尻尾ちゃんはお年頃
あれから、 三回目の竜の浮島ですよ―― 前回でアスさんが飛竜と無事絆を結べました。 なんと―― ずっと昼寝をしてただけと言うから驚きだ―― 荒くれ者が多いと言う(ユーリ談) この浮島の中で一番のんびり屋の飛竜じゃなかろうか。 そんな絆の結び方もあるんだね。
エイノさんは、 やっとピンと来る飛竜と出会えたようで静かに追いかけっこ(?) の真っ最中。 ヴァイさんもやっと勝負に付き合ってくれる飛竜と出会えて好戦中。 ルドさんは―― 何と言うか、 毎回同じ飛竜がやってきて小一時間程にらめっこをしてるそう。 けど、 最後にはいつも首を振って飛竜がどこかに飛んで行ってしまうみたい。 当人、 どうしたらいいのか分からないと困惑中。
そして、 私の尻尾ちゃんは―― ヴェルにご執心です。 えぇ…… ヴェルにですが?
「何ですかね―― 」
「何だろうな―― 」
二回目にここに来た時に、 物陰から尻尾ちゃんが私の方に飛び出して来た訳ですよ。 それで、 私の横を猛スピードですり抜けて…… 私の期待に膨らんだ心は一転―― 急転直下。 尻尾ちゃんはユーリを降ろして寝そべったヴェルにダイレクトアタック―― 一瞬でも期待した私の心を返して欲しい。
尻尾ちゃんはキュイキュイ鳴きながらヴェルの気を惹きたいらしいんだけど、 当のヴェルはガン無視ですよ。
その内、 花を持ってきたり―― 肉を持ってきたりしてるんだけど……。 ボスに献上品? いいや、 これは求婚なさってる?
「普通、 飛竜の求婚っていうかコレ、 繁殖期に雄が雌にする行動ですよね」
「まぁ―― そうだな…… 」
ガルヴさんとアスさんは鞍を付けて空を飛ぶ練習中。 他の団員達はそれぞれ広場を去った。
私とユーリは、 前回と同じ様子の尻尾ちゃんとヴェルを見ながら佇んでる状態です。 まぁ、 ユーリは暫くしたら皆の様子を見周りに行くだろうけど。
私? 行ける訳無いじゃん。 お目当ての飛竜がここにいるのに!
「完全に逆だな。 ―― ヴェルはまったく相手にしてないし。 と言うか、 今は繁殖期でも無いはずなんだがなぁ」
「まぁ、 それよりもヴェルからすると―― 範囲外? 多分、 子供扱いしてますしね」
尻尾ちゃんが、 求婚攻撃に疲れてしょんぼりしてくると、 あきれ顔のヴェルが遊んでやってるんだよねぇ。 尻尾で巻いて空高く打ち上げる―― とか。 最初に見た時はギョッとしたものだけど、 尻尾ちゃんは大喜びなので問題は無いんだろう。
ただ―― ヴェル…… 尻尾ちゃんが落ち込んだ時に構ってやってるから求婚諦めてくれないんじゃないの――? ヴェルからすると尻尾ちゃんは結婚相手としては未熟で対象外だけど、 邪険にするまでにはいかないそこそこ大切な竜なのだろう。
チラチラと、 ヴェルがこちらを見て来る―― まるで尻尾ちゃんを引き取れっていってるみたい。
無理ですよ。 この前の事覚えてるでしょ? 尻尾ちゃんに何とか、 こっちに関心を持って貰おうと頑張ってみたら、 ジャマスンナって吠えられたし。 三割くらい、 妬ましい思いを込めて睨み返せば諦めたようにヴェルが溜息をつく。
「私の後をつけてたのって…… 本当に何だったんですかね」
しょんぼりとした気持ちで、 呟けば―― ユーリに頭を撫でられた。 尻尾ちゃんの関心が私に無いのなら、 諦めて他の竜を探すべきなんだろう。 けど…… どうしても足が動かないんだよね。
「―― 正直に言っても良いか? お前が女だからじゃないか」
「――? 意味が分かりませんが」
本当に、 本気で意味が分からない。 女だったら何だって言うんだろうか。
頭の中に浮かんだ「?」 のマークを増量させてたら、 わざとらしくユーリが私を抱えるように引き寄せた。
「ふざけないで下さいよ。 本気で聞いてるんですが…… 」
「バカ。 良く見ろ。 俺がお前を構うと、 お前の尻尾ちゃんが反応してるぞ? 」
一応、 真面目に答えているつもりだったらしいユーリに諭されて―― てか、 顔が近いんですけど…… 挙動が可笑しい心臓を宥めつつチラリと尻尾ちゃんを見れば―― まさかこちらを凝視している?!
「な? 興味は持ってるだろう? 」
「ですねぇ」
ヴェルに纏わりつきながら、 私とユーリを見つめて来る尻尾ちゃんの視線が熱い。
視線の意味を探るためなのか、 ユーリの手が髪とか肩とかを触って来てクスグッタイのを我慢してた訳ですが―― その手が私の頤を持ち上げた時点で私は目の前のユーリの顔を睨みつける。
悪ふざけしすぎでしょ。 いい加減にして下さいよ―― そんな意思を込めた私の冷たい視線に苦笑したユーリが指差したのは、 尻尾ちゃんの方で……
「あれ、 痛くないんですかねぇ」
思わずそう呟いたのは、 尻尾ちゃんがヴェルの尻尾をギュウギュウと鷲掴みにしてたからだ。 ツとヴェルの方を見れば、 苦虫を噛み潰したような顔をしてこっちを―― ううん、 ユーリを見てる。
いい加減にしろと言ってるようだ。
「それほど、 痛くは無さそうだけどな。 ようは、 こういう男女のやりとりに興味があるんだろ? 」
「男女のやりとりって何―― 」
言ってんですかと続く言葉は、 ユーリに抱きしめられて封じられた。 ずっしりとした重みのある身体を預けられて倒れないように踏ん張るしかない状況に慌てる。
「俺がこうしてちょっかいかけるのが、 尻尾ちゃんにとっては求婚してるように見えるんじゃないのか? 」
だ か ら!
低音で、 耳元で囁くのを止めて欲しい。 全身がゾワゾワするんですが!
しかも、 抵抗できない状態なのを良い事に、 髪にキスするとか止めて下さい! ぎゃあーー!!
そんな混乱しかけた私の思考を戻したのは視線だった。
「―― このコ…… 」
興味津々の顔をした尻尾ちゃんが、 もはや姿を隠すことなく真横から混乱する私と楽しそうなユーリを覗き込んでいる。
『キュイ? 』
わくわくした顔で、 何を言われたのかが分かった―― 『もう終わり? 』
後ろの方でヴェルが大きな溜息をつく。 視線が合えば『諦めとけ』 と言われているようで…… それは尻尾ちゃんの行動を? それともユーリの行動を?? と考えて両方だと理解する。
尻尾ちゃんは恋する乙女―― 恋愛話が大好きで、 恋愛に結びつきそうなコトにワクワクする訳だ。
つまり尻尾ちゃんはお年頃って事ですね。
とはいえファーストコンタクトの時には別にユーリが傍にいた訳でもないんだけどな……。 あぁ、 だから『女』 だからって言ったのかな? ユーリは。 尻尾ちゃん的に私について行けば、 何かそれっぽいワクワクするような事が見られるかもしれないと……?
「…… 恋愛とは無縁で生きて来てるんですが」
「そうか。 それは良かった」
約束を守る為、 そのことだけを胸に生きてきた訳ですよ。 様々な事情から、 自分が恋愛結婚とかできない事も理解しているし、 自由に恋愛するつもりも無い。 それなのに、 今の発言で何故か蕩けそうな笑顔を見せるユーリが解せない。 何だかまともに直視出来ないんですが…… 私が恋に疎い事の何がそんなに嬉しいのか。
横で、 キュイキュイ嬉しそうに鳴く尻尾ちゃんも何なのさ。 ここに恋愛要素なんて無いですよ? あったら困る。
「随分といい御身分ねぇ~ 」
地を這うような声がして、 一気に固まる。 恐る恐る振り返ればルドさんが、 ザンバラの髪に怨念を込めた目を下の方から私とユーリに向けて睨めあげていた。
思わず、 飛びのく私にルドさんが長くて黒い溜息を吐く。
「やってらんないわよ…… また逃げられたし。 なのにあんた何イチャコラしてんのよっ! 」
おかしい。 何で文句を言われるのが私だけなのか――。
「えぇ? 何で私だけ―― 」
ぐわんぐわんと理不尽に揺すられて、 目が回りそうだ。 諸悪の根源はユーリのはずなのに八つ当たりされてるのは私だと言う可笑しな状況にルドさんのヤサグレ具合が伺えた。
「それぐらいにしてやれ。 リゼが目を回す」
呆れたようなユーリの声にルドさんがその手を止めた。 グラグラしそうな頭を押さえて、 ユーリに感謝の視線を送る。 そんな私を小馬鹿にしたように見てルドさんが笑った。 それから、 ユーリに向き直りビシっと指を突きつける。
「良く言うわよ。 あたしが近付いて来てるのに気がついていたくせして、 抱きしめたのは誰よ」
「はぁ?! 」
ルドさんの発言に思わずユーリを睨みつける。 さっきの感謝の気持ちを返して欲しい。 やっぱりユーリが諸悪の根源なんじゃないか。 私の視線もなんのその…… ユーリのしれっとした顔に腹が立つ。 考えてみれば当たり前だ。 ルドさんが来たであろう方向をユーリは向いていたはずなんだから。
「何ですか? バカなんですかユーリは」
半眼で睨みつけながら、 文句を言うのは当然の権利だと思うのだけど。 それでもユーリは特に罪悪感とか謝罪の気持ちとかそんなのとは無縁のようだった。
「ルカルドなら問題ないさ。 だろ? 」
飄々とそう言うユーリに苦虫を噛み潰したような顔のルドさんが、 「ケッ」 と呟く。
「ええ。 えぇ! 一々言いふらしたりしないわよ。 皆が知ってる事を言うほど間抜けな事なんてないもの。 あたしがバカ見るだけじゃない―― 正直あたしとしては団長と副団長がイチャコラしてた所で業務に問題無ければどうでもいいしね」
「イチャコラなんてしてないし! ―― ちょっと待って!! 皆が知ってる事って何?! 」
イチャコラじゃない。 断じて。 あれは尻尾ちゃんの関心がどこにあるか確かめるためにユーリがした事で―― その後にルドさんがいるのに抱きしめ…… たり? とかしたのは、 きっと私をからかうため! だ か ら。 それより皆が知ってるって何さ。 変な誤解をされている気がして、 私は慌ててルドさんに詰め寄った。
「教えてやんなーい。 あたしが苦悩してんだからあんたも精々悩めばいいのよ」
驚く程にヤサグレたルドさんの顔を皆にも見せてあげたくなった。 ここが酒場なら、 確実にやけ酒を呷ってるよね。 どれだけ凹んでるんだろうか―― どうしよう、 目が虚ろだし。 流石にキツイ事を言える気がしなくて、 少し離れる。
「―― 完全に八つ当たりですよね…… 」
「そうですけど? だってそろそろ文句も言いたくなるわよ! 一体あたしの何が気に入らないって言う訳?! 毎度毎度、 あたしの前に現れて、 首振ってまだ駄目だなぁ…… みたいなの本当になんなの!! 」
周りが次々と絆を結んだり、 順調にいきそうな雰囲気を感じさせる中―― 順調どころかどうしていいかも分からない状態は確かにツライ。 ましてや、 口には誰も出してなかったけどルドさんは飛竜と早く絆が結べるんじゃないかって皆勝手に思ってたからね。
口が悪かったりズケズケものを言う所もあるけれど―― 思いやりがあって(指摘すると怒るけど)、 気配り上手なルドさんは(見てみない振りをしないと不貞腐れる時があるけど) 人の感情を読むのが上手だから飛竜に対しても上手くやるんじゃないかってそう思ってた訳ですよ。
蓋を開けてみれば、 そんな事無かった訳ですが。 まぁ、 私も苦戦してるから人の事を言えたりしないんだけど。
「まだ、 駄目なんだろうさ。 見てて思ったが、 あの飛竜はお前の中を見ている感じがする―― お前の中で、 気にかかっている事―― 乗り越えた方が良い事とか、 身に覚えがないか? 」
受けた印象だから確実な事は言えないけどとユーリが言えば、 ルドさんが少し怯えた顔をして目を逸らした。 予想外の反応に、 思わずユーリと目を見合わせてしまう。 これは確実に思い当たる節があるらしい。
『キュウイ? 』
てっきりヴェルのほうに戻ったと思っていた尻尾ちゃんがどうしたの? というように聞いてくる。
一応、 私の事を心配してくれてるみたい。 これは脈ありなのかそれとも気まぐれなのか…… 正直判断に困る。 取り合えず、 有難うの気持ちを込めて首筋を撫でた。 尻尾ちゃんは嫌がる事無く、 クルクルと気持ちよさそうに喉を鳴らす。
今のうちと思ったかどうかは定かじゃないけれど、 尻尾ちゃんがこっちに興味を示してる間に逃げようと思ったのだろう―― ヴェルがそっと飛び立とうとしているのが見えた瞬間だった。
『キュっ! 』
怖ろしい程の素早さで、 尻尾ちゃんが私の手を振り払い―― ヴェルに突撃する。
ヴェルは腰のあたりに突撃されて蹲り…… 私の手は宙を泳いだ。
「女って生き物は飛竜でも非情よね。 だから―― 嫌いだ。 女なんて」
そう言い捨てたルドさんの目はどこか荒んでいるように見えた。 黒竜騎士団に異動する原因となった例の件を思い出しているのだろうか。
「私も性別的には女なんだけど」
「―― あんたはお子様だからいいのよ。 まだ『女』 じゃないもの」
『女』 って十把一絡げにされるのは少し抵抗がある。 女にだって色々な人がいるのに。 それに男だって色々いるでしょうが…… だから私は『男なんて』 とは言わないし、 言いたくない。
なので不服だと訴えたら、 返って来た言葉がソレだった。 『女』 じゃないとはこれいかに。
思わず自分の身体を上から見直して確認する―― どこからどう見ても女だと思う。 更に引っかかるのは『お子様』 って言いきられた事か。
「…… 私、 成人してるんですけど―― これは怒る案件? 」
「ある意味、 正当な評価だと思うぞ」
むむむ、 と唸ってユーリを見れば、 呆れた様子で正当な評価だと言われてより腹が立つ。
そして理解した。 やっぱりユーリは、 私の事を子供扱いしていて―― 抱きしめたりしてくるのは子供をからかってるのに違いがないんだと。 耳たぶを噛んだり、 唇を指でなぞられるのは少し違う気もしたけれど、 そこは敢えて見ない事にした。 心臓に悪いしね!
「―― ユーリから見ても私はお子様って事ですね」
「いや―― そういう意味じゃなく…… 」
困った顔をしたユーリが頭を抱えて何か言おうとしたけれど、 ルドさんの大きな溜息に阻止された。
「どーでもいいわよそんな事。 痴話げんかなら余所でして」
「痴話げんかなんかしてないですよ! もう。 ここに居るのが私達だけだから聞きますケド―― ルドさんは過去の許せない女性に拘ってるの? 」
ルドさんに言い捨てられて、 反論する。 どうしてこのやり取りが痴話げんかになるのか理解できないからね。 誤解を与えるような発言は訂正しておかないと。
それから、 ズバリと聞いてみた。 さっきの発言からも、 ルドさんが過去の出来事を乗り越えて無いんだろうなっていうのは明白で…… 飛竜と絆を結べない理由もそこにあるのでは―― と思ったからだ。
「―― 本当に嫌な子ね。 ……そうね。 まったくないとは言わないわ。 けど、 リゼや団長が想像してる人物は正直どうでもいいの。 あれだけの事私にしておいて、 まだお慕いしてますとか言ってきたのは気持ち悪かったけど―― 私に関わってさえ来なければ興味もないし。 私が許せないのはもっと別の女―― 別の女なのよ」
ルドさんは昏い目をしてそう囁くように私達に告げた。
しかし、 驚いたのはルドさんの元友人の婚約者令嬢である。 ルドさんをあれほど貶めておいてまだアプローチしてたのか…… 呆れて物が言えない。 話を聞けば、 どうやら以前ルドさんが逃げてきた侍女さんがその令嬢の使いだったらしい。
まぁ、 あの騒ぎの中で結局婚約は破棄されて、 未遂(って事になってる)とは言えそんな噂がたったせいでまだ結婚できてないから焦ってるのかもしれないね。 自業自得だけど。
それよりも、 気になったのがルドさん曰く『別の女』―― 許せない、 と言っているのにルドさんの声はどこか別の感情を感じさせた。
「もしかして、 その人の事―― 好きだったの……? 」
それはただの直感だ。 けれど、 ルドさんは私のその問いに対してギシリと砕けそうに歯を噛みしめると吠えるように叫んだ。
「――っ! 悪いか?! 人生で初めて愛した女だ!! 最後の時まで添い遂げられるって信じていたのに裏切られた…… 清純な振りをして俺を騙して―― それなのに今になって助けてだと?! 冗談じゃないっ」
いつも飄々としていてオネェ言葉で煙に巻くルドさんの中に、 まるで溶岩のようなドロドロとした激情が見えた。 実力を見るために戦った時に、 ちらりと見えた激しさなんか目じゃない。 もっと根深くてあるいは執念深い激情の炎だ。
恋は壊れて愛も果てた。 それでもその人はルドさんの中で燻り続け、 今も傷を作り続けているのだ。 許せないと言っているのに、 その声は今でも愛していると聞こえて私はそっと目を伏せた。
女性みたいな口調や行動も、 全部その人を許せないと思い込むためにしているのだとそう気がついて。
許せないと言う事で、 許しそうな自分を抑えてるのだ。 それ程にルドさんはその女を愛していたんだろうと思う。 ううん。 おそらく許せないと言っている今でも愛してる――。
「ルカルド―― あの飛竜は、 お前がその気持ちと向き合う事を望んでいるんじゃないか。 お前、 飛竜と対峙してる時に、 その女の事を考えているんだろう? 」
「…… 」
「耐えがたい事かもしれんが、 向き合う時期が来たと思え。 そうで無ければ、 お前は『騎竜』 を手に入れられない」
ユーリの言葉は確実にルドさんの心に突き刺さる。 ユーリの見立てが正しければ、 ルドさんが自分の心と―― その愛してる女と向き合わなければ―― その気持ちを乗り越えなければ飛竜は絆を結んではくれないだろう。 そして私も、 ユーリの見立ては正しいんだろうとそう思った。
「言われなくたって分かるわよ。 けど―― 無理だわ」
激情を吐きだしたからか、 それとも騎竜を得られないかもしれないという諦めの気持ちからかは分からないけれど、 今のルドさんは寄る辺なく途方に暮れているように見えた。
私はマルチナさんに言われた事を思い出す。 あれからルドさんの様子を見ていて、 時折落ち込んだりやけにテンション高かったりという状態があったんだけれど、 話を聞く前に―― 飛竜の件があって、 それから大分落ち着いたようだったから失念していた。
『後悔したくなければ話を聞いた方が宜しいかと』
その言葉から連想されるのは、 現状のままでいたらルドさんが余計に傷つくんじゃないかって事。
確かレラン伯爵家の侍女って言ってたよね。 例の婚約者令嬢が伯爵家の娘だったはず。 前の侍女が信用できない令嬢の使いだとしたら、 今度の信用できる侍女は誰の使い――? もしかして、 ルドさんが結婚したいと思うほどに愛してる人はレラン伯爵家の関係者なのかもしれない。
「ルドさん―― 私ちょっと信用できる情報網があるんですけどね? その人に言われたんです。『前に来ていた侍女はともかく、 今来ている侍女は信用できるとお伝え下さい。 後悔したくなければ話を聞いた方が宜しいかと』 って―― ねぇ、 何なら私も付き合いますから、 一度その人のお話―― 聞いてみませんか? 」
「―― 」
「嫌ですか―― でも、 ルドさんが後悔するような事態になるのは私は嫌なんですよね。 それに、 その侍女さんの話を聞いてみたら、 飛竜との関わりも変化するかもしれませんよ? いきなり当人に会う訳じゃないんですから少し頑張ってみません? 」
きっと、 まだ愛しているから傷つきたくないんだろう。 けど、 それを指摘するほど私だって鬼じゃない。 ユーリも多分気付いているけど、 ちゃんと沈黙を守ってくれた。
「―― わかったわ―― 話を聞くだけよ」
「はい。 取り合えず、 それで十分だと思います」
疲れ果てた様子のルドさんにそれ以上は望むまい。 それに話を聞けば、ルドさんの考えも何か変化するかもしれないし―― ね。
ユーリが『まかせた』 と目配せしてきたので『まかされました』 と頷き返す。 流石にユーリまで加わったらその侍女さんに圧迫感しか与えないだろうしね。 私だったら小柄だし、 そんなに緊張を与える事はないだろう。
ルドさんが、 このまま情緒不安定になるのは黒竜騎士団としても放っておけない。 できれば解決して上手い事飛竜とも絆を結んで欲しい。
絆を結ぶのに手こずってるのは私も一緒なんだけど…… 私も絆を結べるかしら――。
尻尾ちゃんが私にも興味があるのなら、 いっそヴェルとの仲を取り持つからとか言ったら絆を結んでくれなかろうか。 そう思ってヴェルをみたら、 私の気持ちを察したのか―― ブルリと一つ身震いすると嫌そうに顔をしかめてソッポを向いた。
尻尾ちゃんは私の視線はどこ吹く風で、 ヴェルに構って貰おうと纏わりつく事に必死だ。
――尻尾ちゃん……。
それって逆効果だよ。 子供扱いしかされないヤツだよそれ。 まぁ実際まだ成体になりきれていないんだろう。 なんだってヴェルにお熱なのかは理由は分からないけれど、 必死さだけは理解できたので…… 次に来たときには子供扱いからの脱却方を話し合ってみようと思う。 何処まで理解してくれるかは分からないけれどね。 私も子供扱いなのは、 いい加減イライラする事もあるから尻尾ちゃんと話し合えれば楽しいかもしれない。
毎度遅くて申し訳ないです。
飛竜との絆で上手くいかないのはルドさんでした。 リゼ? リゼはまぁなんとか…… なるはず。
次回は侍女さん(信用できる方)に話を聞く回になると思われます。 そろそろリィオが拗ねてる頃なので、 彼らも出て来る予定です。




