫌なら完全に封じてしまうのも手かもね…… ただ―― 多分、 リゼも刺激を受けてる。 ユーリがアリアの名を呼んだ事で。 封じてしまうと、 リゼに影響が出た時に対処できないかもね? 」
俺の思いを余所に、 セトが冷静な答えをくれた。
先の分からない事を、 不安に思って惑わされるのは馬鹿馬鹿しい。 俺は取り合えず、 セトのその言葉を信じる事にした。 そんな俺の事より、 リゼだ。
「そんな事を聞いて封じるとは言えないだろうが…… リゼのそれを封じる事は出来ないのか? 」
俺の所為で、 リゼに変な影響が出るのは避けたい。 こんな風に混乱するのは俺だけで十分だ。 それをリゼにも味わわせたくはなかった。
「リゼはねぇ…… 私にはちょっと触れない。 ゲーティアの血の守りが強い―― っていうか。 下手に精神に干渉すると、 私が壊れるかリゼが壊れるか位の事にはなりそうなんだよね。 それでもして欲しい? 」
俺の問いに、 セトがいつものからかうような口調で答える。 毎回毎回、 分かり切った事を聞くな。
お前に影響が出るのはどうでも良いが、 俺がリゼをそんな危険に晒すと思うのか。
「ヤメロ。 しなくていい」
げんなりしながら言う俺に、 ふと、 セトが真顔になった。
「どちらにしても、 今回はイレギュラーな事が多いんだ。 私がここまで干渉している事もそうだけど―― 例えばユーリが王族である事―― リゼがクラレスの血を引きながら外で育った事―― 今までのリゼはね? それはそれは深窓のお譲さまって感じの性格だったし、 君との前世を思い出す事もなかった」
俺が王族な事―― か。 今までの俺は農夫であったり騎士であったり―― まぁ、 民として産まれていたようだ。 魔族だったんだから、 魔族としては産まれなかったのか? と問えばセトは苦笑しながら「義母上と一緒が良かったんでしょう? 」 とそう言われた。
あぁ、 それは納得できる。 俺は、 『彼女と共に生きたかった』 から。
それにしても、 リゼが深窓の令嬢か―― まったく想像もできやしない。 俺の知っているリゼは、 はねっかえりで可愛らしい女だ。 令嬢からは程遠い。
「けど―― 何故か今回は違うようだ。 リゼは守られるのを良しとする女性じゃないし、 刺激を受けてアリアであった事を夢で見てる」
セトが、 ポツリと呟いた言葉に―― 俺は拳を固めた。 返答次第では、 コイツを殴ってやろうと思ったからだ。
「―― お前、 夢まで覗いてるのか? 」
睥睨して見やれば、 セトは憮然とした顔で頭を振った。
「失礼な! 覗いたりしてないよ。 ただ、 感じ取れる時がある―― 私はね、 ユーリ。 元々は彼女と血が近いんだよ」
そうして、 セトは苦笑して―― 少し考えるような仕草をした後、 口を開いた。
「私の血にもゲーティアの血が入っているのは知ってるね――? 私の母上がクラレスの人間だからだ。 その母上は、 義母上の妹だよ」
「は? 」
告げられた言葉に驚く。 セトの母親と言う事は、 前の魔王の妻になった女性のはずだ。 確かに人間だとも聞いたし、 その人が、 ゲーティアの血を引いているのも知ってはいた。
前魔王の力のお陰かまだ健在だというから怖ろしい。
「ゲーティアの狂った領主のせいで召喚の血が迫害された時代に―― 生き別れになった姉妹と言う訳だ。 父上に聞くまでは私も知らなかったのだけど」
あぁ、 暗愚の領主―― ベヘルツォーク。 姪である俺のアリアを手篭めにしようとした、 唾棄すべき男―― 清い存在であるはずの六精霊を堕とし―― その力を使って領民という名の生贄を用い、 異界の邪神を召喚しようとした男――。
この国の王になろうとして身を滅ぼした男――。 アリアが国を出ざるおえなかった元凶。 そして、 しつこくアリアを追って来た愚か者。 だから俺は――
ちらりと思いだした内容に、 嫌悪感の方が先に立つ。 金の髪に緑の瞳の優男。 目は完全にイッていて―― アリアが妊娠していると知れば、 彼女と腹の子を殺そうとした。 自分の力量と俺の力量の差も気付けなかった憐れな男。 死んで当然だ。
「つまりは、 どういう事だ? 」
一瞬の物思いから我に返って俺はそうセトに聞き返した。
凶暴なまでに荒れ狂った激情は、 我に返った事で霧散した。 考えていた程には『ゼフィル』 に振り回されなかった事に安堵の息を吐く。 それでも、 感じた苦々しさは残っていたが。
「ユーリは私の父親の弟で、 リゼが私の母親の姉―― つまり、 私とティーアは従兄妹と言う事だね」
さらりと告げられた言葉に、 俺は目を瞠った。 リゼが、 セトの母親の姉だった事は良い。 従兄妹だった事もだ。 それより―― 父親の弟? 誰が……?
「ちょっと待て―― 俺が―― 誰の弟だって? 」
「ユーリが、 だね」
その言葉に俺は頭を抱えた。 あぁ。 確かに魔王の血族であるとは思ったさ。 名前からしても分かるからな。
それに、 セトは俺を『実の叔父』 だと言ったじゃないか……。 それでも―― そこに考えが至らなかったのは、 その事実を敢えて見ようとしなかったからか。
俺の中のゼフィルが嬉しそうに笑った。 頭の中に、 ゼフィルに良く似た―― けれど決して同じではない鋭利な刃物のような気配の男が浮かぶ。 これが『兄』 か。
この兄を、 懐かしい―― 慕わしいと感じるのは完全にゼフィルのものだ。 それよりも、 尊敬していると訴えられて苦笑した。 この国の王である俺の兄を、 俺も尊敬しているからだ。
あぁそうか。
魔族であっても一緒なのだ。 愛するものを守りたかったり、 大切な人を尊敬したり―― ただ、 少し過激な所もあるのが少し問題な気もするが……。 けれど、 その気持ちを持っているのならば、 俺はゼフィルと上手くやって行ける気がした。
と、 言う訳でルカ=セト様でした。
予定外の幕間『ありあ』 から派生したこの話…… ユーリは何とか自分の中のゼフィルと折り合いをつける事に成功したようで何よりです。
セト様が色々話をしてくれたお陰で、 ユーリも刺激されて色々思い出したりした模様。 今回の転生が何故いつもと違うのか? それに意味があるかどうかは、 まだ霧の中と言った所でしょうか。
次回は本編に戻ります。




